AXISビルのフラッグショップ「リビング・モティーフ」と、多彩なデザイナーとのコラボレーションも行う「飛騨の家具館」。先日の六本木デザイン&アートツアーでは、この2つのインテリアショップを巡りました。ガイドは、TSUMORI CHISATOをはじめとするショップの空間デザインのほか、家具・プロダクトなどの商品開発を手がけるインテリアデザイナーの五十嵐久枝さん。その様子をどうぞ。
ツアー参加者が集まったのは、外苑東通り沿いにあるインテリアショップやギャラリーなどが集う「AXISビル」の1階。まずはガイドの五十嵐さんによる、この場所の解説からツアーはスタートしました。
「このAXISというビルは、デザインの振興と発信を目標に、1981年にオープンしました。通りに面している側には窓がなく、入ると中央に大きな吹き抜けがあって、自然を感じ取れるような建築になっています。安藤忠雄さんの作品『ローズガーデン』なども手がけた浜野商品研究所がプロデュースに携わっていたこともあって、商業空間としてとても特徴がある設計だと思います」
「私が以前在籍していた倉俣史朗さんのデザイン事務所でも、いくつかの仕事を請け負っています。そのひとつが、吹き抜けの階段。実は依頼の段階では、階段ではなくオブジェをデザインしてほしいと言われたとも聞いています。実際に、階段の機能だけでなく見た目の美しさもあり、オブジェとしての意味もあると思います。施工を請け負ったのは三保谷硝子、手すりに強化ガラスを使うことにかなり反対があったようで、当時としてはかなりチャレンジングな仕事でした。では、さっそく『リビング・モティーフ』に入りましょう」
「リビング・モティーフは、AXISビルのオープン当初からあって、80年代半ばに私も倉俣さんに連れてきてもらい、かれこれ25年前から通い続けています。品揃えこそ今とは少し違いますが、当時からここには最先端の生活用品や文房具がありました。実は、倉俣さんの代表作品の中には、こちらの文房具からインスピレーションを得たものもあったようです」
「インテリアデザインにとって素材はとても大切なもの。デザイナーは、あらゆるものを見て、その素材をインテリアや家具に引用できないかと思うものです。私も、気になるものは実際に手に取りますし、什器を軽く叩いたり、さわったりもします」
「こちらは什器のデザインも良く、空間の見通しがきくようにうまく配置していて、商品がよく見える。使われている色も素材も、透明感があります。(私が来はじめた)当時は植木莞爾さんがインテリアを手がけていたと思いますが、イタリアでデザインを学んだ方だけに、ヨーロッパの香りがしていましたね。私自身、25年も通い続けているのはここだけ。日本のインテリア雑貨業界をリードし続けているお店だと思います」
「では、次は2階のフロアへ。せっかくなので階段を上りましょう。階段の下に貼られているのは硬質ゴム。怪我をしたらいけないので入れないように壁で囲うことが多いと思いますが、浮遊感を出すためにそうしていないという、こだわりや配慮があります。ちなみに、奥の『ル・ガラージュ』というお店の内装も、当初は倉俣さんによるデザインでした。作品集にも載っていない、知られざる作品です」
「2階は文房具が充実しています。これだけの数の商品があるのに、空間に抜けがあるのはリビング・モティーフさんならでは。ここで買い物をしているとよくデザイナーを見かけることもありますし、知り合いのデザイナーがデザインしている製品も多くあります。お買い物しながらお勉強させてもらう感覚ですね(笑)」
「こちらの商品『WIRE WORK TRAY』も面白いですね。革製品ですが、端の部分に針金が入っていて、好きな形に変形させられる。今は素材の種類もどんどん増えているし、アースカラーやナチュラルカラーのものが流行していますね。私は家具やインテリアなど比較的、大きなものを手がけることが多いんですが、こうして手のひらに乗るサイズのもののデザインを、家具のサイズで実現できないかと考えたりもします」
「一見何に使うのかわからないけれど、手に取ってしまいたくなるもの。こういう商品が置いてあるだけで、店舗が魅力的に見えることがあります。ネットショップでは目的のものにしか出会えないけれど、リアルなお店には新しいものとの出会いのきっかけが散りばめられている。私もネットで買い物しますが、趣味のものや洋服、雑貨などは実際に見て買うことが多いですね」
AXISビルを出ると、六本木の街を散策しながら、次の目的地「飛騨の家具館」へ。途中に見つけたお店にまつわるエピソードを聞きながら、ツアーは続きます。
「こちらは、六本木では昔から有名な『ニコラス』というお店。私が以前勤めていたクラマタデザイン事務所も東京ミッドタウンの近くにあり、バブルだった当時は、デザイナーたちが夜な夜な街に繰り出して飲み明かすということもたびたびありました(笑)。イタリアンレストラン『キャンティ』なんかも、デザイナーや文化人のサロンとしても有名。こうしたお店で交流を深めた人たちが組んで何かを企画するということも多かったでしょうね」
