彫刻家・安田侃さんへのクリエイターインタビューで発案された「東京ミッドタウンのパブリックアート《意心帰》の周りでコンサートを」というアイデアからヒントを得たプロジェクト「ROPPONGI STREET THEATER」。舞台になるのは、六本木の街中にある建築やアート。劇場内で見ることが多いパフォーミングアーツが、誰でも楽しむことのできるパブリックスペースに飛び出し、建築・アートとパフォーマー、そして観客をつなぎます。
第4回目となる今回は、クリスマススペシャルとして、「MIDTOWN CHRISTMAS 2023」にて発表されたビジュアルデザインスタジオWOWによるインスタレーション《some snow scenes》とのコラボレーション企画。WONK、millennium paradeなどでキーボードを務める江﨑文武さんが、彫刻作品《意心帰》の前で、WOWによる映像演出とともにピアノ演奏を披露しました。
過去のROPPONGI STREET THEATERの様子はこちら
2023年11月25日。クリスマスの1カ月前に当たるこの日、江﨑文武さんの繊細で心地よいピアノの音色と、美しい雪景色を思わせるWOWの映像演出がつくり出す、一夜限りのライブパフォーマンス「ROPPONGI STREET THEATER」が、安田侃さんの彫刻作品《意心帰》のもと開催されました。
江﨑さん、WOWの両者は、現在「MIDTOWN CHRISTMAS 2023」のインスタレーションのひとつとして、ガレリアB1に展示されている《some snow scenes》にてコラボレーション。その連動企画として、今回の「ROPPONGI STREET THEATER」が実現しました。
《some snow scenes》を手掛けたWOWのクリエイティブディレクター・於保浩介さんは、作品についてこう話します。
「光を放つ球体の数や光量にこだわったイルミネーションって、ある種のノイズでもあるんですよね。そういった派手な演出がふさわしい場もあるでしょうし、人を惹きつける側面もある。ただ、今回は東京ミッドタウンという落ち着いた上質な空間、ここを訪れる人たちを想像しながら、この場でやるべきふさわしい演出として、一定の華やかさや見る人の心地よさを持たせながら、ギラギラしすぎないクリスマスのインスタレーションを考えました」。
まさに、穏やかで上質な《some snow scenes》は、吹き抜けの空間を生かしたインスタレーション。無数の球体が雪のように軽やかに宙に浮かび、外部から光を受けて深く静かに降る雪のように、時に冷たく舞う吹雪のように、冬のさまざまな情景を情緒的に描き出します。
そして、雪が氷柱をつくり、溶け出して零れ落ちていく。そんなシーンを描くように、クリスタルから零れる光の滴がピアノの鍵盤を叩きます。その1音1音はやがて来る春を待つ時間を刻んでいくと同時に、今この冬の瞬間を楽しむ音楽を紡いでいるのです。
この作品の企画・演出・プログラムを担当した、WOWの阿部啓太さんが思い描いたのは「時雨から始まって、美しい粉雪が舞い、厳しい雪吹が訪れ、深く雪が積もる」というストーリー。表情豊かな雪景色は、約4,000個もの球体にピンポイントで光を当てることで表現。ピアノの音色がストーリーの変化を彩ります。
安田侃さんの彫刻作品《意心帰》のとなりにアップライトのピアノ、そして客席の真正面に大きなスクリーンが設置された特設ステージ。チケットを手にした観客はもちろん、偶然通りかかった多くの人々が会場を囲み、その時を待ちわびていました。
そこへ、拍手と共に江﨑さんが登場。客席に「このような開かれた場所で演奏をするのは久しぶりで。昔をちょっと思い出すような感覚です」と静かに話し始めます。映像演出について説明をしながら、「ちょっと弾いてみましょうか」と鍵盤を軽く叩くと、スクリーンに射光が差し込み、会場から驚きの声がもれました。
