地下鉄を走るタクシー、墓地につくるベッドルーム。街にあるものを使って、驚きのある大胆なアートに。
コロンブス像やマーライオンといった象徴的なモニュメント、街灯や煙突などのパブリックな空間や物をホテルやリビングといったプライベート空間に変えてしまう。そんな大胆、かつ予想外のインスタレーションで、世界中の人々を驚かせてきた西野達さん。常識をくつがえす数々の"ビッグプロジェクト"にたずさわってきた西野さんに、六本木で実現してみたいこと、そしてビッグプロジェクトが街や人々に与える意味について、語っていただきました。
俺が考える"ビッグプロジェクト"とは当たり前だけど、規模が大きくて予算が潤沢にある展示。先に話したように、あまりアートに興味のない人に作品を見せたくて屋外へ出たので、ただ単純に規模が大きいということは俺にとっては結構重要なことなんだ。
たとえば、いま、「『そこまでやるか』壮大なプロジェクト展」に出展しているクリストとジャンヌ=クロードがやった、湖を巨大な布で覆う『フローティング・ピアーズ、イタリア・イセオ湖、2014-16』もそう。あれだけの規模だから、アートに興味がない人が「行ってみようかな」という気持ちになる。大きな展示をすることで、より多くの人々がアートに興味を持ち始めることは誰も否定できない。
『フローティング・ピアーズ、イタリア・イセオ湖、2014‐16』
俺が屋外に作品をつくり始めたきっかけもそこ。もともとは美術館やギャラリーでも展示していたけど、観客がめちゃくちゃ少ないわけ。ドイツのケルンで展覧会をしたとき、あまりに人が来なくて「何のためにやっているんだろう?」って思えてきた。学生時代からアートの存在理由について考えを巡らしてはいたんだけれども、これがきっかけで進む方向が定まったね。すべての人が簡単にアートを享受できるような環境が必要だということ。自分の人生の進む方向を決めるためには、自分の持つ想像力を使ってしかできない。あるいは、人類の想像力を最大限使うことでしか、我々は人類の進む道を決められない。つまり、我々個人でも人類にとっても生きていく上で想像力は必要不可欠ということなんだ。アートが人類の想像力を拡張するという役目を担っていることを誰も疑わないと思うけど、だからこそアートはすべての人に対して開かれているべきなんだ。なので、アイデアを考えるとき、普段あまりアートに興味を持っていない人にも響く仕掛けを忍ばせておくようにしているんだ。
いま、世界中で大規模なビエンナーレや展示会なんかが行われているよね。最近は日本もかなり増えてきて瀬戸内のような例外もありそうだけど、まだアートシーンの中だけの話にとどまっているのじゃないかな。「規模が小さくなってもいいから、とにかく続けてくれ」と俺はいつも言ってる。最初は地元の人も「おかしな人が来て、おかしなものを展示していく」っていう目で見るんだけれども(笑)、でも継続していくと、そういうアートに興味のない人たちが自然とアーティストや作品に触れ、すぐに「現代アートっておもしろい!」って感じるようになるはずなんだよ。
俺のプロジェクトも今まで市民やマスコミの反対運動があったのは1度や2度じゃない。しかし反対していた人々がプロジェクトのオープニングを境にして作品を支持する方に変わるんだ、例外なく。ここが面白いところ。
ただ、屋外に大きな展示をするには問題があって。俺が日本で展示を行うようになったのは、ここ10年ほどだけど、日本は公共の場に物を設置することが圧倒的に厳しい国。日本でやる前は断トツでイギリスが厳しいと思っていたけど、日本はイギリスの比じゃない(笑)。10倍は厳しいんじゃないかな。俺がドイツに出ずにずっと日本に留まっていて今発表しているような作品のアイデアが浮かんだとしても、日本ではいろいろな規制に引っかかって実現できなかったと思う。偶然ドイツだったんだけど、今思うと大正解だったな。
日本のアーティストにも、デザイナー、建築家、それから若い学生にも、おもしろいことを考えている人は、たくさんいるはず。でも、行政的な規制で諦めていることもあるに違いない。つまり、実現したら面白いアイデアがどんどん埋もれちゃってるわけ。本当にもったいない。新しいもの・ことが生まれる場所には人は集まるし経済的にも有意義なはずなんだけど、日本は完全に世界の潮流と逆に向かっているんだよね。
