六本木の美術館やギャラリーを舞台に繰り広げられる「六本木、旅する美術教室」。アートディレクター尾原史和さんがインタビューで語った「アートの受け手側の"考える力"は、教育的なところから変えていくべき」という提案を実現するべく、クリエイターやアーティストのみなさんに、その人ならではの美術館やアートの楽しみ方を教えていただきます。
第8回目の先生は、企画屋・栗林和明さん。若手中心のコンテンツスタジオ「CHOCOLATE Inc.」のCCO/プランナーとして、映像を軸に広告、番組、アニメ、映画、ボードゲームなどあらゆるエンターテインメントをつくり出しています。国立新美術館で開催されている、日本の古典作品と現代作家による見たことのないコラボ「古典×現代2020―時空を超える日本のアート」は、栗林さんにどんなインスピレーションを与えるのでしょう。日本のアートの楽しみ方を、キュレーターの長屋光枝さんとともに探っていきます。
展覧会会場での教室が終了後、栗林さんが自らの肩書きである「企画屋」の視点で展覧会をどう見たのか、語ってくれました。
栗林まず古典作品に対してそれぞれの現代作家がどのように着想したか、そこに大きなヒントがありました。そして何より作品の背景に、"太いアイデア"がたくさんあることに感銘を受けました。というのも僕自身は、ソーシャルメディアを使ってみんながどれだけ話題にしてくれるかという観点でアイデアを考えることが多いのですが、消費のスピードがものすごく速いんですね。話題になる一方で、一瞬で忘れ去られてしまうことに課題を感じています。なので、長く残り続けているものには、その課題を解決するためのヒントがあると思ったんです。そしておそらくそれは僕に限らず、今の世の中全体に必要とされているものなんじゃないかなと。
【日本のアートの楽しみ方 #5】
長く残り続けている理由を探る。
栗林実を言うと僕は、普段あまり美術館に行かないタイプなんです。というのも、なんとなく突き放されている感じがして、作品のことを十分に汲み取れない自分がもどかしくなってしまうんです。その点、今日は解説を聞きながら贅沢な鑑賞ができて、作品のことをもっと知りたいと前のめりになれたので、とても貴重な体験でした。
長屋この展覧会の発端には、古いものと新しいものはそれほどかけ離れていないのでは、という思いがありました。多くの人は、昔のものは昔のものとして見るし、今のものは今のものとして見ますが、一緒に並べることで共通点が見えてくるのではないかと思ったのです。
そして実際に展示をして気づいたことなのですが、今回展示した作品は、明治、大正、昭和初期のものがすっぽり抜けているんです。美術館はそもそも近代に生まれたものですが、時代を分けて捉えようとするのは近代的なものの見方で、美術館はそういった鑑賞を人々に強制してきたともいえます。それを見直すという意味でも、今の日本の社会システムが整っていく時代と重なる近代が抜けているのは、結果的に面白い構造になっていると思います。
栗林古い美術だけを鑑賞する時は、情報量が多くてどこに着目していいのかわからなかったりするのですが、古典と現代が重なった大事なところが浮き彫りになっていて見やすかったですね。
長屋そうやって見てもらえると嬉しいですね。古い作品を鑑賞する時は、いつ誰が何のためにつくったのかというような歴史を読み取ろうとしてしまいますが、現代の作品と一緒になると今の問題意識で見ようとするので、それほど古く感じなかったりしますよね。それはやはり、古いものが新しい見方を提示しているのでしょうし、現代の作家さんの目を通して、古典を見ているからだともいえると思います。
【日本のアートの楽しみ方 #6】
今の問題意識で古い作品を鑑賞してみる。
日本のアートを鑑賞する際、日本独特といえるような感性や思考を読み解くうえで、着目すべきポイントなどはあるのでしょうか。
