知っている人だけが動かせる六本木の裏技集をつくりたい
現在、六本木ヒルズ展望台 東京シティビューで開催中の「HUAWEI presents 星空のイルミネーション」。同イベントで展示されている「星にタッチパネル劇場」をはじめ、コカ・コーラの「自販機AR」など、話題の作品を数々手がけるAR三兄弟の川田十夢さん。なんでも六本木でやってみたいことがあるそうで......。
水木しげるさんが大好きで調布に住みはじめて、それからずっと住んでいるんですけど、調布はいい街ですよ。東京の端っこの都市としての顔もあるけど、変に緑が多かったり、地図に載ってるかどうかもわからない坂道があったり。油断していると、マジで妖怪が出てくるんじゃないかっていう雰囲気がある。だから水木さんも住んでいたんでしょうけど、変なことが起こりそうだなっていう"妖気"があって。
鬼太郎が名誉市民だし、水木さんの命日には、市役所の職員がみんな鬼太郎のコスプレをしてましたから。『ジョジョの奇妙な冒険』の第5部に登場するブチャラティみたいな格好したおばさんが、普通に商店街を闊歩していたり。謎が多い町なんですけどね(笑)。
僕はARって、妖怪みたいなものだと思っているんです。たとえば「座敷わらし」にしても「からかさ小僧」にしても、すべて何かしらの根拠があって形成されている。自然現象とか言い伝えが由来になっている場合もあって、冬は寒さが厳しいからちゃんと窓は閉めておけよとか、危ないから子どもを夜中に歩かせないようにっていうことを、メタファーとして伝えるために妖怪がいる。言ってみれば、警句の擬人化なんですよね。
稲川淳二さんだったら「嫌だな、嫌だな」って言いそうなことを形にしたのが妖怪。根拠はあるけれど、まだ形になって現れていない、聞こえていない、さわれないものを見せる。ARも、何か根拠があって何かを出すというのは同じなので、近しい概念だと思います。
前回のクリエイターインタビューで、Takramの田川欣哉さんが、今は「視覚依存にした時代」で、視覚→聴覚→触覚→味覚→嗅覚の順でハックされていくという話をされていました。
メディアの中核は、視覚と聴覚による入力と出力によって構成されています。現代人が一番肌身離さず持ち歩いているであろうスマホの表面は、無表情なガラスです。ふだん、それに慣れ親しんでいるからこそ、それだけでは補いきれない差分、つまり「バグ」が存在する。このリアルとリアリティの間に存在する差分、違和感の集積が「悪夢」です。走っているのに地面が軟質で足が取られてしまうとか、パンチを繰り出しても拳(こぶし)がグニャグニャになってしまうとか。夢にバグとして出現しやすいものの順番に、リアリティが実装されてゆきます。
「視覚→聴覚→触覚→味覚→嗅覚の順」という、いわば生物学的な進化とは逆の順番。頬をつねると、夢かどうかわかるっていうけれど、僕はある時代までは夢の中でも実際に痛かったんじゃないかと思っていて。要するに、今、僕たちは視覚世界を生きているから視覚ベースの夢を見てるけど、触覚で夢を見てた時代もあるんじゃないかなと。たとえば土偶は、触覚記憶媒体だったような気がしてます。目で見るのではなく、指でなぞってみると正解がわかる。博物館とかでガラス張りで土偶が表示されているのを見ると、スマホ社会の先読みだったなと感じます。
今はまだ、ARとかVRとか、視覚や聴覚寄りの技術がクローズアップされています。でも近い将来、きっと味覚とか嗅覚のような、より原始的なリアリティが記録・再生できる時代がやって来るでしょう。
たとえば、調理師が使うような業務用の嗅覚センサーはすでにあって、数十万種類の匂いを判別できます。それがスマホに搭載されたら、おいしそうだなって思ったものは、写真とともにスキャンしておけばいいんですよね。
さらに嗅覚から味覚に変換する技術は、食品メーカーとか香水メーカーがすでに持っていて、フレーバーを化学調味料や香料で再現できる。おいしそうだなと思ったらセンサーで嗅覚情報を撮る、それをRGBみたいな感じでレシピとなる味覚情報に変換して、ふりかけにして出力するっていうのもない話ではないし、現在の技術だけでできること。
