六本木未来大学に新たにカウンセリングルーム(保健室)が新設された。日本を代表するクリエイターの発想プロセスに注目し、脳や心の動きからそのメカニズムを問診。創造性と医学の関わりを探る「クリエイティブ・カウンセリングルーム」だ。精神科医・産業医であり、クリエイターとAIが共存するクリエイティブ・プロセスのR&Dカンパニー「CYPAR」メディカルアドヴァイザーの濱田章裕と、その助手を務める&Co代表でプロジェクト・プロデューサーの横石崇が、様々なクリエイターを問診していく。
本日カウンセリングルームに訪れたのは、AR三兄弟・川田十夢。川田の生活記録表をもとに、医学的な観点から「診察」した彼のクリエイティブ・プロセスは、濱田によると「見たことがないパターン」だという。常に“夢想状態”だという生活パターンから、「現実と夢のはざま、“まどろみ”にいるのが好き」だと語る、“通りすがりの天才”川田のクリエイティブの源泉を探る。
濱田今日は、クリエイターの創造性と医学の関わりを川田さんを診察して探りたいなと思っています。
川田初回が僕って、企画がダメにならないですかね?
濱田いやいや。
川田ちゃんとした人のほうが都会で働く人たちの参考になるというか。タイムカードを打ってから仕事をする毎日から落ちこぼれている人間なので、役に立つかな。表現や開発を生業にする人間は何かしら疾患があると思います。
濱田精神面での偏りや特性は、創造する上で大切な要素となっていることも多いんです。作品越しに作者の精神的特性を見るのは、アウトサイダーアートなどにも見受けられることです。近年の研究では、優れたクリエイターは双極性障害に類似した特性をもつ傾向にあることがわかってきていますし、一般人に比べて精神疾患に罹患するリスクがやや高いとも言われているんです。
濱田川田さんには生活記録表を書いていただきましたが、実際に書いて、気づいたことはありますか?
川田思ったよりも全然仕事していないってことですね。散歩、漫画、映画にゲーム。細かく言うと、この「漫画」で小説や技術書などの読書もしていますが。
濱田朝一でゲームをするんですね。これは仕事と関係するゲームを?
川田いえ、遊びです。寝起きは機嫌が悪いから(生活記録表の)感情の波はマイナススタートなんですけれど、ゲームで整える。
濱田サウナではないんですね。
川田サウナはね、ちょっと違う。身体との均衡よりは、脳内重力の調整をしたい。ゲームには物理演算が入っているので、それがいい方向に機能します。
濱田どんなゲームをするんですか?
川田『ディビジョン』ってゲーム、ご存知ですか? すごく面白いですよ。記憶の残骸が街に偏在している設定なんです。
濱田お風呂に入ってるときもゲームをやっているんですよね?
川田そうそう。お風呂ではスマホゲーム。ゲームをしているときも、漫画や映画を観ているときでも、「何か持ち帰るものがないかな」「自分だったらどうするかな」と考えながら楽しんでます。最近ではウッディパズルというのが「重力のないテトリス」で、夢と現実の橋渡しをしてくれる感じ。
濱田遊びだけれど、無意識にインプットをしている感覚ですかね。アウトプットする時間はないんですか?
川田もうインプットとアウトプットを区別しなくなったんですよ。インプットと同時に、アイデアを具体化するまでの構造や実装方法まで考える。
濱田例えばどんな?
川田たとえばこの近辺、六本木ヒルズには約1,000台、東京ミッドタウンには約700台の監視カメラがありますよね。それをインフラとして使って、何ができるかなと考える。
濱田なるほど。
川田先ほど話した『ディビジョン』には「エコー」というシステムがあり、身につけてるデバイス(エコー)が監視カメラや様々なものとリンクし、出来事のタイムラインをホログラムで辿れるんですよ。現代でこのテクノロジーに近いのは、ETCやゴールラインテクノロジー。この技術が街や日常生活におりてくれば、何時何分にその人がどんな格好で何していたのかが3Dで再現できると思う。
濱田すごいです。
川田例えば先輩と飲みに行って、「先輩、僕も出しますよ」とかポーズで言いつつ財布に手をかけ、実は中身がぜんぜん入ってないのを「ピーッ!」と判定したらおもしろくないですか?
