しとしとと雨の降る8月25日、フォトグラファー・本城直季さんとともに街を巡る「ロケハン散歩」が開催されました。都市をミニチュアのように切り取った作品で知られる本城さん。ふだんロケハン中に何を見て、どんなことを考えながらシャッターを切っているのでしょう? 六本木未来会議の読者と街歩きをしながら、また、モニターに映し出された作品を見ながら、自身の写真について語った「デザイン&アートツアー」。その様子をどうぞ。
ツアーのきっかけは、本城さんが21_21 DESIGN SIGHT の上空を撮影した際に目にした付近の古い住宅街が、再開発によって取り壊されると知ったこと。その前に、ぜひ実際に足を運んで見ておきたいということで、東京ミッドタウンに集合した参加者のみなさんと一緒に、カメラを片手に街へと繰り出しました。
今回の「ロケハン散歩」のルートは、都営地下鉄・六本木駅から見て、東京ミッドタウンの裏手にあたる赤坂エリア。港区立檜町公園を通り抜けて街に出て、赤坂中学校脇の坂道を上り、21_21 DESIGN SIGHTへと至る、およそ30分の道のりです。その日たまたま一緒になった参加者のみなさんが話をしやすいように、2人1組になって歩きました。
「撮影をするときには、まず地上を歩いて、広がりのある場所から街を眺めます。『あのビルは高くていいな』とか、『あそこのベランダからが撮りやすそうだな』とか。今、見えている東京ミッドタウンを撮影するなら、15階から20階前後がちょうどいい。だいたい、地上50メートルくらいの高さですかね」
最初に訪れたのは、一面に広がる芝生が気持ちいい港区立檜町公園。すぐそばに高くそびえるミッドタウン・タワーを指差しながら立ち止まり、本城さんが語りはじめると、参加者のみなさんの視線も自然とビルのほうへ。
「高いところは障害物がないので撮りやすい。でも、50メートル以上になってしまうと、人が見えなくなってしまうんです。人間ってやっぱり人に興味があるから、風景が写っている写真を見ても、人の気配を探そうとするんですよね。だから、人が写っているほうが面白い。よく駅前を撮ってほしいと言われるんですけど、東京は建物が密集していてビルの屋上しか見えなかったりするので、難しいですね」
公園をあとにした一行は、赤坂の街をゆっくり歩きます。カメラを持参している方も多く、話をしながらパシャリパシャリとシャッターを切っていると、話題は自然と機材や撮影方法に。
「僕が使っているのは、"シノゴ(4×5)"といって、蛇腹がついている大判のカメラ。重たくて三脚がないと撮影できないのもいいんです。というのも、簡単には動かせなくて、迷わずに済むから(笑)。そんなにシャッターをいっぱい切れないんですよ、性格的に」
そう笑う本城さんに、なるほどとうなずく参加者のみなさん。おだやかな空気が流れるなか、いよいよお目当ての場所に到着です。複雑に入り組んで隣接する家屋と、東京ミッドタウンや21_21 DESIGN SIGHT。コントラストのはっきりした2つのエリアの境目で、本城さんはこんな話をしてくれました。
「この間、東京ミッドタウンの上から21_21 DESIGN SIGHTを撮影したときに知ったんですが、今度この一帯は取り壊されて、再開発されるそう。そこで今日、ここを見ておいて、ビルが建ったあとに比べてみたいと思ったんです。みなさんもまたここを訪れて、新しくなった姿を見たら面白いんじゃないかなと」
散歩を終えると、実際に本城さんの作品を見ながらお話を聞くため、一行は眺めのいい東京ミッドタウンのミーティングルームへ。本城さんたっての希望で、通常はスタッフしか入れないセキュリティエリアを通って向かいました。
まずモニターに映し出されたのは、ツアーのきっかけにもなった、この写真。今年の6月、『デザイン「あ」展』の期間中、行列ができるほど混雑していた21_21 DESIGN SIGHTを撮影したものです。
「都市計画された街って、リアルな模型みたい。植木が並べられているあたりなんて、人工的につくられた"嘘っぽさ"がありますよね。やっぱり模型をもとにしているんだなっていうのがよくわかります。この写真は、ショップやレストランフロアのベランダなど候補をいくつか見て、今みなさんがいる棟(ミッドタウン・タワー)の23階から撮りました」
