六本木の美術館やギャラリーを舞台に繰り広げられる「六本木、旅する美術教室」。アートディレクター尾原史和さんがインタビューで語った「アートの受け手側の"考える力"は、教育的なところから変えていくべき」という提案を実現するべく、クリエイターやアーティストのみなさんに先生になってもらい、その人ならではの美術館やアートの楽しみ方を教えていただきます。
第5回の先生は、アートディレクターのえぐちりかさん。舞台となったのは、東京ミッドタウンで初開催されたアートとテクノロジーの祭典『未来の学校祭』です。オーストリアのリンツで毎年9月に開催されている「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」で注目された数々の作品が集まるこのイベントを、アルスエレクトロニカ フェスティバル・ディレクター、マーティン・ホンツィックさんを案内人に迎え共に巡りました。
2017年から始まったアルスエレクトロニカと東京ミッドタウンの協業。ミッドタウンで初めて行われた「未来の学校祭」の試みを、えぐちさんとマーティンさんはどう見ているのでしょうか。
えぐち商業施設という開かれた場所で展示することで、メディアアートに対するハードルがすごく下がりましたよね。とてもいい試みだと思いました。私は今日見た中では、展示のテーマ通り"ギリギリ"でバランスをとって揺らいでいるソファー『Balance From Within』が一番印象に残っています。ソファーを立たせようと思ってプログラムを組んだのか、プログラムがあったからソファーを立たせたのかが気になる。今まで目にしたことのない光景だったので、インパクトが強かったです。ツアー中に作品が倒れて壊れてしまうのもギリギリな感じでおもしろかった。
マーティン人は体験からしか学べないと考えているので、アートファン以外の人にも作品を体験してもらえるいいイベントになりました。アートを見た経験がない人は、最初からアートに関する質問を投げかけると不安や恐れを感じてしまう。だからまずはグレーな日常の中に新しい色をつけるような体験をすることから広がっていくといいなと思います。アート作品が社会問題やデリケートな問題など、複雑なトピックを考えるためのきっかけになればと思っています。
学生の時にアーティストを目指しつつ、自分のつくった作品が、美術館の中でしか展示できないということに疑問を感じて、広告の世界に入ったというえぐちさん。今回の展示作品について、ご自身の制作と共通する部分はあったのでしょうか。
えぐち広告でもアートでも何かを生み出す時には、常識を全て取っ払ってありとなしの境界線のギリギリのところで新しい表現を模索することが多いです。なので手法に関しては大きな違いは感じませんでした。だから今日私が呼ばれたのかな?と思ったくらい。今回の作品を見てさらに思考の幅を広げることができたのは大きな収穫でした。
社会への問題提起をしている作品が多く並んだ展示を見たあと、えぐちさんが日々の生活の中で課題と感じていることについてもうかがいました。
えぐち今一番考えるのはやはり子育てや働き方のことですね。両方とも正解がない中で、人生に関わる大きな選択の連続です。子育てをするなかで、社会にたくさんのハードルがあるのを感じています。ただ、私は社会に対する不安や怒りはそのまま外に出したいとは思いません。ある意味困難を感じたらラッキーと思う。クリエイターとは、新しい視点で問題を解決する人のことをいうと思います。どんな経験も糧にして、それを原動力に、誰かの人生の活力に繋がるようなものを生み出していきたいと思っています。
【メディアアートを通した未来の見方 #5】
正解かどうかわからなくても、正しいと信じてまず行動に移してみる。
1979年にスタートし、今年で40周年を迎えるアルスエレクトロニカ。プログラムディレクターであり、アーティストでもあるマーティンさんは、今後の展望をどのように考えているのでしょうか。
マーティンアルスエレクトロニカが目指すのは、アートが社会の中でもっと大きな役割を持つように転換していくことです。アーティストの思想や思考や科学や経済、エンジニアリングなど他の分野にもっと取り入れていけば、よりサステナブルなコンセプトをつくれるはず。グローバルな問題解決の場にアーティストが参画する文化ができれば、社会がよりよくなっていくと思います。アーティストの一番大きな価値は、私たちのやっていることや社会の状態を作品に反映することだからです。
今後、メディアアートの世界的な価値は間違いなくもっと高まっていきます。メディアアートは、人間がつくったテクノロジーを使ってつくられているし、テクノロジーをより人々にとって近づきやすいものにもしている。さらに、社会が直面している可能性もリスクも反映しています。ですから、わたしたちにとって、必要不可欠なのもになっていくと考えているのです。
世界的な価値がますます高まり、その重要性がさらに増していくであろうメディアアート。しかし、そこには課題もあるようです。
マーティンメディアアートは今後、現代アートの領域にも介入していくと思いますが、作品を売買するマーケットの問題もあります。古典的な絵画や彫刻には市場がありますが、今のところメディアアートにとっての市場はないも同然。評価された絵画や彫刻の作品は時が経つにつれて価値が高まり、そこに投資をする人も多いですが、メディアアートの場合はそうはいかないんです。古いOSでつくったアート作品は、10年経ったら価値がなくなってしまいます。年月とともに技術は進歩していきますが、古いマシンでつくった作品の技術はアップデートできないし、壊れても修繕できない。スイッチを入れることすら難しいとなると、購入するのも躊躇するでしょう。作品としてメディアアートの作品を購入している人もいますが、すごく少数だと思います。
そういった状況を打破するには、問題を解決するか、メディアアートが参画できる新しい状況を自分たちでつくっていくしかないんですね。東京ミッドタウンとのコラボレーションは、まさに後者に当たります。ここで出展者として対価をもらいつつ、市民にとっての教育者という立場をとることは、メディアアーティストにとって新たなビジネスの形でもあります。新しい状況をつくっていくためには、ときには商業施設に飛び出し、一般の市民にも作品を見てもらうことが必要です。
マーティンアーティストとして、いわゆる"ホワイトキューブ"で展示をしたこともあるのですが、やはり私は枠を超えた考え方に基づいたアートをパブリックに向けて見せていくことが好きです。箱の中で賞賛して作品を見るより、社会の中でどういった役割を果たせるのかを考えてソーシャルイノベーションにチャレンジしたいですね。
えぐち美術館以外ということであれば、例えば電車の中など、パブリックな場所にアート作品を置くことは大賛成です。子育てや仕事に忙しい生活の中で、美術館に行ってお金を払って作品を見るにはいくつものハードルを超えなければならないので、そういう境界を超えて作品が見れるイベントがもっと増えてほしいですね。
社会の中での問題の境界線のグレーゾーンを広げてくれるメディアアート。社会に対して問いを投げかけつつ、みんなの意識を広げてくれるような作品が今後も増えていくことを願って。マーティンさんとえぐちさんから、未来に向けての多くの示唆をいただいた美術教室でした。
【メディアアートを通した未来の見方 #6】
メディアアートが参画できる新しい状況を自分たちでつくっていく。