"クリエイティブディレクションを学ぶ学校"「六本木未来大学」も、いよいよシリーズ最終回。2016年3月7日(月)の第5回講義には、六本木未来大学の発案者である水野学さん本人が登場し、これまでの授業を総括する「水野学さん、まとめると、クリエイティブディレクションって何ですか?」が開催されました。この質問に対する水野さんの答えは「問題の発見と問題の解決」。この2つをつなげるための、水野さん流クリエイティブディレクションとは?
「2000年代以降、これまで技術力を武器に成長してきた日本という国が低迷しはじめています。それは『技術力の踊り場』にさしかかっているから。携帯電話はもうこれ以上いらない。車の自動運転? ちょっと怖いよねって、人間のほうが技術に追いつけなくなっている。こういう状況の中で、今、デザインはものすごく必要とされています。イギリスで産業革命後にアーツ・アンド・クラフツ運動が起きたように、日本の戦国時代を経て安土桃山時代がやってきたように、文明(技術)が伸びたあとには、必ず文化が起こる。それと同じことが、現代の日本で起きているんです」
デザインが求められている具体的な動きとしては、現在、広告代理店やコンサルティング会社によるデザイン会社の買収が世界的に進んでいるそう。こうした状況の中では、デザインをする人も、デザインを必要としている側(クライアント)も、クリエイティブディレクションを学ぶべき、というのが水野さんの考え。
「左側はデザインを必要としている人、つまり企業や、行政、学校などですね。彼らは問題を発見し、さまざまな企画を考えますが、せっかくつくった調査報告書や企画書は、このままでは谷底に落ちていってしまう。解決する側である右側のデザイナーに届かないんです。そして、ここに橋が架かれば、問題の発見と解決が結びつく。これを僕は『クリエイティブジャンプ』と呼んでいます」
これまでの美術教育はビジネスに関心がないデザイナーを育ててきてしまったし、依頼する側もデザインを踏まえた丁寧な説明ができない。だからこそ、両者の間に「橋」をかける職業、つまりクリエイティブディレクターが求められている、と水野さん。
「佐藤可士和さんのようにデザイナーを兼ねている場合もありますし、スティーブ・ジョブズはクリエイティブディレクターであり経営者でもありますよね。そして、デザイナーでも経営者でもない、第三者的に関わるクリエイティブディレクターもいます。たとえば僕が尊敬するジョン・C・ジェイ、ユニクロやナイキのクリエイティブも彼が手がけました」
「僕、『ゆるキャラ』とか嫌いなのに、今では『くまモンの水野学』と自分で言うようになりました(笑)」と、ここからは水野さんが手がけたキャラクター「くまモン」を例に話が進みます。「くまモン」は、ご存じのとおり熊本県のPRキャラクターで、2015年度は関連グッズの売上が1000億円超。誕生から5年が経過した今も売上を伸ばし続け、タイ、香港、台湾、中国などでも人気を呼びつつあります。
「最初に小山薫堂さんから依頼があったときは、『くまもとサプライズ』というキャンペーンのロゴを考えてほしいという内容だったんです。でも、ロゴだけではキャンペーンを盛り上げられそうになかった。そこで当時注目されていた元宮崎県知事・東国原英夫さんのように、地域の宣伝マンをつくったらどうだろうかと考えました。頼まれてもいないのに企画書を勝手につくって、ロゴのデザインと一緒に薫堂さんに自主提案して」
47都道府県のうちで、動物名がついている県は4つ。動物名のまま読む県は熊本だけだから、動物をキャラクターにするにはもっともふさわしい。そこに「者」を意味する熊本の方言「もん」を付けて、さらに色は熊本城と同じ黒にして......。「熊本らしさ」を追求した結果として生まれたのがこのキャラクターで、自分に才能があるから生まれたわけではない、と水野さん。
「『いやぁ、私は才能がなくて、センスないからわからないんです』なんて言う人がよくいます。でも、本当にセンスとは才能でしょうか? 僕もそうですが、美術大学に行くような人は、小学校で国語の授業を受けているときも教科書にどれだけ面白いいたずら書きができるかって、ずっと"努力"してきた。つまり、センスとは才能ではなく努力なんです」
水野さんの考えは、「センスとは知識の集積によってつくられる」というもの。映画が好きな人がすすめる作品が面白いのと同じで、センスとは知識の集約、やり方次第で磨くことができるといいます。
【クリエイティブディレクションのルール#1】
知識を集めてセンスを磨く
「宣伝です(笑)、笑うところですよ~」と言いながら、自著『センスは知識からはじまる』(朝日新聞出版)を紹介する水野学さん。ときに参加者に問いかけ、やりとりを交わしながら、講義は進んでいきました。
