六本木の”ちゃんと使える”を集めたセレクトショップをつくる。
ソニア・パークによるセレクトショップ「ARTS&SCIENCE」や、雑誌『GINZA』のアートディレクション、NTTドコモやJTのHOPEのパッケージデザインに、ドリカムや宇多田ヒカルのCDジャケット、最近では神楽坂の商業施設「la kagu」のアートディレクションなどなど、幅広い仕事を手がけてきた平林奈緒美さん。この日の撮影は、平林さんお気に入りの書店「ビブリオファイル」で。仕事場に行く以外、ふだんほとんど外に出ないという平林さんですが、実は今、お気に入りの街があるそうで......。
ハマっている街というのは、ドイツのベルリンです。ロンドンにもパリにもない"何か"がある気がして、今年、何度も行きました。たとえば、ニューヨークなんかもそうですけど、かつてのSOHOみたいに、開発されてない場所に何か新しいものができていくときってすごく面白いでしょう。ベルリンにはまだ、そういう雰囲気があるんです。まだ知られていない個性的なお店があったり、表には出てこない超マニアックな人たち、たとえばすごい電気オタクがいたり(笑)。全般的に生活するということに対して、環境が整っている気もします。
ドイツのデザインが好きっていうのも理由かもしれません。日本って、洋服とか食べ物にはスタンダードなもの、いいものがいっぱいあるんですけど、いわゆる道具とかパーツ類にはそういうものがない。インテリアなんてすごく騒がれているし、デザインも頑張っているんだけど、細かい微妙なところはみんな諦めちゃうんですよね。たとえば、電気のスイッチが最悪だったり、壁に変なリモコンをつけちゃったり。
そういうのがどうしても我慢できなくて、自分の家をリノベーションしたときには、一つひとつとんでもない労力をかけて探しました。ニューヨークの地下鉄のタイルが欲しくて、タイルを焼いているスリランカの工場に連絡して小売りしてもらったり、SECOMの機械に書かれた大きな丸ゴシックの《在宅》という文字が嫌で、外国人用があるのを突き止めたり。実際に自分で探して見つけたことで得た知識は、デザインを考えるうえでもすごく役に立っていると思います。
ビブリオファイル
ベルリンなど海外に行っても、お店で商品を探すことはほとんどありません。その代わり、空港とか区役所とかに通っては、トイレのブラシはどんなものを使ってるのかな、なんてリサーチをしています。なぜパブリックな場所なのか、それはまさに「デザインって何なの?」という話になってしまうんですが、私にとってのデザインって、そういうところに多く存在しているから。実際に普通に使われていて、暮らしの一部にもなっている。けっしてすごくステキ、みたいなものではないんです。
この感覚を言葉で説明するのはとても難しくて、たとえば「アノニマスデザイン(無名性のデザイン)」みたいな言い方で簡単に片付けてほしくない(笑)。たしかにデザイナーがいて、きちんとデザインしている、でもそれに気づかないほど当たり前に存在している。きっとここに、私がやりたいことがある気がしています。
日本でも、ワークマンとかホームセンターのように、機能的で装飾がなく、値段が安くて耐久性のあるものを扱っているお店が好きですね。たとえば釘の箱を見ると、釘の絵とサイズ、必要最低限の情報だけが整理されて載っている。そういうものは、ふだんデザインをするときの参考にもなっていますね。
昔、会社員時代に、1年ほどロンドンで働いていたことがあるんです。向こうに住んでいるので当然、税金の取り立ての書類が送られてくるんですが、それがすごく端正なデザインをしていることに驚きました。もちろん税金についての書類だから、若者からおじいちゃんおばあちゃんまで、あらゆる世代の人が見るもの。書体は基本ひとつしか使ってなくて、色も一色刷りで、どうしても目立たせたいところだけボールドになっていたり、斜体になっていたり。それだけで、きちんと書類が成立している。
たとえば日本で、「年金のお知らせ」みたいな書類があったら、だいたいはカラーで、すごく字が大きくて、どこもかしこも目立たせようとするでしょう。しかもなぜか字が丸くて、必ずキャラクターがついていて......大人をバカにしているのか、と思ってしまいますよね。