「当時と比べると、今はみなさん忙しいと思います。待ち時間にもスマホでメールを確認するような。今、私は武蔵野美術大学でインテリアデザインを教えているのですが、忙しいのは学生も同じようで、インテリアでどんな場所がほしいかと学生にたずねると、『休憩所がほしい』なんて言われてしまって(笑)。満たされているということでもあると思いますが、『ないから生み出す』という発想の以前と今では、デザインの必然性が明らかに違いますね」
神谷町駅のほど近く、ヒューリック神谷町ビル1Fに入っている「飛騨の家具館 東京」。岐阜県に本社を構える家具メーカー「飛騨産業」が運営するショールームです。
「飛騨産業はまもなく100周年を迎える家具メーカー。とくに、ナラ材を曲げる技術に優れています。日本の木の加工技術は、世界でもトップレベルです。ここ20年でずいぶん減ってしまいましたが、飛騨産業のように加工技術の高いメーカーはまだまだあります。安価な家具も増えている中、丁寧な手仕事でつくられた家具を見ることは、本質をつかむことにもつながるのではないでしょうか」
「こちらは、スギ材を使った家具のシリーズです。『うづくり』という、木の柔らかいところを削って木目を浮かび上がらせる加工がほどこされています。スギは針葉樹で、柔らかく傷がつきやすいのですが、そのぶん軽いのが特徴。持ってみると木の比重が軽いことがわかると思います。デザインは奥山清行さん、ポルシェから椅子までをデザインしている方です」
「こちらは広葉樹のナラ材を使った椅子です。針葉樹と比べて重いのですが、相当シェイプされているので、あまり重さは感じませんね。この椅子がすごいのは、スタッキングできるということ。普通、スタッキングできる椅子はステンレスやアルミなどの金属製が一般的です。デザインを担当した川上元美さんは、日本でトップレベルのデザイナー、これはグッドデザイン賞100選にも入っています」
「最近人気があるウィンザー調のデザイン。平たい板にスポーク(棒)が刺さっているだけという、昔からある構造の椅子です。飛騨産業は大正時代から椅子をつくっていたのですが、そもそも機械がなかったので、それも自分たちでつくっていたそう。もともと、椅子をつくってヨーロッパへ輸出するところからスタートしたので、この椅子は部品を送って現地で組み立てることにも適していたという背景もあるようですね」
「『クレセント』という佐々木敏光さんの作品で、飛騨産業では一番出荷が多い椅子です。背中を支える部分が太くなっていてとても安定感がありますし、お尻の形に合わせてカービングしているので、長く座れるよう工夫されています。ぜひ座ってみてください。今日は座り比べをするにはとてもいいチャンスですよ(笑)」
「ここにあるのは『森のことば』という、飛騨産業を代表するシリーズ。あえて木の節を見せるという、以前の家具では考えられない特徴を持っています。このシリーズの名付け親でもある飛騨産業の岡田社長は、『森は放っておけば育つわけじゃなくて、人間の手で間伐して光を入れないと荒れてしまう。人とともに自然があるべきだ』と言っていました。この家具にはそういった思いも込められています」
飛騨の家具館での解説はまだまだ続きます。たくさんの家具が並ぶ中には、五十嵐さんがデザインを手がけたものもありました。そのコンセプトや素材について、実際に手掛けた作品を見ながら、じっくり語っていただきました。
「こちらは私がデザインした『バゲットライフ』というシリーズ。本来なら廃材としてしまう、ナラの端材を集成してつくった家具です。ナラ材の木色を、白と茶、その中間色の3つに色分けしてから集成しています。美しい木目をもう一度人間の手でつくろうというのがこの家具、素材を長く生かすという意味を込めて『ライフ』と名付けました」
「部屋って、四角い形が多いですよね。インテリアプランも四角に合わせたものになります。そこに変化を生み出すためには、こういう変形したテーブルが効果的です。丸いラインや変形のデザインを入れると、部屋の雰囲気が一変します。とくに、テーブルは視覚的に認知しやすい高さなので効果が高い。そういう意味で、私はテーブルのデザインにかなりの可能性を感じています」
「私がデザインしたもうひとつの家具は、まだ製品化されていない新作。これはウォールナットを使った椅子です。普通、ウォールナットの家具というと均一に茶色のものが多いのですが、この家具では、白い部分や大胆な模様など、木の自然な表情をあえて生かしています。それでいてありのままというわけではなく、座面のだいたい同じ位置に、同じような模様がくるようにコントロールしている。ちなみにウォールナットは高騰を続けているので、欲しい方は早めに買ったほうがいいですよ(笑)」
「こちらのソファは、背とひじのクッションを外すと、ベッドにもなります。もともと日本は畳の文化ですから、日本人は足を上げるとリラックスします。畳の部屋が少なくなってきて、ソファが小上がりの役割を果たすといいなと思ってつくりました。使い勝手、手ざわり、そして見た目。この3つのバランスが、暮らしのデザインにおいては譲れない部分かと思います。では、ツアーはここまで。最後に質問があれば、ぜひ何でも聞いてくださいね」
――デザインするときに参考にしている雑誌や書籍はありますか?
