アートに頼るのではなく、六本木自体がアートになる。
広告会社のアートディレクターとして数々のキャンペーンを手がけるかたわら、国内外でインスタレーション作品を発表、ガラス製たまごのテーブルウエアシリーズ「バーンブルックのたまご」などのオリジナルプロダクトに、フィギュアスケート高橋大輔選手のコスチュームデザインなどなど、えぐちりかさんの仕事はとにかく多彩。広告クリエイターであり、アーティストでもある、えぐちさんならではの人を楽しませる街のつくり方とは?
つい最近、地元の帯広に帰ったとき、私はなんて忙しい時間を生きていたんだろうって感じたんです。東京にいると当たり前だと思っていたけれど、自分がちょっとおかしいってことに気づけなくなっているんですね。帯広にいると頭がすごくクリアになるし、そこに住んでいる人たちが大事にしていることも、東京とは全然違う。「ああ、気がつかないうちに、かっこつけて生きてたんだな」って思って、自分が背負っていた鎧を剥いでもらった気がしました。
田舎は不便なことも多いけど、それでも生活がちゃんと成り立っているところに、すごくヒントがありますよね。ああ、こんな感じでもやっていけるんだ、しかもむしろそのほうが豊かなんだって。
旅をしていて、私が好きだと感じる場所は、今まで自分はこうだと思っていたけれど、それだけじゃないって思わせてくれる、こんな価値観で生きていた自分が恥ずかしくなるような街。
だから場所は、田舎か最先端か両極なんです。田舎が帯広だとしたら、最先端はニューヨーク。ちょっと前はチェルシーが面白いって言ってたのに、今度はブルックリンだとか、いやいや今はもう違う場所だよとか、そんなに変わっていく街って、なかなかないですよね。
行くと知った気になって、そのとき流行っている場所を楽しむんだけど、1年後はもう変わっている。もちろんパリとかも面白いけれど、ヨーロッパの街はまず伝統があって、そこに新しいことをかけ合わせていう感じ。でもニューヨークは、とにかく常に新しいものを提案していく実験的な場所で、ダメなものはすぐに消えてしまう。人に合わせていくんじゃなくて、人を変えていくような街。
日本って、一度開発されてしまうと、街にあるコンテンツもターゲットも大きくは変わらないですよね。ニューヨークに行って新しいものに触れると、東京ってまだまだなんだな、って感じるんです。しばらく行ってないので、私ももう語る資格はないんですけど......。でも、もし東京や六本木が面白い街でいたいのなら、やっぱり変わることを恐れないほうがいいと思うんです。
仕事では、少し尖った表現が多いように思われているかもしれませんが、最近は「人が幸せに生きるって、どういうことだろう?」って、いつも考えながら仕事をしています。どこで、どういうふうに暮らして、どんなふうに働くのがいいのか。昔はもっとやんちゃで、面白いことが大事だったけれど、アラフォーにさしかかって(笑)、自分の人生を見直しながら仕事をしているので。
たとえば、下着の広告をつくるにしても、売ることにつなげるのはもちろん、新しい女の生き方とか、新しい女性像を表現してみたいとか。商品の持つイメージの幅を広げて、下着ってこんな側面もあるんだとか、見た人にわくわくしてもらえるようなもの。目を引くビジュアルを目指しつつ、その中で新しい考え方や生き方を提案したいと思うようになりました。
他にもファミリー層向けのファッションの仕事なら、こんな家族のあり方もOKなんだ。育児教材のデザインなら、「育児教材ってこんな感じ」じゃなくて、それがあることで手にする人の気持ちが上がって、赤ちゃんと遊ぶ時間が輝くようなものを目指す。
やっぱり人の気持ちを前向きにしたり、楽しくさせてくれるのは、すてきなモノやうれしいこと、一つひとつ。広告にしろ作品にしろ、自分がつくるものは人を楽しませたり、日々のカンフル剤になるようなものにしたい。もちろん簡単なことではないのですが、そういうことのために時間を使いたいと思うようになりました。
つい最近も子どもが入院して、あらためて感じたんです。全部がうまくいってると欲ばっかり出て、ついあれもしたいこれもしたいって思ってしまうけど、人生ってそんなにうまくいくことばかりじゃない。だからこそ、自分がつくるものが少しでもだれかの元気につながるものになるといいなと。たぶん世のアラフォーはみんな、生き方やライフスタイルに興味があるだろうし、だいたい同じようなことを考えてるんじゃないかなあ(笑)。
よく「広告の未来がどうなるか」って聞かれるんですけど、そんなのわかっていたらつまらないですよね? きっと六本木の未来だって、そうだと思うんです。
今はブログやSNSなど、一般の人もある意味でメディアになる時代、どんどん想像もつかないようなメディアも登場するだろうし、広告との出会い方や出会う場所も変わり、個人個人にカスタマイズされていくでしょう。でも出会い方は変われど、人が感動することって、昔からそんなに変わっていないと思うんです。
だからこそ、人間ってどういうものなんだろうとか、普遍的なところにも目を向けていく。私が興味があるのは、目の前にいる人たち。だから、あんまり未来のことは考えていないし、きっとこうなるでしょ、みたいなことから逆算して何かをつくることもありません。
未来なんて考えるくらいなら、今面白いことを広げていくほうが大切。結局、未来って今の蓄積でしかないですから。
スーベニアフロムトーキョー
取材を終えて......
この日のメイン写真の撮影は、えぐちさん作の絵本『パンのおうさま』を販売している「スーベニアフロムトーキョー」で。インタビュー時間が短く「すごい巻きですみません......」と言いながら語ってくれたお話に、インタビューに同席した編集部のアラフォーたちは、深くうなずいたのでした。(edit_kentaro inoue)