2016年1月9日(土)、東京ミッドタウンのアトリウムで開催された「暮らしの中にデザインを感じるワークショップ by 柴田文江」、その内容は、かんなを使ってヒノキの角材を削り、自分だけの箸をつくるというもの。柴田さんも会場を訪れる中、子どもから大人まで、たくさんの人々が"my箸"づくりに挑戦しました。その様子をお届けします。
この日、箸づくりを教えてくれたのは、酒井産業株式会社の酒井慶太郎さん(写真左)。これまで、木への親しみや理解を深める「木育(もくいく)」という活動をしてきました。今回のワークショップにも、そのノウハウが詰め込まれています。
「木の香りの心地よさや懐かしさって、そもそも日本人のDNAに組み込まれているものだと思っていたんです。ところが10年くらい前、父が大学の先生から『あれは幼い頃の刷り込みで、子どものときに木の香りを嗅いでいないと心地よく感じない』と教わって。子どもたちに木の香りを嗅いでもらわないといけないと思っていたときに、ちょうど林野庁が国産材の利用を促進する『木づかい運動』をはじめて、私たちも普及活動の一環として『木育』に取り組むようになりました。今回のワークショップで使用する『箸づくりキット』は、その中で生み出されたものなんですよ」(酒井さん)
柴田さんと酒井産業との関わりは、さまざまな種類の木材でつくられた木の玩具「buchi」にはじまります。デザインを手がけた柴田さんは、これをきっかけに「木育」のことや、箸づくりキットのことを知ったのだそうです。そう、このプロダクト自体も、木育の一環。
「森林を育てる過程で出る『間伐材』を使おうというのが最初の話でした。木のオモチャって、デザイナーにとっては理想的な仕事のひとつなんです。子どもの成長に役立つものを、しかも環境保全につながる間伐材でつくるって、すごく"正しい"じゃないですか。デザインやものづくりをしている人なら、やってみたいテーマだと思うんです。お話をいただいたときはうれしかったですね」(柴田さん)
開場前、まずは柴田さんが体験することに。この日は柴田さんが教えている大学の学生も駆けつけ、酒井さんからレクチャーを受けました。テーブルの上には、ヒノキの枝や丸太も用意。まずは材料となるヒノキの木材を手に、「木目」の説明からスタート。まっすぐな木目は削りやすく、暴れた(複雑な)木目は削りづらいけど仕上がりが面白いという説明に「時間があれば、私は絶対に暴れた木目のほうがいいな(笑)」と柴田さん。
ワークショップで使用するのが、写真の箸づくりキット。溝にセットした木材を順に四面削っていくと、箸のかたちに仕上がるというものです。本来は扱いが難しいかんなを、誰でも安全に使えるよう工夫が施されています。現在のかたちになるまでに、3年間試行錯誤を繰り返したそうです。
「かんなは使ったことがあるけど、これはスムーズに削れて楽しい(笑)。かんなを使うのって、難しいんですよ。でもこのキットは、気持ちよく削れて、まるで大工さんの仕事が自分にもできている感じさえする。木を薄く削っている感覚や、その巧みさを感じられますね」(柴田さん)
「木は削り立てが香り高い」と言う酒井さん、その言葉どおり、柴田さんが削るごとにヒノキのいい香りが。箸づくりキットは木の香りを自然と刷り込ませられるので、木育にはぴったり。箸本体はもちろん、削って出たかんなくず("かんなの華"とも呼ばれているそうです)は持ち帰って、湯船などに入れても香りを楽しむことができます。
さらに、キットの側面には目盛りが。これは、箸の最適な長さ「一咫半(ひとあたはん)」を測るためのもの。親指と人差し指を直角に広げた対角線が「一咫」、その1.5倍がその人の最適な箸の長さなのだそうです。とはいえ、最近は長い箸を好む人もいるので、こだわらなくてもいいそう。柴田さんも「長いほうがきれいに見えるから」と、今回はカットせずに仕上げました。
