「もし私が何かひとつプロジェクトをはじめるとしたら、デザインのワークショップか、体験型のイベントを企画してみたいですね」。2012年に柴田文江さんがクリエイターインタビューで語ったこの言葉が、2016年1月9日(土)、アイデア実現プロジェクトの第9弾として実現します。内容は、国産の間伐材を使った「箸づくりのワークショップ」。そこに込められた柴田さんの想いとは?
インタビュー当時、柴田さんが語っていたのは「自分もデザインの中に生きている」ことを実感できるワークショップを行うというアイデア。「デザインやアートを『暮らしの一部』として体験することができれば、世界の見え方はぐっと広がっていく」という想いは、それから3年あまりが経った今も変わっていないそうです。
「普通は、必要なものはお店で選んで買いますよね。でも、私は実家が織物屋だったこともあって、手づくりのものを生活の中で使っていたんです。それが一般的じゃないと知ったのは大人になってから。そもそも人間はずっと自分たちの手で暮らしの道具をつくってきました。そういう意味では、ものづくりって、本当に根源的な欲求だと思うんです。だから、体験すれば楽しいし、ものやデザインに対する考え方、もっと言えば人生が変わることだってあるんじゃないかな」
一般的に「デザイン」と言われて思い浮かべるのは、ファッションや車、ロゴなどといったわかりやすいもの。でも、昔から当たり前のようにある道具も含めて、「どう使うかを考えられてつくられているものはすべてデザインされている」と柴田さんは言います。
「『デザイン』という言葉の意味の広さがわかると、家の中にあるもの全部が、誰かが工夫してつくったものなんだって気づく。そうすると、ものの見え方も変わってくるんです。このワークショップを通して、そういうことが起こせるといいなって。何かを形づくるだけがデザインじゃない、人の目が変わるっていうこともデザインなんですよね」
そんな想いを抱きながらも、実は柴田さん、これまで一度もワークショップを開催したことがないのだそう。大学で教えたり講演をすることはあるけれど、そこにいるのはもともとデザインに興味がある人たち。短い時間で一般の人にものづくりのすばらしさを伝える機会はなかなかありませんでした。そんなときに出会ったのが、長野県で木製品の開発・販売を通して木のすばらしさを広める「木育(もくいく)」という活動を行っている酒井産業という会社。
「最初はデザイン会社MIRU DESIGNを通じて『間伐材を使ったおもちゃをつくりたい』という依頼をいただいて、『buchi』という木製玩具のシリーズをデザインしたんです。"ふち"に着色をすることで、木種も加工方法も異なるさまざまな木のおもちゃに統一感を持たせました。このプロジェクトを進めていく中で、彼らが木育の一環としてお箸づくりのワークショップをやっていることを知りました。刃物を使うし、木を削るし、子ども向けなのにそんなことができるの!? ってびっくりしたんです」
ワークショップをやるなら実際に暮らしの中で役立つものがいいと考えていた柴田さんの考えと酒井産業のノウハウが一致して、今回のアイデア実現プロジェクトは「箸づくりのワークショップ」としてスタートすることに。
「ものづくりを体験すると、デザインを理解できます。オブジェなんかをつくるのも悪くはないですが、実用的なもののほうが暮らしに対する視点が変わっていいなって。そういう意味では、箸ってすごくプリミティブな道具なので、私がやりたかったワークショップにぴったり。自分の手にフィットするように木を削って、食べ物を口に運ぶ道具を自分でつくるって、すごいことじゃないですか」
今回のワークショップで使用するのは、酒井産業が3年かけて開発したキット。5年ほど前から「木育」の一環として箸づくり体験をスタート、林野庁の庁舎や長野県の商店街などで開催して、これまで子どもたちを中心に数千人が参加してきました。
ワークショップの内容は、型枠にセットした木材をかんなで削って先端を細くしていき、自分の使いやすい長さにカットしたら、紙ヤスリで面取りしながら形を整えていくという流れ。大人はもちろん、子どもでも安全に加工できるように工夫されています。
「まずは形をつくるということを体験してほしいです。これはデザインの基本ですが、お盆の幅が肩幅からきているとか、道具のサイズって人間のスケールがもとになっています。お箸だって同じ。そんなことも体感できる、楽しいワークショップになるんじゃないかな」
当日、箸づくりをレクチャーしてくれる酒井産業の酒井慶太郎さんによれば、箸の最適な長さは「一咫半(ひとあたはん)」、「咫(あた)」とは手を開いたときの人差し指の先から親指の先までの長さだそう。箸づくりキットには最適な長さを測れる目盛りもついていて、ぴったりのサイズの「マイ箸」ができるという仕組みです。
使用するのは、長野で採れる木曽ヒノキの間伐材。日本は世界有数の森林大国でありながら多くの木材を輸入しており、森林が過密状態で木が大きく育たない状況にあります。つまり、木を間引いて生み出された間伐材を使うことは、環境を守るということでもあるのです。
「酒井産業さんの『木育』という取り組みを知って、ものづくりによって日本の森が抱えている問題を解決できるのは、すごくすてきなことだと感じました。なにより、木はワークショップの素材としてとってもいいんです。ずっと昔から使われている、いわば"人間に一番近い素材"なのはもちろん、単純につくっていて気持ちがいいというか、自分が浄化されていくような感じがしますから」
木曽ヒノキは、軽くて柔らかいのに目が細かく、子どもでも気持ちよく削ることができます。また、よく風呂桶などに使われるように香りもいい、五感で木の魅力が感じられるのもいいところ。削ったあとのかんなくずは布に入れて持ち帰って、芳香剤や入浴剤にして香りを楽しむこともできるそうです。
さらに今回のワークショップのために、紙を折って簡単につくれる箸袋も用意。こちらは柴田さんによるオリジナルデザインで、出来上がったマイ箸を入れて持ち帰ることができます。ちなみに、箸づくりは「暮らしの中にデザインを感じるワークショップ」の第一弾、これから春、夏、秋と季節ごとにテーマを変えて開催していく予定です。
「この企画は、デザインとアートの街・六本木ならではのワークショップ。東京ミッドタウンのような、デザインと暮らし、デザイナーと生活者がシンクロする場所でやるということに意味があると思っています。年の初めに新しい靴下をおろしたりするように、自分だけの箸をつくって1年間それを使っていくって、なんだかいいでしょう? 実は私もまだやったことがないからすごく楽しみだし、ぜひ多くの人に体験してほしいですね。......でもどうしよう、発案者の私が定員オーバーで入れなかったら(笑)」