六本木の美術館やギャラリーを舞台に繰り広げられる「六本木、旅する美術教室」。アートディレクター尾原史和さんがインタビューで語った「アートの受け手側の"考える力"は、教育的なところから変えていくべき」という提案を実現するべく、クリエイターやアーティストのみなさんに、その人ならではの美術館やアートの楽しみ方を教えていただきます。
第12回目の「旅する美術教室」の舞台は、21_21 DESIGN SIGHT にて開催中の企画展『Material, or 』。展覧会ディレクターは、デザイナーの吉泉聡さんが務め、デザインの源流にあるマテリアルに着目し、原初的な感覚に立ち戻ってその背後にある自然環境や社会環境の持続可能性などを探る内容となっています。今回の先生は、ファッションデザイナーの森永邦彦さん。通常ファッションでは用いられない新素材やテクノロジーを用いて服づくりを行うことで、新たなデザインを提案してきました。本展の鑑賞を通じて、マテリアルをどのように捉えられるか、その先にある自然環境とどのようにつながれるのか、マテリアルとつながることで見えてくる世界について探っていきます。
展示をひとしきり見終わった後も、時間の許す限り、対話を楽しみながら和やかなムードで会場を巡っていた2人。あらためて普段どのように展覧会を鑑賞しているかについて聞いてみました。
森永邦彦今回の展示では、最初は「何これ!?」という印象を持つものが多かったのですが、吉泉さんの話を伺って、自分の中でつながっていなかったものがつながる感覚がありました。
吉泉 聡そう言っていただけるとうれしいです。そういえば、さっき普段はキャプションは最初に読まないと話してましたよね。
森永まずは作品を見て自分なりに感じてから、キャプションで意図を知って後から答え合わせをすることが多いです。最初に見てしまうと面白みが半減してしまうというか。きっと、「これはなんだろう?」という感情がほしいんだと思います(笑)。その上で、キャプションを読んで納得していく。
吉泉まさに今回は、見たときにそれぞれがなにを感じるのかという部分を尊重したいと思っていました。ただ、実際には先にキャプションを読んじゃう人も結構多いと思うんですけど。
森永僕は服の展示やファッションショーを見ることが多いので、先に言葉を読まない傾向があるのかもしれないですね。服は言葉を持たないので、服の形と色とマテリアルからデザイナーがどういうものをつくろうとしたのかを想像して、後から意図を読み解くことが多いんです。
吉泉なるほど。僕は意外とキャプションから読んでしまうこともあったんですが、それがもともとの見方としてあった上で、まず見てみる、感じるっていう別の楽しみ方を後で知ったタイプなんです。やっぱり何かを見るときって、全身の感覚はできるだけあるほうがいい。だから、『Material, or 』でも、触れる感覚は大事にしたいと思っていました。もっと言えば、触ること以上に自分でつくるというのが一番だとは思うんですけどね。
森永触れるというのも、海外だとまた感覚が違いますね。パリのケ・ブランリ美術館は行くたび、園児や小学生を見かけます。気になったものをデッサンしている子どもたちの姿を見ると、すごくいいなって思うんですよ。子どもだから子ども向けのものを見せるんじゃなく、本物を見る機会、触れられる場所っていうのが日本にももっとあるといいなと思います。それから、少し前までガリエラ宮モード美術館で『1997 FASHION BIG BANG』という展覧会があったんですけど、そこでも学生たちが洋服をデッサンしていて。そういう体験から、デザイナーになりたい子どもが出てきたりするんでしょうね。
吉泉たしかに。結局、どこで自分の感覚が一番アクティブになるかを知れるのが、美術館なのかなという気もして。必ずしも美術館でなくとも、感覚がアクティブになる場所が、その人にとっての美術館ということかな、と。僕も、宮城県の大蔵山スタジオという場所で、そういい経験をしたことがあるんですよ。石材業をやられている方が、自分たちが切り崩した山に命を返すというコンセプトで緑化をしたり、石を使った舞台をつくったりしていて。ある展示の一環として、石の舞台上でコンテンポラリーダンスを踊るのを、みんなで見る機会があったんですが、僕には舞う姿と空と山とが全部つながっているように見えて、すごく心地よく感覚が揺さぶられたんですよね。
【マテリアルとつながる方法 #6】
作品から感じ取ったこととキャプションを照らし合わせる
2人の対話は、ツアー中にも話題に上がった「プラスチックの意味づけ」に及んでいきます。
吉泉ヨーロッパでプラスチックを利用した作品を展示すると、レジンを使っているとわかった途端、嫌悪感を表わす方も結構いるんです。