だから、そのうち料理は嗅覚情報撮影禁止になるかもしれませんね。そこでまた妖怪の話に戻ると、「妖怪Bluetooth」とか、猫娘ならぬ「Wi-Fi娘」とか、新しい妖怪も登場するはず。なんか青い歯型がついてるなと思ったら......それは、妖怪Bluetoothの仕業(笑)。
そろそろスマホで持ち歩けるサイズになるという意味で興味深いのは、2眼カメラと赤外線センサー(3Dセンサー)。メジャーで測らなくても一瞬にして測量ができるようになるので、とても可能性を感じています。
かつてのARは、2Dの特徴点をベースにして擬似的に空間を把握するようなものでしたが、このセンサーの刷新によって空間や建物により厳密なレイヤードができるようになります。実際に僕らがつくったものでいうと、モノに記憶を残せるアプリ。たとえば今、横にいる人を撮影して、目の前にある紙コップをマーカーに設定します。すると、紙コップが記憶メディアになって、スマホをかざすと映像が再生できる。
プレゼントに今日の気持ちを記録して、その記憶ごと渡せる。今のところは2D技術で設計してあるので、これと同じ紙コップを厳密に区別することはできないですが、3Dセンサーを絡めると、それも可能になるでしょう。
2017年は、この仕組みの延長線上にあるものを本気出して開発して、デファクトスタンダードにしたいと考えています。たとえば、地震で壊れてしまった熊本城の石垣を修復する募金システム。壊れた石垣にスマホをかざすと、今どのくらいの募金が集まっていて、このペースでいくとあと何年後には完成するっていう未来図を、修復のアウトラインとともに可視化できる。また自分がいくらか寄付すると、さらにちょっと直る、みたいなことです。
いろんな空間や造形ベースで配置できるので、六本木でもやったらいいんじゃないですかね。海外からの観光客向けに街を案内するのもいいし、裏技を絡めるのもいい、あのクモ(六本木ヒルズにあるパブリックアート「ママン」)を3Dで動かしてみるとか、ヒルズのエレベーターはクモが動かしていたことが明らかになるとか。現代の『蜘蛛の糸』ですよ。
最近、文学作品の世界観をテクノロジーの力で現代的に再現する試みを続けていて、昨年は安部公房の『箱男』をAR/VR化してみました。有名文学って世界中の人が知ってるから、もし『蜘蛛の糸』が実装できたら、楽しんでもらえるんじゃないかな。
箱男 -AR BOX MAN-
ふだん身に着けているものの中にチップコンピュータを埋め込む「ウェアラブルコンピューティング」って、あるでしょう? 僕あれに一番ぴったりなのは、入れ歯だと思っているんです。たとえば、おじいちゃんの入れ歯に無線LAN機能をつける。もうちょっとしたら体温くらいの熱量で発電・蓄電できるようになるので、そうすると、おじいちゃんはフリースポットになれるわけですよね。このおじいちゃんの周りだと、すごいスマホがつながる! って若い子が集まってきて、世代を越えたペアリングが起こるかもしれない(笑)。
僕は、必ずしも「最新のものを最新だよ」って言って見せなくてもいいなと思ってるんです。豪速球を投げたい人、新しい球種が投げたい人はそういうふうにすればいいけど、僕らはどっちかっていうと「お茶の間感覚」。実は裏ではいろんな技術が動いてるけど、簡単にすごいことができるっていうほうが、ほんとの未来っぽい。
小学校のとき、下ろしたての新しい上履きって、なんかダサかったじゃないですか。キラキラしてるだけの遠くの未来より、人間の生活に馴染んだ未来のほうが、断然かっこいい。
取材を終えて......
本文中に登場した、田川欣哉さん×ドミニク・チェンさんのインタビューも、ぜひどうぞ。ちなみに、ドミニクさんは「AIは妖怪のようなものだ」と話してくれました。(edit_kentaro inoue)