無印良品や蔦屋書店、GINZA SIXなど、有名企業や商業施設のビジュアルや広告、プロダクト、VIを手がける、原研哉さん。日本を代表するデザイナーのクリエイティブディレクションの背景には、「仮想と構想」がありました。2018年12月7日(金)に行われた、講義の様子をお届けします。
授業の後半では、原さんが総合プロデュースを行う「JAPAN HOUSE」と、羽田空港の国際線ターミナルのポップアップショップ「A Piece of Japan」のクリエイティブディレクションの背景が明かされました。
外務省が対外発信強化の一環として取り組んでいる「JAPAN HOUSE」。サンパウロ、ロサンゼルス、ロンドンに拠点を置き、日本の魅力の諸相を「世界を豊かにする日本」として発信していく活動です。「多様な才能を編集することも好きなので、プロデュース的な視点で仕事をすることが増えてきた」と話す原さんは、「JAPAN HOUSE」の総合プロデューサーを務めています。
「東京オリンピックの後だと、日本は"体力不足"になっているかもしれないので『自分のクリエイティブディレクションで貢献できることがあるのではないか』と思い、総合プロデューサーをお引き受けすることにしました。
まずは方向性がブレないようにするために、『10箇条の原則』をつくりました。大方針は、日本のことを考えたこともない世界の大半の人々に『日本をいかに知らなかったか』に目覚めてもらうことです。サブカルチャーからハイカルチャーまで、ハイテクから伝統文化まで、日本文化を偏りなく扱っていきます。
ステレオタイプを振りかざすのではなく、少し地味でもじっと耐えて、"わかる衝撃"、"日本を知る感動"まで引っ張ってくることです。高度成長期以降、非常にチープな日本文化紹介が海外に広まってしまった。ものづくりとエレクトロニクスの融合で成功を収めた大手企業が海外に進出するのに伴い、カラオケや寿司、法被を着て太鼓を叩く、鶴を折るといったステレオタイプなイメージが世界に広まりました。実際、日本人の中にも『赤い和傘の下で抹茶を供すことがおもてなし』だと考えてしまう人がいる。本来は、そういった"初見の驚き"ではなく、"わかる衝撃"へと導く仕組みを考えていくべきなのですが......。
日本人ですら、日本文化の一端に深く触れたとき『ああ、こういうことだったのか』と衝撃を受けることがあると思います。異国の人にも、同じように感じてもらわなくてはいけない。そんな想いで『JAPAN HOUSE』のクリエイティブディレクションを行なっています」
サンパウロ、ロサンゼルス、ロンドンにある「JAPAN HOUSE」の拠点では、日本の魅力を発信するさまざまな企画展が開催されています。
「厳正な選考を通過した展覧会を3展示分選定し、サンパウロ、ロサンゼルス、ロンドンの3拠点で巡回させていく、『巡回企画展』を毎年開催しています。日本の伝統技法、ロボティクス、あるいはトイレや盆栽などもおもしろいかもしれない。内容はできるだけ広げたい。3つの展覧会を3都市で巡回させていくと、日本からの脈動や血流のようなものが生まれます。もちろん、3都市独自の企画展も行い、他の施設に流用することもやる。そうすることで、3拠点にクリエイティブな連携が生まれます」
2017年、ロンドンとロサンゼルスに先駆けてオープンした「JAPAN HOUSE São Paulo」は、市民に親しまれるパウリスタ大通りに面した銀行のビルの中につくりました。地球の真裏にあたるこの場所には、隈研吾さんをはじめ、日本のさまざまな領域のクリエイターたちの仕事が織り込まれています。
「『JAPAN HOUSE São Paulo』は、隈研吾さんが手がけたヒノキによる『地獄組み』のファサードが特徴的。このファサードだけで期待感が高まります。中に入ると、和紙で覆われた金属メッシュの不思議なパーテーションが出現します。これは、和紙職人の小林康生さんが手がけたもの。オープニング企画となる『BAMBOO展』では、入り口に竹で囲まれた畳敷きのシアターをつくり、スタジオジブリの『かぐや姫』のトレーラー映像を寝転んで観るという趣向。1階は廣島一夫さんという、宮崎のすばらしい竹の民具の仕事をはじめとする日本文化の中の竹の広がりを転換するとともに、3階ギャラリーでは、竹工芸家の田辺竹雲斎さんをはじめとする竹工芸作家のオブジェクトを展示しました」
館内には日系シェフ坂本淳さんの日本料理店「坂本」や、日本のハイテク製品や工芸品の展示もあり、現在の日本の魅力をふんだんに体感できます。サンパウロのオープンプレイベントでは、フラワーアーティストの東信さんが企画し、自転車に花束を満艦飾のように積んだ30人の「フラワー・メッセンジャー」が市内の有名スポットに出現し、人びとに花を配りました。「日本にシンパシーを持った人が多い」というサンパウロでは、たちまち大人気のスポットになったと、原さんは当時を振り返ります。