森永ファッションでもPVC(ポリ塩化ビニル)については環境に悪いものというイメージがついています。しかし実際は違って、時代とともに、PVCそのものは環境に優しい素材に変化をしています。20年前まではダイオキシンの発生の主原因が、PVCを燃やすこと、と考えられてきましたが、ダイオキシンの発生は何を燃やすかではなく、焼却方法に起因することがわかり、最近では高温で燃やすことでダイオキシンを発生させない焼却方法に変わりました。また、PVCに含まれる可塑剤(かそざい)が有害であるとされ、欧米や日本で規制されましたが、可塑剤の中でも、安全性のある非フタル酸系可塑剤を使うことで、規制にもかからないPVCが主流となっています。
吉泉記号的に、PVC=悪みたいな判断は危険に感じますよね。引いて見るとすべてがつながっているので、全体で見たらPVCを使ったほうがまだ良かったという結果もゼロではないですが、その可能性をカットすることになる。さらにそういうことを、選び取る側もあまり知らないことも悩ましいです。
森永そうですね。プラスチックが概ね100%の石油からつくられるのに対し、PVCは「塩ビ」の名の通り、石油40%、残りの60%は天然の塩からできています。近年エコ素材として注目されているバイオマスプラスチックと同様、製造の際に新たな石油の使用を抑制することもわかりました。一概に過去のイメージから、PVCが悪いと思ってしまって、使用を避けることは、ものづくりの可能性を断つことに近いと感じています。PVCもポリエステルも結局、どんなものも地球にあるものでつくっていることに変わりないのに、イメージで善悪や優劣がついていることが多いなとも思います。
吉泉だからこそ、「これって違うんじゃないか」「本当はこういうことじゃないか」という視点を、デザインを通して表現していきたいと思うんです。世の中には、よく考えると違うっていうことも少なくない。本質的な部分での意味づけ、評価軸をもう一度考えられるようなものをつくっていけたらなと思いますね。
森永ファッションの世界では、環境に対しての向き合い方が大事だという流れになっています。ただ、環境配慮の側面で考えるあまり、マテリアルとモノづくりの関係が違う方向へいくことを懸念していて。マテリアルってどういうモノに形を変え、どういう生き方をするかで価値が変わるもの。モノ自体への印象が、変な形でついてしまわないことを願うばかりです。
吉泉デザインの仕事をしている僕が言うのもなんですけど、つくり手が限定されていることも大きな問題に思います。例えば、多くの人が木を切って何かをつくって、生活を組み立てていたとしたら、来年も木が必要だから環境に対して変なことはしないはず。結局、「CO2を何%減らしましょう」と言われても目標にしかならない。本質的な納得や解決のためには、言葉だけではなく実際に身体を動かしながら身体的感覚を取り戻すことも大事だなと感じます。
2人の対話からは、単なる現状への嘆きではなく、未来への希望が感じられます。
森永これまでもいろんなモノが洋服の形になり、ファッションのプロダクトに変わってきた。そう考えると、今発見されているマテリアル以外にも可能性はあると思うんです。「あのマテリアルがこの形になったの!?」という新たなものを生み出すことが、マテリアル自体の印象を大きく変えると僕は思っていて。例えば、プラスチックからはポリエステルしかできないわけじゃなく、今まで洋服になっていないマテリアルが、洋服になる可能性だってある。そのほうが僕にとっては大事だし、自分がやりたいことでもあるんです。
吉泉そもそもマテリアルから素材にする方法論が、今は確立されすぎているというか、狭い範囲で行われてることが多いですよね。そこを考え直すと、もっと世界が変わるんじゃないかと思っていて。マテリアルを素材に変えるやり方が、人間が地球に向き合う態度そのものだとすると、その態度が変わるかどうかによって今後が大きく変わってくるのだと思います。
森永自分が使っているモノ、つくっているモノ、着ているモノ含め、何とつながっているかは日常で想像しづらいのですけど、今回の展覧会で源流にあるマテリアルを見せてもらったことで、マテリアルからモノまでさまざまな方の想像力を介して今につながっているということをあらためて体感できました。それに、地球にはまだ意味づけされていないマテリアルがたくさん埋まっていて、誰かの想像や会話の中で意味がつき、また新しい価値を持っていくんだろうという希望も感じました。
【マテリアルとつながる方法 #7】
環境配慮だけでなく全体を見てマテリアルの未来を考える
ファッションとデザイン、それぞれの領域でさまざまなマテリアルを扱いながら、新たな可能性を探求する吉泉さんと森永さん。意味づけされていないマテリアルを身体的に体感することで生まれる体験と想像力が、未だ発見されていない価値を見出すヒントになるのだと学ぶことができた美術教室となりました。
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