六本木の美術館やギャラリーを舞台に繰り広げられる「六本木、旅する美術教室」。アートディレクター尾原史和さんがインタビューで語った「アートの受け手側の"考える力"は、教育的なところから変えていくべき」という提案を実現するべく、クリエイターやアーティストのみなさんに、その人ならではの美術館やアートの楽しみ方を教えていただきます。
第12回目の「旅する美術教室」の舞台は、21_21 DESIGN SIGHT にて開催中の企画展『Material, or 』。展覧会ディレクターは、デザイナーの吉泉聡さんが務め、デザインの源流にあるマテリアルに着目し、原初的な感覚に立ち戻ってその背後にある自然環境や社会環境の持続可能性などを探る内容となっています。今回の先生は、ファッションデザイナーの森永邦彦さん。通常ファッションでは用いられない新素材やテクノロジーを用いて服づくりを行うことで、新たなデザインを提案してきました。本展の鑑賞を通じて、マテリアルをどのように捉えられるか、その先にある自然環境とどのようにつながれるのか、マテリアルとつながることで見えてくる世界について探っていきます。
第12回目となる「六本木、旅する美術教室」で巡るのは、2023年11月5日まで21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2で開催されている企画展『Material, or 』。人によってデザインされた"モノ"の制作過程には、あらゆる「マテリアル」が用途を持った「素材」として意味づけされるプロセスが含まれている。本来は同義の言葉をあえて使い分け、「素材」から意味を剥ぎ取り、意味づけされていない「マテリアル」を身体で感じることで、自然や社会と新たな対話を試みる企画展になっています。
普段から実験的な素材を用いる森永邦彦さんは、この展覧会をどのように見るのでしょうか? 展覧会ディレクター・吉泉聡さんは、まず「マテリアル」と「素材」という言葉を意図的に分けている理由から解説を始めます。
吉泉 聡デザインの世界では、すでにある「素材」で何をつくろうかという話が解像度高くフォーカスされがちです。けれど、「マテリアル(意味づけされていないもの)」から「素材(意味づけされたもの)」になるプロセスにも、大きなデザインの知恵や考え方が含まれていると思うんですね。そこが多様に変わっていくことで、地球との関わり方、モノとの向き合い方も変わる。そういった発想のもと、今回は「マテリアルにはこんな意味の与え方もあるのか」という気づきのある作品を中心に展示しています。
そして、会場に足を踏み入れたお2人が、最初に足を止めたのは床にポツンと置かれた《泥団子》。美しい石のように磨かれたこの泥団子は、「21_21 DESIGN SIGHT周辺の土でつくったもの」だと言います。
吉泉泥を触ると思わず丸めてしまう、泥団子をつくってしまうという経験を誰しもしたことがあると思うんです。そのときに、マテリアルと人間の間には会話があって、その対話から意味づけをして人間はものをつくるんじゃないかと僕は思っていて。そういった原初的な部分が泥団子にあるように思い、ここに展示をしています。
森永邦彦子どもの頃は泥団子をつくっていましたが、こうしてギャラリーで六本木の土がオブジェクティブにあるのを見ると、いろいろ考えさせられますね。あと、世界には分子から天体まで様々なものが球体として存在していますけど、個人的に「なぜ人は球体をつくりたいのか」という根源的な欲求に興味があって。僕がデザインする「ANREALAGE」の服でも球体を人の形に合わせ、どうにか身体にまとえないかということをやっています。
吉泉今のお話、ハッとしました。人間が何かを形づけていくときって、つくっているようで、つくらされてるところがあると思うんです。その中で球にしたいという気持ちって、なぜか強いのかもしれませんね。
森永マテリアルがどうなりたいかという姿勢で対峙してみると、自ずと球体になっていくのかもしれませんね。自分の中にあるデザインの意図や一方的な意思とは別に、マテリアルが勝手にこちらを動かすようなことってあるじゃないですか。その声に耳を澄ましてみることは、大事だなとあらためて感じます。
【マテリアルとつながる方法 #1】
マテリアルが発する声に耳を澄ましてみる
「球体つながりで」と、吉泉さんが案内したのは自身が代表を務める「TAKT PROJECT」の作品《glow⇄grow:globe》。人工物だけでなく、自然と作用し合うことで成長、完成していくデザインは、森永さんが近年フォトクロミックを取り入れてつくる洋服とも、どこかつながるように感じます。