本城さんにとって、六本木といえば「夜の街」のイメージ。六本木をはじめ東京の街は、学生の頃から定期的に撮影していたと話しながら、次にこんな写真を見せてくれました。
「これはヘリからの空撮ですね。東京は人が多いので、みんなが活発に活動しているときは蒸気が上がって、上空に吹きだまりのような"もや"がかかってしまいます。だから、企業や工場が動いていない三が日に撮りました。だいたい上空600メートルくらい、冬は空気が澄んでいて光も強く、パキっとした写真が撮れる。これだけはっきり写るのは、台風一過のときかお正月くらいですね」
このくらいの高さになると、もはや街の密集度は関係なし。上空から撮影していると、ふだん街を歩いている印象とはまったく違う光景が広がり、東京が「すごい街だと感じる」と本城さん。
「圧倒的に街が広いし、住宅も密集していて、しかもそれが延々と続いている。よくこんなにたくさんの人が暮らしているなって思いますね。他の都市はエリアが狭くて、30分も行けばすぐ郊外の緑が見えてくる。でも東京は、30分走っても横浜とか大宮とか次の都市が出てきますよね。あとは、なんといっても東京タワー。僕はスカイツリーも撮っていますけど、この赤って、街にすごく映えるんです」
東京の写真を見たあとは、参加者一人ひとりからの感想や質疑応答を交えつつ進めていくことに。まずは本城さんが、ミニチュア風の「模型シリーズ」を撮り始めたきっかけについて。
「当たり前ですが、街は人の手によってつくられている、というのを感じてほしいんですね。模型を見ると『よくここまでつくったね』って思いますけど、街に対してはその実感がわきません。僕の使っているシノゴのカメラでは、ボカしを入れる『アオリ』という撮り方ができるんです。最初はうまくいかなかったんですけど、1年以上試行錯誤をしながら撮っていたら、たまたま1枚だけうまく撮れた。もう二度とできないだろうと思っていましたが、何事も続けているとコツがわかってくるもので(笑)」
もともと街を眺めるのが大好きで、よく展望台などから写真を撮っていたという本城さん。そのうち、街の広がりを一枚の写真で表現したいと思うようになって、必然的に高いところ高いところへ。そして、街をミニチュアのように撮る理由を、こう教えてくれました。
「普通に高いところから撮った写真を見ても、さらっと流されてしまいます。でもミニチュア的に撮れば、じっくり見てもらえる。なぜか僕の写真は、箱庭感があって『小さくてかわいい』と思われているのですが、展覧会で大きな写真を見ると、こんなところまで写っているんだというのがわかります。いろんなサイズで見てもらえると感じ方も変わるだろうし、僕もうれしいですね」
質疑応答の中で多かった話題は、「光の使い方」について。建築を勉強していたという女性からは、「模型を写真に撮ると、どうしても似たような仕上がりなってしまうので、光を意識している。本城さんもそれを考えているのですか?」という質問がありました。
「そうですね。写真って平面ですけど、光の使い方によっては立体的にも見える。それがいい悪いではないけれど、僕の作品には立体感が重要。太陽を背にすると影ができないので、斜めから光を入れるようにしています。ちょうど対象物が浮き立つように見える光の当て方で撮っているんですね。明るいほうが発色がよくなって、立体感もよりわかりやすいですし」
一枚一枚の写真を撮った意図や、撮るまでの過程を聞いていると、とにかくたくさんの時間と手間をかけているということがわかり、一同感心することしきり。最近では、スマホでもミニチュア風の写真が撮れますが、それとご自身の作品との違いを、こう説明してくれました。
「たしかに、簡単に撮れますよね(苦笑)。でも、あれはアプリの機能を使って、写真をボカしているだけ。僕の場合は、色味やコントラストの調整こそ多少しますが、レタッチはしていません。カメラ自体も大きいので気軽には撮れないし、構図やどこを見せたいかというポイントも考えています。あとはフィルムで撮っているというのも、独特の質感が出る理由でしょうね」