今回の演出は、江﨑さんが音楽を担当した《some snow scenes》を手掛けたWOWが『ROPPONGI STREET THEATER #04 Christmas Special』のために用意した特別なもの。ピアノの音と連動して動く、リアルモーショングラフィックスをスクリーンに投影し、このライブの世界をともにつくります。
実は、WOWの《ソノソリアム》と江﨑さんのコラボレーションは2度目。前回は奏でた音が泡となって現れ、その泡に観客が触れると泡がはじけるとともに演奏の音に変化が生まれて、それに合わせて江﨑さんが即興演奏を繰り広げるというものでした。「前回はその場にいるだけで楽しい空間だったのに対し、今回は僕がステージに立つこともあって、いくぶん音優位な状況。だから、音楽を頑張らないと」と話していた江﨑さん。
この日の映像演出は、「Rays of light」「Crystal」というふたつのバージョンを用意。鍵盤の動きに合わせてスクリーンに射光が差し込む「Rays of light」は、音に共鳴するのはもちろん、低音を弾くと画面の左側に、高音を弾くと右側に、と射光の現れる位置も鍵盤とリンクします。
これは、WOWの阿部さんが、普段なかなか観客が見ることのできないピアニストの指の動きを、ビジュアルで体験できるようにと制作したもの。さらに「光のシャフトが入ると、雪を感じさせるパーティクルが光に照らされ、浮かび上がるイメージでつくった」と言います。
《some snow scenes》の世界観を思わせる、素敵な演出に会場の期待が高まる中、「《some snow scenes》のために僕が書いた5曲を」とピアノと向き合った江﨑さん。柔らかで繊細でどこか凛とした和音が響くと、空気は一転。ピアノが奏でる雪景色に、観客は一気に惹き込まれていきました。
和音と共に響く穏やかなメロディー、それと共にスクリーンの上から下へと走る射光、舞う雪。そんな風景に観客が見とれていると、一瞬の間をおいて曲の雰囲気は一変、澄んだメロディーを奏で始めます。主旋律が高音から低音へ、そして少しずつ音が強さを増したり、また静かになったりするさまは、降ったりやんだりする「時雨」のよう。さらに、「粉雪」が空から舞い降りる風景が目に浮かぶような、美しく温かい音の粒が会場に広がっていきます。
静かに弾き終え、江﨑さんがひと呼吸すると、再びガラリとイメージの違うメロディーが聞こえてきました。同時に、スクリーンには角柱のクリスタルが下から上へと連なって流れていきます。
「Crystal」の映像演出について、「ピアノの単音が重なり合った時に、複雑な音楽が生まれる。同じように屈折した角柱のクリスタルが重なり、複雑な映像になっていくというイメージでつくった映像です。また、打鍵の強さに応じてクリスタルは大きく、ポロポロと優しく弾くと細かいクリスタルが重なります」と阿部さん。
クリスタルが舞う中、「吹雪」の厳しさを感じさせる力強い演奏に、観客たちはグッと心をつかまれていくのが目に見えます。やがて吹雪によって積もった「深雪」が頭に浮かんでくるような幻想的なメロディー、そしてどこか懐かしさを感じる音色へと移り変わり、雪景色の物語は終わりを迎えました。
インスタレーション《some snow scenes》で常時流れている音楽は、聴いた人に繰り返しの印象が残らないことを意識してつくったと江﨑さんは言います。
「作品の前に長く滞在する人、特に作品周りのお店で働かれている方々が洗脳されないように、ということは意識しました。それは、アンビエントミュージックの本質でもあって。エリック・サティは"音楽は家具のようにあるべきだ"と言いましたが、まさに自分の色を出しながらも、滞在し続ける人々を支配しない、場に寄り添う音楽であることをすごく考えました。ただ、人間の耳は"音数が少ないものがループしている"ことにすぐ気づきますし、繰り返されると飽きてしまう。だから、メインのピアノの後ろで鳴っている音は微細な変化を与え続けて、極力繰り返しを感じさせない曲に仕上げています」
