「女性が素直に夢を実現できる世界を六本木から発信したい」とクリエイターインタビューNo.100で語っていたスプツニ子!(尾崎マリサ)さん。そのアイデアは「東京減点女子医大 Tokyo Medical University for Rejected Women」という、日本の女性差別の問題を背景にしたプロジェクトとして実現。「六本木アートナイト2019」で展示する本作に込めた思いや今後の展望について、スプツニ子!さん、プロジェクトのパートナー西澤知美さんにお話をお伺いしました。
2018年8月、大学医学部の一般入試で、女子受験者の得点を一律に減点し、合格者数を抑えていたことが、日本のみならず海外のメディアでも大きく報じられました。スプツニ子!さんと西澤知美さんのコラボレーションによって設立された「東京減点女子医大―Tokyo Medical University for Rejected Women」は、その事実をモチーフにした架空の大学で、それぞれが大学の総長と理事に扮し、学校のあり方などを作品として展開するもの。スプツニ子!さんが、クリエイターインタビューで語った「女性の新しい"生きやすいかたち"を描き出したい」というアイデアは、そもそもどのようにしてプロジェクトへと結びついたのでしょう。
スプツニ子!私は日本人とイギリス人のハーフで日本に生まれ育ち、アメリカやイギリスにも住んでいろんな環境を見てきました。なので、日本社会における女性にとってのハードルの多さに、すごく違和感を感じるんです。例えば、4月にバンクーバーで開催されたTEDカンファレンスで、TEDフェローとして登壇してきたのですが、登壇者が男女半々くらいなのは、もはや当たり前。だけど、残念ながら日本社会に帰ってくると、テクノロジー関連のイベントや会議では、私以外の全員が見事に45歳以上の男性だったりする。もちろん才能のある女性が、いないわけではないんです。ただ、開催側が単にそういった女性を呼ばないし、知ろうともしないし、出席者がほぼ男性だけであることに何の問題も感じていないのです。そんな状況を変えたいと思っていた矢先に発覚したのが、東京医大の例のスキャンダルでした。
私が教鞭をとっている東大の学生も、女性の割合はたったの18%。学生から涙ながらに打ち明けられこともありますが、「女の子は勉強しないほうがいい」と家族から東大への進学を反対された女性が今もたくさんいるんです。そうやって才能のある女性が自信をなくしたり、壁にぶち当たったりするのが本当に嫌で、あるとき「Tokyo Medical University for Rejected Women」っていう英語のタイトルをパッと思いついて。減点されてしまったり、排他されてしまったりした女たちによる結社、みたいなイメージですね。
とりあえずプロジェクトのタイトルと方向性が決まったとき、スプツニ子!さんと西澤さんが出会うきっかけとなったのが、TOKYO MIDTOWN AWARD 2018のアートコンペでした。審査員を務めていたスプツニ子!さんが、最終選考に残っていた西澤さんに声をかけたのです。
西澤アワードの審査は通過しなかったのですが、審査会でスプツニ子!さんが作品に興味をもってくれて。後日、六本木のカフェでお会いしたのですが、「東京減点女子医大をつくりたいんだけど、一緒にやらない?」と誘われて。「半年後にニューヨークで展示しようよ」って(笑)。
スプツニ子!今思えばすごい無茶ぶりだったよね!!(笑)。知美ちゃんが医療やテックなどをテーマにした作品をつくっていることは前々から知っていて、気になっていたんです。あの時は、お互いの作品に関する話だけじゃなく、女子としてのあり方とか、深いところまでさらけ出したお茶会になりました。
西澤私は歩いているときにアイデアが降ってくるタイプなので、スプツニ子!さんとお茶をしたあと早速、六本木から原宿まで歩きながら考えたんです。私が作品づくりの軸にしている未来の身体性と、女性性みたいなことをつなげるには、どうすればいいんだろうって。それで、以前から「da Vinci(ダヴィンチ)」という医療手術支援ロボットをモチーフにした作品をつくってみたかったことを思い出して、「普通の男性をエリートドクターに改造する世界」という今回の作品の軸となるコンセプトにまとまっていったのです。
日本の医学界から排他された女性人材を集めた東京減点女子医大で使用しているのは、ダヴィンチならぬフリーダという架空の医療手術支援ロボット。複数の女子生徒がこのロボットを同時に操作して、日本の医療界が求めるエリート男性ドクターをつくり上げ、ドローンで世界中の病院に出荷するシニカルな様子を写真作品を通して描いています。「大学案内パンフレット」も作成し、2019年2月、ニューヨークの「205 ハドソン・ギャラリー」で作品として発表しました。
スプツニ子!ニューヨークの展示で印象的だったリアクションは、発端のスキャンダルがあまりにも非現実的だから、それ自体もフェイクだと思われたこと。「リアルとフェイクの境界がわからない」という人が意外といました。
六本木アートナイト2019での「東京減点女子医大」発表に向けて、現在は新たな作品を制作中。SNSでスタッフを募集するなど、ガールズムーブメント的なプロジェクトとして、賛同者が増えつつあります。
スプツニ子!クラウドファンディング部、大学パンフレット部、新聞部など、いまやたくさんの人が関わってくれていて、参加してくれたスタッフに女性も多いので、女子のDIYコミュニティ感がすごいんです(笑)。大抵、スカイプやLINEで動画ミーティングをするのですが、まだ実際に会ったことのないメンバーも何人かいて、こうやってネットで時間とエネルギーを分け合って作品をつくれることに、とても感動しています。
西澤私は今まで人そのものというより、人の行為や化粧のような変身願望に興味を持って、未来の医療や美容にまつわる空間をつくってきました。今回こういうテーマで、ジェンダーという私が注目してこなかったところで、面白い空間をつくることできるのが嬉しいんです。スプツニ子!さんの行動力や人を集める力は本当にすごいし......なんだかファンレターを読んでいるみたいですが、とてもいい影響をもらっています。
スプツニ子!私たちはお互いのノリが似ている気がして、いい意味でフワフワとものをつくっていくところがあるんです。LINEのやり取りもスタンプだらけですし(笑)。ガールズムーブメント的に、でも強いものをつくるっていうのが、私にとっての面白さですね。
六本木アートナイト2019では、新大学設立についての号外新聞を配布し、エリートドクターを運ぶドローンなども展示する予定。今後はオリジナルグッズを作成したり、大学のシステムをより多面的に見せていく構想もブレスト中だそう。プロジェクトの将来については、こんなふうに語ってくれました。
スプツニ子!これは盛大なブラックユーモアというスタンスで展開しているプロジェクトなので、本当の理想は姿形や性別に関わらず、誰もが活躍できる世界。だからいずれはこの大学が廃校になることが、本来のあるべき世界だと思っています。
西澤この皮肉じみた世界が今だけでなく、後々どんなふうに見えるのか気になりますし、こういう問題があったということを作品を通して考えてみてほしいですね。
スプツニ子!私はよくLINEやTwitterで「昨日の撮影は歴史をつくったね」とか書きがちなのですが(笑)、その時々の問題に反応するのはアーティストのある種の役割だし、それが作品として歴史の一部になると思うんです。だからこういうスキャンダルが起きて、それに怒りを感じた女性が集まって東京減点女子医大をつくったことは、日本の歴史のひとつになるし、それくらい大事な作品だと思っています。アートナイトでのパフォーマンスも、将来の歴史の教科書に載るはずなんだ、と本気で信じているんです。