2016年12月15日(木)、映像作家・菱川勢一さん発案による映画上映イベント「六本木未来恋愛映画祭」をTOHOシネマズ六本木ヒルズで開催しました。このプロジェクトは、少子化問題をデザインで解決するために、六本木を「健康的に恋ができる街」にしていくというもの。六本木未来会議では初の試みとなった"映画祭"についてのインタビューと合わせて、イベント当日の様子をお届けします。
監督を務めたCM「森の木琴」がカンヌライオンズ三冠受賞、短編映画「すず」の監督、脚本を手がけるなど、これまでTVCM、テレビ番組、ミュージックビデオ、映画製作に携わってきた菱川さん。「昔から自分で映画をつくるとしたら、絶対に恋愛映画がいいって言っていたんです」と言う菱川さんに、まずは恋愛映画そのものの魅力からうかがいました。
「極端な言い方ですが、基本的にすべての映画には恋愛が絡むんです。物語を語るうえで普遍的ですごくベーシックなテーマで、恋愛を描くと、人間のポジティブな部分も、闇の部分も、両方出てくる。たとえば、大好きな人のことを最後には殺してしまう、なんていう物語も存在します。ホレたハレただけではない、語り切れないほどの物語性がそこにあって、だから恋愛映画が好きなんです。物語イコール恋愛といっても過言ではない、そう思っています」
「そもそも恋愛って、状況としてはすごく不安定ですよね。好きな人に嫌いって言っちゃうような、裏腹な言葉で愛情を表現することもあるくらい。にもかかわらず、そういうデリケートなムードを、観ている側は共感できるんです。逆につくり手である僕らからすれば、自分の体験をすっと入れられるということ。もしも僕が外科医の映画をつくろうとしたら徹底的にリサーチしないといけないけれど、恋愛と言われた瞬間に自分の体験を忍ばせることができるんです。僕の初恋、ひどかったなぁ、みたいな(笑)。だから、そもそも映画の普遍的なテーマの中に、恋愛があると思うんですよね」
「六本木未来恋愛映画祭」は、映画館で開催されるイベント。その点について、菱川さんは「映画館への行きと帰り」にポイントがあると言います。
「ネットやDVDで映画を観るのもひとつの楽しみですが、家だと、食事をしながら、スマホをいじりながら観るでしょう。それって、雑誌を読む感覚に近くて。一方で、映画館で観るのは小説をじっくり読む感覚。読後感もあって、その後ゆっくりとコーヒーを飲んで語りたくなるような魅力がある。今回のイベントは、待ち合わせをして映画館に行き、恋愛映画を観てきゅんきゅんした帰りに、食事にでもなんでも、誰かを誘ってくださいね、というイメージ。きっと恋愛映画を観たあとって、間違いなく彼氏は優しくなる気がするんです(笑)」
ここ数年、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」など、従来は男性的なイメージのあったジャンルの映画での女性人気が話題となっていましたが、最近はその"揺り戻し"がきているのではないか、と菱川さん。少年と少女の出会いを描いたアニメーション映画「君の名は。」が記録的なヒットとなり、テレビでも恋をテーマにしたドラマが人気を呼ぶなど、"恋愛もの"の人気が高まっています。
「大作映画の公開が続いていた影響もあるのかもしれませんが、最近は"素朴ないい映画をじっくり観たい"という気分がある気がするんです。今回の企画も、小規模で密度の高いイベントをイメージしています。街の片隅にちょっといい喫茶店を見つけちゃったというくらいの感覚で楽しんでもらえるような。ただ、この企画は、少子高齢化問題への対策として、クールジャパンのシンポジウムとかで基調講演できちゃうくらい重要な内容なんですよ。未婚率が高まっている理由のひとつは、価値観のあり方が幼稚だからだと思うんですよね。定型的な恋愛や結婚を想定して、コスパが悪いからと避けている。でも、本当は、恋愛っていろんなケースがあるじゃないですか。その価値観の多様性を、恋愛映画の力を借りて考え直す機会になればいいなと思っています」
今回の企画への思いを語る一方で、「映画の在り方をもう少し純粋なものにしたい」と話す菱川さん。話題は、映画におけるクリエイティブについて。「映画はデザインとアートのスイートスポット」だと語る菱川さん、その意味とは?
