7月23日の夜、六本木未来会議が主催する体験型の新企画「デザイン&アートツアー」が開催されました。クリエイターと直接コミュニケーションの機会をもつことで、デザインやアートをもっと身近に感じてほしいという想いからはじまった、この企画。記念すべき第1回目の案内人は、現在21_21 DESIGN SIGHTで行われている企画展「カラーハンティング展 色からはじめるデザイン」の展覧会ディレクター、藤原大さん。六本木未来会議読者のためだけに行われた、特別なツアーの様子をお伝えします。
会場の入り口に映し出されているのは、その名も「霧ヶ峰のカラーハンティング」というタイトルの映像作品。作品の前に集った参加者のみなさんから、拍手で迎えられ、いよいよツアーがスタートしました。
スクリーンには、八ヶ岳の一面の雪景色の中で、着色した紙片を空にかざし、細かく色を調整していく藤原さんの姿が映ります。画面に見入る参加者のすぐそばで、藤原さんはこう語りはじめました。
「カラーハンティングとは、水彩絵具を調合し、自然や都市の色をその場で紙片に写し取っていく手法。言葉のとおり、色を採ることです。現地に赴き、直接目で見ながら写し取っていくと、その一色の中にいろいろな情報を込めることができます。このとき持っているのは、パレットと水彩絵具という、小学生が使うような簡単な道具だけ。誰でも用意できる道具を使って、誰にとっても身近な『色』からはじめる。そこには、みんながデザインをもっと身近にできるようになってほしいという意図を込めています」
次に案内されたのは、草原に佇むライオンの映像が流れる部屋。中央に据えられた台の上では、車輪のついた靴が動き回っています。この「ライオンシューズ」という作品は、アフリカのセレンゲティ国立公園でハントしたライオンの色で染めた生地を使って、スペインのシューズブランド・カンペールが靴を制作するというもの。その靴が躍動的に動き回れるよう、東京芸術大学の桐山孝司教授の研究室がモーションシステムを担当しました。
「ライオン1頭1頭、色は異なりますから、調合しては色を照らし合わせて、紙片の裏にどんどん番号を付けていくんです。こうして採取した色をもとに、ライオンのファミリーをイメージして、靴の制作を依頼しました。動物と人の動きを合わせてみたらインスタレーションとして面白いんじゃないかということで、このライオンシューズは赤外線センサーで自動的に動くようになっています」
「これがライオンから採取した色です。100頭くらいハントしましたが、この一色が一番フィットしました。これがライオンの色だね」
映像から少し離れ、壁面に貼られたパネルのそばへと参加者を誘い、藤原さんはさらに解説を続けます。
「この台の色も、マサイ族が住んでいる場所の土からカラーハンティングしました。つまり、アフリカの大地の上でライオンが走っているという状況をインスタレーションしているわけです。実際に採ってきた色がここにあるということは、本物がここにあると言ってもいい。後付けではない、とても真っすぐな話です。仮にライオンシューズが実際に販売されたとしても、お客さんにこのストーリーを伝えれば、デザイナーの意図がわかってもらえる。これも、色からはじまっていますよね」
続いて、参加者一行は、ニュアンスの異なる水色のカラーチップが大量に展示されているスペース「スカイダイアリー」へと移動しました。この「スカイダイアリー」内の「空のいろ日記・午前 365色のカラーハンティング」は、藤原さんが絵の具を毎日持ち歩き、365日にわたって空の色をカラーハンティングしたもの。ときには、海外の出張先でカラーハントすることもあったとか。
「空の色って、みなさん、もうちょっと濃い色をイメージしますよね。たしかに頭上を見上げると、空の色はもう少し濃く見えます。でもこれは、日常的な目線で採取しました。こうして365日取り続けていると、空の色はだいたいこんな色じゃないかなということがわかるんです」
また、このカラーチップをもとに、オランダのブックデザイナー、イルマ・ブーム氏が制作した大きな本「空のいろ・日記帳」の展示も。参加者の方々は、ページをめくりながら、そんなエピソードに興味深く耳を傾けていました。
「これは、『肌色メガネ』という作品です。20歳になったばかりのMOMOKAさんという女性の肌をハンティングしましてね、彼女の肌の色をベースに、メガネメーカーのJINSさんにメガネを制作してくださいました」
その様子を撮影した写真の傍らには、資生堂の肌データをもとに制作された、さまざまな「肌色メガネ」がずらりと並びます。話を聞きながら、メガネを手に取ったり、かけてみたりする方もちらほら。
「肌の色と同じということは、メガネが顔の一部になります。そこにメイクをすれば、もっと顔になじんだメガネができるんじゃないかと思って、資生堂のメイクアップアーティストの大久保紀子さんにお願いして、フレームにアイシャドウをすっと入れました。メイクで目をつくる時代の、新しいメガネの価値観ってなんだろう。そう考えたときに、肌の色からはじめてみる。やっぱり、色からはじめていて真っすぐなストーリーなんです」
一つひとつの作品について解説をしながら、藤原さんは会場内をゆったりとした足取りで巡ります。言葉から連想される色を分析してチャートにまとめた作品「カラーボキャブラリ(カラボキャ!)」の解説では、ユニークな語り口に、参加者のみなさんから笑いが起こる場面も。
「ビッグデータの時代になって、お客さんの気持ちをより正確に読み込んでいくことが必要になりました。この作品は、一種のデータサイエンスとして、人の気持ちを色で表現しようという試みですね。ここに書いてある言葉......『すべすべ』はピンク、『ぴかぴか』は黄色、『カムチャッカ火山群』は赤というのは、わかりやすいですね。『安倍晋三』さんは灰色(笑)。これもカラーハントしていますよね。色がないものに、色を探してつけている。つまり人が考えている『言葉や意味』をハントしています」
