新型コロナウイルスの世界的なパンデミック状態によって、美術館やギャラリーがクローズ、イベントが中止、リアルな体験が制限され、街を舞台にしたクリエイティブな活動のあり方は、いわば強制的ともいえるパラダイムシフトに直面しています。こうした環境の変化によって、都市におけるデザイン・アートのあり方にどんな影響が及ぶのでしょうか。コロナ発生後の世界のクリエイターや、デザイン・アートの新しいスタンダードとは―。世界の都市に暮らすクリエイターの視点から、現地で生じている変化について、生の声を聞くことで、ウィズコロナ、アフターコロナの都市におけるクリエイティビティのヒントを探ります。
アメリカで芽生える新しい価値観を記した『ヒップな生活革命』や、ニューヨークの女性たちを描いたエッセイ『ピンヒールははかない』など、カルチャーから社会問題まで幅広くリアルなアメリカの姿を伝える文筆家、佐久間裕美子さん。アート・ギャラリーがひしめき合うニューヨーク在住の佐久間さんは、これまで直接足を運び、アートを鑑賞していた体験が断絶してしまったことに戸惑いながらも、同時に新しいアートの楽しみ方が生まれる予感を抱いています。
アートショーも、ギャラリーも、ミュージアムも営業できなくなったとき、アート界の発信が 一気にデジタル化した。変わり果てた世界で、ミュージアムからギャラリーまで、これまで物理的な空間でアートを見せてきた組織は、オーディエンスのコネクションを維持するために受信箱に届くニュースレターには、アーティストとのインタビュー、アーティストが自分のスタジオを案内する「バーチャル・スタジオ・ビジット」の映像、展示を画面上で楽しむことができるリンクなど、家にいながらにしてアートを楽しめるコンテンツがぎゅっと詰まっている。アートを見ながら歩き回る、ということはできなくなった替わりに、アーティストの創作のプロセスを現場で目撃するような体験をしたり、コロナ以前の世界では想像もつかなかったアーティストのカジュアルなおしゃべりを楽しむことができるようになった。開催地が遠すぎて、実際に行くことのできなかったアートショーもスクリーン上で、別の体験ができるようになった。
こうなると、変わらないといけないのは自分である。スペースに身を運ぶことで自分を日常から切り離してアートを摂取していたから、すぐに頭を切り替えることができない、ということがよくある。コンテンツの量が潤沢すぎてぜいたくだけれど窒息しそうな気持ちになることすらある。けれどこのプロセスにおいて、デジタル空間の表現は花咲かっている。今、この時代でないと起きえないことが、起きているのだから、目をそらしたくない。想像力を膨らませて、せめて頭の中だけでも日常からの逃避を試みる。
一方、アートの見せ方、ひいては商売の方法が根本的に変容した今、アート界はこれまでのやり方をアップデートする方法論を考案せざるをえないだろうけれど、今後の社会のあり方が不透明ななか、まだ答えを見いだせてはいないように見える。
ニューヨーク・シティの美術館や人気のショーのオープニングは、ウィズコロナ時代には密が過ぎて、リアルな空間に戻るのはまだ先のことだろうと予想されるが、人口密度の少ないニューヨーク州北部には、ディア・ビーコンやストーム・キング・アート・センターのように広々とした自然のなかでアートを鑑賞することのできる場所がある。コロナ禍を避けて田舎に拠点を移したアーティストが作った作品を道路上から見えるように設置している、という話を聞いた。いわば青空ギャラリーだが、今のところ、アーティストの名前も、場所もわからない。Google検索に引っかかるようなタイプのものではない、というところもまたいい。車で通り過ぎるだけのアートショー、時間をかけて探してみようと思っている。
約11年間に渡り、ブログ「世界級ライフスタイルのつくり方」で理想の生き方を探るライフストーリーを綴ってきたインテリアデザイナー、クローデン葉子さん。2010年より在住しているロンドンでは、自身も参加している医療従事者に向けた社会貢献活動など、普段から広く浸透していたボランティアによる支援が、非常時にも目立っていたそう。また、オンラインとは縁遠かった英国の権威ある催しがウェブセミナーを開くなどの異例の事態も。そんな中、人々がある変化に気づき始めていると言います。
