六本木の美術館やギャラリーを舞台に繰り広げられる「六本木、旅する美術教室」。アートディレクター尾原史和さんがインタビューで語った「アートの受け手側の"考える力"は、教育的なところから変えていくべき」という提案を実現するべく、クリエイターやアーティストのみなさんに、その人ならではの美術館やアートの楽しみ方を教えていただきます。
第14回目の「旅する美術教室」の舞台は、21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2で開催中の「未来のかけら: 科学とデザインの実験室」。教室の先生を務めるのは、生き物や自然との関わりの中で作品を作り続けているアーティストのAKI INOMATAさん。本展の展覧会ディレクターである、デザイナー、デザインエンジニアの山中俊治さんが案内役として、最先端技術や研究をベースとした先駆的な眼差しとデザインが出会うことで芽生えた「未来のかけら」を生み出す発想の原点を探ります。
展示を見終えたINOMATAさんは、展覧会のつくり手側の視点から、さまざまな分野の人とコラボレーションするにあたり良いものを生み出すための秘訣を聞きたいと、2人の語らいが始まりました。
INOMATA誰とコラボレーションするのかも大事だと思いますが、最終的に全員が納得できるものにするのは、すごく難しいと思っていて。例えば研究者の方が大切にされているポイントと、私が面白いと思うポイントが必ずしも同じじゃないこともあるな、と。
山中早いうちに深く共感することは、とても大事だと思います。科学者は自分の研究がかっこよく発表されるといいなと思うでしょうし、デザイナーも最先端の研究を使って自分の作品をつくれるといいなと思うでしょう。でも、その段階ってお互いに相手を利用したいだけじゃないですか。よく学生や企業のデザイナーと最先端技術を引き合わせると、「これは、何々に使えますね」という感じになっちゃうことが多いんですよ。
INOMATAそうですよね。お互いが「使えますね」となっちゃう。やっぱり、一方通行同士だと上手くいかないですね。
山中結局、「お互いメリットがあるよね」で始めちゃうと、そんなに面白いものはできない。だから、相手のやっていることを「素晴らしい。貢献したい」と思える共感プロセスがとても大事で。僕はいつも「クリエイターには科学者になってほしいって言うし、科学者にはクリエイターになってほしい」と、伝えています。
【未来のかけらの見つけ方#5】
相手のやっていることを利用するのではなく、共感をベースにする
さらに、展覧会を見る視点に話は及びます。
INOMATA私は普段から見たい展覧会をリストアップしていて、「回るぞ」と決めた日はリストの中から一気に回ったりします。それに、リストアップしておくと「今日は六本木で用事があるから、あの展覧会に行こう」といったこともできるのでいいですよ。
山中なるほど。僕は全然網羅的に探していないので、「え~そんなんあったんだ」なんてことがしょっちゅう(笑)。昔は海外旅行のときは、片っ端から美術館に行くといった感じでしたが、今は作品を1つずつ丹念に見るというより、サッと見渡して「面白そう!」というものだけを見る。この見方は妻から教わったのかもしれないですね。彼女は何かを見つけるとずっとそこにいるけれど他は素通りという感じで、「いい見方だな」と思ったんです。そういう見方をしていると気づくこともあって。例えばイタリアをうろうろしていたとき、美術館で「この人、うまい!」と思って近寄ったら3回ともレオナルド・ダ・ヴィンチだったり(笑)、何か引っかかって近寄って見たらピカソって書いてあったとか。そうやって自分が好きな作品、共感できる作家が少しずつわかってきました。
INOMATAそうなのですね! 私は会場に入ったら最初から丁寧に見ていくことが割と多いかな。あと、構成や展示の仕方もすごく気になります。どの作品も、見せ方によって結構変わってくると思うんです。私自身、同じ作品を何回か見たことがありますけれど、やっぱり展示の仕方で受ける印象が全然異なるので。展示プランを自分で考えることが多いのもありますが、例えばビーバーがかじった木を生かした作品を展示したときも、どの木をセレクトして、どの組み合わせでどう置くか、製作の資料も置くのかなど、展示の仕方は無限にあると思うんです。そういう視点もあるので他の展覧会を見るときも、「この空間をこう使ったらどうかな」と検討しながら見るのが好きですね。
山中なるほど。今のお話を聞いて、今回の展覧会でも企画メンバーに入ってもらった角尾舞さんを思い出しました。彼女はすごい数の展覧会を見ているから、「この展覧会はこういうところが素晴らしいから見た方がいいですよ」って教えてくれるんです。僕は景観としての展示空間に興味があるから、そこに立ったときにどういう印象を受けるか、どういう眺めになるかをすごく考えてデザインするけれど、コンテンツやストーリーの組み立て方は角尾さんに教わることが多いかもしれない。
INOMATA見たい景色をつくるのも大事ですよね。今回の絵巻もののように波打つ展示台も素敵でしたし。
山中僕はパリの国立自然史博物館の進化大陳列館みたいな景観に一番感動するから(笑)。博物館といえば、日本では博物館と美術館って全然違うじゃないですか。どっちもミュージアムだけれど、日本独特の分断があるなと。美しくて面白いものがいっしょくたにあってもいいのになって、いつも思うんですよ。だから、今回の「未来のかけら: 科学とデザインの実験室」は、そういう感じにしたかった。
INOMATAそういった思いもあったんですね。実際にディレクションしてみて、いかがでしたか?
山中楽しかったですよ。我々プロダクトのデザイナーにとって、プロトタイプはいつも未来のための布石だけれど、こうやって展示をしたり、世の中に発表したりする中で「現時点でのビジョン提示」として意味があるなと思いました。たとえそういう未来が来なくても「最先端の技術で、こんな面白くて美しいものができちゃいました」という作品で別にいいかなって(笑)。もちろん、「未来はこうなる」「あなたたちの生活がこう変わる」と感じさせることも考えてはいるけれど、ビジョン自体にワクワクできてかっこいいと思ってもらえたらいいんじゃないかと思えたんです。SF作品って必ずしも予言じゃない。描いた未来が当たるかどうかは重要じゃなく、現在、楽しむものとして存在しているじゃないですか。この展覧会もリアルSFなんです。だから、これから見てくださる方も、今ある面白くて美しいものを面白がってもらえたらいいなと思います。
【未来のかけらの見つけ方#6】
実現を目指すだけでなく、現時点のビジョンとして楽しむ
「未来のかけら」を見つけるためには、まずは「面白いと思ったらやってみる、勉強してみる」ことが大切だな、と実感する美術教室でした。見るだけではなく、《関節する》 や《触れるプロトタイプ》 など、実際に作品に触ることができる展示コーナーもあります。夏休みにもぴったりな本展示は、9月8日(日)まで会期延長が決定しました。五感を研ぎ澄まして、未来を想像する機会にしたいと思います。