街がおもしろくなるために必要なのは拡張性、自由、そして連続的な実験。(廣川) 六本木は、アートと実験が展開されつづける「ストリート」であれ。(脇田)
目の前にあるはずなのに、人間が知覚できていない自然界の情報。それらをシミュレーションすることで見えるように、聴こえるように、感じ取れるようにし、新しい世界の見方を提示するデザインを続ける脇田玲さん。自身のブランド「SOMARTA」で発表した無縫製のニット『スキンシリーズ』を中心に、"第二の皮膚"としてのファッションを問い続ける廣川玉枝さん。今回は普段から六本木との関わりを持つおふたりに、アートやデザインが六本木という街にもたらす可能性を、それぞれの視点を交差させながらお話しいただきます。
脇田 六本木との関わりですと、僕はかつて就職したデザイン会社が麻布十番にあり、10年ほど前にはこの辺りに住んでいました。今は、私が勤務するSFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)の全研究室が「オープンリサーチフォーラム(ORF)」という研究発表会を東京ミッドタウンで毎年やっています。2014年にその実行委員長を僕が務めた際には、東京ミッドタウン以外にもスーパーデラックスでの発表や、ニコファーレから放送をしてみたりなんてことも。今は、こうしてART & SCIENCE gallery lab AXIOMの設立に関わったり、個展を開いたりと、週に1度くらいは六本木へ来ています。
ART & SCIENCE gallery lab AXIOM
廣川 私は学生の頃は六本木というと非常に大人の街のイメージがあって少し縁遠く思っていました。東京ミッドタウンで「Japan Fashion Week」が開催されたことがきっかけとなり、ようやくその頃から馴染みがでてきました。今年は「Media Ambition Tokyo(MAT)」でもトークセッションに登壇しました。
Media Ambition Tokyo(MAT)
脇田 2018年のMATは僕も出展していまして、コンピュテーショナルなデザインと、クラフトが同居しているデザインをされている廣川さんとはぜひお話をしてみたいと思っていました。廣川さんは、テクノロジーやサイエンスに基づいた知見を、新しいマテリアリティに反映していくファッションを実践されていると思っているのですが、それを研究のみならず"服"という商品にして販売までしているという人は僕の周りにいなくて。そういう意味で廣川さんは稀有な存在。どうやってこなしているのだろう? と思っていたんです。
廣川 服をデザインするということは、人に届けるというところまですべて考えた上でのデザインである、という意識が基本ポリシーとしてあるからでしょうか。私がつくっている無縫製のニットというのは服飾の歴史からすると割と新しい技術なんです。だから珍しいと注目をされるけれど、今の時代にまだ技術を扱える人が少ないだけで、100年後にはすべて無縫製になっているかもしれません。
私は学生の頃から"皮膚のような服"をつくりたかったのですが、それにマッチしたのが無縫製で、たまたまデジタルテクノロジーを使っている手法だった、という感じなので、実際の私はかなりローテクノロジーですよ(笑)。
脇田 案外そういうものなのでしょうね。外から見てテクノロジーを使いこなしているように見える人ほど、実は地道な手作業とともにあるように思えます。
廣川 昔は職人がひとりひとりつくって完成させていましたが今はグループワーク。何かをデザインし、それをいろんな人が関わってつくる手法は、これからの時代もっと増えるでしょう。職人さんが徐々にいなくなってしまうという現状に対し技術面で機械が変わっていく、ということでもありますね。
脇田 本質的なところだと思います。新しい技術が生まれ、ストリートや研究者が熱狂することがあっても、よりハイファッションであったり、大きなメーカーなどが勇気を持って採用したりしないと、広がって浸透することはないでしょうから。それを廣川さんはやっているのかな、と。
廣川 周りのみんなの力を借りながら、ですけどね。MATもそうですし、そういったテクノロジー関係の方々と繋がることが多くなりましたが、私から見たら魔法の世界。勝手に機械が動いてオーケストラみたいになっているし、どういうふうにしたらそうなるのかと。ただ、そこにできているものはとても美しいな、と感じます。本当に素人なんですけど(笑)。
脇田 それを感じてもらえるのは嬉しいです。みんなからは仕組みの質問ばかり来るから。そうではなく「きれいですね」「これは今後、世界をどう変えるんですか」というような議論をしたいのに、特に日本人は"どうつくっているか"というテクニックの話ばかりなんです。純粋に「心が動きました」ということをシェアすることがすごく大事だと思うのですけど。そういう意味でMATは六本木でとてもいい機会が生まれていると思うけれど、ああいう場はまだまだ少ないですね。
廣川 確かにそこはデジタルテクノロジーが苦手な人と得意な人が合わさることでおもしろいことができるし、私はすごくいい経験とチャレンジをさせてもらえていると思います。
