事前登録制の今回のイベントに登録した人数は、およそ160名。当日は台風の影響があったものの、多くの人が会場に足を運びました。講師として、トラフのお二人に加え、マップの編集を担当した加藤純さんも登壇。3人のお話は、今回のプロジェクトがスタートしたきっかけ、そこにつながるこれまでの活動や作品の紹介からはじまりました。
加藤 さっそくですが、今回のマップ制作のきっかけは?
鈴野六本木未来会議のインタビューで「六本木を変える」というお題に沿って出したアイデアのひとつが、今回のマップの元になりました。それが1年くらい前の話なのですが、最近になって急に「あのアイデアを実現させましょう」と言われて。完全に忘れていたんですけどね(笑)。今回のデザインタッチのテーマ「デザインを探しに行こう。」にぴったりだし、面白そうだなと思って。
加藤もっとさかのぼると、目黒にあるホテル、クラスカのリノベーションがきっかけかもしれません。
禿もう10年くらい前の話ですね。長期滞在者のための客室3室の改装を手がけたところから、トラフとしての活動がはじまりました。
鈴野当時、クラスカの上の階に加藤さんが住んでいたんです。僕らも目黒に通うようになって、街の面白いところがだんだん見えてきて。そういう情報を地図にして、ホテルのお客さんに教えてあげられたらいいねって話していたんですよね。
加藤まだ若かりし頃で、結局実現はしませんでしたけれど。トラフは、こんなふうに建築やプロダクトをはじめとして、いろいろなプロジェクトの積み重ねでここに至っています。
鈴野これは2年前のデザインタッチでつくった「ガリバーテーブル」。設置した芝生広場は、一見フラットに見えるんですが、実はゆるやかな傾斜があるんです。その気づきを引き出すために、長い水平なテーブルを置きました。端はベンチになっていて、傾斜にしたがって徐々にテーブルの高さになり、最後は屋根のようになっていく。
禿いわば定規ですね。あるものをポンと持ち込むと周りの環境が引き立つ、スイッチみたいなもの。
鈴野幸せな空間や時間をシェアしながらも、それぞれ異なるアクティビティを誘発するような仕掛けです。ちょっとしたきっかけで人の目線は変わる。すると、それまでとは異なる風景や環境が浮かび上がってくるんです。
鈴野これは、2012年に出した絵本です。緑色で描かれているのが僕らをキャラクター化したもの。
禿『トラフの小さな都市計画』という本で、個人レベルの都市計画をテーマにしています。街を潜望鏡でのぞいているイメージのシーンがあるんですが、つまり見方が変われば風景がまったく違く見える、そんな見え方がガラッと変わるような仕掛けを発見しよう、街に仕掛けを施しにいこう、という内容です。
加藤そのあたりの発想は、今回のマップにもつながっていますね。
鈴野僕らが皇居の周りにつくった、ランナーのための着替えやシャワーができる施設「RunPit」もそうです。その施設があることで、ただの道路がランニングコースになる。
禿仕掛けは単純なほうが驚きがありますね。ほんのひとつの点で体験が変わる。
加藤建築とか都市計画というと、大きなものになりがちです。
鈴野そんなに巨大なものが必要なのかなと思うんですよ。既存の建物や施設はたくさんある。だったら、それをリノベーションするほうが近道ではないか、と。
トラフの作品紹介に続き、トークのテーマは、マップの制作過程へと移っていきます。編集を担当した加藤さんは、トラフからの依頼を受けて、まず「地図とは何か?」という問いからスタートしたそう。プロジェクターにいくつもの地図が映し出される中、加藤さんの解説が始まります。
加藤中沢新一さんの著作『アースダイバー』や、地形を観察するフィールドワークを行っている東京スリバチ学会のように、東京を地形で見てみようという視点があります。これは古代の東京の地形を再現した地図ですが、見ていくと、現在の神社やお寺は、かつては岬に立っていたことがわかります。たとえば等高線に沿って見ていくだけでも、東京の見方は変わってきますよね。
禿そこから、古地図を持って歩くと楽しいよねっていう話にもなりました。
