この街にあるコンテンツを掛け合わせた「六本木ミックス」を。
サントリー「伊右衛門」やトヨタ「LEXUS」などの広告を手がけ、六本木未来会議のアイデア実現プロジェクト#7「六本木未来大学」の第1回の授業も担当してくれたコピーライターの小西利行さん。2016年1月には、企画や発想のメソッドをまとめた『すごいメモ。』を上梓した小西さんに、六本木の未来を変えるアイデアをうかがいました。ちなみに、インタビュー&撮影が行われたのは、小西さんの会社POOLが運営する、西麻布の「スナックだるま」です。
僕にとって一番最初の六本木のイメージは「タクシーが全然止まらない街」。ちょうどバブルが終わったばかりの頃に会社に入ったので、先輩に連れられて飲みにきて帰ろうと思ってタクシーを停めると、ウィーンって窓が開いて運転手さんに言われるんです。「どこまで?」「横浜までです」、「いくら?」「4万円でどうですか?」、「じゃあ他の車あたって」。
タクシー券ぐらい持っていない限り乗れない、タクシーが最高に強かった時代。最近でも、クリスマスなんかはつかまりづらいけれど、あれが毎日起こっていました。当時、先輩が好きだった「シシリア」というイタリアンレストランに週1くらいで通っていて、深夜12時とか1時を回ると、もう帰れない。で、キャバクラに連れて行かれて朝3時......だから、六本木イコール非常に怖い街だったんです(笑)。
シシリア 六本木店
昔は、海外っぽいというかダークなイメージ。それが六本木ヒルズができて、東京ミッドタウンができて、最近は海外からの観光客もすごく多いですけど、すごくクリーンになりましたよね。でも、いまだに年上のおじさんと飲むと、やっぱりキャバクラ行こう、ってことになる。まだ行くんだ? と思うんですけど(笑)、ヒルズとかミッドタウンにある先端の企業や文化と、ディープな昭和のおじさん文化が融合中、という状態は嫌いではないですね。
最近は「スナックだるま」ができたので、一番よくいる街になりました。でも、次の日朝早いのに、ここに来ちゃうと"引っかかる"可能性があるんですよ。博報堂で同期だった嶋(浩一郎)くんがいると「まさかおまえ、帰るんじゃないだろうな?」ってことになるし、コピーライターの大御所の方とか、Googleの人をはじめ、近所に事務所を構えてるクリエイティブな人たちが来てくれるので。知り合いが多くて面白いですけど、帰らせてくれない怖いおじさんがいっぱいいる。相変わらず恐ろしい街ですよ、六本木は(笑)。
スナックだるま
この「スナックだるま」は、最初はスナックじゃなくて、オムレツと焼きタラコの店にしたかったんです。20年くらい前、有楽町の交通会館に大好きな定食屋があって、オムレツ定食に焼きタラコをつけると1,200円くらいするんだけど、むちゃくちゃ人が並んでいる。それを復活させたいと言ったら、飲食のプロに「まったく儲からない」と一蹴されて。
場所が六本木界隈だったので、「小西さんが行きたいと思う飲み屋とかバーがいいんじゃないですか?」ということで、ネオスナックというか、スナックなんだけどおいしいものを出して普通に人が入ってこられるような場所はどうかな、と思ったんです。ちなみに、メニューにオムレツと焼きタラコはありませんが、最近料理が得意な人も入ったので、いつか出せる日がくるかもしれません。
雑誌にも「歌わないスナック」と書かれているように、この店、カラオケはあるけどマイクはないんです。店をはじめるとき、事務所のスタッフに「スナックだったらカラオケでしょう?」と聞かれたんですが、人が大きな声で歌ってるのってイライラするじゃないですか。嫌だと言うと「だったらマイクは置くのやめましょう」と。それは画期的、と思って。
結果的にカラオケを置いたのは大正解で、知っている曲が流れると、昔の歌声喫茶みたいに小さい声で口ずさむ人もいるし、「歌詞を読む」というのがここの文化になっている。コピーライターという職業だからかもしれませんが、歌詞を読んで「そういう意味だったのか!」って気づくのも楽しいし、「深いですね」とか「iTunesで探して買ってみました」というお客さんもたくさんいますね。
昔から昭和歌謡が好きで、日本のポップスとか演歌の楽しみ方を提案できたらいいなあと思っていたんです。先日、下北沢の書店「B&B」で、嶋くんとやった中島みゆきの歌詞について語るイベントがすごく好評だったので、今度はここで第二弾のセッションも企画しています。
この間、六本木未来大学で「居酒屋ミックス」というアイデアのつくり方を話しました。その六本木版をやってみたら面白いんじゃないですかね。この街にある飲食店や会社や施設に、自分たちはこんなことが提供できるとか、こんな面白い人がいるというのを言葉にしてバンバン出してもらって、それをいろいろ勝手に掛け合わせて「見たことないワード」をつくって、それを実現していく。これって絵では不可能で、言葉を使わないと、おそらくできないことですし。