脇田 10年ほど前、ファッションの技術を研究していた時期があって、色が変わる布とか、島精機のホールガーメントをインターネットに繋げて服のデータを遠隔地で出力するとか、ウェアラブルの服のようなものを研究していました。ただそれは研究でしかなくて、それらを実際に服として売るには至らなかった。そういう意味で、廣川さんのように実際に販売までを実現している方は憧れます。技術系のカンファレンス「SXSW」や「SIGGRAPH」に行くとサイバーファッションショーなど、テクニカルなショーケースがたくさんあって、何となく未来を感じ取れるものの、結局5分程度のランウェイでおしまい。日々、着る人の手に渡るものをつくる、というハードルを超え ていくのはすごい。
SXSWやSIGGRAPH
廣川 私が無縫製ニットでスキンシリーズをつくりたかったのは「第二の皮膚」みたいなものが生まれたらファッションの世界が広 がるのではないかという考えからでした。ただ、それをどのように日常へ落とし込んでいけるかという、デザインの領域まで両方考えていかないと成立しないかなと。
美しいとか、見たことないとか、視覚的な見え方もあると思うのですが、一方では「いくらなんだ?」「どういう人がターゲットなんだ?」ということも合わせて、両方の脳で考えていかなければいけない。つくっているものが作品ではなく商品なので、服飾では、地味に耐久性など細かいところをクリアしていくという感じですね。
それに、私は無縫製ニットの技術をすごくおもしろいと思っているので、その技術を伸ばすためには、小さくても誰かがそれを使って更新していかないと発展しないな、と。それを続けていくと次第にそれが普遍的なものになっていくし、もっともっとデザインができる人が増えていくかもしれないと思っています。
脇田 作品と商品の違いはめちゃくちゃ大きいと思います。商品づくりは、研究開発があって、コンセプトを形にしてプロトタイピングをつくりますよね。そこからが大変じゃないですか。先ほども廣川さんがおっしゃったように、エイジングやウェアラビリティ、コスト、そして当然マーケットも見るわけですよ。今はいろいろと試作できるツールも一般化してきたから「こんなことができるよね」というのを一瞬だけ実現するのは、ちょっと頑張ればできる。MATにあったメディアアートも、あの開催期間だけであれば動く。けれど、それを製品として屋外に持って行ったり、子どもが意図しない使い方にまで対応させるのは、ものすごく時間がかかるんですよね。
廣川 脇田さんの展示『Symptom Visualized-可視化された兆候』を拝見しても、こういう家電の音に日常で包まれて生きているんだ、というのを考えさせられることにアートの力を感じますね。やっぱり人の考え方ってすごくおもしろいし、それって"合う"ことがない。100人いたら100人がばらばらですから。ただ、自分がどこで何を見ているかの「視点」を気づかせてくれることはすごく大きい。例えば、ギャラリーはある意味、特殊な空間じゃないですか。そこへやってきて、脇田先生の作品を見て何かを感じたことが、自分の中に蓄積されて、フィルタリングされて、そしてまた次の新しいアウトプットに繋がる、というような装置になりますよね。だから私はアートが好きなんです。
Symptom Visualized-可視化された兆候
私が独立した10年くらい前から、ファッションの世界も変わってきています。こうしてインターネットやスマートフォンが日常で欠かせなくなった時代において、ファッションデザイナーの立場というのも変わらないはずがないだろうと独立したときに深く考えました。そこからさらにさまざまな人と仕事ができるような環境をつくれれば、もっと世界が豊かにおもしろくなるだろう、とも思えたんです。ファッションでいえば産業革命などは大きな変革期とされますが、インターネットの普及は同じかそれ以上に大きなことで、世界は大きく変わったのかな、と。
脇田 インターネットがなければ、すべては違ったでしょうね。そもそもインターネットがなかったら僕はアートをせずに、真面目なエンジニアをしていたんじゃないかなと。もともとは3次元CADと言われる世界、車や飛行機をデザインするソフトの数式をつくるエンジニアでしたから。インターネットで自分の考えたものを公開し、人と繋がるということが自分のアプローチの仕方や職業にもたらした影響は絶大でした。ネット環境がなければ今に至っていないですね。
廣川 人々のファッションの捉え方、価値の置き方もだいぶ変わりました。スマートフォンもある意味でファッションですし、ファッションはより広義になっていると思います。これまでのランウェイスタイルのファッションショーはライブ感があって魅力的ですし、私もそういう方法をとってきていますが「これをこのまま続けていってもいいのかな?」と思ったこともあります。今は、いろいろな表現の仕方があっていいと思うので、既存のファッションショーではない新しい道筋を探している段階です。
ファッションショーは、昔は限られた人のためのショーでしたが、ウェブがあることでもっと開けたショーをできるかもしれないでしょう。先日、六本木の国際文化会館で行なわれたコンテンポラリーダンサーとの舞台も私の『スキンシリーズ』をとてもすばらしい形で表現してくれるものでした。何かそういう新しいクリエイティブな仕事がおもしろいし、そういうことをこの街から生み出したいですよね。そしてそれはさまざまなクリエイティブな人がいて実現したことだったので、やっぱりひとりではできない。国際文化会館の力があり、ダンサーのアイデアがあり。それらが集まって具現化していくのはおもしろいし、そのような機能がもっと加速するといいなと思います。
コンテンポラリーダンサーとの舞台
スキンシリーズ