1998年に立ち上げた水野さんの会社「グッドデザインカンパニー」は、当初、主に広告を中心としたデザイン制作を手がけていました。それが近年は、チラシやポスターの制作だけではなく、コンサルティングが業務の中心になっているそうです。というのも、「売上を上げたい」「ブランディングしてほしい」という依頼がほとんどだから。
「『コンサルティング』ができるかどうかで、クリエイティブディレクターになれるかどうかが測られると思います。僕らの会社では、基本的にコンサルティングの年間契約を結んでいて、契約から1年間デザイン作業を一切やらずにブランドの整理だけをしていたこともありますね。今日はその中から、いくつかのブランドの事例を紹介しましょう」
「まずは、本日の講義の会場でもある東京ミッドタウンでオーガニックコットンを中心に扱う『テネリータ』。製品は高品質なのに思うように売れないということが約10年続いていました。それまでのロゴやデザインにも、変なところは何もないのですが、徐々に時代にマッチしなくなってきたのではないか、というのが僕の考え方。だから、ロゴもぱっと見ただけでは『小文字を大文字にしたのかな』くらいにしか感じないでしょう。ただ、これがいろんなところに派生していくんです」
水野さんは、すべてをつくり替えたわけではありません。商品の半分程度を残し、リニューアルしたのは店舗の内装とショッピングバッグ、そしてギフト包装など。すると、若い女性客、男性客が来店するようになり、一部店舗では前年比243%の売上を達成、内装を変えていない店舗でも140%を記録したそう。
「デザイナーは、何をつくるかに終始してしまっていることが多いのではないでしょうか。でも、今やパソコンがあれば、それほど技術力がなくてもデザインを生み出すことはできる。だからこそ売上にも目を向けてほしい。もちろん、クライアント側も、デザインだけを丸投げするんじゃなくて、売上の上がるデザインという視点で発注してほしいんです」
【クリエイティブディレクションのルール#2】
ビジネスに紐づけてデザインを考える
次に水野さんが紹介したのが、「百年の孤独」という焼酎で知られる宮崎県の酒造メーカー・黒木本店。このときの依頼内容は、売上は問題ないけれど、ブランド価値を高めていきたいというもの。そこで、ロゴや前掛け、手ぬぐいなどをデザインしたほか、本社の空き地を緑化して地域に開放するといった企業ブランディングを行いました。
「企業のブランドが整ってきたこところで、キャンペーンを仕掛けました。バカラに依頼して100年前のデキャンタの図面からつくったボトルを、『百年の孤独』と一緒に販売したんです。限定500本、1本30万円。これが発売と同時に完売になりました。僕は基本的にはブランディング型で仕事を進めます。それは上がるのも落ちるのもゆっくりなので、次の作戦が立てやすいから。一方、このバカラとのコラボのようなキャンペーンは、乱高下が激しい分、注目を集めやすい。僕の中には、『ブランディング型』と『キャンペーン型』の2種類しかないんです」
【クリエイティブディレクションのルール#3】
ブランディングとキャンペーンを使い分ける
最後は、2017年に創立100周年を迎える相鉄ホールディングスの事例。東急電鉄との相互直通線の開業を控えるなど、企業が大きく変わろうとしている中で、同社の「デザインブランドアッププロジェクト」の総合監修を水野さんが務めています。
「駅舎、駅ビル、車両、鉄道やバスの制服、すべてのリニューアルプロジェクトを担当しています。たとえば車両は、色を塗り替えてリニューアルしました。実は相鉄って、相模川の砂利を運搬して横浜の街づくりに貢献した、横浜と縁の深い鉄道。そこで、横浜の海をイメージした紺色『YOKOHAMA NAVY BLUE』にしました。ちょっとダサい名前でしょう?(笑) でも、鉄道マニアにいじられるくらいのほうがバズります。そのうちYNBとか略す人が出てきたりしてね」
現代は「技術の踊り場」にさしかかっていて、経済学の次の考え方が求められている。それは、いわゆる「ヒト」「モノ」「カネ」と言われる経営資源に、もうひとつ「ブランド」を加えたもの。そしてそのブランドをつくるための技術がクリエイティブディレクションだ、と水野さん。
「ここまでの話で、共通していることってなんだかわかりますか? それは『らしさ』です。くまモンなら『熊本らしさ』を、相鉄なら『横浜らしさ』を大事にしている。『らしさ』を言い換えるとしたら、広告業界でよく使われる『シズル』でしょうか。シズルは『肉がジュージュー焼けている感じ』を意味していて、人はシズルを感じると、いいなぁ、それ欲しいなぁ、なんて思ったりする。スポーツカーらしくないスポーツカーと、スポーツカーらしいスポーツカー、どっちが欲しいかって、それはスポーツカーらしいほうがいい。人はこの『シズル』を潜在的に求めているんです」
「シズル』をいかにつかむかで、デザインが機能するかどうかが変わる。そして「シズル』を見つけるのはデザイナーの特殊能力ではないといいます。