濱田奢られ方が難しくなりそうですね(笑)。
川田いま、香港でデモが続いてますよね。警察隊と市民が武力を行使して、どちらが先に手を出したかわからなければ、どちらが悪いかは判断できなくなる。そういう場面の時間軸を多面的に巻き戻せたらいいじゃないですか。政府がひっくり返っても時間は不可逆。証拠を残すことで、市民の戦い方も変わってくる。街を歩きながら、そういうことを常に想像してます。
濱田面白いことを探す拡散的な思考をしつつ、それをアイデアとして具体的に収束させ、実装までの道筋を見つけているのがすごいですよね。
川田そこは天才なので。浮かんだアイデアに、実現するための構造(アーキテクチャ)を瞬時に紐づけています。生活のなかでインプットとアウトプットを分けないし、生活サイクルも平日と休日で変わらないから、休みは全然ないです。逆に、平日を休日のように楽しくする努力をしていますね。仕事はやる時間をギュッとまとめて、あとは機嫌よく過ごしたい。
濱田生活記録表を見ても、仕事とプライベートの線引きがないですもんね。
川田分けられるのは上品な人だと思う。封筒を開けるのにペーパーナイフを使う感じ。僕にはできないです。近くに包丁があったらそれで開けちゃう。
濱田睡眠が1日2回で、すべて仮眠と書いていますね。この時、感情の波が高い。
川田10年前に独立した頃からこの生活を続けていますが、夢を見てる時のテンションが良くも悪くも最高潮。寝る前はアイデアを考えてるけど、寝て起きたら悩みが解決していることもよくあります。だから仮眠をとって最適化したい。それにガッツリ寝ちゃうと夢が見れない。見ても忘れてしまう。
僕は現実と夢の間、つまりは「微睡み(まどろみ)」にいるのが好きなんです。そのはざまでいいアイデアが思いつくと先行研究では言われていますし、寝ている時も起きている時も、常にそういう状態でいたい。
濱田夢は覚えてることが多いですか?
川田覚えてるし、覚えようともしてますね。
濱田夢に現実のテクノロジーを持ち込んで解決したこともあると。
川田そうそう。小さい頃から悪夢をよく見るんですけれど、例えばふとしたときに僕だけ全裸なんですよ。誰も気づかないからそれで生活してたら、突然「お前何してんだよ!」とバレてパニックになって目を覚ます(笑)。起きたあとに、これは露出狂が見るべき夢じゃないかと自分を疑う。現実との折り合いをつけなくてはいけない。あの時にまとっていた衣服がAR的な存在であれば、今の僕としては辻褄が合う。
夢のなかでは、不条理にさまざまな事件に巻き込まれ犯人にされることも多い。テクノロジーを現実に帰ってからも駆使しようとするのは、一覧の悪夢を解決したいという潜在的な意識があるからだと思っています。
濱田夢の中で思いついたアイデアを再現することは?
川田あります。夢と現実では思考が逆流するところがある。重力に囚われていないからこそ、面白い発想を持ち帰れるような気もします。
濱田思考が逆流。それはどういった感覚なんですか?
川田例えば、夢の中では電車のつり革が食べられるし、みんな食べている。「なんてナンセンスな世界だ。でもこういう世界があるんだ」と夢の中では納得してしまうけれど、起きたらそんな世界は存在しない。リアリティの感じ方が現実と夢の中では全くの逆方向なのが、面白いなと思う。
濱田なぜ、それを現実社会に実装したいと思うんですか?
川田現実世界の自分には到底できないことを夢でやった時には、すごく浮遊感がある。誰もが重力に囚われていますから。そんな夢みたいな空間を現実にしたい。例えば草間彌生さんの作品は、ある種「夢」のような側面があると思うのですが、夢の表象である水玉模様や色のパターンには彼女なりの情報や意味があります。それを解析したいと思う。まだできてないのですが、人工知能やディープラーニングはそれを解明するひとつの手段になりそう。
自分が「夢」に振り切れず、「夢と現実のはざま」にいたいと思うのは、夢をプログラムで現実世界に実装しないといけないからで、現実には当然ながら物理法則やプログラムの限界がある。それを把握しておかないと、ただのスピリチュアルなおじさんになってしまう。僕がゲームをする理由は、起きた時に夢と現実の境目をはっきりさせるためでもあるんです。
濱田お話を伺っていて「夢」がキーワードですよね。お名前もそうですし。
川田ですね。まあ疾患ですからね(笑)、何らかの。でも僕はこれをやってきたので変えようがないんですけれど。
濱田現実と夢の間を生き、そこから思考のプロセスが生まれる川田さんだと、どうしても睡眠と思考は両立し得ないものかなとも思ったりします。具体的な夢を見るということは睡眠があまり深くないということでしょう。しかし、そこから多くの着想を得ている以上、レム睡眠のウエイトを広げておくことが創作の上で必要だと言わざるを得ません。近年の研究では、夢と覚醒の境界、すなわち夢想状態で創造性が増すといった報告もされており、まさに川田さんの創造プロセスはその事実を裏付けるのかもしれませんね。
川田僕は3ヶ月くらいの周期で、信じられないくらい寝てしまうモードに入ることがあるんですけど、それでバランスとれているといいんですけどね。
濱田アイデアとそれを現実社会に実装するための構造が瞬時に浮かぶとの話でしたが、それは昔からですか?