長屋やはり自然に対する感覚は独特ですよね。私はドイツに留学していたのでヨーロッパ人との比較になりますが、日本人は自然のささやかなものに対する感受性がとても強く、自然への眼差しはひとつのキーワードになると思います。他にもユーモアや宗教的な祈りの感覚など、生きていく上で日常的に大事にしている部分も特徴的だと感じました。現代美術の流れではあまり着目されない、こういった人間の素直さも、拾い上げている展覧会になったと思います。
栗林僕は「自然体」という表現がしっくりきていて、素材に関してもすでにあるものを使ったり、ありのままを描いて余白を想像させるところが、日本っぽいなと思っています。たとえば川内倫子さんの写真のように1枚のビジュアルから物語を感じさせてくれたり、北斎みたいな誰もが知っている絵をちょっとだけいじりたくなるようなことですね。
【日本のアートの楽しみ方 #7】
「自然体」に日本らしさが宿る。
SNSなどを通して世の中の動きや気分を感知し、10代や20代など若年層に刺さるコンテンツを企画することが多い栗林さん。こうした世代が日本美術に興味を持つ入口があるとしたら、どんなことなのでしょう。
栗林"自分ごと化"できる視点をひとつ加えてあげるといいですよね。極端な例ですけど海外で面白かったのが、「かわいいお尻」の人物彫刻をキュレーションして鑑賞していくティーン向けのツアー。美術以外の分野と組み合わせるのも効果的だと思っていて、たとえばアニメの視点で見る古典という切り口を設けたら、アニメファンはすごく興味を持つはず。解説の方法だけでも、いろんな入口をつくることができると思います。最近はリモートで美術を鑑賞する企画も増えていますが、出展している作家さんが解説したり、さまざまな業界の人が鑑賞しながら、複合的に解説するのも面白いのではないでしょうか。今ならではのリアルとリモートを両方使った見せ方が、いろいろありそうな気がしています。
長屋自分ごと化は大事ですよね。やっぱり自分との共通項があったり、自分が積極的に関与していると思えるのが一番楽しいので、そういうフックを展覧会に取り入れるべきでしょう。あとは先ほどもおっしゃっていましたが、美術館にあまり縁がないと感じている人たちが抱きがちな、難しそうなイメージを変えていきたいですね。
栗林今はわかりやすいものに流れていく傾向がありますが、ある意味危機だとも思っています。一見わからないけれども、読み解くことに価値があるこういう展覧会だからこそ、自分ごと化できる入口をつくってあげるのは大事かもしれません。横尾忠則さんが蕭白の影響を受けているという話が面白かったのですが、Twitterで「#私を構成する5つのマンガ」というハッシュタグがあるんです。自分が影響を受けた大好きなマンガを紹介するのですが、そういうのってみんなすごく興味があって積極的に発信するので、作家や作品のルーツを辿るような入口も興味を持てそうな気がします。
【日本のアートの楽しみ方 #8】
自分ごと化できる視点を見つける。
リモート鑑賞のアイデアも出てきましたが、新型コロナウイルスの影響により、美術館や美術鑑賞は大きな転換期を迎えているといえます。コロナ以降、美術鑑賞はどう変化していくのでしょうか。
栗林美術鑑賞に限らずですが、リアルとリモートの掛け算で裾野は広がると思っています。美術館に足を運ぶことはできないけれども、リモートなら見てみようという人も今後はますます増えていくのではないでしょうか。
長屋裾野が広がることで、リモートで鑑賞した人が美術館に来るきっかけになったらいいなとも思います。やはり画面を通しての鑑賞とリアルな鑑賞の決定的な違いもあって、自分の体で受け止めるような感覚はリアルでないと絶対に味わえないと思うのです。リモートをきっかけに、美術館に足を運び、リアルで体験するようなサイクルができるといいですね。
栗林この状況がひとつのチャンスだなと思うのは、リアルへの枯渇が大きくなっていること。より深い体験を求める人も多いので、広げた裾野を回収しやすい状況になっているともいえるでしょう。入場制限をしている現状も、見方を変えればより贅沢な体験をできることでもあると思っています。