「現代アートセミナー by Chim↑Pom」は、今から3年前、アーティスト集団「Chim↑Pom」のエリイさん、卯城竜太さんが「六本木アートナイト2013」での公開インタビューで語った「高所得者の所得税の一部を使って美術セミナーを開く」というアイデアから始まったプロジェクト。2016年10月22日(土)、そのプレ・イベントとして、「六本木アートナイト2016」を舞台に再びふたりが集結、トークイベントを開催しました。その様子をお届けします。
「現代アートセミナー by Chim↑Pom」が行われたのは、今回7回目の開催となる「六本木アートナイト2016」。「六本木、アートのプレイグラウンド〜回る、走る、やってみる。〜」をテーマに3日間にわたって開催された、六本木の街を代表する一大アートイベントです。メインアーティストの名和晃平さんが、プラントハンターの西畠清順さん、バルーンアーティストのデイジーバルーンとコラボレーションしたインスタレーションを中心に、六本木ヒルズや国立新美術館、東京ミッドタウンをはじめとする六本木の街のいたるところでイベントや展示が行われました。
プレ・イベントの会場となったのは、東京ミッドタウンの芝生広場。Rhizomatiks Architectureが手がける"脳波でカーテンがランダムに動く"作品「カーテンウォールシアター」が特別ライトアップされ、多くの人で賑わう中、エリイさんと卯城さんが登場。参加者のみなさんがふたりを取り囲むように車座になって、トークがスタートしました。
トークのはじまりは、新宿・歌舞伎町でChim↑Pomが行った展覧会「また明日も観てくれるかな?〜So see you again tomorrow, too?〜」の話から。この展覧会は、東京オリンピック開催に向けて解体予定の歌舞伎町振興組合ビルを一棟まるごと使用して行われたもので、会期終了後には展示作品をビルもろとも取り壊し、その後作品の残骸を拾い集めて再構築、2017年初頭にプロジェクト第2弾として展示するという内容です(開催は2016年10月15日(土)から10月31日(月)まで)。キーワードは「スクラップ・アンド・ビルド」、まずは2020年東京オリンピックに向けて再開発が進む、現在の東京の姿に迫る展覧会のコンセプトの話をどうぞ。
卯城 会場になったビルは最初の東京オリンピックが開催された1964年に建てられたんだけど、まず所有者の歌舞伎町振興組合が面白い組織で。戦後、焼け野原だった新宿で地主たちが復興のビジョンを話し合って、歌舞伎座を呼ぼうとか劇場型の都市にしようとか、"グラウンドゼロ"状態から街づくりを行った先達の組織。結局歌舞伎座は来なかったけど、名前だけは残って今の歌舞伎町になった。
エリイ 最初は歌舞伎町がああいう街になるとは思っていなくて、楽しい街にしようと思っていたのに、悪の巣窟になっちゃった(笑)。
卯城 「民主的文化都市を目指す」と語っていたよね。今回はけっこう攻めきっている展示なんだけど、そもそも振興組合にプレゼンしたときからかなり寛容で。ああいう街の振興組合だからか、彼らは基本的に「善悪をジャッジしない」という立場でいるらしいんです。ダメ出しと自粛ばっかりの昨今において珍しいよね。でも、アートってそもそも現存する基準や常識を疑ってナンボだし、根源的にそういう立場にいるべき存在。彼らがアートに詳しいかどうかじゃなく、ジャッジしないという立場がウチらにしっくりきた。
エリイ ビルの5階に振興組合が入っていて、地下2階はクラブ、3階は雀荘、4階にはハプニングバーが入っていて。外には「ラーメン二郎」の看板がついたままだから、展覧会に来てくれた人の列がラーメン屋に並んでいるようにしか見えない(笑)。
photo by Yuki Maeda卯城 2階にはぼったくり防止のメッセージが外に掲げられているんだけど、一棟の中でカオスすぎるよね?(笑) このビルを展示作品とともに11月から取り壊すんですよ。そこから再構築がはじまる、つまり作品自体に「スクラップ・アンド・ビルド」を体験させて、ビルと運命をともにすることが作品のプロセスになる。
エリイ この展覧会のタイトルが、「また明日も観てくれるかな?」なんですよ。
卯城 「笑っていいとも!」のお決まりのフレーズなんだけど、最終回もタモリはその言葉で締めたんです。このタイトルは、展覧会がビルの最終回のようなイメージで付けました。終わりとその後、ルーティーンとかを考えるうえでめっちゃいい言葉だし、何より「いいとも」が新宿から発信されてきたこともハマった理由だと思う。展覧会では、歌舞伎町についてもいくつか作品化しています。デリヘル嬢を呼んで作品をつくったり、かなり自由に表現できたよね。
エリイ 作品は観に来ればわかるじゃん。善悪の話だけして!