川田もともと技術者の気質はあると思います。街で何を見かけても、どういう構造でそれが動くのか、どういう積み重ねでアプリケーションになるのかといった緻密な計算を無意識にしてしまいます。技術者時代の約10年は特に休んでいなかったですから。技術が凄ければ特許も取れるし、成果が出たらそれで認められるところもあるので、ポジショントークや無駄な会話は続けなくていい。特許はすなわち、誰も手がけたことのない発明の設計図を書くこと。現行のあらゆる技術をアイデアで凌駕していかなくてはならない。「休んでる場合じゃない!」と思って、給料も出ないのに開発室にこもって仕事をしてました。タイムカードのハッキングとかもしたなぁ。
濱田働いた時間を少なく計上するためにハッキングしたんですか(笑)。アイデアという意味ではどうですか?
川田アイデアが浮かばないことは全くないんです。小さい頃からのストックもあるし、学生時代に書いたネタ帳の断片も、いまだに現役。技術が追いつかなくて実現できないアイデアが膨大にあり、技術とモラルが追いついてきたものに関しては段階的に実装しています。
濱田小さいころのアイデアが活きているのはすごいですね。
川田先ほど疾患だと話しましたけど、小さい頃にうっかりサヴァン症候群だと診断されました。言葉にすることが面倒臭いという感覚になって人と話さなくなったり、引きこもりたくなったり、そんな時期が定期的にやってくるんです。思春期も丸2年くらい誰とも話さなかったですからね。
濱田内省的になる時期があると、そこでアイデアを貯めるんですか?
川田基本的に暗いところがあって、1人で観察して、メモして、解体して、再設計してアイデアにしています。でも、しばらくすると発散したくなるんですよ。子どもの頃は、喋ってなかった分だけネタが溜まっていました。それで、研究開発結果として例えば工学的な声楽の概念を分かりやすく翻訳して学校の先生の真似とかを友達の前で披露するとすごくウケる。表現することも大事だなと感じる。波がある。
濱田内省的な時期にインプットを溜め、その後アウトプットを発散させる時期があるように思えますね。ひたすら技術者として働いていたときも、それに近い気がします。
川田せっかく特許をとっても、特許庁の人とか会社の一部の人しか知らないし世の中には伝わっていない。AR三兄弟を始めたのは、高度な技術を一般に広く伝えたいと思ったからです。そこから10年ずっと忙しいですね。裏方と表舞台を同時にやっているところあるので。
濱田生活サイクルのなかにも、川田さんの表現する技術にも、「楽しくありたい」という姿勢がありますよね。
川田当時も今もそうですが、技術をお笑いなどの温かい方向に紐づける人間はあまりいませんから。技術を使った表現を探求していくと、ライゾマティクスやチームラボのように合理的でクールなイメージに近づいていく。
濱田川田さんはその逆ですね。
川田うん。彼らを尊敬しているし、カッコいいですけどね。僕にはとても真似できない。他者を圧倒するというよりはウケたいし、テクノロジーの冷たさよりも温かさに興味がある。重いものを軽くして、悲しいものを楽しくする。逆に、楽しいもののなかに悲しみを見出したい。僕がずっと大好きで影響を受けた映画や小説、音楽がそうであったように。
[診察後記・濱田章裕記]
川田十夢さんとは、"夢とともにある人"
医学的に解釈すれば、睡眠は情報や感情の整理、統合、定着に関わっていると言われる。それらはいずれも"過去"の事柄を扱う作業であるが、近年の研究では、睡眠によりアイデアの新しい組み合わせが生まれた、すなわち、夢は創造性を高めるために有効だということが明らかになっている。
川田さんは1日の大半を「ゲーム」や「ぼーっとすること」、「散歩」そして「仮眠」に費やすと述べていた。それらはある種の夢想状態だとも言える。一見、無意味に思える時間さえも、彼の頭の中では止め処なくアイデア発想が繰り返されているのだろう。また、アイデアと同時に、瞬時にその実装方法までもを考えている点は驚くべきポイントである。つまり川田さんは思考の拡散・収束の切り替えが極めて速く、柔軟性に飛んでいる。優れたクリエイターの特徴の一つに、"矛盾する両極端の特性をうまくコントロールできる"ことが挙げられるが、川田さん自身のそれも相違ないものと考えられた。この川田さんの特徴は、クリエイティブ・カウンセリングチームとしても引き続き探求していきたいテーマだ。
とはいえ、医学的観点からすれば、決してお手本にはならない生活リズム(特に睡眠に関して!)であることに違いはない。ただし、この断片的かつ短時間の睡眠(おそらくレム睡眠なのだろう)こそが彼を夢の世界に誘うことができ、彼を彼たらしめている創造の泉なのかもしれない。その名までもが味方して、どこからどこまでも夢とともにある人、川田十夢。来年こそは少しでも休めるよう切に祈るばかりである。