「むしろ、デザインに触れていない人のほうが客観的な視点を持っているかもしれない。『らしさ』は、クリエイティブをコントロールするために、いちばん必要な入口であり、方向性なんです」
【クリエイティブディレクションのルール#4】
「そのものらしさ」=「シズル」をつかむ
講義も、いよいよ佳境に入っていきます。ここからは、クリエイティブディレクションの大きなポイントになる「らしさ」=「シズル」をつかむ方法について。水野さんが「春といえば?」と聞くと参加者のひとりが「桜」と即答したように、シズルは日常的に認識しているもの。
「さて、右と左で、どちらがより『春らしい』でしょうか? これで左だって思った人は、クリエイティブディレクションを諦めてほしい(笑)。このように、多くの人の中にある普遍的な潜在意識をつかむことは、誰もが日常的にやっていることです。なのに、いざデザインをする、デザインを発注するとなると、この商品のターゲットは○○だからとか、最近はこれが流行しているからとか、余計なことを考えてしまう。もちろん、余計なこととはいえ、これらもデザインには欠かせないものですよ。ただ、だからといってシズルを見失ってはいけないんです」
シズルを発掘する方法として教えてくれたのが「〜っぽい分類」。これを使って、対象とフラットに向き合うことでシズルを見つけられるのだそうです。実際に講義でやってみた例は「靴下」。
「まず『ポジティブ分類』をしていきます。これは対象を褒めていくというもの。『あったかい』『靴ずれを防いでくれる』などが出ましたね。続けていくといくつかのワードに集約されていきます。次に『どこっぽい分類』。靴下って北半球っぽいですか、南半球っぽいですか? 北半球なら、北米、北欧、ロシア、中国の4択ですね。これ、最終的にはだいたい北欧に行き着くんです。多くの人が『靴下は北欧っぽい』と思っているんですよ。面白いでしょう?」
そのほかにも、「誰っぽい分類」「いつっぽい分類」「何色っぽい分類」などなど、あらゆる方向から分類を繰り返していくことで「らしさ」を見つけ、そこで発見したシズルをもとにデザインの方向性を見極めていきます。
「さらに、シズルを見極めたうえでデザインの良し悪しを判断する基準は『知識量」。美大生なら即答できるようなアートに関する知識も、有名大学を出ていてもまるで答えられない人がいたりする。つまり多くの人は、そもそもデザインやセンスに関する知識のストックが圧倒的に少ないんです。逆に言えば、デザインの良し悪しは、知識を増やすことで容易に判断できるようになるということ」
デザインを判断するためのたくさんの知識の中でも、水野さんがこれだけは知っておくべきと考えているのが「色」と「書体」の2つ。スライドに写した12色相環を見ながら、対極にある「補色」や隣り合う「同系色」は相性がいいことを解説。
「たとえば『カッパープレートゴシック』という書体があります。その名の通り、銅版文字が元になったフォントです。これ、つくられた当時は貴族しか使えない、高貴な書体なんですよ。それを知らずにラーメン店のメニューなんかに使ってしまうと『高貴なラーメン』というチグハグなことになってしまう。海外に行くと、お寿司屋さんの看板が変な書体で書いてあったりしますよね。それを僕らも平気でやってしまいがちなんです。だから、どの国で生まれ、いつ頃の年代に、何を目的につくられた書体なのかを、僕らは必ず確認して選びます。発注する側は『その書体を使ったのはどうしてですか?』と聞いてみてもいいし、デザイナーには答える義務がある。書体は本当に重要なんです」
【クリエイティブディレクションのルール#5】
色と書体の知識を身に付ける
最後にスライド上で見せてくれたのは、チョコレートの新商品開発のシミュレーション。まず世の中のチョコレートを調査して、「赤っぽい」というシズルを抽出。そこで「赤」の捕食である「青」系の色をパッケージにし、チョコの原産国がフランスなら、フランスで生まれた書体を使ってみる。
「これ、ほとんどデザインをしていません。色を決めて文字を入れただけ。たったこれだけの知識でわりとおいしそうに見えるパッケージができました。知識や理屈でつくっても、それなりのところまでいける。つまり、ここくらいまでは『デザイナーに渡す前のオリエンテーションの範囲』といってもいいのではないでしょうか。クリエイティブディレクションとは『問題の発見と解決』を結ぶもの。知識を増やすことで、必ず身につけられるものなんです。今、日本の経済が停滞しているのは、デザインの停滞が一因ではないかと僕は考えています。これはもちろんデザイナーの責任ですが、デザインを必要としている側の苦手意識からの開放も必要でしょう。デザインは、世の中をよりよくできるはず。デザインで日本を活性化して、世界をよりよくしていけたらいいなと思っています。本日はありがとうございました」