外国人観光客が宿泊できて未来を感じることができるショールームを。
ルイ・ヴィトンなどラグジュアリーブランドから、ユニクロまで。グラフィックやプロダクトにとどまらず、インテリア、建築と幅広く活躍するグエナエル・ニコラさん。メイン写真の撮影は、ニコラさんも参加している企画展「"みらい"の羊羹~わくわくシェアする羊羹~」開催中の、とらや東京ミッドタウン店で。20数年前に来日し、世界で一番好きな街は東京というニコラさんが語る日本、そして未来のデザインとは?
六本木の不思議なところは、東京の真ん中にまったく新しい街をつくってしまったこと。そういう場所って、パリにもニューヨークにも上海にも、世界のどこにもない。しかもコマーシャルスペースだけじゃなくて、住むところもある。お店もいっぱいあるし、公園もあるし、ミュージアムもある。普通、街は外側から拡大していくのに、東京がセンターからもう1回広がった感じがします。
私が日本に来た1991年にはもちろん、まだこの街には何もなくて、六本木=ナイトクラブみたいなイメージ。それが、いつの間にか六本木ヒルズができて、その数年後には東京ミッドタウンができました。六本木はいつも「どこにあったかな?」という感じで、何もなさそうなところから出てくる(笑)。
昔に比べて街もきれいですっきりしましたが、個人的には、あんまりわかりやすくしないほうがいいと思っています。たとえば、六本木ヒルズって、すごくわかりにくいでしょう? 最初に行ったときは地図を見ても迷っていたのに、10年たってだんだんわからないところがなくなって、自分の街になってきた。今の時代は、なんでもかんでもわかりやすくしてしまうので、逆に「ゲットロスト(道に迷う)」が楽しい。街はもっと迷路っぽいほうが面白いと思います。
"みらい"の羊羹~わくわくシェアする羊羹~
とらや東京ミッドタウン店
「一番好きな街は東京」と言うと、よく「なんで?」と聞かれるけれど、その理由は「常に動いている」から。出張から戻ると「あれ、この道変わったね」なんて気づくことも多い。そういうのが嫌いな人もいるだろうけど、すごく楽しいじゃない?
たとえばパリなら、ここに住んでます、ここで遊んでます、たまにこっちも行きますで終わり。知らない人が観光するにしても、1~2回行けばもうだいたいわかる。でも東京は、私はこことこことここ、あなたはこことこことここ、というように「一人ひとりの東京」が違っていて、みんながいろんな街を「ヒップホッピング」している。ただ、エリアが広いうえにシンボルとか主要なエリアがないから、外国人観光客にとっては、けっこう大変かもしれません。
面白くない街は頑張らないといけないけど、東京は頑張らなくてもいい。だって常に動いている、世界で一番ダイナミックな街だから。自分が動かなくても街が動いているからエネルギーをもらえるし、便利だし何でもある。悪い意味では、レイジー(怠け者)になってしまうかもしれませんけど。
別の表現をするなら、東京はトレンドがない街ともいえるでしょう。正確にいうなら、トレンドがないんじゃなくて、30人くらいの小さいトレンドがいっぱいある街。日本には、たまにぽつんぽつんとお皿が数枚だけ置いてあるような、小さなお店がありますよね。ビジネスよりもコミュニケーションを大事にしている、これはパリとかニューヨークではありえません。
海外では今、コミュニケーションのメインは、フェイスブックとかツイッターといったデジタルメディアに移っています。一方、日本はもちろんデジタルの世界もあるけれど、意外とお店のようなリアルなアクション、コミュニケーションを大事にしている。ネクストフェイスブック、ネクストツイッターを考えてみると、結局は人間同士のコミュニケーションに行き着きます。今のSNSよりもっとパーソナルな1to1のコミュニケーション、趣味とか好きなものでつながる、ちょうど昔の手紙のような感じ。
さっき言ったような小さなお店をつくるのもそう。日本では、もうデジタルエイジは終わって、すでにポストデジタルのコミュニケーションになっている。かつての携帯電話の歴史を見てみてもわかるように、日本は、海外の国よりも5~10年くらい先にいると思います。
モノ自体の形のデザインも大事だけど、私はそれ以上に「時間のデザイン」が大事だと思っています。すごくゆっくりとした時間、すごく早い時間、どちらにもパワーがある。ゆっくりした時間のデザインとは、たとえば、真っ暗な室内がだんだん見えるようになっていく、直島の南寺にあるジェームズ・タレルの「バックサイド・オブ・ザ・ムーン」。反対に、すごく早い時間のデザインは花火とか。服も同じで、ユニクロは「ファーストリテイリング(素早く売る)」だし、ラグジュアリーブランドは反対にストーリーをつくって、ゆっくり売るでしょう。
今回、とらや東京ミッドタウン店ギャラリーの企画展「"みらい"の羊羹〜わくわくシェアする羊羹〜」で、「SUEHIROGARI」という羊羹をデザインしました。羊羹は日本の伝統的なお菓子で、外国人が理解するには難しい。スプーンで食べるのかフォークで食べるのか、切るのか、どんなお皿に盛るのか、どんなお茶がいいのか......。食べるまでのハードルが少し高い羊羹を、どうファストプロダクトにできるかがテーマ。もちろんそれは悪い意味ではなくて、こうしないと日本の文化をエクスポートできない。だから、パッケージを開けて、切ったりすることなく、すぐ食べられるものにしました。しかもファン(扇)の形をしているので、エイジアのものだとすぐに理解できる。
他にも、2009年に、東京ミッドタウンでやらせてもらった「SAKURA STORY」というライトアップも時間のデザイン。桜って、咲いた日はみんなわーっとなるけれど、そのあとは日常の風景になってしまうでしょう? それがもったいないと思って、もう一度発見してもらえるような、桜を巡る時間のストーリーを表現しました。
SAKURA STORY
