野外で恋愛映画祭、健康的に恋ができる街づくり。
6月19日から21_21 DESIGN SIGHTで開催される「動きのカガク展」でディレクターを務める菱川勢一さんは、NTTドコモのCM「森の木琴」で世界最大の広告賞、カンヌライオンズで三冠を獲得するなど、国内外からも注目を集めるクリエイター。「動きのカガク展」のことはもちろん、菱川さんが六本木でやってみたいこと、さらにモーションデザインの未来についてもうかがいました。
すごく月並みな話ですが、僕が今、危機感を感じているのは、子どもが減っているということです。大学で教えているので、みるみるうちに受験生が減っているのは肌身で感じているし、今後もう増えることはないというのが数字となって表れている。
たとえば、ちょっとエッチな企画を考えたときに、半分冗談で「少子化対策です」なんて言うことがありますけど、それをもっとマジメにやったらいいと思うんです。今回、このインタビューで未来の話をしてほしいといわれて、真っ先に思い浮かんだのは、デザイナーとかクリエイターが集まって「子どもをつくろう」キャンペーンみたいなことができないかということでした。
アメリカにしろフランスにしろ海外って、日本に比べて、エッチなことの描き方とか性に対してオープンじゃないですか。求愛するとなったら、すごく情熱的だったり。その、やや肉食系のエネルギーをどうしたら湧き起こさせることができるのか。最近、僕は徳島県のプロジェクトにも関わっているんですけど、徳島には6月生まれが多いんだそうです。それはなぜかというと、8月に阿波踊りがあるから。たしかに花笠をかぶった女性ってみんなキレイに見えるし、動きもしなやかで、すっかりやられるんですね(笑)。ホントかどうかはわかりませんけど、そういうことなんじゃないかなと思って。
僕の本業でもある映像というところから考えると、面白いなと思ったのが、2007年から市民が有志でやっている「カナザワ映画祭」。この映画祭、2012年のテーマが「エロ」だったんです。たとえば、宮崎駿さんが最初で最後に峰不二子の全裸を描いた「ルパン三世」とか、他にも「エマニエル夫人」を上映したり。いわゆるAVとかではなくて、エッチな部分もあるコメディとかロマンスものをセレクトしていて、だいぶ明るいイメージ。たしかにロンドンとか海外の映画祭を見ると、夜の部は18禁の映画を上映していたりするんですよ。
「カナザワ映画祭」
僕の勝手なイメージなんですけど、なんとなく六本木なら、そういうことをやっても許される気がして(笑)。六本木って、昼間の顔と夜の顔があるというか、近代的でスマートなところと、猥雑なところがすごく上手に共存している街。これって、すごくまれなことだと思うんです。猥雑な部分を排除すればするほど、お台場的な街になるだろうし、スマートな部分をなくしてしまうと、それはそれでこの先大丈夫? となってしまう。両方あることでバランスが取れているというか。
こういう話をすると、すぐわいせつだとか、いかがわしいといってタブー視されてしまうけど、子どもが減っている現実を見ると、けっこう本格的に取り組まないとまずいんじゃないかって思うんです。恋とか愛とかセックスを、もっと明るく健康的に料理する。それは、デザイナーとかクリエイターの腕の見せどころでもあるでしょうし。
ストレートに言ってしまえば「子づくり」になってしまうんだけど、その前段階としての舞台を六本木が粛々と仕立てあげる。こんなステキなホテルもありますよ、年末には待ちに待ったクリスマスでございます! それこそ80年代、90年代のバブルやトレンディドラマの世界のように、健康的に恋ができる街っていう方向にもっていく。
僕、昔から自分で映画をつくるとしたら、絶対に恋愛映画がいいって言っていたんです。どういう映画をつくりたいかもさることながら、どういう人たちに観てほしいかってことを考えると、やっぱりカップル。映画館にはデートで来てほしいんですよ。最近は、デートに映画なんてベタすぎる、みたいな感じになってるのかもしれないけど、映画をデートコースの王道中の王道に揺り戻したいって思ったり。