加藤江戸時代の地図のほか、言葉だけで道順を説明する「言葉地図」も参考にしましたね。地図記号も面白いなと思って、今回のマップにも楽しいアイコンを入れようということになりました。
加藤これは、イタリアのローマの地図ですね。建物や道路は黒で、地面は白で表されています。隣にあるのはそれを反転させたもの。向き合っている顔に見えたり壺に見えたりするだまし絵、「ルビンの壷」のように、この地図も「地」と「図」のどちらを見るかで表情はガラっと変わります。これも今回のプロジェクトに生かせるかなと思いました。
禿こういうところからスタートして、みんなが集まって短期間でわっとつくったんです。
鈴野デザイナーの三星さんは、紙の加工の専門家なので、地図の折り方を考えてもらいました。六角形や三角形、いろいろな形にしても面白いなと思って。その過程で「ミッドタウン折り」っていうのも開発されましたね(笑)。折っていくと、最終的にはミッドタウンのロゴの形になるというもの。
そんなふうにいろいろ考えたんですけど、常備したくなるようなもの、名刺入れとかに入れておけるものにしようということになって、最終的にはカード状になる「ミウラ折り」に落ち着きました。
鈴野イラストを描いてくれた山口さんは、実は今日客席にいらっしゃっています。線画も上手で多才な方なんですが、『キン肉マン』から絵を学んだと言っていたので(笑)、6組のクリエイターを「超人」をイメージして描いてもらいました。
加藤せっかくですから少し、山口さんにもお話を。イラストを仕上げるのがすごく早くて、写真を渡した当日にイラストができあがってきました。どんな秘訣があるんですか?
山口考えると時間がかかっちゃうので、何も考えないことですね(笑)。
禿ものすごい点数なのに、描かれる内容も的確でしたよね。苦労したものはありました?
山口六本木の裏社会の歴史が描かれた本『東京アンダーワールド』の紹介で出てくる、ピザ屋「ニコライ」の店主の顔は苦労しましたね。ちょっと邪悪さも出したいなと思って。あとは、いなり寿司を描くのも難しかったですね。
鈴野小山薫堂さんおすすめの「呼きつね」さんのいなり寿司ですね。制作中、差し入れでいただいたんですが、これは本当においしかった。さすがは小山さん、ということで。
ここからは、実際に地図に掲載されたスポットの解説がスタート。まずは、トラフのお二人が「建築」をテーマに取り上げたスポットのひとつ、「六本木のロゴ」の話から。そして、話題は各テーマを担当したクリエイターとのエピソードにまで広がっていきました。
鈴野数年前に、六本木交差点に新しいロゴが付きました。高速道路がまるでゲートのようになって、六本木に入ってきたぞという気になるし、パースが効いているいいロゴです。アートディレクターの葛西薫さんが手がけたと聞いて驚きましたが、そういう知識があると、見方がさらに変わりますよね。
禿高速道路を愛でるっていうこともあまりないですよね。ロゴひとつで見どころになるのもすごい。僕らはここを、マップの「建築」の6番目に挙げました。
鈴野名建築もあれば名もない建築もあります。その筆頭が、「建築」の2番目「かおたんラーメン」。なぜか煙突が5つもあって、さらに内装もいい味を出してます(笑)。実は山口さんには、このお店のイラストを最初に描いてもらったんです。それをダミーイラストにしてマップに置いていったら、六本木の街がかおたんラーメンだらけに(笑)。ものすごく繁盛しているチェーン店に見えて、それが面白かった。
禿1番目に挙げた「国際文化会館」は名建築のほうですね。名建築であるだけではなくて、中にはレストランと宿泊施設もあるし、全客室にテラスがついていて、庭園が見えるんです。実は一般の人も利用できる、すごくいい場所だということで選びました。
加藤あまり知られていませんが、ル・コルビュジエの、日本のお弟子さんたちがつくったものです。
加藤「グラフィック」というテーマをお願いした服部一成さんだけ、紹介文が2段になっていますよね。これは服部さん自身のアイデア。六本木での過ごし方が、今と昔でどう変わったかを書いてくれました。じっくり読むと面白いです。
