自動運転車で会議や映画鑑賞。モビリティを生産的な時間に変える未来とは。
非言語のインタラクティブなコミュニケーションを形にし、都市と人との接点を描き出す、クリエイティブラボ「PARTY」のクリエイティブディレクター伊藤直樹さん。これまでにNike、Google、Sony、無印良品など企業のクリエイティブディレクションを手がけ、2017年の「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH」には"やさい"とテクノロジーを組み合わせた「でじべじ - Digital Vegetables - by PARTY」を出展し、話題を呼んでいます。そんな伊藤さんにこれからの東京が、六本木が、魅力的な都市であるために何をすべきかお聞きしました。
僕が初めて東京を訪れたのは、小学生の頃。修学旅行のとき、六本木の街を架ける首都高速を見て、「未来都市だ」とワクワクしたことを覚えています。ただ、今の東京はつまらないと感じているんです。もう30年住んでいるのでワクワクしないというか、きっと飽きてしまったんでしょうね。
今はロサンゼルスがすごく好きなのですが、その理由を考えてみると、東京と比べて「街と戯れる機会が多い」ことに気がつきました。気候に恵まれた地域なので、自然と散歩に出かけたくなるんです。街を歩けば、住宅街の階段を利用してフィットネスをするノースリーブを着たマッチョな女性によく出会います。身体的に街と付き合っているような気がして、ワクワクしますね。
ロサンゼルス
そんな風景を見ているうち、街が持つ意味についても考えるようになりました。食料品も日常品も、ファッションもインターネットで購入できる時代に、街はどんな意味を持つのだろうと。
街を歩くと、さまざまな出会いがありますよね。ふらっと立ち寄ったレコードショップですばらしい楽曲に出会ったり、すれ違う人を見て今期の流行を知ったり。要するに、街に出るとあたり一面に溢れている情報と接点が生まれます。このインタラクティブな接点こそが、街の持つ意味です。
かつて好きだったポートランドは"ウォーカブル(walkable)な街"として有名です。街がコンパクトで、公道空間と歩道空間が移動しやすいように設計されています。また、日本でも京都は街としては狭いので、移動に最適ないわゆる"ウォーカブル"で"バイカブル(bikable)"な街だといえます。どちらの街も移動しやすい構造になっているので、街と人との接点をつくれる環境にあるんです。
ただ、東京は都市が広く分散していて、そういう設計にはなっていません。僕は解決策として、首都高の下に自転車レーンをつくればいいのではないかと思っています。今の東京はバイカブルとは言いがたい状態ですし、電車網で移動するとなると、街との接点はつくりにくい。なので、自転車でも移動しやすく設計することで、東京をひとつの都市としてくくらず、移動しながらさまざまな街を堪能するのがベストなのではないでしょうか。
イメージは事故が起きにくい自転車道として有名な四国のしまなみ海道です。東京も首都高と連携し、スピードを出しても問題ないくらいの自転車道を首都高の下につくってみる。街の間をスムーズに移動できるようになれば、街ごとに接点がいくつも生まれます。拠点がひとつではなくなり、常に街と戯れていられるようになると思うんです。
しまなみ海道
もちろん自転車や歩くだけではなく、車での移動も快適になってほしい。僕は会社でテスラの自動運転車を購入し、移動しながら会議を車内でやりたいんです。テスラはGoogleから出資を受けているので、Bluetoothを介したGoogle ハングアウトでビデオチャットができたり、Google ドキュメントが黒板のように映し出されるので、議事録を取ることもできる。車内で会議をするのには最適な環境が揃っているんです。今はまだ法規制の問題がありますが、ゆくゆくは運転をせずに目的地へ自動走行して、退屈な移動時間を生産的に使えるような世界が実現できるのではと期待しています。
テスラ
もちろん会議だけじゃなくて、車内で映画を観たり、エンターテイメントを持ち込んだりするのもすてきなアイデア。僕は車で通勤しているので、自分が実験台になりたいくらい! そのような世界になれば、きっと東京という都市を誰もが堪能できるんじゃないかと思っています。表現者にとっては、未知の領域に思いを馳せ続けることが大切なんです。
アメリカではすでに、市民が自ら移動体験を変えようとしています。カリフォルニアのゴールデンゲートブリッジでは、渋滞に辟易したドライバーたちが手を挙げながら、他人の車に「乗せてください」とライドシェアを行っているんです。何かと話題になる自動運転に限らずとも、近い将来、移動を豊かにする手段が増えていくと思います。
移動をデザインすることで街を楽しむのもそうですが、街にも移動を豊かにする仕掛けを付与すれば、もっと都市が魅力的になると思います。そのひとつの手段が、クリエイティブ特区宣言をすること。六本木にはその可能性があります。
過去にも、六本木をクリエイティブ特区にしようという動きは何度かありました。ただ、特区にするには行政との連携が必要不可欠。行政は景気の向上など、何らかのエビデンスがあれば動いてくれますが、これまではクリエイティブが経済に直結することを、誰も証明できなかった。そのため厳しい規制をくぐり抜けることができず、クリエイティブなアイデアがなかなか実現しなかった。
それでもよくよく考えてみれば、東京の魅力は「カオティックなところ」だと思うんです。戦後、焼け野原だった場所にビルが乱立している光景がその証拠。地域によって景色がガラリと変わる、この混沌としたところが東京らしさです。青山ブックセンターやシネ・ヴィヴァン六本木を中心としたカルチャーの拠点だった六本木も、クラブが乱立して、夜はネオン街へと様相を変えていますよね。
六本木に限ってドローンを飛ばせるようにしてもいいし、広告の規制を一時的に緩和してもいい。そうやってアートやデザイン専用の景観ルールをつくれば、東京ミッドタウンでも「BIG SHADOW PROJECT」のようなプロジェクトができます。
これからの東京は「なんでもいいぞ」ってくらいのスタンスで、新宿ゴールデン街が肥大化したような状態になれば、もっとも輝きを放つのではないでしょうか。その中心にあるのは、東京で最もクリエイティブな都市、六本木だと思います。
取材を終えて......
葉っぱを、茎を。強く、優しく「ふれる」。そのやり方ひとつで野菜が違う表情を見せてくれるーー「キャッチボール」を例に、その本質を説いてくれた伊藤さんのインタラクティブ観がそのまま詰め込まれたかのような展示「でじべじ」。「(GPSの発達により)都市に点在する木のようなものまでデータ化されるのではないか」といった未来予測がインタビューでは飛び出しました。都市とメディアの融合、六本木発の「でじべじ」がその種に他ならないのかもしれません。(text_ryoh hasegawa)