もちろん六本木にすでにある映画館でやるのもいいですが、屋外でできたらもっといい。カリフォルニアに一人旅したときに感動したのが、いわゆるドライブインシアターが現存していたこと。屋外で、映像を見たり音楽を聴いたりすることの、なんと気持ちいいことか。別に車が乗り入れられなくてもいいから、東京ミッドタウンの芝生にでっかいスクリーンをつくってできたらいいですね。(※編集部注:2008年に「ガーデンシアターカフェ」というイベントが開催されていました)。
ガーデンシアターカフェ
僕の会社、ドローイングアンドマニュアルは、1998〜99年の2年間、ちょうどアクシスの裏あたりに事務所を構えていました。引っ越した理由がベタすぎるんですが、当時まだ日本にほとんどなかったスタバがあったから。「スタバもあるしアクシスもある。六本木にしちゃおうか」って(笑)。先ほど昼の顔と夜の顔の話をしましたが、そのときも同じように、デザイン系のショップと居酒屋とかスナック、両方がある街ってなかなかないよねって言って、六本木を選んだんです。
その頃、吉岡徳仁さんと僕とナガオカケンメイの3人で、毎年アクシスギャラリーで「モーショングラフィックス展」という映像の展覧会をやっていました。アドビとかアップルが、やっと映像系の分野に参入してきた時期で、今では一般的になった「モーショングラフィックス」という言葉すら、まったく知られていない時代。アドビの人が、「ソフトのサブタイトルに使ってもいいですか?」って許可を取りにきたくらい。
「モーショングラフィックス展」
そういう意味でも、僕にとって六本木は思い出深い街ですね。好きな店もいくつかあって、友人と深い話をするとき、今でもしょっちゅう行くのは「欅くろさわ」。料理もおいしいですが、やっぱり黒澤監督の食卓がテーマというのがグッときます。
「欅くろさわ」
今回、ディレクターをさせてもらう、21_21 DESIGN SIGHTで開催される「動きのカガク展」のテーマは、「モーショングラフィックス」ならぬ「モーションサイエンス」。なぜこんなテーマにしたかというと、今まさに世の中を動かしているのは「コード(プログラム)」ですが、次にイノベーションを起こすのは「機構(ファンクション)」だと感じたから。「機構」というのは、たとえばドアってこう開くよねとか、イスってこういう形で引いたり入れたりするよねとか、そういうことです。
ときどき、YouTubeとかに画期的な開き方をするドアの映像とかがあがっていますけどそのくらいで、機構の進化は鈍い。デザイナーたちは日々、一生懸命ここのシェイプが少し薄くなっていますとか、人間工学に基づいていますとか、特許を避けながらすごいわずかなデザインの差を競っている。新素材とか新しいテクノロジーを投入すれば、まだまだいけるんじゃないか。もっと画期的な発想の転換が必要だって、どこかで思ってたんですね。
だって、極端な話をすれば、どこでもドアってまだできてないですよね?(笑) プログラムとか学術的な技術は進歩しているんだけど、ことプロダクトメイキングについて進んでいない。「2001年宇宙の旅」とか「バック・トゥ・ザ・フューチャー」とか、近未来を描いた映画の時代はもうとっくに来ているのに、全然できてないじゃないか、みたいな。
僕が「動き」とか「機構」というものに興味を持ったのは、父親が工場に勤めていたからかもしれません。今は街なかに工場がなくなってしまったから、子どもたちは、ガッシャンガッシャン何かをつくっている現場を見ずに育ちますよね。白くて大きな研究所のような工場の中で、どうやら何ががつくられていて、目にするのはできあがった製品だけ。もちろん企業秘密だから、仕方ないのかもしれないけど。
車ひとつとってもそうで、ボタンひとつで窓がウィーンって開いてしまう。昔は取っ手をぐるぐる回します、はい開きます、みたいに機構がわかりやすかった。でも今は、どんな仕組みで開いているのかよくわからない。スマホなんかもそうで、たいていの人は、きっと中で何かすごいことが起きているんだろうな、くらいで片づけちゃう。
でも、そうやって何でも見えないようにしてしまったら、いったい子どもたちはどこから好奇心を持てばいいんでしょう。ソニーとかパナソニックとか、日本を代表するメーカーには「子どもたちの未来のために、申し訳ないですが秘密を全部バラしてください!」って言いたいくらいです、ほんとに(笑)。