ツアーの最後には、参加者のみなさんと熱心な質問応答を。藤原さんもおっしゃっていましたが、ツアー中もメモをとったり撮影したり、非常にデザインやアートに対してポジティブで、意識の高い方が多いと感じました。そのいくつかを、ご紹介します。
―― 「カラーハンティング」という言葉自体に興味を持って、今日ここに来てみました。世界のあちこちでカラーハントをしている藤原さんの、アウトプットまでの過程や意味について教えてください。
藤原 たとえば、たてがみがフサフサしたライオンの靴をつくろうと思ったら、普通はまずインターネットや本で、ライオンの色を調べるでしょう。でも、それでは一般的な情報にとどまってしまいます。そこで私は、みんなが知らない「新しい価値」を見つけるために、現場に行って色を採取するんですね。これは別に、ライオンじゃなくて、街なかにある雑草でもなんでもいい。自分からアクション・行為を起こすことで、新しい価値を付加できる。それには、色から始める方法もありますよというのが、このプロジェクトなんです。
―― 私は、インテリアコーディネートの勉強をしていて、空間を構成するものに興味があります。「色と空間」ということについて、もう少し詳しくうかがいたいのですが。
藤原 空間に色をどう置いていくかというのは、「意味をつくっていくこと」になります。空間をつくるときには、雰囲気がいいとか気持ちがいいということを考えますよね。主観的・感覚的なものを、第三者にきちんと説明できなければならないし、デザインにはそれが求められていると思います。そのとき「これは草原の色です」とか「若葉のやわらかい緑をとってきました」と説明できれば、ただ「こんな感じのイメージで......」と言うよりはるかにわかりやすいし、説得力もあるし、ムダがないでしょう。
「展覧会をつくっている人に直接話を聞くというのは、ある意味で、自分が実際に色を採取しにいくカラーハントと同じようなもの」という、藤原さんによる締めのあいさつで、約1時間にわたるギャラリーツアーは終了しました。
ツアー終了後、藤原さんに、お話を聞くことができました。そもそも、この「カラーハンティング」の原点となったのは、学生時代、中国に留学をしたときに学んだ山水画にあるといいます。
「私は最初、山水画に描かれている景色は空想のものだと思っていました。でも、実際に中国に行ってみると、見たことのないような山や川がちゃんとあるんですね。自分がその場所にいるような、空気の動きを感じられる絵を描くには、実際に対象を見に行かなければならない。まだ色には結びついていませんでしたが、現場に行かないとわからないというのは、カラーハンティングに通じる経験でしたね」
展覧会の「ディレクターメッセージ」の中に、「デザインはいま......(中略)......子どもから大人までが共有するライフスキルとなったように思えます」という言葉がありました。
「デザインと聞くと専門性が高いものばかりだと思われるかもしれませんが、たとえば、子どもが紙に鉛筆で絵を描くこともそうだし、架空の動物を空想するのもそう。デザインとは、人に何かを伝える技術であり、自分を表現するひとつの方法なんです。これからデザインは、教育をはじめ生活のあらゆるところに入っていくでしょう。だからこそ、色をきっかけにデザインをもっと楽しめるようになってほしいと思って、この展覧会を企画しました」
最後に、カラーハンティング展を通じて伝えたいメッセージについて、藤原さんは次のように話してくれました。
「一番伝えたいのは、色について考えると、何か新しいことに気づけたり、見いだしたりできるかもしれないということ。カラーハントは、ライオンシューズや肌色メガネのような『モノづくり』だけじゃなくて、『コトづくり』もできるんです」
information
藤原 大ディレクション「カラーハンティング展 色からはじめるデザイン」
海、空、星、植物......。自然界には、無限の色が存在します。
本展ディレクターの藤原 大は、自らのデザインリサーチのなかから「カラーハンティング」というデザイン手法を生み出しました。自然や都市に存在する現実の色を、自ら水彩絵具を調合してその場で紙片に写し取っていく行為は、文字通り色の採取(カラーハンティング)です。そうして採取した、色からはじめるデザインは、ものづくりのプロセスに関わる人々や使い手に色の意味や物語を伝え、豊かな色彩環境を広げることでしょう。
本展では、カラーハンティングを通して色がもつ未知なる可能性を示すとともに、研究者や企業、国内外の教育機関と恊働して得た色とデザインの成果も紹介します。「色」が導く創造的な世界をぜひ体験してください。
会期:2013年 6月21日(金曜日)~10月6日(日曜日)
オフィシャルサイト
藤原 大(ふじわら・だい)
1992年、中央美術学院国画系山水学科(北京)留学。1994年、多摩美術大学美術学部デザイン学科卒業後に、三宅デザイン事務所入社。1998年、三宅一生と共に「A-POC」プロジェクトをスタートさせる。「A-POC」にて2000年度グッドデザイン大賞、2003年度毎日デザイン賞を受賞。2006年、ISSEY MIYAKEクリエイティブディレクターに就任(〜2011年)。2008年、株式会社DAIFUJIWARA設立。2013年より京都造形芸術大学・多摩美術大学客員教授。色と素材をテーマにサイエンスとものづくりをデザインでつなげ、地域にある固有な情報を色から読み取り、多くのクリエイション活動を展開してきた。自然や動物などの様々な色を世界各地で採取し、作品の発表を続けている。