2017年7月19日(火)に行われた六本木未来大学第13回の講師は、企業広告やドラマの宣伝、地域ブランディング、書籍の執筆など、さまざまな分野で言葉を届け続けるコピーライター梅田悟司さん。今回は本大学初となるワークショップを交えながら、"本当に人に伝わる言葉"がどう生み出されるのかを語ってくれました。"言葉にできる"ことの意味をいま一度問い直すような、興味深い講義の内容をダイジェストでお届けします。
講義は梅田さん独自の方程式である、「言葉の共感力=方向性×密度」の"密度"の話へ。言葉の密度を高めるためには、3つのステップを踏むことが大切だと言います。
「最初のステップは言葉の構造を理解すること、次に"内なる言葉"を書き出すこと。先ほど見えている言葉、見えていない言葉という話をしましたが、見えていない言葉が内なる言葉に相当します。最後のステップは、解像度を高めること。このあと、それぞれについて説明しますが、この3つのフェーズを踏むことによって"言葉にできる"能力を身につける一助になります」
言葉の構造を理解するために、まずすべきことは「内なる言葉」に目を向けること。話す、書く、パソコンやスマホを打つといった「外に向かう言葉」だけではなく、考えたり、感じたりするときに頭に浮かぶ「内なる言葉」を意識することがカギになります。
「頭の中なのか、胸の中なのか、人によって違うと思いますが、誰しも考えている時に無意識に使っている『内なる言葉」というものがあります。構造としては、その内なる言葉が自分の中で生まれて、一部が自分の外に出ていくようなイメージですね。ここで、ちょっと写真(上記)をお見せします。今日は少し雨が降っちゃいましたけど、暑かったですよね。このかき氷の写真を見て、みなさんはどう思いましたか? 僕だったら"夏だなぁ"とか、"帰りに食おうかな"とか、思うわけです。でもここで止まってはならない。思ったではなく、"内なる言葉が浮かんだ"と認識できるかどうか。実は、ここに大きな違いがあるんです。みなさん、ふと浮かんだことを受け流していませんでしたか? それを内なる言葉として認めてあげることが、思考を深めることにつながるんです。本の中では、このように表現しています。『考えている、のではない。頭の中で"内なる言葉"を発しているのだ』と」
【クリエイティブディレクションのルール#5】
自分の中に生まれた"内なる言葉"を認識する
認識できたあとは、内なる言葉の解像度を高めていく作業に入っていきます。
「かき氷の例で言うと、"夏だなぁ""かき氷を食べたい"と浮かんだときは、解像度が低くて粗い左側のA(上記図)の状態。そこから思考を深めていくと"今日は雨に降られて大変だったな""その前は、ものすごく暑かったから、体調が万全ではないな"とか、いろいろ思うわけですよね。どんどんと頭の中にあるものを細かく見ていって、"だから、かき氷を食べたいんだ"というところまでもっていくことが、解像度を高めることになります。解像度を高める下準備としてすべきは、内なる言葉を意識するために"書き出す"こと。思った、感じた、考えたことを見える化することで、思考を客観的に把握することができるようになるんです。このときに意識してほしいのは"思考に置いていかれないように書き出す"ことです。人間は、書くことより頭で考えるほうが早い。だから、置いていかれないように書き出すのが、はじめの一歩として重要なんです」
さらに、書き出したものを深めていくことが、解像度を高めるための2つ目の方法。その手助けをしてくれるのが、梅田さんが仕事で実践している「T字型思考法」です。内なる言葉を中心に、考え進めたり、戻したりしながらTの字のように左右に思考を広げ、さらに下へと深めつつ、言葉を書き込んでいくもの。
「そうやって書き出す、深めるということをしながら内なる言葉の解像度を高め、外に向かう言葉に変換していくプロセスが、密度を高める上での肝になります。そもそも考えることって、すごく難しいですよね。"考えることを考える"という哲学があるくらいですから。でも、みなさんはふだんから頭の中で言語を使って考えているはず。頭の中の思考を一度言葉に置き換えてあげることで、抽象的なものから、具体的なものに変化する。すると考えを進めていく上で、とても扱いやすくなるんです」
【クリエイティブディレクションのルール#6】
浮かんだ言葉を書き出して、思考を客観的に把握する