森永フォトクロミックは、もともと太陽光の紫外線をセンサリングする材料で、外的要因によって光の反射が変わるもの。それを糸にする行為自体はとても化学的なんですけど、出来上がるものは自然への意識を感じるんですよね。太陽の光と共生して初めて色が出るマテリアルなので、その季節の、その場所でしかない色が現れて、今までとは違う感覚を与えてくれるんです。
吉泉面白いですね。《glow⇄grow:globe》も光で固まる液体状のプラスチック(樹脂)を上からたらし、プログラミングされた光を放つLEDで直接硬化することで、LED自体が鍾乳洞やつららのような形に変わっていく。外的要因で変化するという点で、近しいものを感じますね。
森永たしかに。こちらの作品はプラスチックが素材になっていますけど、洋服もほとんどがプラスチックからできています。ただ、服になってしまうとマテリアルまで遡りづらく、なかなかプラスチックを着ているという感覚を持てない。でも、この作品を拝見して、この先に糸ができていくという過程が見えました。
目の前の作品を身近なものと重ね合わせ、自分ごととしてさらに理解を深めていく森永さん。さらに2人はプラスチックの環境問題についての考えを語り合います。
【マテリアルとつながる方法 #2】
目の前にあるモノが何でできているか、マテリアルまで遡る
吉泉金型で大量に生産され、早いサイクルでゴミになるということこそ、プラスチックの大きな問題だと僕は思っていて。本来なら、プラスチックをどう意味づけをするかによって、いろんな可能性があるんじゃないかと思うんです。
森永たしかに。ファッションの問題としては、どうしても洋服が余ってしまうということ、それが特定の国に行き着いて燃やされ、CO2が出るということがあります。つまり、地球内部にあるものを掘り起こしてポリエステルの形に変え、再び負荷をかける状態で地球に戻すことをしている。そこが今、悪として問題になっています。
吉泉戻らないという意味で、プラスチックは負の側面もありますけど、だからといって、"脱プラ"ですべて解決できるかといえば難しいくらい生活に深く入り込んでいる。もっと、本質的に考える必要があると感じます。そういった意味でも《glow⇄grow:globe》は、プラスチックにはもっと異なる意味づけができると、少しでも感じてもらいたいという想いで、つくった作品でもあります。
続く作品は、《素材のテロワール》。床に描かれた日本地図上に、色とりどりのガラスが散りばめられています。「しゃがんで作品を見るのも新鮮ですね」と笑う吉泉さん。会場構成を担当した中村竜治さんの「一旦、建築の意味を無効化したい」という考えから、この会場には什器を置いていないと言います。建築全体をランドスケープと捉え、床にポトポトと展示物を置くことで、鑑賞物として見るだけではない身体性を感じられる環境をつくっているのです。
吉泉各地の土地の砂を採取して溶かし、ガラス化したものを床に展示しています。硅砂がガラスになるときに土地の他の鉱物も入ってくるため、こうして違ったガラスの色が目の前に現われてくるんです。
森永ガラスと土地というのは、自分の中で結びついていなかったので興味深いですね。
吉泉ガラスは工業的なものというイメージが強くて、均質なもの、透明なものが当たり前と思われている。あまり土着的なものとして見られていないですが、土地と結びついたガラスがマテリアルとしてあるのが面白いですよね。服づくりでも、土地とのつながりは意識しますか?
森永やっぱり同じマテリアルでも、土地ごとに風合いが違ってきますし、同じ色でも黒の出方が違ったりもするので、リサーチでは土地性はすごく意識しますね。
【マテリアルとつながる方法 #3】
土地とマテリアルのつながりを考えてみる
会場を移動する中、吉泉さんがぜひ森永さんに見てほしいと案内したのが、透湿防水性テキスタイル《AMPHITEX》。
吉泉機能性を持ったテキスタイルって3層構造になっていたり、表面にフッ素コートがかかっていたりして、通常はリサイクルしづらい。でも、この《AMPHITEX》は、単一のマテリアルでつくられているため、そのままリサイクルに回せるんです。人間が頑張ってモノをつくると、いろんなものを混ぜてしまうことも多いですけど、自然にあるものって単一のマテリアルで結構できているじゃないですか。このテキスタイルはそういった自然と同じ構造、考え方でつくられているのが面白いなと思います。
森永ちょっと触ってみたくなりますね(笑)。(触って)あ、これで撥水するんですか(※)。
※通常時は、作品に触れることはできません。
吉泉大きな水は表面を転がり、気化した汗は抜けてくれます。機能素材ってファッションでも使われますけど、何か考えられていることはありますか?
