デザインに興味のない人たちが集まる展示やワークショップを六本木で
キヤノンのデジタルカメラ「IXY Digital」のチーフデザイナーを務め、国内外で数々の賞を受賞しているプロダクトデザイナーの清水久和さん。瀬戸内芸術祭で展示された「オリーブのリーゼント」「愛のボラード」でも話題を集め、2017年2月3日から東京ミッドタウン・デザインハブで行われる「地域×デザイン2017」でも、その取り組みが展示されます。そんな清水さんが語る、未来のプロダクトデザインとは?
日本のデザインって、「いいデザインってこういうもの」というのが決まっていて、そこで終わってしまっているのかな、という気がしています。たとえば音楽だったら、クラシックがあって、ジャズがあって、ロックがあって、いろんなジャンルそれぞれが成熟して文化になっていますよね。でも、デザインは、まだそこに達していない。
「愛のバッドデザイン」にしても、もっと違う視点がありますよ、こういうのもグッドデザインですよ、っていうことを伝える活動のひとつ。もっとデザインの裾野を広げたいし、いろんなデザインが登場していい。いろんなデザインがないと文化は成熟しないし、たくさんの人を巻き込めないですから。
そういう意味で、すばらしいなと感じる街はパリ。街なかのギャラリーを見ても、さすがはフランスというか、扱うジャンルの幅がとにかく広い。何でもあり、何でも評価されるのは、デザインやアートに対する感受性が相当成熟しているからでしょう。
2008年に、「日本史展」という個展をしたとき、パリにあるダウンタウンギャラリーの人が見にきてくれて、私の「鏡の髪型」という作品シリーズを買い上げてくれたんです。本当に売れるのかなと思っていたら、「長谷川平蔵」というモデルはパリの会計事務所が買ってくれたし、私が泊まっていたホテルの前のレストランに、たまたま「井伊直弼」が飾ってあるのを見たこともありました。1万ユーロもするあの鏡を普通の人が買う、やっぱりフランスってすごい! と感じました。
鏡の髪型
デザインの未来を想像すると、私は、すごく充実していくと思っているんです。シンプルだったり、装飾的だったり、未来志向だったり、懐古趣味だったり、いろんな種類のデザインが出てきて、それをいいというファンが集って、デザインという世界が掘り下げられてどんどん広がっていく。遠い未来かもしれないけど、そうなると思うし、そうなってほしいな、と。
今、テレビショッピングなんかを観ていると、掃除機とか炊飯器とか、とてつもなくひどいデザインのプロダクトがたくさん売っていますが(笑)、ああいうものもきっと全部よくなるでしょう。だって裾野が広がって、買う人の意識が上がれば、当然デザインのレベルも上がるはずですから。
といっても、ただスマートでかっこいいデザインばかりになってほしいというわけではありません。だって、家の中全部がデザイン家電みたいになったら、なんだか味気ないですよね。なにより、スタイリッシュすぎて無機質な部屋で子どもを育てるなんて、絶対ダメ。子どもって、雑多な中で感性を育んでいくものだから。
重要なのは、やっぱり昔のものを研究すること。触感でもいいし、匂いでもいい、それを記憶に残していくことが大切でしょう。最近、テレビで時代劇を見ていて、ふと、刀ってどうやって差しているのかなと思ったんです。あれだけ刀を2本差している時代が長かったのに、江戸時代からたった150年くらい過ぎただけなのに、ほとんどの人が知らない。
小豆島のワークショップでも、かつらをつくってリーゼント体験をしたことがありました。リーゼントって重くて垂れちゃうので、姿勢がよくなって前向きな感じになるんです。バカバカしいけれど、それだってやってみたからこそわかること。
スマホの画面で見るだけじゃなくて、実際に着てみたりやってみたり。実体験として、いろんなことに触れるのって、とてもすばらしい。それが未来のクリエイティビティにつながると思うんです。そういう意味では、まげを結って、侍のコスプレをするワークショップも面白いかもしれない(笑)。
国立新美術館の中にあるミュージアムショップ「スーベニアフロムトーキョー」で個展をやらせてもらったときに、小学生向けのワークショップをやったことがあります。六本木の街を歩いて「愛のバッドデザイン」を探して、写真を撮ってプレゼンをして、本をつくってもらって。
国立新美術館がオープンしたばかりだったから、わずか10年くらい前の話ですが、さっき裏通りを見たら、めちゃくちゃ変わっていました。僕も、学生時代からディスコの「タマツバ(玉椿)」に踊りにきていたし、大人になってからも仕事でよくこのあたりを訪れていますが、懐かしい街並みは全部なくなっちゃった。ここ10〜20年でこんなに隅々まで開発された街って、なかなかないですよね。
思い出の街が跡形もなくなってしまったわけだから、地元の人も、きっとさみしいんじゃないかと思うんだけど、違うのかな。今日撮影したあたりの風景なんて、かろうじてポコッと残った、まさに街の記憶ですよね。今、六本木にあるような無機質なガラス張りの建物って、記憶として残っていくんだろうか、いつか懐かしいと感じられるようになるんだろうか......って考えたりもします。
最初にも話したとおり、極端な話、デザインファンは勝手に興味を持ってくれますから、それ以外の人たちに向けた何かをやってみたいですね。たとえば、デザイナーじゃない人たちが集まって、自分の思い出のデザインを展示するとか。ぬいぐるみが好きだった人は、それを持ってくればいいし。
デザインに興味がない人って、製品が目の前にあっても、どこを見たらいいかわからないんですよ。「愛のバッドデザイン」に取っ手とか金具とか細部の話が多いように、デザインとは本来、そういう細かいディテールの集積なんです。21_21 DESIGN SIGHTはデザインの施設だから、そんな見方を養える展示やワークショップなんて、ぴったりでしょう?
いいデザインばかりの明るい未来をつくるには、普通のおじさんとかおばさんとか、お兄ちゃんとか、デザインとは無縁の人たちが見ても「これがデザインなんだ」「デザインって楽しそう」と感じられることを、どんどんやっていかないといけない。時間がかかりますよね、本当に(笑)。
地域×デザイン2017
取材を終えて......
今回は「愛のバッドデザイン」を探して、六本木の街をブラブラと。清水さんが「一枚の絵みたい」と語った街並みをバックに撮影しました。ちなみに、デザインハブで開催中の「地域×デザイン2017」は、2月26日(日)まで。そちらも、ぜひご覧ください。(edit_kentaro inoue)