はたして、こういう処理が本当に必要なんだろうかという話を、以前、葛西薫さんとしたことがあります。私は、葛西さんをすごく尊敬していて、次のオリンピックも何もかも、すべてデザインをしてくれればいいのにと思っているくらいなんですけど(笑)。葛西さんいわく、ヨーロッパの時刻表は、たとえ言葉がわからなくても見れば意味がわかる。そういうものがデザインなんだよね、って。
見た目がかっこいいだけじゃなくて、システムとしてきちんとデザインされているのもヨーロッパのすごいところ。たとえば、ドイツの郵便局のグッズって、黄色くてすごくデザインがいいのですが、プラスチックの箱が街全体でリユースされているんです。箱を持って帰って、郵便局にモノを持っていくのに使って、使い終わったらまた返す。あまりに欲しくて「どうやったら買えるの?」って聞いたら、「買うもなにも、どこにでもありますよ」って。そうやって、ぐるぐる使い回すことで、ゴミも減っていたり。
この間、撮影でベルリンに行ったときに感心したのは、街なかに誰でも使えて、自由に乗り捨てられる電気自動車があったこと。iPhoneアプリもあって、空いている車がどこにあるか教えてくれるし、どのくらい充電されているかもわかる。これは、「e モビリティ・ベルリン」というプロジェクト。日本と同じように自動車はドイツの重要な産業ですが、今、若者が車を買わなくなっている。そこで、政府が協力してこうしたシステムをつくったんです。
もし、日本でこういうことをやろうとしたら、意見を調整するだけで、何十年もかかりそう(笑)。しかも、箱とか車に、よくわからないイラストやロゴが入ってしまうかと思うと......。
私はいつも、国連とか銀行、それからエアラインといった、パブリックな場所やものをデザインする仕事をしたいと言っています。たとえば、ルフトハンザ航空なんて、すごくデザインがきれいじゃないですか。でも、日本の場合、どうしてもポケモンジェットみたいなことになってしまう。
駅とか、空港とか、日本のパブリックなデザインは本当にひどくて、ため息が出てしまうほど。サインひとつをとっても、もし私に頼んでくれたら、字詰めくらいはきちんとするのに、と......(笑)。そもそも、パブリックの分野には、アートディレクションというものが介在していないに近いんですね。かといって有名デザイナーに依頼すればいいかというと、むしろ上っ面だけシンプルでかっこよくなって終わっちゃう、という危険もあるような気がして。それが、すごく難しいところではあるんですが。
実は、デザイナーがデザインをしている時間というのは、本当に最後の最後。そもそも、それ以前に"ベース"が整っていなければ、やっても意味がないと思っています。たとえば展覧会の仕事だったら、展覧会自体が面白くなかったら、ポスターがいくらステキだってダメでしょう? もちろん私は展覧会の企画自体に口は出せないんですけど、見せ方だったり広報の仕方については、頼まれていなくても首を突っ込んじゃいますね。
他にも、洋服のブランドの仕事をしていたら、「このくらいの売上をあげたいなら、これじゃ商品が少なすぎる」なんて言ってしまうことも。ステキなカタログをつくる前に、どうしたらお客さんは服を買ってくれるのか、みたいなところから考えはじめてしまいます。
つまらない話になりますけど、結局何のためにやっているかといえば、数字じゃないですか。当然、人を呼びたいとか、売りたいがためにつくっているわけでしょう。いくら外側だけいい感じの見た目にしたって、ベースの部分がしっかりしていなかったら結果も出ない。デザインだけで何とかしようとしてもダメなんですね。
前に、あるブランドで、小さな消火器をデザインしたことがありました。もともとそこで出していたのは、白くてキッチンに置いておいても目障りにならないオシャレなもの。本来なら、消火器は、いざ火事が起きたときに、目立っていないといけないのに。それは違うでしょと思って、つるっとした赤で、表にはピクトグラムで使い方だけが入っているものをデザインしました。いろいろ規制が多すぎて、残念ながら商品にはならなかったんですが。
