5月26日(土)〜27日(日)にオールナイトで開催された「六本木アートナイト2018」。今年も六本木の街に、アート作品や音楽、映像、パフォーマンスなどがあふれ、多くの人が集まりました。以前、小林武史さんがクリエイターインタビュー#91で語った「インサイドアウト・プロジェクト」構想が、今回六本木アートナイトで実現。その様子をお伝えします。
今年で9年目を迎えた「六本木アートナイト」。テーマは『街はアートの夢を見る』。美術館の中だけでなく、パブリックスペースや商業施設など、六本木の街中のいたるところでインスタレーションやパフォーマンス、ワークショップが開かれました。国立新美術館では、鬼頭健吾さんが、『hanging colors』、『broken flowers』を発表。六本木ヒルズアリーナでは、金氏徹平さんによるメインプログラムの作品『タワー』を舞台にして、音楽とダンスによるパフォーマンスが行われ、東京ミッドタウンのキャノピー・スクエアでは、宇治野宗輝さんによる自動車を「顎」にみたてた「DRAGONHEAD」シリーズの六本木バージョンとして、カラーコーンと車と建築が一体になった動く彫刻『ドラゴンヘッド・ハウス』が登場。突如、日常に違和感が出現しました。
その70を超える公式プログラムのひとつに、音楽家&音楽プロデューサーの小林武史さんがクリエイターインタビューにて発案し、フランスのアーティストJR(ジェイアール)が2011年から始めたアートプロジェクト「INSIDE OUT」の日本版、「インサイドアウト・プロジェクト IN JAPAN presented by Reborn-Art Festival」がありました。
屋外の建物や通りに巨大な写真を貼るというグラフィティ表現を用いるJRは、「INSIDE OUT」で世界各地の大都市から紛争地帯まで、世界129か国、260,000人以上の人々の顔写真を大きく出力して貼り、ひとりひとりの語られない物語を街に映し出してきました。プロジェクト名の「INSIDE OUT」には、「世界をひっくり返す」という、JRの想いが込められています。日本では、2013年に東京のワタリウム美術館で個展『JR展 世界はアートで変わっていく』を開催し認知度を拡大。そして2017年7月、宮城県石巻市で開催された「Reborn-Art Festival(リボーンアート・フェスティバル)」でも実施され、写真撮影室付きのトラックで牡鹿半島や市街地を巡りながら、そこに住んでいる人の顔を集め、街中にペイスティングしていきました。
そして今回、このプロジェクトを、六本木未来会議のアイデア実現プロジェクトとして、六本木未来会議が「Reborn-Art Festival」とコラボレーションし、六本木アートナイトで「インサイドアウト・プロジェクト」を実現。そこには、小林さんのこんな想いがありました。
「JRの「INSIDE OUT」プロジェクトを、六本木で試みてみる。東京を代表する都市で感じたことのない生命感が生まれて、何か都市の見方が変わる体験になったり、気づきにつながったりしていく。そんな媒介になればいいと思っています」(クリエイターインタビュー#91)
東北の「Reborn-Art Festival」でも使用された、全体にカメラのデザインがあしらわれたトラックの中で撮影をすると、その背面から短辺1メートル以上ある白黒の巨大ポートレートが出力されます。アートナイトに先駆けて、5月24日(木)からスタートしたこのプログラムは、連日、すぐに撮影できる人数が埋まってしまうほどの人気ぶりでした。
出力した写真はスタッフによって回収され、日々多くの人々が行き交う、東京ミッドタウンの長い地下通路に運ばれて行き、2時間も経たないうちに、50メートルにおよぶ壁一面に写真が貼り出されました。たくさんの人の白黒の巨大な笑顔。スペースが足りずに、新しく届いた写真はどんどん上に貼られ、常に景色が変わり続けています。さきほどまで1階で写真を撮っていた人たちが、次々と移動してきては、自分の写真を見つけては大はしゃぎです。
ポートレートは、片目を閉じたり、口を大きく開けたりと、個性が写し出されます。東北で撮影したポートレートも並んだことで、さまざまな人と時間が同じ場所で混ざり合いました。
参加者からは、「たくさんの人の写真が、六本木の地下に並ぶのがおもしろいですね。一見壁紙みたいだけど、よく見るとみんな全然違っている。私たちの日常と一緒」
「いろんな国籍や年齢の人と写真が並ぶと、不思議とつながっている感じがします。前から知り合いだったような、『みんな、久しぶり!』という気持ちです」といった声が聞かれました。
「JRが考えた、撮影したときの人物の顔の大きさや、背景のドットの大きさが規定されていて、それぞれの人間らしさやキャラクターが、狙い通りに浮き出て見えるような効果があったとあらためて思いました。プリントされた写真が、東京ミッドタウンと地下鉄六本木駅をつなぐ、都市の中だと容易に通り過ぎたりすれ違ったりする回廊にペイスティングされて、それを見る人たちとちゃんと混ざり合っていましたね。見る人たちも参加するし、そこに「Reborn-Art Festival」発祥の地である石巻の、僕にしたら馴染みのある顔が溶け合っているように感じて、個人的にちょっとキュンときました」
と会場を訪れた小林さん。
実際に六本木で開催してみて、あえてこの都会で生命感を表現できたのでしょうか。小林さんは「成功だった」と答えます。
「僕が想像していたよりも、人間が持っている自然みたいなものが、都市に溶け出している感じがしました。もともと豊かな人間の表情も、人はつい記号化して見てしまうことがあるのかもしれません。都市のなかで、あるいは都市でなくとも、その都度人の表情に反応していくのは大変なことでしょう。だいぶ大きめの画角で見る人の表情というのは、単純におもしろさを伝えてくれるし、被写体になった人たちも、その瞬間に何かを込めているのでしょうね。その"何か"の連鎖がおもしろいし、作品性なのでしょう」
クリエイターインタビューでは、「アートができる役割、可能性を感じながら、この場で生きている、生きていくという生命感、実感をもたらしていきたい」と話していた小林さん。2日間、六本木には24時間さまざまなアートがあふれており、小林さんはほかのアーティストの作品にも、生命感を感じたと言います。
「『DUNDU(ドゥンドゥ)〜光の巨人〜』や松本千里さんの『Chain Grown』などは、"生"を感じられてとてもおもしろかったです。都市におけるアートの役割が進化している気がしています。やる側も受け入れる側も、ひと昔前のアート好きな人たちという枠を超えたグルーブが、どんどん生まれてきていると感じました」
夜通し行われる大規模な祭典では、たくさんの人の笑顔や好奇心が渦巻いています。アート好きな人も、通りがかりの人も六本木を行き交い、この日、街中でさまざまな人の"生"が混ざり合っていました。
アイデア実現プロジェクト第16弾の初回となった「インサイドアウト・プロジェクト」では、人種も性別も年代も超えた人々による壁一面のポートレートが、「今、私はここで生きている」ということを強力に訴えかけていたように思えました。今後も生命感のあるアートプロジェクトを都市で展開するプロジェクトを続けていきます。次回をお楽しみに。