「オープン初日には、4,200名の方たちが来館してくださいました。さらに開館後初の週末には7,500名もの方が訪れ、まるでアップルの新製品発売日のような賑わいをみせていました。オープン翌日に開催したコンサートでは、坂本龍一さんと三宅純さん、そしてブラジルを代表する音楽家・モレレンバウム夫妻による演奏を、15,000人ものお客さんに楽しんでいただけました。決して日系二世三世がたくさん来てくれたというわけではなく、日本文化に興味を持ったブラジルの方たちが押し寄せてくれたんです。
今後は物販の企画と開発も行う予定です。弁当、扇風機、ロボットアームなど、ハイテクなものもそうでないものも、すべてひとつの"日本の魅力"として伝わるように、"なんちゃって"の方向に曲がらないように目を配っていこうと考えています」
サンパウロに続いてオープンした「JAPAN HOUSE Los Angeles」、「JAPAN HOUSE London」も同様に「日本の魅力」の発信基地となっています。
今年8月にグランドオープンした『JAPAN HOUSE London』は、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館やデザイン・ミュージアムがあり、落ち着いた雰囲気で文化的な人が集うケンジントンスハイトリートにあります。ガラス張りの売り場の内装は、片山正道さんによるもの。妥協のない「日本製」をセレクトして販売しています。初めて売り場を見たときに「こんなお店は日本でも見たことがない」と興奮したのだと話します。
「日本には日本の製品をキュラトリアルな視点で揃えて売る店はありません。工芸品を扱う小さなギャラリーは別ですが。百貨店などは売れ筋の商品がおのずと並ぶせいか、引き締まらない売り場になります。しかし、ロンドンでは徹底してセレクトしたものを並べようとしているので、『ああ、これは理解してもらえるかも』と手応えを感じています。
"なんちゃって"ではない日本を、海外に向けてきちんとプレゼンテーションしたときに日本のことをよく知らない海外の人たちがどのぐらい反応してくれるのか...... 『JAPAN HOUSE』は、自分にとって試験石でしたが、関係省庁が措定した予想値の7〜8倍の人に訪れていただけました。オーセンティックなもの、つまり "本物"を発信すれば、海外の人たちが日本の魅力に目覚ましく反応してくれることが確認できました」
【クリエイティブディレクションのルール#8】
一流のクリエイターと協業し、本物を発信する
羽田空港の国際線ターミナルには、原さんがクリエイティブディレクションを行なったポップアップショップ「A Piece of Japan」が、2018年12月に誕生。原さんはこのプロジェクトを通し、日本が抱える課題に対する解決のヒントを得たと言います。
「国際線の出国審査ゲートを出てすぐのところに、日本中から厳選された伝統工芸品を販売するショップをつくりました。羽田空港が日本から選りすぐった良質な工芸品を、効率良く買うことができます。第1弾として販売したのは、唐津焼と越前の漆、常滑の急須です」
格子状のユニット棚に商品をセットで陳列することで、購入できる商品が明快に示されています。手づくりの一品ものですから、個別の差異はもたせつつ、お客が何を買うか迷わないように工夫されていて、棚に設置されたモニターには、制作過程を映したムービーが流れています。また、ここで買い物をする場合、必ず航空チケットを見せる必要があります。
「航空チケットを見ることで、『シカゴ便の人が常滑の急須をいくつ買ったか』『タイのバンコク行きの便に乗る人には何が売れたか』といったデータが取得可能です。『何がどんな人に何個売れたのか』がわかるので、動的に展開できるキャスター付きのワゴンは、配置を変えたり、売れない商品を下げたりと戦略的に売り場をつくることができます」
「A Piece of Japan」はパイロットケースですが、「ローテクに見えて、ハイテクな」新しい売り方なのです。
「国際空港こそ日本のショーケースになるかもしれません。一般的に空港で販売されているものと聞いてイメージされるのは、タバコ、酒、化粧品とブランド品ですが、『A Piece of Japan』で販売している伝統工芸品は予想通りに売れていて、つくり手が限定される高品質の製品は供給が追いつかないほど。このプロジェクトを通して『伝統工芸の衰退』や『地方創生』といった課題への対応策が少しだけ見えてきた気がします」
【クリエイティブディレクションのルール#9】
「本物」を、戦略的に訴求する
講義の最後には、原さんが「今後やっていきたいこと」が語られました。
「最初の東京オリンピックが開催された1964年には、国境を越えて移動する人は世界で1億人を少し超える程度でした。しかし今はその10倍以上、12億人ほどになっています。さらに2030年には、18億〜20億人にのぼると想定されています。2020年の東京オリンピックの年には、日本への来訪者は4,000万人に達し、2030年には8,000万人になるとも言われています。訪日客だけが増えているのではない。世界の流動性そのものが高まっている。つまり『遊動の時代』が始まっているのです。今後、日本が世界に提供すべきはモノだけではなく、体験価値なのです。
