文化庁メディア芸術祭とは、「アート」「エンターテインメント」「アニメーション」「マンガ」の4部門で世界中から作品を募り、優れた作品を顕彰するとともに広く鑑賞の機会を設けるフェスティバル。第8回となる六本木デザイン&アートツアーでは、アートプロデューサー・山口裕美さんをガイドに、六本木未来会議読者のみなさんと国立新美術館で開催された受賞作品展を巡りました。
「私は"現代アートのチアリーダー"を名乗って、20数年間にわたっていろいろな作品を観てきました。今日は、山口裕美オリジナルの鑑賞法をお伝えしながら、メディア芸術祭をご案内したいと思います」
ツアーのはじまりには、山口さんからメディア芸術祭についての解説が。今年で第17回を迎えたメディア芸術祭には、84ヶ国・地域から4347点の応募があり、そのうち海外からのものが2347点と、初めて国内を上回ったそう。また、ビッグデータを扱ったものや光と音を使ったものなど、応募作品には「データと表現」という共通のテーマが見られると教えてくれました。
「文化庁メディア芸術祭のスタートは1997年。この17年間で規模がとても大きくなりました。過去に受賞しているたくさんの作品はウェブでチェックしていただくとして、フロアプランと作品解説が載っているパンフレットを参考にしながら、作品を見ていきましょう。」
会場内は広々としたワンフロア、並べられている4つのカテゴリーの作品を、展示の順番にしたがって回っていきます。まずは、アート部門で優秀賞を受賞した三原聡一郎さんの作品から。
「見てのとおり『泡』の作品なのですが、下の液体から空気を送って、発生した泡があたかも建築物のように広がっていきます。次々に泡が生まれては消えて、まるで生きているように見えますよね。人間は海から来た生物といわれていますが、泡や水の音を聞くと、原始の記憶がよみがえるような感覚を覚えることがあります。そういう『何か』を超えるということを表現しているのではないかと私は感じました」
「作者の三原さんは、過去にはNTTのインターコミュニケーション・センターでさまざまな作家とコラボレーションしています。彼は、この泡のように、作品に必ず計算外のものを取り入れている。こういうアート作品は、鑑賞者が参加することで完成することもあります。泡に触りたくなる、そうした触感を喚起する魅力がある作品ですね」
こちらはエンターテインメント部門の大賞を受賞した作品で、ホンダのCMとして制作されたもの。伝説的なF1ドライバー、アイルトン・セナが1989年の日本グランプリ予選で樹立した世界最速ラップの走行データを元に、エンジンやアクセルの動きを解析。実際のマシンから録音した音色を組み合わせて、当時のエンジン音を再現しています。
「あっという間に走り抜けますので、構えて見てくださいね(笑)。今の技術があるからこそ再現できた、すばらしい作品だと思います」
「今はほとんど使われていない、オープンリール式のテープレコーダーです。そこから徐々にテープが垂れてきて、ドローイングのように積み上がっていきます。最後にはちょっとした奇跡のような仕掛けがあって、すべてのテープが画面を埋め尽くした瞬間、オーケストラが音楽を奏でるんですよ。ただ、残念ながら待っている時間の余裕がありません(笑)。あとで聴いてみましょう」
「マンガは非常に人気がありますから、私よりも詳しい方もいらっしゃるのではないでしょうか?」と山口さん。ここからはマンガ部門の展示へと移っていきます。
「メディア芸術祭の特徴は、原画が展示されていること。緻密な書き込みや美しいスクリーントーン、また実際にマンガを描いているデスクやアトリエの様子なども紹介されていますので、ぜひゆっくりご覧ください。こちらは私の好きな『バタアシ金魚』の作者、望月ミネタロウさんの『ちいさこべえ』。山本周五郎の時代小説を原作にした、優秀賞のひとつです」
「こちらも優秀賞の、雲田はるこさんによる『昭和元禄落語心中』。雲田さんはいわゆるボーイズラブという、美しい男性同士の恋愛を描いた作品でも知られています。この作品では、ある落語の演目をストーリーに仕立てています。この2つの作品を見ても、マンガに描かれているジャンルやテーマの広さを感じますね。審査員も選ぶのに苦労するのではないでしょうか(笑)」
「アーティストもそうですが、マンガ家やアニメーターも、成功するまでに時間がかかるケースが少なくありません。そういう意味でも、メディア芸術祭のようなクリエイターを応援するプログラムはもっと増えていいと思います」と山口さん。17年前、メディア芸術祭にマンガ部門やアニメーション部門が設けられたのは、クリエイターがもっと市民権やリスペクトを得られたら、という発想からだそう。そんな話を挟みながら、参加者のみなさんと展示フロアをさらに巡っていきます。