イギリスで新型コロナウイルスの甚大な影響が明らかになり始めた3月下旬、真っ先に起こったのは医療従事者への支援を行うチャリティ活動だ。100歳の誕生記念に医療従事者への募金を集るため、自宅の庭を歩行器を使って100周することに挑戦した退役軍人が40億円超を集め話題になったが、クリエイティブ業界でもそれぞれのスキルを使った様々なチャリティ活動が行われている。
例えば、筆者は病棟の医療従事者の休憩室を居心地の良い空間にリノベーションする活動を行うRest Nestというチャリティ団体に参加している。これは建材・塗料など資材から家具やクッションまで協賛企業によって提供され、筆者のようなデザイナーがプロボノ(※)で設計・監修し、施工も業者によってプロボノで行われる。イギリスの医療制度NHSは国営で「ゆりかごから墓場まで」無料でお世話になる場所であるため、非常にNHSを誇りに思っている人が多い。チャリティ活動が日常生活で根付いているため、医療崩壊が懸念された当初はクリエイティブ業界に限らず個人・企業が持っているモノ・スキルで社会貢献する活動が目立った。
次に、新型コロナウイルスによるロックダウンはクリエイティブの発表の場である春の展示会シーズンを直撃した。ほぼ全ての展示会が中止を余儀なくされる中、毎年5月に開催されるチェルシーフラワーショーが史上初めてヴァーチャル空間で開催された。チェルシーフラワーショーとはエリザベス女王が総裁を務める王立園芸協会(RHS)が主催するガーデニングの祭典、ガーデニング界世界最高峰の展示会である。高額な入場料にも関わらず毎年15万人以上の入場者が訪れるショーのハイライトは世界各国の著名デザイナーによるショーガーデンだ。新型コロナウイルスの影響で中止となった今年は、開催期間中、毎日著名デザイナーがオンラインで自宅の庭を案内したりガーデニングアドバイスを行うなど園芸ファンには楽しい機会となった。その一部は英BBCでも放送されるなど、イギリスが最も美しいと言われる5月のガーデニングシーズンにロックダウン中の国民を喜ばせた。
新型コロナウイルス禍が収まった時、チェルシーフラワーショーのような国際ショーが完全にオンラインに移行することはないだろう。が、今後は物理的な空間とヴァーチャル空間、それぞれの特性を活かし、組み合わせて両方展示する手法がより当たり前になってくると考えられる。
そんな変化に対応できるようにクリエイティブに新しいスキルをつけるウェビナー(オンライン上のセミナー)も盛んだ。例えば、LAPADAという英国で最も権威のあるアートとアンティークディーラーの協会がある。アートとアンティークと言えば伝統的に敷居が高く富裕層や一部の趣味人だけに閉ざされた世界で、業界の年齢層が高い。ところが、新型コロナウイルスの影響で展示会・ギャラリーが軒並み中止・休業する中、多くのディーラーがオンラインビューイングへの移行を迫られている。そのため、LAPADAでは3月下旬から毎週、IGTV(Instagram中の長尺動画アプリ)の使い方、YouTube向けのビデオの撮り方などを会員に教えるウェビナーを開催しており、一般公開もされている。
イギリスではロックダウンされた12週間の間、食料や医療など生存に「必要不可欠」な店以外は全て休業を余儀なくされた。新型コロナウイルスは人々に多大な経済的損失を与え、まだ損失の全容は見えていない。しかしこの危機によい側面があるとすれば、人は生存に必要な物質以外を奪われた時、その「必要不可欠でないもの」こそが人の生活を豊かにしているのだと再認識したことだ。クリエイティブに必要なのは、人々が再確認した気づきに応えるために、制作過程を含めた作品を取り巻くストーリーや世界観を新しい方法で直接届けることだ。
※「Pro Bono Publico」の略。職業上の専門知識やスキルを活用して参加する社会貢献活動。
2005年中国へ活動の場を移し、2014年には藤井洋子さんとともにB.L.U.E建築設計事務所を立ち上げ、北京を中心に伝統建築のリノベーションなど新しいライフスタイルを提案する建築家、青山周平さん。コロナ以前から北京は劇的な変化を遂げており、中でも都市の中心部と周辺部の変化、そしてそこに暮らす人々のライフスタイルの変化に、青山さんは注目します。そうした変化は、コロナによりどのような影響を受けたのでしょうか?