「動きのカガク展」には、かつて「ドラえもん」などのアニメや、雑誌や映画が描いてくれていた、ワクワクするような面白い未来を入れたいと思ったんですね。集められているのは、裏側にはテクノロジーが入っているけど、パッと見デジタルデジタルしていない、原理原則にしたがってつくられているものばかり。そして、今これがどういう仕組みで動いているか、可能な限り解説しています。
「動きのカガク展」
スローガンは「ブラックボックスにしない」ということ。作家のみなさんには、「うしろで何が動いているかわからないけどなんとなくすごい、っていうのはやめましょう」「観にきた人が全部理解して帰れるようにしてください」と言っています。理想は、全部見せてあげて、その中から子どもたちが興味が湧くものを自由にピックアップできるような環境をつくること。この展覧会を通じて、モノをつくりたいとか、デザイナーになりたいっていう子どもたちを、もっと増やしたいと思っているんです。
今の時代って、未来をすごく精緻に描くじゃないですか。たとえば映画の「トランスフォーマー」、あそこまでリアルに描かれると、パッと見すごいけど、はたしてその未来が楽しそうかというと......。それより、昔の雑誌に載っていたイラストで描かれた空飛ぶ車のほうがよっぽど楽しそう。やっぱりイメージできる余白があるからなんでしょうね。実はこの展覧会も余白だらけで、詳しい人からしたら突っ込みどころがいっぱい。理系の大学生が見たら、「あれって、もっと違う技術もあって......」なんてとうとうと語りはじめるはず(笑)。でも、それを少し狙っているところもあって。
最後に、モーションデザインの未来の話も少しだけ。僕、もしデザインの会議みたいなのに出席したら、提案したいことがあるんです。グラフィックデザインには「フォント」がありますよね。それをそのままアニメーションに持ってきて、たとえば100通りの動きに名前をつける。ディズニーには、モノが止まるときはこの動き、モノが跳ねるときはこの動きという、アニメーションの12のルールが存在していますが、まさにそれと同じようものをつくりたいんです。
「Helveticaのボールドで」といえば、すべてのグラフィックデザイナーが理解できるように、「スワイプちょっと早め」といえば「ああ、はいはい」となるような。モーションデザインがグラフィックデザイン並みの共通言語を持つことができたらいい。
ソフトを見れば、フォントと同じように動きのプリセットがズラッと並んでいて、選ぶと「ビヨヨヨヨーン」みたいなことをワンタッチでやってくれたり。なにより、そうやって動きを一つひとつ整理することによって、先に進めると思うんです。書体やフォントという存在がポピュラーになって、タイポグラフィのデザイナーが出てきたように。今の混沌としたままで進んでしまうと、モーショングラフィックスというジャンル自体が、わけがわからなくなってしまう気がして。
ちなみに今、現場でどうやってディレクションしているかというと、全部擬音なんですよ。いい大人が真剣な顔して、「ビヨーン」とか「もっとボイーンってさあ」とか言ってる(笑)。でも、擬音って日本独特のもの、アメリカンカートゥーンにも「ブオン」とか「ガルルル」とか擬音的なものはあるけど、日本ほどオノマトペが豊富じゃないんです。だからそれこそ、アドビみたいなところが世界中のモーションデザイナーを集めてルール化してほしいな、と。
そこで名前が決まってしまったら、もう「ビヨーン」って言えなくなる? いやいや逆に、もしかしたら正式に、あの動きが世界中で「ビヨーン」って呼ばれるようになるかも。これは日本のオノマトペに由来していて......なんて(笑)。そうなったら面白いですよね。
取材を終えて......
サンフランシスコ、ミラノ、札幌、広島、長崎、松山......。これ、菱川さんの好きな街なんですが、ある共通点があるのにお気づきでしょうか。正解は、路面電車があること。「けっして効率はよくないかもしれないけど、観光資源ということも含めて、しっかりした価値観をもって街づくりしているのでは」とのこと。たしかにそんな気がします。(edit_kentaro inoue)