今の日本は、服のデザインとプロダクトデザイン、建物のデザインと車のデザインなど、すべてをフュージョン(融合)する時代になっています。たとえば、ビックロなんて家電と服の融合だし、コンビニに銀行のATMがあったり、おいしいコーヒーが飲めるのもそう。昔だったら考えられません。そして、フュージョンするときには、今までのデザインを1回ゼロにしないといけない。
未来のデザインのためには、「re」の付く言葉を使わないこと。「redesign」とか「recycle」といった考えをやめて、もう一度ゼロからデザインする。たとえばイスなんて、100年前と何が違うの、というくらい変化してないですよね? 車とか建物だってそう。今、東京の街なかを眺めると、パーキングばっかりですごくもったいないと感じることがあります。きっと、これは建物の問題じゃなくて、車の問題。だから建物のデザインを変えるために車のデザインを変えるべきだ、いうような発想です。
最近、すごくいいなと思って買ったのは、「SIGMA dp1 Quattro」。これ、今までのデジカメのデザインとちょっと違うでしょう? そもそもどうしてデジカメは昔のフィルムカメラと似ていないといけないのか。たしかに、似ていたほうがわかりやすいかもしれないけれど、そうやって全部あきらめてる。それじゃあ面白くないよね。
SIGMA dp1 Quattro
今、私が一番やりたいのは、家具や食器のデザインも、食べ物のデザインも、バスルームも、車も......未来のデザインすべてが入った、15分ほどのショートフィルムをつくること。ただCGを使った映像だけじゃなくて、それぞれのメーカーとコラボレーションして、プロトタイプをつくって展示会もする。すでに動きはじめていて、日本や世界のトラディショナルな会社と一緒に、すごく未来的なことをしています。
たとえば、フォークでもお箸でもない食べるための道具があるかもしれないし、使い終わるとなくなってしまうお皿やテーブルがあるかもしれない。詳しいことは言えませんが、まずは9月にパリで開催される『AD INTERIEURS 2015』(AD MAGAZINE)という雑誌のイベントに出展する予定です。
せっかくなら六本木に、そういう未来が感じられるショールームのような場所がつくれたらすばらしい。「Future Life in Tokyo」というか「Influence by Japan」というか、日本にもともとある文化を「ストレッチ」して、未来のデザインの可能性を考えられるような場所。ホテルとかマンションの部屋を丸々使って、外国から来た観光客が泊まれたら最高ですね。
私が日本に来た理由は、その当時の日本をつくっていたオピニオンリーダーに会いたかったから。それが、坂井直樹さんであり、三宅一生さん。日本には5〜10年のアドバンスがあるという話をしましたが、そういう人たちと仕事をすれば、未来はわかるし、つくれると思ったんです。彼らが手がけたものが5年10年あとに、インフルエンスしていく。たとえば、坂井さんのつくったオリンパスの「O・product」、それから十数年、デジタルカメラのデザインって変わっていないですよね。
他にも、今の時代をつくっている人といえば、原研哉さんとか佐藤卓さん、佐藤可士和さん、片山正通さんに森田恭通さん、WOW......。みんなテイストが違って面白いですよね。
日本に20年以上住んで感じたのは、この国が持っている怖いほどのパワーです。たとえば、デザインがタイムレス。プロポーションとかバランスとか、考え方もそうで、見ても昔のものか今のものかわからない。ちょっと変化させるだけで伝統的にも見えるし、モダンにも見えるし、未来的にも見える。だから日本のデザイナーはすごい楽、すごいずるい(笑)。フランスにはそういうテイストはなくて、いまだに「これぞデザイン」っていう古臭いものをつくっています。
池に石を投げたとき、日本人は水面の動き、つまりエフェクト(結果)を見ます。一方、フランス人が気にするのは何を投げたか。外国人はモノは大事にしますが、まわりを見ていない。一番きれいなのって、エフェクトだと思うんですが......。昔、佐藤卓さんが、背面のパネルがふわーっと光る携帯をつくったとき、日本ではすごく話題になって売れたけれど、外国人でわかる人はいませんでした。モノをデザインしているけれど、モノがなくなる感覚。それが理解できる日本人はすばらしいと思うんです。
同じような考え方で、私がデザインしたのが「CURIOSITY ESSENCE」という香水。これも瞬間を切り取った時間のデザインで、見た人は「ボトル」ではなくて、「ああ、水のドロップだね」と言うはず。これからはこういうデザインをしないといけないと思うし、そうしないと疲れちゃうでしょう?
CURIOSITY ESSENCE
日本のクラフトマンシップもすごい。「CURIOSITY ESSENCE」は、ボトル制作をスガハラガラスさんにお願いしたんですが、最初に3Dプリンターでつくった模型を見せて「できますか?」と聞いたら「できません」。でも、2ヵ月後に電話をもらって行ってみたら、100%イメージどおりのものが完成していました。できない、でもやった、やっぱり日本はすごい! ずっと実現したかったものだったので、見たときは涙が出そうになりました。
考えてみれば、そもそも日本人とか外国人とか関係なく、できないことって何かありますか? 1961年に、ケネディ大統領が「月に行きます」って演説をしたとき、みんな「無理無理」って言ったけれど、その数年後には実現しちゃったでしょう? もちろんプロセスはめちゃくちゃ大変、でも、世の中にできないことなんてないと思うんです。
取材を終えて......
最近発売されたばかりの作品集「CURIOSITY ESSENCE」は、ニコラさんが日本で学んだデザインのエッセンスを、6つの考え方でまとめたもの。インタビュー中、何度も「日本人すごいよ!」と言われ、なんだか少しやる気になりました。(edit_kentaro inoue)