2010年に自然界の心地よい風を再現できる扇風機「GreenFan」を世に送り出し、家電業界に革命を起こしたバルミューダ株式会社代表取締役の寺尾玄さん。以降、トースターや蒸気炊飯器などヒット商品を次々と発表していますが、過去には会社の存続危機もあったと言います。そんな寺尾さんによるものづくり、体験づくりは一体どんな考え方から生まれてくるのでしょうか? 2017年10月20日(金)の講義の様子をレポートします。
「いまバルミューダは『世界一、世界の役に立つ』という目標を持ち活動していますが、それを成し遂げるために事業のカテゴリーは限定しない、という覚悟も持ち合わせています。もしかすると10年後は家電メーカーではないかもしれない」と寺尾さんは言います。
「うちの母も父も、本気になったら何だってできるし、人生は自由だ、ということを生き方で証明してくれた人たちでした。泳げないはずの母が、なんとハワイでシュノーケリングの最中に亡くなった。母は、とことん人生を楽しむべきという考えの持ち主だったから、よし楽しもう、と海に入っていった姿が目に浮かぶんですよ。母の死は、人生が本当に終わってしまうということと同時に、命をかけてまで楽しんでいいんだ、ということを教えてくれたんです。父も、ある日、陶芸家になるといって陶芸教室に通い始めたと思ったらその半年後には本当に自分の作品を売り始めていたような人でしたから。そういう意味では私は常識破りの人々に育てられ、本気になったらなんでもできると教えられ、いまも常識破りのことをしたいな、と思っています。可能性を使うときに、もっとも邪魔になるのが常識なんです。だから、何かをつくろうと思ったら、常識は捨ててください」
35,000円の扇風機、25,000円のトースターがこれだけ売れるという事実。マーケティングをすることが常識となっている現在においても、市場を見るのでなく、自分たちのなかのアイデアを選別していくことが重要なのだ、と力説します。
【クリエイティブディレクションのルール#4】
可能性を邪魔する常識は捨てる
「多様性の時代とも言われますが、実際は"ポピュラリティー"という広い帯があり、その中での選択肢が細かく増えているだけでは、と思うんです」
世の中の7割の人がいいと思える"ポップな感覚"をキーワードに挙げた寺尾さん。多くの人が共感できること、というのはつまり、生きていること自体に嬉しさを感じられるもの、と話します。
「たとえばバルミューダのトースターは"水を少し使うことにより外はパリっと焼け、中はフワフワに仕上がる焼き方"をテクノロジーによって開発し、それを商品化したもの。でも私は一度たりともトースターを作り、売っていると考えたことがありません。では何を売っているかといえば"おいしさ"です。食パンがトーストになる過程はまさに化学反応。何℃で何が起きるのか事細かに調べ、じゃあこの時間帯をもう少し長くしよう、といった積み重ねで開発したものです」
つまり"パンをすごくおいしく焼く方法"をバルミューダは売っている、ということ。
「最終的にお客様の口に入ったとき、それが"おいしさ"に変わる。これが『物より体験がお客様に選ばれるだろう』というロジックです。でもこれ、言葉にはできるものの、実際の商品に落とし込むのはとても苦労するはず。それは体験のことをあまり深く考えきれていないから。というのも、じつは"おいしさ"自体はゴールでなく、お客さんに提供すべき真のゴールは、さらにその先にあるとても簡単な言葉。"嬉しさ"なんです」
単純に美しくておいしいものが売れると思ったら大間違い。バルミューダでは、どんなデザインも、キャッチコピーも、グラフィックも、常に「これ、どっちが嬉しいの?」と問いかけ合っているそう。自分だって、ひとりの消費者。自分だったらどちらが嬉しいのかいつも考えていくことが必要なのです。
人生とは、長い時間の積み重ね。寝ている時間以外のすべては"体験"だと言えるでしょう。人生を小分けにしたとしたら、そのひとつひとつを少しでもいいものにしていくことが、商品の開発につながるのだ、と語ります。
【クリエイティブディレクションのルール#5】
迷ったら、どちらが「嬉しい」かで決める
その後も授業は、人生は自由で何をやってもよいのだという前提から、寺尾さんが日々クリエイティブで大切にしていることまでさらに掘り下げていきます。
寺尾さんが感銘を受けたというナイキ創業者のフィル・ナイトが書いた『SHOEDOG』という本を紹介しながら、クリエイティブのリーダーに必要なことを解いていきます。
「物事を都合よくとること、そしてそれを言語化して人々に伝えることができることが、ポジティブなリーダーの資質ではないかと思っています。フィル・ナイトの話を読んでいても、表裏一体の取り方があるものを、都合よくとることが、仕事で成果を出す時にとても大事なのだと思いました。いろいろなことに気付きやすいし、怖がりもするのだけれど、それに対して対応策を売っていく。とにかく細かいというセンシティブな面。そして負けん気の強さは事態を打開するのにとても大切なことだから、アグレッシブさも重要ですよね。クリエイティブなリーダーに必要なことだと思います」
ポジティブ、センシティブ、アグレッシブの3つの働き方をできる人間は、きっと成功する。バルミューダの採用項目に今後入れようと思っているくらい、いま大事なことだと寺尾さんは言います。
【クリエイティブディレクションのルール#6】
リーダーには、ポジティブ、センシティブ、アグレッシブであることを求める
会場からの、「"ポップ"の判断基準や、嬉しさの感覚を身につけておくために必要なこととは?」という質問に寺尾さんは、
「経営トップの人間は、ある意味、このポップの感覚の塊になっていないといけないとも思っています。そんな"ポップのど真ん中"をいつも考えているために自分がやっていることといえば、『これ、うまいな』とか『これ、きれいだな』と感じたときに、『それはなんでだろう?』と考えること。そして、その理由を、当たっているかはわからなくても、仮説まで必ず立ててみる。そしてその仮説を自分のなかにストックしています」
寺尾さん自身、商品、サービスやコミュニケーションを考える際に「この前の、あの感覚の理由は、きっとこれだ。だから逆算してこのプロダクトに要素として入れてみたらどうかな」ということを反芻する訓練を日々、しているのだと話してくれました。
【クリエイティブディレクションのルール#7】
「おいしい」「美しい」と感じたときは何故かを考え、仮説をストックする
もうひとつ、会場から出た質問で印象的だったのは「バルミューダのようにまだほとんどの人が体験したことがないものの良さを伝えるためにやってきたことはありますか?」というもの。
寺尾さんは、バルミューダ社内で実行しているひとつの秘策を公開してくれました。
「商品がどういう嬉しさを提供するのか、ということは、徹底的にビジュアルで見せようとしていますし、ビジュアルだけで足りない場合は言葉も組み合わせます。じつは、バルミューダではコミュニケーションを考える際に必ず"素晴らしい○○を"という裏のキャッチコピーをつけています。たとえばこの夏、扇風機につけたのは『素晴らしい夏を。』でしたし、炊飯器には『素晴らしいごはん、最高の食事。』とつけました。商品を通して得られるそれぞれの体験という名の成果物こそが、お客様との真のコンタクトポイント。その体験によって人々が感じる嬉しさ、人生の大事なものを徹底的に考えるのがもっとも大事ことではないでしょうか」
【クリエイティブディレクションのルール#8】
人が何に嬉しさを感じ、感動するのか、徹底的に考える