ネガティブなことばかり言って申し訳ないけど、もうひとつ伝えたいのが日本はアートにかけるお金が少なすぎるってこと。いつもフランスで住みたい街の上位に入る、ナントっていう人気の都市があるんだけど、そこは市の予算の15%をアートにつぎ込んでいるわけ。これは世界でももっとも高い数字。だから、あちこちからアーティストや観光客がたくさんが集まってくる。ナント市が始めた「ラ・フォル・ジュルネ」というクラッシック音楽祭は、今では世界各地で、日本でも東京、金沢、新潟を始め数箇所で開催されていて、そのことでナント市は世界的に影響力のある都市になっているんだ。別の例で言えば、街を舞台にした巨大人形劇で世界的に有名なラ・マシンやロワイヤル・ド・リュクスもナント市が支援して、その拠点を市内に提供しているよ。
それに対して、東京都のアートの予算は1%も大幅に切っているんじゃないかな。たしかに15%はめちゃくちゃ高い数字だからそこまで出せとは言わないけど、せめて予算が1%あれば、東京や六本木もかなりアートで活性化すると思うけどね。
悲しいことに行政だけじゃなくて、日本の企業や資産家もアートにお金を出さないよね。5年くらい前かな、オランダの美術館が日本の文化を紹介する展覧会を企画したんだ。美術館側はオランダに支社を持つ日本の企業が協賛してくれると思って声をかけたのに1社も乗ってこない。キュレーターが「信じられない!」って怒ってたよ(笑)。もっともな意見だよね。海外の美術館がわざわざ他の国に関する企画をやろうとしているのに、その国とか企業がお金を出さないなんて考えられないことだから。
俺が数年前にアメリカでやったプロジェクト『Discovering Columbus』も、支援してくれたのはアメリカの企業や資産家だった。全部で2億3千万円くらいかかったんだけど、ニューヨーク市長がこのプロジェクトの許可を出し、さらに彼の会社が制作費の1/3を出してくれた。ポケットマネーで5千万円くらいを出してくれる個人も含め、そういう人たちがアメリカには多数いるんだ。国や自治体はもちろん、日本の企業や資産家の人たちも若手アーティストの作品を買う、アートプロジェクトを支援するということが、もっと日常的になればいいなって思うよね。
Discovering Columbus
そういえば、街とアートについてすごく感動した話があるんだ。1980年代90年代は殺人率が世界でもっとも高かったコロンビアのメデジンという都市があって、その原因であるメデジン・カルテルという麻薬密売組織のボスが殺された1993年以降治安もよくなったけど、まだまだ日本じゃ考えられない状況が見られる街なんだ。道端の土管に人が住んでいたり、日本でいう小・中学生くらいの女の子が街角で娼婦として立っていたり。
街を立て直すためメデジン市が取った策は"アートで街を再生しよう"っていうことだった。荒んだ民衆のために公園で無料のコンサートを開催したり、美術館の入場料をただにしたりということをやり始めたんだ。
世界的に有名な彫刻家のフェルナンド・ボテロもメデジン出身で。彼も故郷を再生したいという思いで、自分の作品をたくさん寄付しているんだよね。それも、ひとつやふたつじゃない。高さ5mくらいある何億円もするような作品が街中のいたるところに置かれている。そのボテロの懐の深さにも、アートで再生しようという街の取り組みにも、実際に再生し始めていることにも感動したな。世界で一番好きな街を聞かれると、常にこの街をあげるぐらい気に入ってるんだ。
フェルナンド・ボテロ
東京でも、自治体が「アートで東京盛り上げたい!」と予算をつぎ込んで、トリエンナーレみたいなことをやれるといいんだけどね。そんなにむずかしいことではないはず。いま、政治家を見ると60、70歳の人ばかりでしょ? 最近は日本の将来が俺にとっての大きな関心事の一つなんだけど、これから税金を払って日本国に貢献する若者を支援しないでどうするのっていう感じだね。
良い作品を見せることで人々の想像力が拡張してゆき、規制に縛られない柔軟な考えができるようになっていく。そうすれば、世界でいちばん厳しいと言われる日本の規制も少しずつ緩和されていく。世界を回って強く思ったこと、それは世界で一番アートが必要な国は日本だということ。アートは古い価値観をぶっ壊しながら新しい価値観を立ち上げていく作業だから、アートはまさに今の日本にもっとも必要なものと言えるね。
取材を終えて......
とにかくパワフルでフランクな西野さんの人柄に、編集部スタッフも魅了されてしまった今回の取材。撮影は、21_21 DESIGN SIGHTで展示中のご自身の作品『カプセルホテル21』の中で。実は、このインスタレーション空間に滞在できるイベントに、編集部スタッフも参加したのですが、その感想を西野さんから逆インタビューされる場面も。本イベントは数回行われる予定なので、ぜひ21_21 DESIGN SIGHTのホームページでチェックを! (edit_akiko miyaura)
西野 達 ホテル裸島 リゾート・オブ・メモリー