卯城 はい(笑)。振興組合に展示プランを見せても、倫理的に問題があるかどうかには興味がなさそうだったよね。
エリイ 気にしていたのは、消防法に引っかかるかどうかくらい。
卯城 てか、振興組合だけじゃなく、すぐそばにある交番からもほとんど何も言われなかったし。
エリイ 交番があるからできたんだよ。歌舞伎町は写真や映像に映りたがらない人が多いから、長期に渡って撮影するのが難しくて。昔、歌舞伎町でその筋の人を893人撮影するっていうビデオを撮ったじゃん。
卯城 「COUNT UP 893(カウントアップヤクザ)」ね。普通に撮影するだけでめっちゃ怖かった。
エリイ マクドナルドの2階から追われて飛び降りたよね(笑)。今回も街の映像を流しているんだけど、それができるのは交番が会場の斜め前にあるから。奇跡の立地って言われている。
卯城 おれもそう思う。会期中は地下でライブ、4階でDJイベントもやっていたんだけど、4階は窓全開、地下にいたってはコンクリで埋められていた階段を掘り起こして使ったからドアすらない(笑)。だから2フロア分の爆音が外にダダ漏れだったのに、何も言われなかった。
エリイ だって、歌舞伎町では毎日大変なことが起きているんだよ。ウチらの善良な展示に対しては何もない。毎日、それどころじゃないんですよ。
イベント中には機材トラブルで拡声器を用意する場面も。「拡声器には慣れているんです」とエリイさん、作品「ブラック・オブ・デス」ではカラスを引き寄せるために鳴き声を拡声器で流し、エリイさんが新宿の路上でデモを模した結婚式を行った際にも使用したそう。結婚式は、拡声器で「二次会はすしざんまいです」とエリイさんが叫ぶと、200名を超える参加者がシュプレヒコールのように「すしざんまいへ!」と声を挙げるという、素敵な内容だったそうです。そんな余談を挟みながら、話は徐々に、テーマの「現代アート」へ。
卯城 3年前の公開インタビューで、エリイちゃんは港区の空き物件をアーティストに開放したらいいんじゃないかっていうアイデアを話していたよね。
エリイ それが今回の「現代アートセミナー」の原点ですね。
卯城 実はそれを機に、青山のマンションの空き部屋を貸してくれる人が現れて。そこはレジデンスとして使って、海外や地方から東京に来る友だちのアーティストやキュレーターの助けになっている。今回のChim↑Pomの展覧会も、振興組合がタダでビルを貸してくれたり、最近メキシコで行っているプロジェクトでも、スラム街の人たちが家や庭などをウチらのプロジェクトのために貸してくれたり。スラムだよ? 自分たちのモノもろくに足りてないのに、毎日食事までつくってくれた。「スラめし」って呼んで、食うのはマジでビビったけど(笑)。
エリイ そうだったね(笑)。
卯城 それって、エリイちゃんのアイデアとちょっと関係があるなと思って。たぶん、パートナーシップを結んでアートに協力すると、相手も楽しいんだよ。振興組合の人も現代アートを知らなくても面白がってるし。
エリイ 振興組合の人たちは、アートといえば壁に絵をかけるものと思っていたよね。いろいろな国の人たちも、現代アートのことを知らなくても協力してくれるのは、たしかに楽しいからなんだろうね。卯城くんはよく、そうやって一緒にやることを「共犯関係を結ぶ」って言ってるよね。
卯城 アーティストはプロジェクトやアイデアを実現させたいんだけど、なかなか難しいからね。だからアートを一緒につくっていくという関係を結ぶことが必要なんだと思う。
エリイ 参加者のみなさんのために説明すると、アートには絵を飾るだけじゃなく、プロジェクトっていう形があるんです。トイレに絵を飾るだけじゃないんですよ。わかった人は手を挙げて!
卯城 あ、半分くらいしかわかってない(笑)。でも、日本のアートコレクターは絵を飾りたがったりするよね。
エリイ そうなんだよ。雑誌『ブルータス』でアートコレクターの特集があったけど、載っていたのはほとんど平面作品や立体なわけ。でもそれはもはや時代遅れで、今はプロジェクトを買うのがイケてる。絵を買ってる日本人はダサいんだよ。もちろん、すごくいい絵もいっぱいあるけどさ。
卯城 エリイちゃんも絵を買ってるもんね(笑)。
エリイ うん。私、絵とか超好きだし(笑)。ただ、あまりにも絵しか買わないと、世界からナメられると思う。プロジェクトみたいに形が残らない作品もいいじゃん。
卯城 僕らは去年から福島の帰還困難区域で「Don't Follow the Wind(DFW)」っていう国際展をやっていて、自画自賛になるけど、僕はこれをものすごく重要なプロジェクトだと思ってる。でも、お金を集めるのが本当に大変で。多くのアートコレクターはモノとして作品を買うための出資しかしてくれないし、企業コレクションからはイメージ的にアウトだと言われ、公的機関はそもそも検閲だらけでしょ。国際的にも歴史的にもこんなプロジェクトはなかなかなくて、それが日本でできるっていうのに、アートに関わっている日本人のお金持ちとは結局満足な共犯関係が結べなかった。かくいう歌舞伎町のプロジェクトも結局、全部自腹のDIYになっちゃったけど(笑)。
エリイ 「アート大好き」っていう人が1円も出さなかったりね。
