六本木の美術館やギャラリーを舞台に繰り広げられる「六本木、旅する美術教室」。アートディレクター尾原史和さんがインタビューで語った「アートの受け手側の"考える力"は、教育的なところから変えていくべき」という提案を実現するべく、クリエイターやアーティストの皆さんに、その人ならではの美術館や展覧会の楽しみ方を教えていただきます。
第15回目の「六本木、旅する美術教室」は、10月11日(金)から11月4日(月・振休)まで開催された「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2024」が舞台に。今回の教室の先生は、芸術の力や最新の技術を駆使し、人の感性・建築・社会が結び付くことで文化がいかに育まれていくかを考えている、建築家の津川恵理さん。デザインジャーナリストの土田貴宏さんを案内役に、「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2024」の展示をツアー形式で回りながら、イベントのテーマ「つむぐデザイン-Weaving the Future-」について考えました。
芝生広場をあとにした教室参加者は館内に戻り、ガレリア 2Fへ。吹き抜け空間には、竹下早紀さんによる12台の椅子の作品《Eeyo》が並べられています。
土田素材に施した「色」にフォーカスした作品です。最初に見たWOWの作品が、マクロ的な社会課題から着想を得ているのに対し、こちらはミクロの視点からスタートした作品といえます。
津川どう熱を与えていったのかが想像できるものと、全く想像できないものがありますね。答えがすぐにわからず、想像を広げてくれるところに興味を惹かれます。また、フィジカルな物性をうまく生かしている点も面白いですね。
土田「熱によって色を変化させる」という、人間がコントロールできる範疇を越えた行為がデザインとして取り入れられています。均一に大量生産される現代の多くの商品に対して、一点物のオリジナルなデザインが生まれています。
【未来をつむぐデザインのアプローチ #3】
想像力を広げてくれる手法を探求する
ガレリア3Fへ向かうと、デザインオフィスnendoによるソファ《ヤワラカサカ》が4体展示されています。1本の巨大な紐で「梅結び」という日本の伝統的な編み方で制作されている作品に実際に座って体感することができます。
津川柔らかくてめちゃくちゃ座り心地がいいです。中身の素材って何なんだろう? 皆さんも触ってみてください。
土田リサイクルというのはサステナビリティの大きなテーマなので、それをnendoさん流に解釈したんだと思います。先ほどの竹下さんの《Eeyo》という作品も、素材の面白さを椅子で表現していましたが、自分の発想を椅子にして発表するのは、昔から多くのデザイナーが取り組んできた伝統のようなものです。
津川確かに、コップなどに比べて、椅子は人が思いきり身を委ねる対象なので、プリミティブというか、デザイナーの根源的な思いが現れやすいアイテムなのかもしれませんね。この作品は、単位がいろいろ変えられる面白さもあります。今展示されている大きさだと一人掛けのソファですが、スケールを大きくすると3、4人が座れるぐらいのサイズになるだろうし、もっと大きくすると絨毯のようにも使えそうですよね。この素材感とテクスチャー、1本の長い紐を使うことによってスケールが自在になるっていうのは、確かにサステナブルだと思いました。
【未来をつむぐデザインのアプローチ #4】
根源的な思いを形にしてみる
観覧ツアーを終えた津川さんと土田さんにさらにお話を伺います。まずは「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2024」のテーマである「つむぐデザイン ―Weaving the Future ―」にちなんで、社会課題を解決するアプローチとして注目するモノ・コトについて聞いてみました。
土田最近、Slow Factory(スローファクトリー)という、ニューヨーク拠点の組織に注目しています。主宰者はレバノン出身で、建築家やクリエイターなども参画しています。ファッションを軸に、サステナブルな活動を行うためのコンサルティングや教育普及を10年以上続けていて、数々のブランドや団体ともコラボレーションしています。政治的なメッセージも伝え方がしっかりデザインされていて、幅広い層にリーチしている点が特徴です。