「マンガ部門の大賞が、こちらの『ジョジョリオン』。作者の荒木飛呂彦さんが仙台出身ということもあって、3.11後の世界観が描かれています。貴重な原画も展示されていますので、絶対に見逃さないでください。日本のマンガは世界的にも人気が高く、メディア芸術祭の記者会見に出席した荒木先生の写真をフェイスブックにあげたところ、海外の友人からの『うらやましい!』という反応がすごかったですね(笑)」
アニメーション部門のコーナーでは、原画や関連資料が展示されるとともに、壁面をスクリーンに各作品の予告編が上映されていました。本編はシネマート六本木で上映されているため「気になる作品の本編は劇場で」と山口さん。
「アニメーション部門には513作品もの応募があり、海外からの応募もアート部門に次ぐ多さでした。こちらの『Airy Me』は、新人賞を受賞した手描きのアニメーション。約3000枚の原画は、2年間かけて描かれました。現代アートの世界では、ウィリアム・ケントリッジの登場以降、手描きアニメの作品が増えてきていますが、これほど手間のかかる作品を完成させるという根性がすごいですね」
「はちみつ色のユン」は、韓国系ベルギー人であるユン監督が、フランスのドキュメンタリー監督ローラン・ポワローと共同監督し、アニメーション部門で大賞を受賞した作品。山口さんによれば、受賞するには、作品としての評価に加えて、その時代の空気を反映していることも大事な一面なのだそう。
「この作品の中には、そうした観る人に新しい視点を伝えるものがありますね。韓国で生まれたユンさんは、養子としてヨーロッパで暮らすうち自身のアイデンティティについて意識しはじめます。自分は韓国人なのに韓国語もできない、自分の親は誰なんだろう、どこかに自分の本当の親がいる。お涙頂戴ではなく、甘い記憶も苦い記憶もよみがえるリアルストーリー。これまであまりなかった実写のドキュメンタリー映像とアニメーションが合体した作品です」
ここからは、再びマンガ部門の展示。山口さんが注目したバスチャン・ヴィヴェスさんの『塩素の味』は、「バンド・デシネ」と呼ばれるフランス語圏のマンガです。
「新人賞とはいえ、フランスではすでに有名な方です。水泳の苦手な少年がプールに通って少女と出会うというお話なのですが、泳ぎ方や沈んでいく体といった動きを、セリフを非常に少なく抑え、行間を生かして表現しています。徹底して描き込む傾向にある日本のマンガに対して、こちらは余白のある、実にフランスらしい作品ですね」
「吉浦康裕さんによる『サカサマのパテマ』は、天地が逆さまの世界に住んでいる2人が出会うというストーリーはもちろん、監督自身によるオリジナル原作で劇場公開作品がつくられたことも、すばらしいですね。こちらに並んでいるのはアニメーション部門の優秀賞で、私も大好きな庵野監督の『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:Q』もあります。ものすごく人気もあって、たいへんな額のお金がかかった作品も同列に並んでいるのが面白いですね」
メディア芸術祭には、大賞・優秀賞・新人賞のほか、メディア芸術分野に貢献した人に贈られる「功労賞」があります。今回は4名が受賞していて、その作品も各所に展示されていました。
「中村公彦さんは、『コミックマーケット』とは違う、オリジナル作品のみを対象とした同人誌即売会『コミティア』を設立し、多くの才能あるアマチュア作家にプロデビューのチャンスをつくり、日本のマンガ界に大きな貢献をしたことが認められました。その他、『鉄腕アトム』から『サザエさん』まで、幅広い作品の効果音を手がけた音響効果の先駆者、柏原満さんも受賞しています」
さて、ツアーもいよいよ終盤戦。「少々急ぎましょうか(笑)」と言いつつ、広いフロアに展示されているたくさんの作品の中から、これはという作品を選んで山口さんの解説は続きます。
続いて訪れたのは、アート部門で大賞を受賞したカールステン・ニコライさんの作品「crt mgn」。テレビモニターの上に磁石付きの振り子が揺れ、磁石の力で変化するイメージを見る、また電磁波の作用で発生した音を聴くメディアインスタレーションです。
「2006年にワタリウム美術館で行われた『さよなら ナム・ジュン・パイク』展を契機に制作された作品で、ビデオアートの父、ナム・ジュン・パイクへの追悼の意を込めています。モニターに映る形の変化や、音響信号で変換された音で、通常は見えない電磁波を人間の知覚で捉え、可視化しています」