会場を見渡して、「みなさんから(T字型思考法を)"自分もやるんだろうな"っていう雰囲気を感じています。そう、やるんですよ! やらされるんですよ(笑)」と笑わせます。そして、ご自身の過去の仕事を通してT字型思考法のやり方を説明。考えを深めていくには、梅田さんなりの順番があると言います。
「最初に内なる言葉を書き出したら、"それで?"と結果や行動を考えながら広げ、次に"本当に?"と自分の思考を一度疑ってみる。さらに、"なぜ?"と理由に落とし込んで深めていくという順番がスムーズです。たとえば、"それで?"より先に"本当に?"と疑うと、いきなり内なる言葉を打ち消すことになるので、広げてから疑って最後に"なぜ?"と本質に向かっていくほうが、ストレスなく進められます。ご法度なのは、いきなり"なぜ?"にいくこと。広がりようがなく、結果、みんな同じようなゴールにたどり着てしまうんです」
ここで、受講者も挑戦することに。梅田さんから出されたお題は、「自分の仕事(企業、学業)の存在価値とは?」。さっそく、内なる言葉の書き出しからはじめます。
「まずは、T字の真ん中の部分を埋めます。"自分の仕事の存在価値"という問いに対して、頭に浮かんだことを深く考えずどんどん書き留めていきましょう。文章じゃなく、単語や箇条書きでかまいません。このとき、僕がふだん意識しているのは自分がちゃんと考えを進めようとしているかということ。考えているようで、ただ思い出しているだけっていうことが意外とあるんですよ。すると、考えがループしはじめる。万が一、そうなったときは視点を変えるのもいいですね。制作者、クライアント、生活者と視点をグルグル回していくと、表から見ていたものの裏側が見えたりもしますし。家族ならどう思うかなど、まったく違う視点を入れてみるのもおもしろいですよ。人によっては、犬から見たらどうなるかと考える人もいますが(笑)、いろんな目線を持ち込んで、内なる言葉を広げるのはとても有効です」
内なる言葉の書き出しに、与えられた時間は5分。その途中、スライドには、同じ課題に対して梅田さんが実践したT字型思考法(上記)が映し出されます。
「ひと通り書き終えたところで、直感で1つ言葉を選んで丸でつけてください。次は丸をつけたものに対して、思考を進めていきます。"それで?"と問いかけて、何が起こるのか、結果や行動を書き出してください。僕なら、内なる言葉の部分に書いた『担当ブランドの売上/認知を高める』を選びますね(上記図参照)。"それで"商品が売れて、クライアントさんにもよろこんでもらえる。もしかしたら、自分の出世の道も開けるかもしれない。こういう当たり前のことでいいんです。ただ、意識してほしいのは"方向性"。自分がどんなビジョンを持って、仕事をしているのかに意識を集中させると、また違った質の言葉が出てくると思います」
さらに5分が経過すると、次のステップへ。次は"本当に?"と疑って、思考を戻しながら他の可能性を探ります。
「僕の場合なら、本当に売上や認知を上げられたらそれでいいのか、生活者の方が知るべき情報を提供することが本当の仕事じゃないのか、といったことになりますね。そういえば、このT字型思考法は真面目な人ほど書けない、一度書いた言葉を二重線で消してしまうという特徴があるんです。それはご法度。自分が考えていることを大切にしてあげてください。実は、こんなこと書いても意味がないんじゃないかというところに、答えがあったりするんです」
そうしてていねいに説明をしながら、「わからないことがあれば聞いてください。うろうろしていますので(笑)」と会場をゆっくり回る梅田さん。そして、最後は深める作業へ。
「最初に書き出した内なる言葉、"それで"と広げて、"本当に"と疑って書いたTの左右の言葉。その3つの枠を見ながら"なぜ?"という理由・原因を書き出します。僕の例で言うと、実はCMって世の中の空気の1つみたいになるんですね。そういう意味では、世の中をよくするために自分の仕事はあるんじゃないかということが浮かびます。また、企業の思いまで伝えることが大事だと考えれば、コピーじゃなくてメッセージをつくることが自分の仕事なんじゃないか、なんて思ったりもしますね」
【クリエイティブディレクションのルール#7】
「T字型思考法」で思考を広げ、疑い、深める
六本木未来大学初のワークショップを交えた授業を行ってくれた梅田さん。受講生たちが真剣に、楽しく取り組んだ「T字型思考法」ですが、実はうれしいメリットがついてくるようです。