居酒屋ミックス
自分たちができることって、たいしたことないと思ってあまり言わないことが多い。でも実際は他人が見れば面白いことも多いんです。だから、六本木の中にどれくらいのコンテンツとしてのパワーが埋もれているのか、誰にもわからない。「六本木ミックス」はその可能性を発掘してくれると思います。ワークショップ形式でやってもいいし、実際にビジネスにしていくのもいいですね。
おそば屋さんでは、もちろんそばが提供できて、Googleでは検索が提供できる、じゃあ「そば検索」をやったら、いったいどうなるのか。「ITスナック」とか「キャバクラデザインウイーク」とか......。もっと変なものもいいですよね。人工知能のテクノロジーを持っているところと、読むだけのカラオケをやっているウチの店が組んだら何か面白いことできるかもしれない。飲み屋と子どもでもいいし、アートと映画でもいい。企業と店舗、人と組織、こういう六本木未来会議みたいなプラットフォームを使ってやれたら、超面白いですね。「居酒屋ミックス」ならぬ「六本木ミックス」、なんだか「六本木心中」みたいな響きで、懐かしいし(笑)。
これをやると、いろいろなものが交わって流れはじめる、まさに「交流」が起こります。今までは街の飲み屋がその役割を果たしていたんでしょうけど、それを外に引っ張り出す。普通は、六本木で何かやろうってなったら、美術館がたくさんあるからアート展を、みたいなことになるじゃないですか? 六本木アートナイトのようなイベントはもちろんすばらしいですが、5〜6店舗くらいのもっとプライベートなところからはじまる活性化。きっと、面白かったから今度は店に行ってみよう、ってなるんじゃないかな、と。
コピーライティングっていうと、世の中的には広告のものと思われていますよね。「コピーライターです」と名乗ると、「ポスターに一行の言葉を書く人でしょう」ってなるんですけど。おそらく、広告的コピーライティングは、コピーライティングという領域の中のたぶん1割くらいだと思うんです。デザインに例えれば、建築も一種のデザインだし、エディトリアルとか広告、ファッション、いろんなジャンルのデザインが集まって「デザイン学」みたいなものができあがっている。コピーライティングもそれぐらい広がりがあると僕は思います。
そもそも僕は、コピーライティングを、言葉を人に伝わるように変えてあげることで世の中をスムーズに動かすための技術であり、アイデアを生む装置ととらえています。アートの中にももちろんコピーは必要だし、ウェブとかIT系のコードを書く人たちにも、政治にも経営にも福祉にも必要。世の中はすべてコピー(言葉)でできている、って考えていくと、実はいろんなところに活躍場所はあるんです。
今、クリエイティブ・ディレクターが、企業のトップと組んで経営に関わったりしていますが、それと同じように企業の中にはコピーライターが必要。社内文書を明確化したり、シンプルなコンセプトをつくったり、世の中に何かを発表するときもコピーライターを通したほうが、絶対にコミュニケーションしやすいはずですから。
実際、すごい会社には、そういうスキルを持った人がいるもの。たとえば、僕が担当している一風堂には、外に出すワードをすべてチェックしている担当者がいます。だから大企業ではないけれどブランドが強い。創業者の河原成美さんも、すごい言葉のセンスを持っていて、スティーブ・ジョブズかっていうくらい、句読点の位置ひとつにまでこだわりがある。まあ、僕らがいつも話しているのは、チャーシューは極厚か肉厚かどっちかな? みたいな話ばかりなんですけど(笑)。
コピーライターは、企業の相談役で、広報役で、社内メッセージの制作者で、かつコンセプトをつくって世の中を動かしていける人。いろんな世界にコピーライターがいたら、世の中がむちゃくちゃスムーズになるはず。世の中の人がそれを理解してくれたらうれしいし、そういう方向に進んでほしいと思って、『すごいメモ。』みたいな本を書いているんです。
『すごいメモ』
コピーライターが書く「コミュニケーション語」が、ビジネスに効果を与えることを知らしめたいし、デザインと同じように、社会にとって重要な技術のひとつになって、いろんな人がコピーライターを目指してくれるように、地位を確立したい。そして、最終的にはできることなら学問化したい、というのが僕の願いですね。