最後は、紙ヤスリで角を落とし、米ぬか油を塗って完成。油を染み込ませることで、カビのもとになる食材の栄養分を水分と一緒に木が吸ってしまうのを防ぐのだそうです。完成した箸を手にして、「この箸で食事をするのが今から楽しみ!」と柴田さん。こうしてものづくりを実践することも、きっと「暮らしの中にデザインを感じる」ということ。
「削ったときにふわっと香りがするし、木を削る抵抗が体に伝わってきて、意外なほど『木を削っている感じ』がしました。木と感じ合えるというか、五感に響くものがありますね。これを子どもが体験したら、ものづくりをしたいって思うかもしれません。しかもできあがるのは、子どもだましじゃない、本物の箸。ふだん、ものづくりに携わっている私でも新鮮な喜びがあって、驚きました」
ワークショップの途中には、酒井さんからひのきの説明も。日本では間伐をして森林に手を入れなければならないこと、木の端の部分は箸やまな板に、中央部分は柱など建材になることなどを、写真や実物で詳しく教えてくれました。
レクチャーが終了すると、いよいよワークショップの本番がスタート。時間は1回あたりおよそ30分、酒井さんはもちろん、柴田さんや学生のみなさんのサポートのもと、子どもから大人までたくさんの人が箸づくりを体験しました。
こちらの男性おふたりの職業は、カメラマンにSE。ふだんは木工にはあまり触れることが少ないそうです。六本木未来会議のウェブサイトを見て、「ぜひやってみたい」と足を運んだそうです。リズミカルに削る姿を見て、「上手ですね、職人みたい(笑)」と柴田さん。
「身近なものを自分の手でつくってみたくて参加しました。こんなふうに木工をするなんて、学校の授業以来ですね。もちろん箸をつくったことはありませんし、新鮮です。そして、かんなで削ったときの、シュッという音が心地いい。木の手触りや香りもいいですね!」(参加者)
親子で参加した人もたくさん。こちらのお子さんは小学1年生、最初は柴田さんが手を添えて一緒に削り、次第にひとりでできるようになっていきました。お母さんによると、「遊んでいるときとは違う、真剣な顔をしていますね」とのこと。約30分、飽きることなく削り続けて箸を仕上げました。
最後は手のサイズに合わせてカットし、オイルで仕上げて完成。ふだんは妖怪ウォッチの箸を使っているそうですが、「これで食べたらおいしそう?」と柴田さんが聞くと、うれしそうにうなずいていました。
「子どもって、体も小さいし力もまだ弱いけれど、道具に合わせて体をうまく使って、だんだんコツをつかんでくるんです。この短時間で道具の使い方がうまくなっていくのに感心しちゃいました。また来年もこれをやって、成長した自分の手に合わせた箸をつくれたらいいですよね、そして将来はぜひものづくりに関わってほしい(笑)」(柴田さん)
ちなみに柴田さん、この日のために、仕上がった箸を持ち帰る袋を用意していました。誰でもつくれるよう、紙を折ってつくる箸袋で、色は4色、大人用と子ども用の2サイズ。オビにヒノキの葉を挿すと、一気に新年らしいおめでたい雰囲気になりました。かんなくず(写真右端)と一緒に持ち帰れば、いい記念に。
他にも、アメリカから里帰りをした際に立ち寄ったというご家族や、興味深そうにワークショップの様子を眺める外国人の姿も。この日、ワークショップを体験したのは、およそ100人。参加待ちの列が何度もできるほど盛況でした。
最後に、柴田さんに今回のワークショップの感想をうかがいました。
「ワークショップを開催したきっかけは、実際につくってみないとわからないことがいっぱいあると思ったこと。私自身がやってみて、そのことをあらためて実感しました。単純に楽しかったし、ものづくりの原点に触れたような気もしました。参加したみなさんも、手を動かすことで、ものづくりやデザインについて感じたり考える機会になったんじゃないでしょうか。たとえば、売っている箸を見て『これも誰かがつくっているんだな』って思うように。こういう視点こそ、暮らしの中にデザインを感じるということ。これからさらに展開していければと思っています」