「私は、リサーチをするときには実際に見に行くことが多いです。説明文を頼りにするよりも、直感的に感じることを大切にしています。デザイナーとしては、言葉ではなく、見た目や造形で何が伝えられるかを知りたいですから。ホテルや公共の場でも、椅子に座ったり壁にさわったり、そんなことをしょっちゅうやっています。もちろん雑誌やネットから情報を得ることもありますが、そこで終わらせないことが大事ですね。行動につなげないと、引き出しは深くならないと思います」
――変形の家具をデザインするときには、どうやって形を決めるんですか?
「かなりの数のスケッチをします。その中で、しっくりきた形をコンピュータで再現します。私、図面化することが大好きなので、数値化して、それで納得してからクライアントにお出しします。とはいえ、実物を使ってみてはじめて気づくことも多いもの。だから模型も大切ですし、それ以前の段階の迷いを整理するにはCGも役立ちますね」
「今日は、六本木未来会議という都市や未来をテーマにしたウェブサイトのツアーですが、自然の話が多くなってしまいました。でも、今のインテリアのトレンドは、ヴィヴィッドな色よりもナチュラルなアースカラーが主流。木の家具の人気が高いのも相変わらずの傾向です。移動中も木に囲まれて、みなさんをお散歩に連れ回してしまいましたね(笑)。今日はもう少しここにいますので、このあとも、みなさんとお話ができればと思います」
ツアー終了後、参加者の方にお話を聞きました。ふだんはウェブディレクターをしているという男性の参加者は、リアルなものづくりから学ぶことが仕事に役立つ場合も多いのだそう。
「どんな課題があって、どう解決したかというプロセスに興味があります。たとえば、リビング・モティーフの抜けを大切にしたインテリアは、お客さんが商品にフォーカスしやすくしたいという意図もあるのかもしれない。飛騨の家具館でも、素材からアプローチするものづくりの方法を知ることができて、新鮮に感じました」
ツアー後も五十嵐さんと話し込んでいたこちらのおふたりは、ともにインテリアデザイナー。五十嵐さんいわく「同業者として悩みを聞いていました」とのこと。
「木目まで計算しているなんて、実際にデザインをした方に話を聞かないとわからないこと。自分だけで見ていると勝手な解釈をしてしまいますが、五十嵐さんのお話を聞きながらだと、デザインのコンセプトが明確にわかって勉強になりました」
「工場や大工さんとのつながり、素材の調達などもすべて含めてインテリアデザインなんだって、あらためて気づきました。会社で仕事だけをしているとデザインが固まってしまうので、今日はとても刺激になりました。五十嵐さん、どうもありがとうございました」
五十嵐久枝(いがらし・ひさえ)
東京都生まれ。桑沢デザイン研究所インテリア・住宅研究科卒業。1986~91年クラマタデザイン事務所勤務。1993年イガラシデザインスタジオ設立。商業から様々な空間デザイン・インスタレーション・家具デザインを中心に、プロダクト・幼児施設遊具など、携わる領域は「衣・食・住・育」に渡る。
グッドデザイン賞審査委員、武蔵野美術大学教授。
主な仕事に、TSUMORI CHISATO、une nana cool、LuncHのインテリアデザイン、TANGO、baguette、baguette life、おいしいキッチンの家具デザインなど。