バー&レストラン、ライヴ・ハウスと映画館を併設した“カルチャーセンター”を六本木に。
1974年に来日、音楽業界をへて、DJやブロードキャスターとして活躍。ラジオ番組や著作、音楽イヴェントなどを通じて、良質な音楽を届け続けるピーター・バラカンさん。かつて六本木で働き、現在も毎週のようにこの街を訪れるというバラカンさんに、六本木の今と昔、さらに音楽とメディアの未来についてうかがいました。
もう9年間くらい六本木でラジオ番組をやっているし、それ以外にも「ビルボードライブ東京」や「EX THEATER ROPPONGI」でライヴを観たり、美術館に来たり。そもそも僕は昔、YMOの事務所に務めていて、80年代前半は乃木坂に事務所があったので、この界隈には毎日通っていました。
ライヴ・ハウス「インクスティック」なんかがあって、今の東京ミッドタウンの向かい側、龍土町界隈がすごく活気づいていた頃の話。82〜83年の六本木は、東京の中でも一番雰囲気のいいところでした。「六本木WAVE」もあったし、クラブ文化と言ったらいいのかな、本当に画期的な街だったんですね。今はレコード店は流行らないけれど、国立新美術館があったり、21_21 DESIGN SIGHTがあったり、そういう意味では、今も昔も文化面はしっかりしている街だと思います。
東京ミッドタウンができたおかげで、"こっち側"はすごくかっこよくなったし、品もよくなりました。でも、向こう側には怪しげな雰囲気が続いていて......。交差点を境にミッドタウン側と反対側が、まるっきり別々の街、2つの相容れないものが同居している雰囲気があるんですよ。だから、未来の六本木をよくするためには、"あっち側"をなんとかしないといけない(笑)。
Tokyo Midtown presents The Lifestyle MUSEUM
それはともかく、僕が一番得意とする音楽の分野でいえば、大人が気楽に楽しめるクラブが、六本木あるいは東京のどこかにできてほしいと思っているんです。そのモデルとして僕の頭の中にあるのは、アムステルダムにある「ビムハウス」というジャズクラブ。
入ると右側がバーとレストラン、左側がライヴスペース、ホールは半円形で、下りていくと一番下に演奏スペースがある。だから見やすいし、音もわりといい。食べたり飲んだりしたい人は右に行けばいいし、ライヴと食事の両方を楽しみたい人は早めに行って、食事をしてからライヴスペースに移ってもいい。
音楽に集中したいときって、食べている音が余計なときがあるんですね。ビルボードライブ東京にしてもブルーノートにしても、コットンクラブにしても、日本のクラブってどこも、食べるスペースと音楽を聴くスペースが一緒になっていて、両方が別々に楽しめるところがなかなかない。アムステルダムに行ったときに、これだ! って思って。
ビルボードライブ東京
もうひとつ東京には、いい意味で場末っぽいバー兼クラブもないんですよ。つい先日、ニューオーリンズに行ったときに訪れた「メイプルリーフ」という店は、左側に長いバーがあって、壁をへだてて右にライヴスペースがあるんです。つながってはいるんですけど、やっぱり別々。ビムハウスとはまた違う、大衆的な雰囲気がすごくよかったです。
東京だと、どうしてもおしゃれ感を出してしまいがちだけど、そうじゃなくて本当に気軽に、安い料金で音楽を楽しめる空間がひとつくらいあったらいい。たとえば、横浜にある「サムズアップ」という店は、まさにアメリカの南部のような雰囲気。高円寺とか新宿にもそういうライヴ・ハウスはあるんだけど、どこも狭いんですね。東京は家賃が高いから、難しいのかもしれないけど。
ちなみに、ビムハウスは外を見ると運河が流れていて、その眺めもなかなかよくて。たとえば天王洲の寺田倉庫あたりに、そういうクラブができたらいいなあ......って、いつの間にか六本木の話じゃなくなっちゃいましたけど(笑)。
よく「バラカンさんは日本人なんですか?」って聞かれるのですが、自分のアイデンティティを国家にダブらせたことはありません。大学を出た1年後からずっと東京に住んでいるけれど日本人ではないし、かといってイギリス人でもない。しいて言えばロンドン人。だって今年の夏、初めてリヴァプールに行ったくらいで、イギリスっていったってロンドン以外ほとんど知らないんですから(笑)。
とはいえ、42年も住んでいますから、基本的には東京が好きなんだと思います。でも住んでいると、いい面も悪い面も全部見えてくるもので......。
たとえば、僕が好きなところは、銀座から日本橋にかけての中央通り。道もまっすぐで、きれいにビルが並んでいて、本当に都会らしい感じがする。あとは浅草とか、ざっくばらんな雰囲気の下町も好き。もちろん街そのものがいいなと感じる場所もあるけれど、下町ってとにかく人がいいんですよ。
NHKワールドで「Japanology Plus」という番組をやっていて、いろんなところに取材に行くことがあります。昨日も、町屋にある何十年も同じお菓子をつくっている町工場を取材したんですけど、ものすごく人がよくて。最近電車なんかに乗ってると、東京の人はみんなストレスにやられて温かみがないと感じることが多いんですが、ときどき下町に行くと、もっと人間らしくやってるなという印象を受けます。その人間らしさを、六本木あたりにも取り戻す方法はないものかな。
Japanology Plus
今は住んでないからなんとも言えないけど、ロンドンも、もうちょっと温かみがあるんじゃないかって思うんです。ロンドンの中心部はわりとまとまっていて、歩いて回れるんですよ。東京は中心部がもっと広くて、42年間暮らしていても、まだまだ行ったことのないところがたくさん。みなさんだって、山手線で下りたことのない駅、けっこうあるでしょう?
なにより、東京はとにかく人が多い。ついこの前、番組のファンの人から「東京に行くから会えないか?」って連絡がきて、新宿駅の近くで待ち合わせたら、案の定迷っちゃって。僕も40年前、日本に来たばかりの頃まったく同じように新宿駅で迷ったことがあって、パニックに陥りましたから(笑)。
東京ってメディアに振り回されがちで、地に足が着いてない感じがありますよね。ロンドンとの一番の違いは、もしかするとそういうところかもしれない。ときどき宙に浮いてるというか、流されてしまっていると感じるときがあるんです。
世界を見てみると、今年はイギリスのEU離脱とか、トランプの大統領就任とか、まさかの事態が続いていますが、どちらも大都会にいない人たちの不満というか閉塞感が爆発したような動きですよね。これから、日本や東京はいったいどうなってしまうんでしょうね。