2005年より北京で暮らし、建築設計の仕事に携わってきた。オリンピック・APEC・建国70周年といったイベントを経ながら激動する北京を、変化を推進する立場の建築家として、また同時に、そこで生活する一市民として、間近に観察してきた。2005年に日本の約半分程度だった中国のGDPは、その5年後には日本を追い越し、現在ではあっという間に日本の約3倍となっており、現実における変化のスピードに、なかなか意識が追いつかない。この15年間、北京で何が一番変化したと感じるかと良く質問される。おそらく最も大きく変化したのは、道路や建物といった物理的な都市の様相でもGDPや平均所得といった経済的な数値でもなく、むしろ、この都市に暮らす人々のライフスタイルや価値観、夢といった、目に見えない部分ではないかと感じている。本稿では、昨今北京で起こりつつある、目に見える/見えない変化をお伝えできればと思う。
一つ目の大きな変化として、旧市街地再開発への注目の高まりがあげられる。2005年北京に来た当初は、建築家が旧市街地でプロジェクトを手がけるといった話はあまり聞かなかった。しかし、5、6年前くらいから、急速に多くの建築家達が、古い四合院の建物の雰囲気を生かしてカフェや宿泊施設といった商業用途にリノベーションするもの、窮屈で乱雑になった狭小住宅をリノベーションすることで新たな都市住宅のプロトタイプを探求するもの、高密度な都市空間に小さなパブリック機能を挿入することで都市再生を図るもの、といった多様なプロジェクトを手がけ始めている。さらに一年に一度、10月の国慶節に合わせて開かれる北京デザインウィークといったイベントが旧市街地の各エリアで開催されることで、旧市街地再生のスピードを加速している。
もう一つの大きな変化として、北京周辺の農村やリゾートへの関心の高まりをあげたい。北京に住む人々が、週末や休暇を過ごすリゾートとして、車で2時間〜4時間程度で行ける地域に、興味深いプロジェクトが生まれつつある。中でも代表的なものが、河北省秦皇島の海辺にある阿那亜(※1)というプロジェクトだろう。多くの有名建築家を起用し、図書館や美術館、レストラン、ホテル、音楽堂など、どれも特徴のあるデザインで、ハイシーズンには宿泊施設の予約が難しいほどたくさんの人が訪れる。私たちも去年、北京から車で3時間半程度の河北省隆化県の山の中に温泉スパ施設を設計し、オープンした。今後周辺には別荘や宿泊施設が順次整備される予定で、近い将来、北京に住む人達が、豊かな自然の中で休暇をゆっくり過ごす場所となるだろう。
北京周辺の農村は、産業構造の変化、若者の都市流出、自然環境悪化といった影響を受けて荒廃しており、農村復興は、もう一つの重要なテーマだろう。住民のいなくなった農村をまるごと借り受けて再生するもの、農村の空き家になった一部の建物をリノベーションし宿泊施設とするものなど、政府の資金・政策面での後押しもあり、多様なプロジェクトが生まれつつある。私たちも現在、TOYOTAのCSR基金の援助を受けて、河北省の過疎化した農村において、北京都市住民のセカンドハウスとしてのモデルハウスプロジェクトを進めている。このプロジェクトでは、1週間の半分は都市に住み、残りの半分は農村に住んでリモートワークを行うというような新しいライフスタイルに見合った住宅を実験的に建設する予定だ。
新型コロナウイルスの影響によって、海外→国内、遠距離→近郊、高密度都市→低密度農村といった新たな価値観が生まれつつあり、北京近郊のリゾート開発、農村復興、農村におけるセカンドハウスといった流れは、今後近い将来加速していくのではないだろうかと考えている。例えば、中国国内の農村や山間部におけるリゾートホテルの経営状態は極端に二分しているという。デザインやサービスに優れた高級ホテルは新型コロナウィルス流行前と変わらず順調なのに対して、低価格の大衆的なホテルはウィルス流行の影響を大きく受けている。近い将来において、気軽に海外旅行できる状態には戻らないことを考えると、これまで海外旅行に行っていた富裕層そして文化や芸術に敏感な人達が、中国国内の新たなリゾート開発を牽引していくのではないだろうか。
以上のように、北京では、現在、中心の旧市街地への注目(中心へと向かう矢印)と近郊の海や山、農村といった周辺部への注目(周辺へと向かう矢印)が同時に高まりつつあると言える。逆に言えば、中心部と周辺部に挟まれたCBD(※2)、新商業地区、住宅地区といった地域は、世界中どの都市にも見られるようなお決まりの都市・建築デザイン、商業開発思想、住宅開発モデルによってつくられており、北京独自の、北京にしかない独特な体験を生み出すことに成功しているとは思えない。今後も一人の建築家として、中心部と周辺部における新しい独特な体験/ライフスタイルを探求すると同時に、一人の生活者としては、中心部と周辺部においてより多くの刺激的な場所が生まれることを期待している。
※1 大型複合リゾート地。北京の建築事務所OPEN Architectureなどが施設の設計に参加。
※2「Central Business District」。官庁、企業、商業施設などが集積しているエリア。