卯城 福島のときは結局、それまでアートにあまり関わってなかった人にChim↑Pomの作品をめっちゃ買ってもらうという形で、Chim↑PomからDFWに寄付できて何とかなったけど、あのとき、日本のアートマーケットや機関には本当にガッカリさせられた。もちろん僕らを支えてくれる人々も少なからずいるし、その人たちのことをリスペクトしているけど。つまり「アートを消費する」ことや「まちおこし」に参加するお金持ちはたくさんいるけど、「アートを生産する」意識はものすごく低い。本当に、ものすごく、意識が低い。
エリイ 日本の既存のコレクターの人は、手もとに残らないものにお金を出す習慣がないからね。
卯城 一緒にやっていく関係を結ぶとか、プロジェクトをコレクションするとか、もうちょっと面白い形の運動が広がったらいいな。エリイちゃんの、港区の物件を回して面白いことをやっていくという話の根底には、そういう想いがあると思うんだよね。
エリイ 話したのは3年くらい前だから、その頃よりはちょっとずつ、浸透していると思うんですけどね。
六本木アートナイトらしく、夜10時を回っても賑わいを見せる芝生広場周辺。中で人々が音楽と踊りを楽しむバスが通りかかると「ああいう系のやつは、日本人には本来向いてないんだよ!」とエリイさん。卯城さんから日本人に向いているものを問われると「やっぱり侘び寂びだと思うよ。こういう芝生や小さいものを愛でること!」。独特のグルーブ感を参加者のみなさんと共有しながら、ふたりのトークはまだまだ続きます。
卯城 Chim↑Pomとしては、今後も面白いことを考えていくし、やりたいことはたくさんあるから、みんなでやっていきたいと思っています。アートへの関わり方はいろいろあるから。
エリイ 今日、これだけの人が集まって話を聞いてくれているっていうことは、可能性に満ちているということだよね。
卯城 とは言え......「プロジェクトを買う」っていう話って、考えてみるとよくわからないよね。
エリイ そうだね。まず、友だちに言いづらい。
卯城 「私、プロジェクト買ったんだ!」って言われてもね(笑)。
エリイ そうそう。絵を買ったとかなら、すてきですねって言われると思うけど。
卯城 バスキアとか、有名なアーティストの作品ならなおさらね。
エリイ プロジェクトって、買ったら手もとに何が残るんですか? みたいな感じになる。でも、そういうことじゃないと思うんです。
卯城 もちろんモノにはアウラ(芸術作品がもつ崇高な雰囲気)が宿るし、それ自体はいいと思う。ただ、モノは変わったりなくなったりするけど、体験や記憶はなくなりようがない。歌舞伎町の展覧会で、作品展示だけじゃなく、パフォーマンスやライブをやっているのは、そこにいる人やできごとを含めて「全部がアート」というつもりでやっているから。形がないものにアート性を感じてもいいよね。
エリイ でも、こういうふうに話していると、やっぱり絵もすごくいいなっていう気持ちに......。
卯城 なってくるね(笑)。言えば言うほど。
エリイ 両方いい。どっちもいいんだよ(笑)。
トークの終わりには、参加者から質問が寄せられました。ひとつ目は、「アートとは何ですか?」という疑問。ふたつ目は「アートの最終目的は?」という問い。この2つの素朴な質問への答えで、今回のプレ・イベントは幕を閉じました。
卯城 アートの目的は最終的に漠然としていていいと思うんです。みんな、すぐ目的を知りたがるけど、目的を具体的に絞ると、たとえばデモでこの法律を変えようとか、目先にあるゴールが大事になってくる。何百年と観客に接し続ける運命にある美術の歴史の中ではあまりに消費が早いし、それならアートじゃなくてもいいということになるじゃないですか。アウトプットの先に、可能性が広がっていくことが大切。
エリイ そうだね。
卯城 アートとは何かについては最近よく思っていることがあって。デザインは「リノベーション」的だからもともとあるアイデアからスタートしてもいいと思うんだけど、アートは「イノベーション」的に物事をゼロから生み出すことを理想としていると思う。それゆえの生みの苦しみはみんなが考えているより辛いし、何よりリスキー。でも、その「ゼロと付き合う」っていうダルさにこそ、逆に「無限の可能性」を生み出す刺激や快感が伴っているからやめられない。
エリイ 私はアートのごまかしが効かないところが好き。ウソは絶対にバレるし、作品の強度が落ちるから。真剣に向き合わないと負けちゃうんです。
卯城 寿命も長いよね、モナリザで500年でしょ。自分たちが死んだあとの新しい人類が観ても「これいいな」って思われる、その普遍性をいつも考えてる。時間が経って社会や人の生き方がどんどん変わっていったときに通用しなくなるのは、やっぱりサムい。
エリイ それくらい時間に耐える作品をつくらないといけないよね。私、アートは分母がでかい戦争だと思ってるわけ。
卯城 今、すごいこと言ったね。「分母がでかい戦争」?
エリイ 時間の幅も長いし、伝わっていく場所も広い。
卯城 なるほどね。
エリイ 私たちは、そのアートの"デカさ"にかけているんです。だから最終目的は、1,000年後も残る作品をつくること。アートって、そういうものなんじゃないかな。