進化するテクノロジーが、音楽を、街を、もっとおもしろくする
YUKI、Superfly、ゆず、エレファントカシマシ、木村カエラ、Chara、JUJU...。現在の日本の音楽シーンを代表する数々のアーティストたちへの楽曲提供やプロデュース、アレンジを手がけてきた蔦谷好位置さん。たしかな技術と知識、伝統を重んじながら常に新しい領域での活動を続けてきた蔦谷さんが語る、音楽の進化に必要なこと、六本木の可能性、終わらないクリエイションへの挑戦について。
人は歳を取って知識と経験が増えると、だんだん新しいものを取り入れるのが難しくなっていきます。その流れで、昔のものしか評価しないという"頑固親父化"している人もいますよね。
そんな状況を変えるためには、テクノロジーを扱う人たちともっと密接になって「どんな面白いことができるか」を考えたほうがいい。NAMMショー(毎年1月に米国で行われる世界最大規模の楽器ショー)を見ると、常に革新的な発想でつくられたシンセサイザーやギターがある。新しい技術と音楽が一緒にできることはなんだろう?と、ぼくはよく考えています。
最近Instagramに、自分のつくった曲を動画で撮って載せたんです。冗談で「誰か歌ってくれないかな?」と書いたのですが、その1週間後くらいに歌とPVをつくってくれた人がいたんです。しかも、それがけっこうよかった。それでぼくから「フルサイズでつくりましょう」と連絡をして、何度かやりとりしたのちに実際に会うことになったんです。SNSのスピード感のすごさはもちろん、メジャーとかインディーとか、大御所とか無名とか、そんなのに関係なく、みんながフラットになれることを実感しました。
海外とのやり取りももっとリアルタイムになってきて、いずれは作曲や映像制作まで一緒にできるようになるでしょう。そのとき、制作・演奏のプラットフォームとなるようなスタジオ、あるいはライブハウスのような音楽の複合施設が六本木にあったら面白くないですか。
今年のコーチェラ・フェスティバルはすべてYouTubeライブで配信されましたが、同じように東京でやっているライブをリアルタイムで世界に発信することもできるはず。六本木のどこかのビルでやっているライブが、世界に生配信されて、そこに参加したい人はインターネットを介して参加できる。そんな未来はそれほど遠くないと思うんです。スペインのギタリストと、リオのパーカッショニスト、東京の三味線奏者が、バーチャル空間で一緒にライブができる──そういう場所ができたら面白いし、六本木にはそれを実現するテクノロジーをもっている人がたくさんいますよね。
コーチェラ・フェスティバル
インターネットで面白い人を見つけるのも好きですが、実際に人に会って感情を揺り動かされることも音楽づくりのインスピレーションになっています。たとえば、ある日、鶴瓶師匠の落語を見に行ったときのこと。その集中力と、笑いの盛り上がりの瞬間の照明効果なども含めて、とても素晴らしかった。ぼくは人と話したり、高揚したり興奮したり、あるいは安らいだり怒ったりすると頭のなかで音楽が鳴って曲になることもあるのですが、鶴瓶さんがあの歳で新しい創作をしている姿を見ているとだんだんと自分のなかで音が鳴り始めて。曲ができてしまったので、急いでチケットの裏に楽譜を書きおこしました。
それから、金沢の「太平寿し」という有名なお寿司屋に行ったときに出会った職人さんの話がインスピレーションに繋がったこともあります。もう70代くらいの方だったのですが、話を聞いていると常に寿司の研究を重ねて、とにかくクリエイションをするのが大好き。「いまどんな寿司をつくりたいんですか?」と聞いたら、「でっかい寿司つくりたいんですよ」って(笑)。「でかい寿司なんてまずいとは思うんですけど、でももしかしたら面白いかもしれないと思いまして」と。そう言いながら、出てくる寿司がめちゃくちゃうまい。発想の自由さを捨てていない姿がかっこいいと思いましたね。
鶴瓶師匠も太平寿しの職人さんも、技術と知識がある人が、伝統を知ったうえで新しいことにチャレンジし続けている姿がすごくパンクでかっこよくて。ぼくがこれまでに培ってきた、でも忘れていた引き出しを開けてくれたような気がしました。
ぼく自身も音楽プロデューサーとして、たしかなスキルと知識があったうえで、ひらめきや爆発力を持ち続けたいと思っています。オールジャンルの音楽をやるので、膨大なスキルと知識がないといけない。フルオーケストラも、ジャズのビッグバンドの譜面も書けなきゃいけない。パンクロックのスリーピースバンドのアレンジもやれば、EDMもヒップホップもつくれなくちゃいけない。得意な領域だけを扱うのかたくさんのジャンルで活動するのかは人それぞれですが、ぼくの場合はやったことがないことばかりをやりたいから、常に勉強し続けることが必要です。いつかは演歌もつくってみたいし、海外のミュージシャンとも一緒に活動したいと思いますね。
音楽のプロとして、音楽をつかって街をどんなふうにおもしろくできるのか?たとえば、「六本木の音」をひとつつくって、駅で電車が来たとき、信号が青になったとき、六本木の建物の扉が開いたときに、鳴らすというのはおもしろいと思いますね。レストランでお皿を置いたときにその音が鳴ったり、あるいはトイレの水を流す音に使ったりしてもいいかもしれません。その音を使っていろんなアーティストが派生した曲をつくって、街中でライブをやって、それを中継して世界中の人に届けて...。そういうことができるのであれば、ぜひぼくがその六本木の音制作に携わりたいです(笑)。
とにかくつまらないことが苦手で、常に楽しいことをしていたい。映画でも音楽でもスポーツでも、輝いているものが好きで、憧れがあるんだと思います。いま話した「六本木の音」のアイデアもただの妄想ですけど、思いついたことはどんどん言っていったほうがいい。そうすると、周りが助けてくれるんです。
取材を終えて......
常に新しいものを追い続けていたい──。蔦谷さんのこの姿勢は、ARといった新しいテクノロジーや、SXSW、コーチェラなどの世界の最前線の人やものが集まるイベントに関するトピックが次々出てくる話のなかでも感じることができた。「音楽に知名度は関係ない」という考えも、まさに蔦谷さん自身が証明してきたことである。ビジョンと行動が一貫し、人や作品をフラットにとらえる気持ちのよい人だった。インタビューでは真剣に言葉を選びながら答えてくれたのと同時に、ところどころユーモアのある話もあり、取材は笑いの絶えない時間となった。