ですから、新しい産業ビジョンは日本の国土を創造的に運用し体験価値を創出すること。デザインの役割は、潜在している価値を可視化することです。日本の国土や伝統、美意識を資源として、新しい日本のクリエイティブディレクションをやってみたい。
日本は『緻密・丁寧・繊細・簡潔』というプリンシプルを持っています。公共のトイレは綺麗だし、掃除も行き届いている。切れたり明滅していたりする電灯もなく、それが驚くべき深度の夜景をつくっている。東京駅丸ノ内口の広場周辺は、微妙な段差や水勾配が設けられていてすばらしい。あんな道路をつくれるのは日本だけでしょう。
国土の6割強は山林で、いたるところで綺麗な水が湧き出ている。火山帯なのでいたるところに温泉が湧いている。世界が注目してやまない和食はまだこれから。しかし日本には、世界に誇れるようなホテルはまだほとんどない。基本的に"観光"産業に重きを置いてこなかったせいです。そこに潜在する価値を目覚ましいかたちにして、世界に提供したいと考えています」
新たなツーリズムを見据えて、原さんが構想しているのは「半島航空」。日本各地にある、半島をつないでいく航空会社をつくりたいのだと明かしてくれました。
「海に面した半島であれば、水陸両用の航空機を使えば、空港をつくらなくても小さな漁港が空港になる。そこに自動運転の車が迎えにきて、岬の上にある超高級ホテルまでお客さんを運んでいく。日本には優秀な建築家がたくさんいるので、再生可能エネルギーや汚水浄化のインフラを独自につくれるハイテク企業と組めば、最先端技術を駆使したクリーンな宿泊施設をつくることもできるはず。
すばらしい景観や季節の移ろい、建築や空間、これまでにない風呂や施術、充実した食とホスピタリティ、それらを徹底して磨き直し、再編集し、妥協なく提供することができれば、世界中の人が訪れたい場所がいくらでもできると思います。
要するに『だったりして!』と考える、仮想と構想の組み合わせは、論理や経験を超えるクリエイティブな思考です。僕が考えるクリエイティブディレクションとは、自分を含め多くの才能やテクノロジーを融合させて、仮想と構想を繰り返すことによって、価値を創出していくことです」
【クリエイティブディレクションのルール#10】
「だったりして!」をかたちにする
講義終了後に設けられた質疑応答の時間には、多くの来場者が手を挙げ、原さんに質問を投げかけました。「原さんの"ブレないコンセプト"を教えてください」という質問者に対して、原さんは自身の軸にある「デザイン」について、次のように答えてくれました。
「デザインという概念を大事にしています。ここはぶれない。僕は『デザインという概念』が好きなんです。外界環境を自分の思い通りに変えて生きている動物は人間だけでしょう。既存の環境を『どうすれば、もっと素敵にできるか』と考えるのがデザインです。
もちろんデザインには、ものを売る力も秘められていなくてはいけない。『こういう風に売りたいのでパッケージをデザインしてください』と依頼されたときに、きれいなパッケージをデザインするだけでは役に立たない。売る力がないと。しかしデザインがものを売る道具になり下がってはいけない。他のブランドよりも目立つことだけを意識するのも、よろしくないと思います。『デザイナーズホテル』などと言われて、ひととき"デザイン"という言葉を使うことを恥ずかしいと感じたこともありますが、やはり"デザイン"という概念は大事にしたい。だから最近は開き直って『デザイナーの原研哉です』と自己紹介しています」
【クリエイティブディレクションのルール#11】
直感でとらえ、ロジックで定着する
原さんの大ファンだというクリエイティブディレクターの男性は「原さんは、レトリックに優れた文章を書かれていると思います」と述べた上で、「原さんが、普段心がけていることを教えてください」という質問が投げかけられました。
「"アナロジーで考える"ことを心がけています。アナロジーとは、類推、たとえ話ですね。なにかひとつの物事に対して、『たとえば』と、違う物事に置き換えて考えます。そもそも、デザインは"見立て"や"類推"を行う行為です。異質なもの同士に共通点を見つけて、重ね合わせていく行為は、頭の中でいつも自然に行なっているかもしれません。
さらに"文章を書く"という行為もデザインの一部だと思っています。自分のデザインを世の中に理解してもらうために、常に言葉を探しているんです。デザイナーの仕事は説得の連続ですから、答えが見えているのに、説得で苦しむときもあります。
一方で、手がけたデザインを語っていくことは、自分の畑を耕すことでもある。デザインすることも、文章を書くことも両方含めて"デザイン"だと思っています」
場所であれ、グラフィックであれ、デザインやクリエイティブディレクションをする対象を問わず、ご自身が手を動かしてプロジェクトを推進させていく原さんだからこその、事例の数々。非常に示唆に富んだお話がうかがえ、大盛況のうちに終わった講義でした。
【クリエイティブディレクションのルール#12】
アナロジーで考え、異質なものを重ね合わせる