津川ツアー中にも話しましたが、私はアーバンスポーツに着目しています。彼らは、新しい都市のあり方を切り拓いている気がします。たとえば、フランスのボルドーでは彼らの地道な活動によって公共空間での禁止事項ポスターが撤去されたらしいんです。しかも興味深いのは、ボルドーでは都市計画が文化局の管轄下にあって、こうした市民の活動を支援する仕組みが整っているそうです。また同じような例で、オランダでは水辺の安全を柵に頼るのではなく、教育を通じて河川の危険性を啓蒙するアプローチが取られています。すべて環境任せにせず、水辺で何をしたら危ないのかを人が理解できるようにしている。「なぜ柵がないのか?」と考えさせることが大切で、こうした問いがより成熟した都市空間を作り出すのでは、と思います。
次に、日頃から独創的な活動で注目されているお二人に、自身の創作活動におけるインスピレーションの源について伺ってみました。
土田展覧会のディレクションや自分がつくるメディアについては、ヒップホップからインスピレーションを得ているところもあります。たとえば、従来のコンテクストに囚われず、新しい伝え方を生み出すための着眼点などです。リアリティやチーム内の共感を大切にすること、また弱者やマイノリティのまなざしなどもそうですね。
津川私は建築家ですが、作品を創作するときは、自然現象だったり映画や舞台美術だったり、建築以外のものからインスピレーションを得るように心がけています。最近では、雪が積もった新潟県の棚田の写真に心を打たれました。一見するとケーキのホイップクリームのような、不思議な光景だったんです。その純粋な美しさに惹かれ、その光景をインスピレーションにしつつ保育園のデザインに取り入れました。
また、私はもともと身体表現に興味があり、中高時代はダンスに打ち込んでいました。そのため「律動」が感じられるものに強く惹かれます。建築においても、リズムやバランスがあるものは、人の感情に響くと考えています。先日も、ピナ・バウシュの『春の祭典』を観に行きました。身体表現の極限ともいえるアフリカ系ダンサーたちによる舞台で、そのダイナミクスに心を揺さぶられました。自分の中にあるこの「律動」の感覚を、どうすれば多くの人に伝えられるかが、今後の私の課題ですね。
数多くの展覧会に足を運んでいるお二人。好きな美術館について伺ってみると、津川さんはニューヨーク近郊にある印刷工場跡地を活用した「Dia:Beacon(ディア・ビーコン)」そして、土田さんはブリュッセルの「CIVA(シヴァ)」という施設についての魅力を語るなど、話は大いに盛り上がりました。
最後は、クリエイティブな人材を育てていく上で理想的な美術鑑賞のあり方についてです。
津川何かの本で見たんですけど「笑顔」がいいらしいんです。たとえば、子どもが何かを創作をしているときに、笑顔で肯定的に受け止めてあげると、どんどんクリエイティブになるらしいんです。だから私の事務所でも、クリエイティブな時間は笑顔でいるようにしています。美術鑑賞でも、さまざまな見方があることを肯定できる状況をつくれたらいいんだろうなって。「あなたなりの答えを見つけてみてください」みたいな展覧会を企画できたらいいなと思っています。
土田美術館はあまり声を出してはいけない場所になってしまっていて、学芸員のギャラリートークはあっても、展示を観ながらカジュアルに意見を交わす機会って、多くないですよね。
津川本当はもっとあった方が良い気がします。その題材をもとに、人とコミュニケーションを取れる能力をもっと伸ばしていくと、日本もいろんな分野で活性化していく気がします。「そういう見方もあるのか」と気づけるのが、デザインとかアートの醍醐味ですよね。なので、もう少し美術鑑賞するときにノイズがあってもいいように思います。それこそ「ノイズ鑑賞会」なんてあったら面白いなと。展覧会で繰り広げられた会話が収録されて、何時間後かには会場で流れているとか。それを聞きながら「前に来た人はこう思ったんだ」と、話せる環境があるみたいな。それってとても面白いし、むしろそっちに本筋があるような気がします。
土田確かに、いきなり自分の意見を言うのは勇気が要るけれど、そんなふうに誰かの声が聞こえたら、雰囲気が変わるでしょうね。
津川そうですよね。是非実現して欲しいです(笑)。
【未来をつむぐデザインのアプローチ #5】
美術鑑賞の感想をその場でディスカッションできる環境をつくってみる
さまざまな領域のデザインを巡り、クリエイターの意図や作品に込められたメッセージを読み解きながら、それぞれの見方を深堀りした美術教室でした。今後、いろんな展覧会で作品を見る人同士が意見を交わせるような機会が増えたら、さらにクリエイティブな体験が広がっていくかもしれません。