鈴野服部さんには、マップのデザインのことでアドバイスもいただいたんです。メールを読んで、背筋が伸びる思いがしましたね。デザイナーの三ツ星さんも冷や汗かいて読んだと言っていました(笑)。
禿お願いした方たちの中で唯一、地図の範囲をたずねてきたのは、小山薫堂さん。マップを見ると、上の端にも下の端にも小山さんのアイコンがありますよね。エリアの限界まで考えて選んでくれたんだなって思います。
鈴野小山さんとは、オフィスを設計させてもらって以来の仲です。依頼を受けてオフィスへ行ってみると、そこはなぜかパン屋さんが。実は受付も兼ねていて、お店を通って裏にいくと打ち合わせ室にたどり着く。ただ受付を立たせるだけだともったいないので、パン屋さんをやっているそうです。
禿僕らが設計をして、部屋からターザンロープで打ち合わせスペースに行けるようなオフィスになりました。このターザンロープが小山さんからの唯一の要望(笑)。柴田文江さんが選んだ「お散歩スポット」を実際に歩いてみたんですが、4番の「ジェラテリア ピッコ」が、絶妙のタイミングで現れるんです。いろんなところを見たあとに、ここでジェラートを食べて休憩して、またギャラリーを巡るみたいな。六本木在住とのことで、さすが、六本木を知り尽くしていますね。
加藤「ナイトスポット」を担当したエリイさんは、Chim↑Pomで活躍している前衛芸術家。
鈴野六本木ですから、夜担当は誰がいいかな? と考えて出てきたのがエリイさん。おすすめに「麻布警察署」(3番)を入れてきたのにはびっくりしました。でもすごく個性が出ているなと思って。人がいっぱい行くと困るので、注意書きを入れました(笑)。
禿ブックディレクターの幅允孝さんには、六本木の歴史や風景を扱った「本」を紹介してもらいました。ものすごくじっくり考えてくれて。まとめてではなく、時間を置いて1冊ずつ送ってくれていたのが印象的でした。
加藤 最後に、あらためてマップをつくってみてどうでしたか?
鈴野僕も完成品を手に入れたのは最近なので、これを持って六本木の街を回ってみたいと思っています。ふだんは知っている道しか通らないけれど、こうやってテーマをもらうことで、知らない道を歩く楽しさを感じられますから。
禿また別のテーマでマップをつくってみたいと思いました。僕の実家は島根県松江市にあって、最近、鈴野くんたちを案内したんです。もちろん地元だから案内はできるんだけど、知ったつもりになっているところもあって......。違った視点で街を見ることの意味をあらためて実感しましたね。
加藤まちおこしという意味でも、地図ってすごく有効ですよね。
鈴野6×6っていうシステムもいい。今はモノや情報があふれているから、それらを編集する力が求められていると思うんです。極端に言えば、同じものでも逆立ちして見ればまったく違って見える。視点を変えることで、すでにあるものを見直すこともできるでしょう。
加藤このマップは、実際にみなさんが使ってはじめて完成します。ぜひ、これを首から下げて六本木の街を歩いてみてください。きっと、これまで知らなかった街の魅力に気づいたり、"視点が変わる"ことを実感できるはずです。
質疑応答をへて、約90分にわたる講義は終了。最後に、参加者のみなさんからの感想をご紹介して、3回にわたってお届けした、アイデア実現プロジェクト02の締めくくりとしたいと思います。
「僕も学生時代には、当たり前のように建築マップを持って街を歩いていました。でも、建築を知らない人からすれば、それは未知の世界の地図のように見えるのかもしれません。同じ地図というフォーマットでも、切り口でいろいろと変わるんですね。今日はいろいろな可能性を感じることができました」
「このマップでは、クリエイターが自分の専門分野や興味をテーマにスポットを選んでいますよね。今回お話を聞いてみて、逆に、そのテーマの専門ではないクリエイターが紹介したらどうなるんだろう? と想像が広がりました。さらなる展開を楽しみにしています」