森永よく考えるのは、「機能性をどこで持たせるか」ということ。洋服って、出来上がるまでの工程数が多いんです。マテリアルをどう固形物にするか、どういう断面の糸にするかから始まり、織工程があって、染色、加工の工程がある。機能性を持たせるのは加工の段階でやることがほとんどですが、この《AMPHITEX》は糸の段階からやっているので、全然違う考え方なんだと思います。
吉泉そう考えると、洋服って不思議ですね。糸になる前からでも、その後の工程でも、機能性を持たせることができる。それらのタイミングは、デザイナーによって違うのですか?
森永そもそも糸の原料になるマテリアルからつくっている人は、ごくわずかだと思います。テキスタイルから洋服にするまでが、ファッションデザイナーの領域と考えがちですが、僕はどういうマテリアルを選んで形にしていくかを考えるのがすごく好きで。結果どんどん源流に向かい、分子構造やファッションで使われていないマテリアルをいかに使うかにたどり着くんです(笑)。
吉泉なるほど。僕はよく「マテリアルをどこで見つけていますか?」と聞かれるのですが、森永さんはどうやってリサーチされています?
森永貝殻をボタンにしたり、角をトグルにしたりと、様々なマテリアルがファッションを通ってきた。そういう意味では、あらゆるモノに洋服の素材になる可能性があると思うんです。僕はファッションの領域にないものを、ファッションにしていくのが好きというのもあって、どんなものが素材になりうるのかという実験は常にしていますね。
【マテリアルとつながる方法 #4】
今までにないマテリアルの使い方を想像する
次に、森永さんの目の前に現われたのは《熊の毛皮》。私たちが日常で手にし、身につけている完成品が何を素材としているのか、そして、その源流であるマテリアルが何なのかが、一瞬にして迫ってきます。
吉泉こちらも触れるので、ぜひ。東北には今もマタギの方がいるのですが、この作品は秋田の方が獲ったツキノワグマの小熊。毛皮には防寒性の意味もありますけど、マタギにとって熊は神なので、それをまとって自分以上の存在になるという意味合いもあるそうです。そう考えると、洋服ってただ着るだけじゃないですよね。
森永自分を変えるって難しいことだと思うんですけど、着るだけで人からはまったく違って見えるというのは、ファッションができるアナログな変革だと思います。
吉泉ちなみに、森永さんは自然素材ってよく使いますか?
森永植物性も動物性も両方使います。洋服って特殊で、必ず品質表示がついている。それを見れば木のパルプからできているのか、綿花からできるのか、プラスチックからできているのか、想像がつくんですが、実際マテリアルまで想像する人はあまりいないのが現状。
吉泉たしかに、文字になると伝わる情報が変わってしまう。触って感じることと頭で分かることは、また違いますよね。まさに熊の毛皮に触れて感じるのですが、このレベルで触ってモノをつくっていくと、この小熊はどこに住んでいたのかな、どんな暮らしをしていたのかなと思いを馳せると思うんです。すると環境問題というより、もっと大きな地球とどうつながっているのかを考えられるんじゃないか、と。
森永本来、僕たちが自然に聞くべきことって、日常にたくさんあるはずなんですが、通りすぎてしまうことも多いですよね。
吉泉触るとか、つくるみたいな、体でやることがやりづらい時代になって、頭で分かった気になってることが多い気がしますよね。でも、体で触れると深い部分で分かること、目の前にあるものの向こうに想像力が及ぶことってあるはずで。そこをもっと大切にしなきゃいけないと思います。
【マテリアルとつながる方法 #5】
気になるマテリアルに体で触れてみる