「この作品が表現しているのは、単純な雑音ではないんです。カールステン・ニコライさんは、音楽にも造詣が深い方。アルヴァ・ノトという名前でライブをするミュージシャンでもあり、坂本龍一さんともコラボレートしていました。メディア芸術祭のオープニングとして、スーパーデラックスでライブをやったのですが、これはぜひみなさんにも観ていただきたかったですね」
「crt mgn」の展示の前には、映像機材が積み上げられた一画が。こちらはナム・ジュン・パイク氏の活動を支えた功績を認められ、功労賞を受賞したエンジニア・阿部修也さんの展示です。
「阿部さんはこんな機材を使ってパイクをサポートしていました。パイクが阿部さんに書いた感謝のメッセージなど、たくさんの資料があります。私はパイクさんに二度インタビューをしたことがありますが、語学が堪能で、各国語のスラングを織り交ぜて話す人でした。ブラックジョーク好きで、雑誌に掲載できないことばかり言うので困りましたけれど(笑)」
会場をほぼ一回りしたところで、山口さんが「最後に、これだけは観ていきましょう」と言いながら向かったのは、審査委員会推薦作品の「lapillus bug」。
「今回のメディア芸術祭で、来場者から人気を集めているのがこの作品。河野通就さん、星貴之さん、筧康明さんの3人がつくりました。お皿の上にハエのように見える黒い粒が浮かんでいるのですが......これはスタッフの方に説明していただいたほうがいいかもしれませんね」
スタッフの方によると、写真の中央に見える黒い粒はハエではなく発泡スチロールで、真上にあるボックスが発する超音波の力で浮いているのだそう。ボックスにはカメラが内蔵されていて、赤い光を皿の上に照らすとカメラがそれを認知して、光の動きを追いかけるように黒い粒が移動するという原理です。
「面白いですよね。私たち観客は、こういう作品は素直に楽しめます。メディア芸術祭を見てきたよ、と誰かに言いたくなるのは、こういう作品ではないかと思います」
残念ながらここで展示会場の閉館時間となり、第8回六本木デザイン&アートツアーは終了。会場を出たところで、参加したみなさんに、この日の感想を聞いてみました。また最後には、参加した方、そして日本のクリエイターに向けた、山口さんからのメッセージも。
「このツアーの告知をきっかけに、メディア芸術祭の展示が行われていることを知りました。山口さんのガイドは作品の背景もわかりやすく、明日もまた来たいなと思うくらい楽しかったです」
「こうした展覧会には、ふだんはひとりで来るのですが、作品に対して受け身になってしまうことが多いんです。今日は、作品に積極的に関わることを教えてもらいました。これからは、もっと能動的に見てみようと思います」
「みなさん、今日は本当にありがとうございました。メディア芸術祭はもう17年間も続いている公募展。国をあげてのコンペティションですから、ぜひ日本人の方に、もっとたくさん応募してほしいですね。学生が学校単位で取り組むのもいいでしょうし、中堅作家の方にも積極的に参加してもらいたい。みなさんのまわりにクリエイターがいらっしゃったら、ぜひ応募をすすめてください。また観る側にとっては、年齢に関係なく、本当に楽しい展覧会。一度きりでなく、二度三度と訪れていただきたいと思います」
山口裕美(やまぐち・ゆみ)
アートプロデューサー&ディレクター。アーティストが孤軍奮闘する日本の現代アートの現状の中で、常にアーティストサイドに立ったサポート活動を続けている。日本の現代アートを世界に向かって発信するその活動から「現代アートのチアリーダー」の異名を持つ。eAT金沢99総合プロデューサー、ARS ELECTRONICA2004ネットビジョン審査員、総務省デジタルコンテンツワーキンググループ「新しいコンテンツ政策を考える研究会」委員(2004)、「劇的3時間SHOW」キュレーター(2007)、静岡県掛川市地域活性化プロジェクト「掛川現代アートプロジェクト」プロデューサー(2008-2014)、「De La Mer 」10周年記念イベント総合ディレクター(2010)、上海万国博覧会記念版画制作実行委員(2010)、女子美術大学非常勤講師(2010)、福井県恐竜キッズランド構想アドバイザー(2010)、北京市 D-PARK Animals save the art gallery ディレクター、静岡県立美術館第三者評価委員会・委員、eAT金沢実行委員会・委員、Emon Photo Award 審査員、第1回CAF賞審査員、第67回山口県美術展覧会審査員、高松市美術館展覧会アドバイザー、NPO法人芸術振興市民の会(CLA)理事、CANVASフェロー、著作権延長問題を考えるフォーラム発起人、JAPA日本ポップカルチャー委員、NPO法人Open Museum Project理事、玉川大学経営学部観光経営学科非常勤講師。