「実は映画って、当たり前のように、とんでもない数のクリエイターのコラボが起きているんです。脚本、撮影、編集はもちろん、ロゴやタイトルバック、ポスターもある。監督がいて、助監督がいて、衣装さんがいて、メークさんがいて。映画が総合芸術と言われることがあるのは、クリエイティビティあふれる専門家たちが集結してひとつのことをやっているからじゃないかな。いつもは広告をデザインしている人が映画のタイトルをデザインするなんてことは、普通にある話で。クリエイティブに携わる人は誰でも映画づくりの一端を担える、すごい世界なんだって思いますね」
菱川さんが、特に光を当てたいと思っているのが、映画の美術や衣装に関わっている人たち。
「たとえば柘植伊佐夫さんという『人物デザイナー』という肩書きで持たれているスタイリストの方がいます。彼は、登場人物のビジュアル表現のために、衣装はもちろん、服や靴まで自分でつくってしまうんです。その独特の世界観だけで物語だし、また、ある小道具のスペシャリストの方はジャスパー・モリソンから愛媛の砥部焼まで、ものすごくデザインやアートや工芸に詳しかったり。こういう、コンテンツ制作の中核にいる人たちには、なかなかスポットライトが当たらないんです。でも、そここそが、デザインとアートのスイートスポット。ぜひそういう部分にも注目して映画を観てほしいですね」
たくさんのクリエイターが携わることで成り立っている映画の世界。興行収入などビジネスの側面ばかりが注目されがちですが、菱川さんは、映画のあり方をもっと純粋なものにしていきたい、と言います。
「僕は短編映画が好きなんです。無名の短編映画も注目して観ていますが、機材もよくなってきていて、最近の作品は格段にクオリティが高い。そして、短編映画は多くの場合、つくる動機が極めて純粋なんですよね。何の宣伝戦略やマーケティングもなく、みんなでつくりたいものつくっている。『興行収入を何億円以上あげないと赤字です』みたいなことを言い出す人もいないし、本当に純粋創作だなぁと思います。面白そうだからやるっていう、映画の良さを一番味わえると思うんですよね」
菱川さんはロケなどで外国を訪れると、必ずその街の映画館をチェックするそうです。映画のあり方の例として、先日訪れたニュージーランドの田舎町の様子を話してくれました。
「スーパーマーケットがひとつしかないような街なのに、映画館はちゃんとあるんです。午前中は5ドルくらいで短編を上映して、午後は長編を上映して。もちろんインターネットはあって、街の人たちは、家でネットフリックスやYouTubeも見ているはず。でも、映画を観るという行為が、完全に日常に根ざしているんです。それに対して、日本ではいかに大作を揃えて動員数を上げるかという、マーケティング主導のあり方が主流ですよね。日本でも、カフェに立ち寄るくらいの感覚で、気軽に映画を楽しめる環境になるのが理想だなって思います」
「『六本木未来恋愛映画祭』が面白いのは、マーケティングや戦略とはあまり関係がないところで、純粋に誰かが推薦した映画をみんなで観ようということをオフィシャルにやっているところだと思うんです。恋愛映画を観て、みんなできゅんきゅんしましょうという素朴な部分がいいなぁって。たとえば、ホラー映画だけど、実は恋人を救い出すという物語を上映してもいいかもしれない。視点や価値観を変えるという意味で、恋愛映画って、やっぱりすごくいいと思います」
ここからは、12月15日(木)に行われたイベントをレポートします。第1回の開催となったこの日、上映したのは菱川さんがセレクトした「はじまりのうた」。夫婦や恋人同士、友だち同士、ひとりでの参加の方も、さまざまな人がTOHOシネマズ六本木ヒルズに集まりました。上映後にはサプライズイベントも。その様子をどうぞ。
「『六本木未来恋愛映画祭』は、ズバリ『恋愛しましょうよ』というイベントです。カップルの方、ご夫婦の方は、また恋を感じてみませんか? これからの人は、きゅんきゅんする映画を観て気分を高めませんか? 観たあとは誰かとデートしたくなるような映画をチョイスしました。今日上映する『はじまりのうた』は、主人公が夢を追いかけて、そこに恋愛も絡んでくる内容。もやもやしていた夫婦の間柄が、夢をもつことで好転していく......。まあ、まずはみんなで観ましょう(笑)」
イベント開始時間を迎えると、菱川さんからこんなあいさつが。そしていよいよ、映画の上映がスタート。
「はじまりのうた」は、「ONCE ダブリンの街角で」の監督ジョン・カーニーが監督・脚本を務めた、2013年のアメリカ映画。キーラ・ナイトレイ演じるシンガーソングライターが、マーク・ラファロ演じる音楽プロデューサーと出会い、夢を追い求めつつ、恋に揺れるという内容です。アメリカのバンド、マルーン5のアダム・レヴィーンが映画初出演、劇中歌「Lost Stars」はアカデミー賞歌曲賞にノミネートされるなど、音楽も注目を集めました。菱川さんのおすすめコメントは、次のとおり。
「二股に分かれたイヤホンジャックを使って、同じ音楽を2人で聴くシーンがいいんですよ。音楽を軸に、恋人と友だちのギリギリの線で恋愛が進んだり、夢と恋、どちらをとるかで悩んだり......。絶妙に、価値観を考え直させる内容なのがいいなと思って選びました」
104分間の上映が終わり場内が明るくなると、「映画、いかがでしたか? 今週末、ぜひ二股のイヤホンジャックを買いにいってくださいね(笑)」と菱川さん。続いて、参加者のみなさんに、美術館のペアチケットプレゼントを用意していることがアナウンスされました。ただし、もらうには、誰かとハグしている姿を撮影し、「六本木未来恋愛映画祭」のハッシュタグをつけてSNSにアップすることが条件。このサプライズに会場からどよめきが。
「ハグをして、美術館のペアチケットをもらいましょう。これ、毎回やって、名物企画にしていきたいと思っているんです。チケットをもらったら、映画を観たあとのデートのきっかけにしてくださいね」
「せーの、でやってみましょう!」という菱川さんのかけ声で、参加者のみなさんの多くがペアになってハグ。恋人同士はもちろん、友だち同士でもハグをして、『六本木未来恋愛映画祭』は幕を閉じました。
最後に、イベント終了後、参加者の2名に感想を聞きました。答えてくれたのは、友人同士で参加したという、鶴原大志さんと宋星恵さん。
「六本木未来会議のメルマガを登録していて、面白い企画だなと思って参加しました。最後にハグするのを知らなかったので、次は本命の男性を誘ってきたいと思います(笑)。今日は楽しかったです!」(宋さん・左)
「おしゃれで敷居が高いイベントなのかなと思っていましたが、カジュアルな雰囲気で気軽に参加できました。『はじまりのうた』は人に薦められたことがあって、劇場で観ることができてよかったです。いい映画を観たあとにハグするの、楽しいですね!」(鶴原さん・右)
会社の同僚だというおふたりは、このあとお酒を飲みに行ったそうです。もしかしたら、今回のイベントがきっかけになって仲が深まった......かもしれませんね。参加者の皆さん、もし後日談がありましたら、ぜひ編集部までお知らせを。そして次回の開催をどうぞお楽しみに。