今一番興味があるのは、歌詞と都市開発。口に出してみて気づきましたが、「歌詞と都市開発」って回文みたいですね(笑)。歌詞は、ストーリーそのものだから人の心にすっと入ってくる。歌詞ってすごいと思います。そして実は、都市開発も同じようにストーリーテリングで、どうすれば人が感動できる街になるかをつくる事業。ストーリーってこれからの世の中をよくするために本当に重要だと思います。なのでストーリーをつくる、その2つはやっていきたいですね。
歌詞についていえば、僕も担当している商品のコマーシャルソングを書くことはありますし、コピーライター出身で歌詞の世界に行った人たちもたくさん。でも、いつかはやってみたいと思うと同時に、なんとなくそっちに行ってはいけない感もありましたね。コピーと歌詞は、同じ球技でもサッカーと野球くらい違う、というか。やっぱり、だるまで飲みながらカラオケの画面を見ていると、「これは書けないなあ」とか「どういう発想で!?」というような、すごい歌詞に出会うこともありますから。でもやっぱりやってみたい(笑)。
都市開発というと、どでかい話に聞こえますが、お店をつくるのだって都市を開発していることになりますよね。だから、言葉的には「街づくり」といったほうが近いかもしれません。たとえば今、京都で企画中のホテルは、本来なら建築関係の人がやるべきことかもしれませんが、それをコピーライティングの技術を使ってつくってるんです。結局すべてはストーリーテリングなので、ホテルにもこういうストーリーがあればいいよね、っていうのを書く。そこから建築的に必要なこと、できることを作っていくんです。
建築の場合、このくらいの大きさだったら、客室はこのくらいのスペースで、エレベーターはここで、この場所にはこれが必要で、こういう空間が必要......といった「与件」で整理されていきます。でも、それはあくまでつくり手側の論理で、いつの間にかユーザー側の意識が忘れ去られてしまう。
うまくいっている飲食店やホテルって、ユーザーの意見がふんだんに取り入れられていますよね。だから全部訪れる人のニーズから引っ張るというか、こういう客室があったほうがいいし、こういうバーもあったほうがいいって、どんどんプロットしていくと、ユーザー目線に立っているから当然いい形になる。それが「ストーリー」を生む方法なんですけど、普通そうは考えないみたいで、「どうやったんですか!?」なんて驚かれることもあって。
もちろん、実際にはホテル運営のプロや、インテリアを含めた建築の専門家など、チームをつくって動かします。コピーライターは、その指針を示す役割。まずは、"異常に"簡単なワードでコンセプトを決める。そうすると、これはあまりにも華美だからやめておこうとか、逆にこれはすごくチープすぎるからやめておこう、という判断基準をつくるんです。
街づくりの成功事例として、廃線になった地下鉄路線を公園に変えた、ニューヨークのハイラインが有名です。なかなか思いつけない発想ですが、そこを公園にしたら人がいっぱい集まるというストーリーを描いた人が、必ずいるはず。今、人はこういうものが欲しいんじゃないか? って考えるのは、ビールやお茶や洋服といった、新しい商品をつくるときと基本的には一緒。商品でも、飲食店経営でも、建築でも、規模こそ違うけれどやることは同じなんです。
ハイライン
未来大学でも話しましたが、ストーリーを一番簡単にいえば「前提」。人が欲しくなるため、もしくは動きたくなるための前提。ストーリーって言われても......何をやればいいのか? とよく聞かれますが、前提と言われると考えやすくないですか? 僕もふだん、この商品どうやって売るかな? というとき、お客さんはこういう心理で、こうやってあげれば買ってくれるんじゃないかな、と思いながらコピーを書きます。前提はこうだから、こういうメッセージを書けばいいんじゃないかと考えていくと、いろんな人たちがすごく動きやすくなる。
僕は広告会社にいたときはマーケターになりたくて、その前は都市開発を、その前はパイロットになりたいと思っていました。でも、なれない、なれない、なれないの連続で、コピーライターにたどり着いたという非常に残念な経歴の持ち主(笑)。でも、結局、今、その全部をしっちゃかめっちゃかにやっている。ただ根っからの広告屋なので、言いっぱなしだけは絶対にしない。すべてに対して、中途半端じゃなく、最後まで面倒みたい。その人これを買った? その人は幸せになった? その人の気持ちは、本当に動いた? という責任だけは持っていたい。いつも、そう思っています。
取材を終えて......
インタビューが終わったあとは、だるま名物ハイボールを飲みながら、編集部みんなで、しばしカラオケの画面に流れる歌詞を眺めるひととき。「昭和歌謡のライバル関係は、必ず陰と陽。中森明菜が陰で松田聖子が陽」など、歌詞以外の豆知識も教えてくれた小西さん。うーん、やっぱり深い、ですね。
(edit_kentaro inoue)