T字型思考法は、すべての枠を埋めて終わりではありません。「ここから2つやってみましょう!」と、書き出した言葉を組み合わせながら、自分の仕事の存在価値について流暢に話してみせる梅田さん。その光景を目の当たりにした受講生たちからは思わず拍手が起こりました。「いま私は自分の仕事について言語化できていましたよね? これが1つ目のいいことです。では、みなさんもやってみましょう」その言葉を合図に、受講者たちも心の中で言葉にする作業をしていきます。
「ここで、もう一度思い出していただきたいのが方向性の話。いま、みなさんが話した言葉に中に、思想やビジョンは入っていましたか? もし、事実と価値だけにしか言葉が到達していなければ、もう少し考えを深めることが必要かもしれません」
実はこうして掘り起こした内なる言葉を使って、仕事の存在価値を話せたことにT字型思考法のメリットがあります。
「この方法を実践することで、"内なる言葉の語彙力は、外に向かう言葉のタネになる"んです。語彙力と聞くと、辞書に載っている言葉をどれだけ知っているかって考えがちですよね? 本当は、使える言葉をどれだけ持っているかのほうが大事。頭にある言葉の語彙力が高まれば、言葉をそのまま外に向かう言葉に変換できる。その言葉を使いながら、文章としてつなげられますよね。これこそが"言葉にできる"っていうことなんです」
そして、もう1つワークシートを使ってできることを、梅田さんが実践してみせてくれました。それは、自分の仕事の存在価値に対する考えを文章で表すというもの。
「最初の僕の発想は、"商品のUSP(Unique Sales Point)を言い当て、売上増に貢献する"ことでした。1つ目に出てきた、内なる言葉ですね。それがT字型思考法で考え進めたことによって、"法人という人の思いを胸に響く言葉にできる"ことが、自分の仕事じゃないかというように少し変わっていきました。みなさんも事前・事後を見比べてみてください。事前の言葉は、T字の真ん中に書いてありますので、事後を考えつつ新しい発見をしてほしいですね」
こうして、いまの気持ち、言葉を端的に表現できるようになることが、T字型思考法のもう1つのメリット。可視化して考え深めることで、『気持ちをはっきりと認識できた時、言葉は自然と強くなる』と梅田さんは書籍でも語っています。
「T字型思考法を実践すると、自分の気持ちの輪郭が明確になっていくんですよね。気持ちをはっきり認識できたとき、言葉は必然的に強くなっていく。今回は、その第1段階をやってみました。時間があれば、今日書き出した別の言葉に丸をつけて、同じように広げていく作業をしてみてください。内なる言葉など4つの枠を各5分で埋めれば、1回にかかる時間は20分ほど。3回くらい繰り返すと、思考をかなり深めていけます。行きづまったときは、課題を変える方法もありますね。まったく違うものに変えることで、また違う語彙が生まれてくるはず。大切なのは思った、感じただけではなくて、言葉が浮かんだと頭の中に返してあげる、外に向かう言葉に変換してあげることです」
【クリエイティブディレクションのルール#8】
使える言葉を増やして語彙力を高める
この日の講義で学んだこと、実践したことは「自分を知る」ことにつながるもの。
「自分が考えていることを知らなければ、言葉にすることはできません。そのためには思考性を把握する、さらに思考性を把握するために内なる言葉の解像度を高めることが必要。理論としては、(下記図の)上から下へという流れになりますが、実践は下から上になります。今日は書き出す、T字型思考法によって解像度を高めたことで、自分がどんなことを思いやすいのかという思考性がある程度、把握できたはず。結果、自分の一部を知ることで、何かしら仕事への思いが言葉にできたのではないでしょうか」
講義の締めに、梅田さんが選んだのはゲーテの言葉の一節でした。「本気でものを言うつもりなら、言葉を飾る必要があろうか」。
「どうしても言葉を飾ること、修飾を高めることを考えてしまいがちですが、何を思い、何を本気で言おうとしているかを把握するほうが重要。それを認識さえできれば、最終的に言葉にするのは簡単なことなんです。そして、最後に僕からみなさんにお伝えしたいのは、ちゃんと自分の思考を大事にするということにつきます。ときには、自分はこんなことしか考えられない、あの人はあんなにすごいことができるのに自分は稚拙だとか思うこともあるかもしれません。でも、そんなことはまったくない。自分の考えることを尊重して、内なる言葉が生まれたことを認めてあげてください。考えていることが財産であり、宝なので、ていねいに育みながら言葉にするトレーニングを続けてください」
【クリエイティブディレクションのルール#9】
自分の思考、言葉をちゃんと大切にする