モニターには、本城さんがふだん使っているPCをつないでもらったのですが、司会の「見せちゃまずいものは?」という質問に、「ないです!」と即答。その中から選ばれたのが、ケニアの草原を撮ったこちら。すると参加者から、「人の手によってつくられたものを撮りたいと言っていたのに、このキリンにも木にも人の手が加わっていない。それは、なぜ?」という質問が。
「たしかに、僕の中でもふだんの作品とはちょっと違うんですけど......。最初は、動物をおもちゃのぬいぐるみのように撮れたら面白いだろうなと思って、ヘリコプターと気球に乗って撮りました。ちなみにこれ、白い部分は全部、草食動物が草を食べてしまったところ。でも木のまわりだけは、視界が悪くて敵に襲われる可能性があるから食べない。こういう風景に興味があるんです」
たしかに写真をよく見ると、木のまわりを中心に草が残っています。つまりこれは、草食動物が、いわば人工的につくった風景というわけです。
続いては、ご本人が「これは、おすすめ!」という、ラスベガス郊外の写真。ラスベガスといえば、ホテルの前にエッフェル塔が建っていたり、きらびやかなネオンがあったり、キャッチーな街並みでおなじみ。本城さんも、もともとはその街並みをミニチュアっぽく撮りたいと思っていたそうです。
「でも、実際に行ってみたら郊外がすごくて、夜景はほとんど撮りませんでした。この作品では、街を形成しているものをトータルで見せたいと思って。池も着色しているように見えるけど、実際の色なんですよ。もともと砂漠の中の何もないところに人工的につくったから、街に裏庭とか裏山にあたるものがない。僕、ラスベガスを見て、これは人は月に住めるかもって思ったんです(笑)」
「さっきの再開発エリアのように、狙うのは古い街並みや路地が多いですね。この写真は今年、四日市でやった展覧会の作品で、テーマは『夜景と俯瞰』。電灯の光にライティングされると、まるで映画のセットみたいに見えるでしょう。ちょっと昭和なレトロ感漂う、そういう嘘っぽい場所を見つけて」
最近、本城さんが注目しているのは「路地裏」。こちらも実際にロケハンをして、気になる路地があれば立ち入っては、撮影ポイントを探しているそう。9月17日まで、恵比寿のAmerica-Bashi Galleryで開催されている「新作展『P』」では、初のポートレートにも挑戦。「模型シリーズ」でも、まだまだいろいろな街を撮りたいし、作品のモチーフやテーマはいつも探している、と話してくれました。
「みなさん、今日は雨の中ありがとうございました。人前で話すのはあまり得意ではないし、最初は大丈夫かと、不安でいっぱいでしたが。ふだんこうやってみんなで街を歩くことはあまりないので、面白かったですね......プレッシャーがありましたけど(笑)」
最後は、本城さんのこんなご挨拶で、無事ツアーは終了。参加者のみなさんからは、「次の写真集はいつ出るんですか?」「今度は沖縄とか、島を撮ってほしい!」という熱い質問や要望も多数。あの住宅街が再開発されたあかつきには、ぜひまた「ロケハン散歩」が開催できるといいですね。
本城直季(ほんじょう・なおき)
1978年東京生まれ。東京工芸大学大学院芸術学研究科メディアアート専攻修了。コミュニティーや人の介在を背景に生じている景色や建造物を、独特のスタイルで撮影。4×5判カメラのあおり、空撮、世界へ及ぶ広範なロケ地選定など、構築的に積み重ねられた要素が現すその柔らかな絵で注目される。写真集『small planet』(リトルモア)で第32回木村伊兵衛写真賞を受賞。作品制作活動を続ける傍ら、広告や雑誌などの現場でも活躍してきた。2013年の4〜6月には三重県の四日市市立美術館にて個展「四日市鳥瞰図しんきろう本城直季写真展」を開催。これに併せて写真集『Shinkirou』(リトルモア)も発表。
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