演奏中、幾度となくスクリーンを見ながら、ピアノを演奏する姿も印象的でしたが、「こう弾くと、どんな映像になるのかなと観察しながらスクリーンを見ていました。すると、こんなことをしてみようという思いが生まれて、普段は引き出されないであろう演奏になる。ライブ感も、VJのような感覚もあって、これが視覚と組み合わせる面白さだなと思いました」と江﨑さん。
また、《some snow scenes》を手掛けた於保さん、阿部さんもこの日の映像演出のため、スタッフとして参加していました。作品をつくるにあたり、「耳の中で自然と鳴るほど、この5曲の音楽を浴びていた」という於保さんは、だからこそ「ちょっとした音の違いも分かる。ライブアレンジがすごくよかったです」と語っていました。
ライブパフォーマンスの後半は、スペシャルな時間に。江﨑さんは《意心帰》のもとで演奏することが決まったとき、「《意心帰》の穴の中で、おもちゃのピアノで演奏することも考えた」と客席を笑わせます。今回その願いは叶いませんでしたが、「せっかく、素敵な作品と一緒に演奏させていただくので」と、「Crystal」の映像演出とともに、"石の中にいる気持ち"で即興演奏を披露。江﨑さんの奏でる音と映像、ミッドタウンに息づく《意心帰》が互いに影響し合い、溶け合い、ひとつの舞台芸術をつくりました。
この即興演奏について、ライブ後の江﨑さんは、「 イベントのことを知らない人も、立ち止まらせたいみたいな欲求がないことはないので(笑)、きっと普通なら普段よりちょっと大きく音を出してみよう、派手に弾こうという発想になるんでしょうけど、《意心帰》と《ソノソリアム》の存在によって、間違いなく、あの場でしかできないパフォーマンスになったと思います」と語っていました。
最後は、クリスマスソングを観客にプレゼント。『Have Yourself a Merry Christmas』などを演奏し、会場をハッピーな空気に。大きな拍手に送られ、江﨑さんがステージを去ったあとも、客席は素晴らしいコラボレーションの余韻に包まれていました。
演奏を終え、「コンサートホールやライブハウスで演奏するのと、こういった開かれた場所で演奏するのって、まったく別の頭の使い方だなと思いました。買い物中の方もいれば、しっかり耳を傾けて聞いてくださる方もいる。お客さまがどのステータスにあるのかによっても、日によっても適した音楽、発想される音楽は全然違うんだなとすごく感じましたね」と感想を話す江﨑さん。
こういったパブリックの場での表現についても、可能性を感じたようです。
「ニューヨークでは、地下鉄の中で楽器を弾いている人がいるじゃないですか。うるさいという人もいるけれど、楽しんでいる人もたくさんいる。また、サンフランシスコに行った時にすごく面白いなと思ったのが、ストリートのペイントって上手い絵は消されないそうなんです。その懐の深さがカッコいいなと感じたし、そういう環境だからこそ、とんでもないクオリティのものが残っているんですよね。日本は開かれた場での表現が、まだ難しい部分もあります。サンフランシスコのように上手い絵は消されない、上手い演奏は咎められないとなれば面白いのに(笑)。綺麗で統制された街ばかりになっていくと、余白から生まれる面白い人たちやアイデアがなくなってしまう。もう少し街に寛容さみたいなものが残っていくと、いいんじゃないかと思います。だから、今日のように開かれた場所で何かをするというのは、すごく可能性を感じました」
さらに、「例えば、最近流行っているストリートピアノは、基本的に音がたくさん溢れている場所にある。その対極をやってみたいなとは思います。例えば、夜中とか、すごく静かなパブリックの場で、演奏やインスタレーションなどができたら面白そうですよね」と未来に思いを馳せていました。
《意心帰》との相性の良さが引き出されていた、江﨑さんのピアノとWOWの映像演出。軽やかにパブリックスペースに溶け込み、待ちゆく人の心を奪っていました。雑踏さえも演出のひとつにしてしまった今回のパフォーマンスは、音楽が自然と溢れる街、誰もが自由に表現ができる街という未来を想像させる、とても有意義な時間になったのではないでしょうか。