そもそも私、ふだん本当に外に出ない人なんです。六本木に限らず、自宅と事務所以外、どこにも行かない(笑)。事務所は南青山なので、この街にも歩いてこられるのに、行くのはお気に入りの2ヵ所くらい。ひとつは東京ミッドタウンの目の前にある、ラーメン屋「天鳳」。昔からずっと好きで、今でも好きなラーメン屋を1軒あげろと言われればここを選びます。そしてもうひとつが、天鳳の裏にあるビストロ「祥瑞」。
天鳳
祥瑞
他に六本木の思い出といえば、子どもの頃、ロアビルの中に母親が好きな雑貨屋さんがあって、よく連れてきてもらったこと。まだ輸入雑貨なんて売っているお店がなかった時代に、木でできたバッグとかハイカラなものが揃っていて。あとは伝説のバー「ジョージズ」にもよく連れて行ってもらっていたし、名前は忘れてしまいましたが行きつけのイタリアンのお店もありました。ただ、私の通っていたお店って、どういうわけかなくなってしまうんです(笑)。
お店以外でいえば、飯倉片町の「インターナショナルクリニック」前の雰囲気が好き。交差点から眺めると車が通っていて、いつも警備の警官が立っていて、一軒家の病院があって。あとは「国際文化会館」がある鳥居坂とか、建て直される前の「東京アメリカンクラブ」とか。クラブと外国人みたいな、いわゆる六本木的なイメージじゃなくて、なんとなくほのかに漂うインターナショナル感というか。
そういう好きな景色はポツポツ残っていますが、今の六本木って、六本木ヒルズと東京ミッドタウンという大きな商業施設だけがドン、ドンってある、そんな印象の街。車で目的のところには行くけれど、あんまり街をブラブラ歩きたくなる感じがしませんよね。
みんながブラブラ散歩したくなる街にするにはどうしたらいいか、ですか? 先ほど、デザインだけで何とかしようとしてもダメ、という話をしましたが、きっと街だってそう。たとえば、もっと歩きやすくなるように、道端のサインを全部直すというのは簡単です。でも、いくらサインをわかりやすいデザインにしたって、もともと歩きにくい場所だったら意味がない。
いきなり大きいところから変えるのは難しいので、何かやるとしたら、まず小さなことからはじめるのがいいでしょうね。パッと思いつくところでは、港区のコミュニティバス「ちぃばす」。せっかく便利なのに、車の色がすごい地味だから、もっと街のアイコンになりうるようなデザインにできたらいいなあ。そもそも名前も、「ちぃばす」じゃなくて「バス」でいいんじゃないの? とか。
Tokyo Midtown DESIGN TOUCH2011で、東京ミッドタウンのお店から商品をセレクトする「ちゃんと使えるデザイン」という企画をやらせてもらいました。六本木って、デザインやアートの街といわれていますが、そのデザインって、私の思っているデザインとは少し違うんです。「六本木のデザイン」には、たとえば「デザイン家電」のように、明らかにデザインされてないといけないみたいな圧力がある。なんとなくわかりますか?
ちゃんと使えるデザイン
この企画では、そうじゃなくて、私なりの視点でモノを選ばせてもらいました。デザインされているし、デザイナーが関わっているけど、表現が全面に出てきていなくて、心地のいいもの。タイトルにつけたとおり「ちゃんと使えるデザイン」、あるいは「当たり前になりえるもの」といってもいいかもしれないです。
ふだん六本木に買い物に来ることなんてないのに、選びはじめたらけっこう楽しくて。そのときは東京ミッドタウン限定でしたけど、アクシスとか六本木ヒルズとか、他の場所も含めてできたら面白い。松屋銀座の上に「デザインコレクション」というセレクトショップがありますが、あれの六本木版。この街の中からセレクトしたモノが1ヵ所に集まって、買えるような場所や仕組みがあったらいいですよね。
取材を終えて......
たしかに、デザインデザインしてないけれど、なんかいいな、と感じるモノってありますよね。きちんとデザインされていることを気づかせない、というか。平林さんが世界中からセレクトした道具店、ぜひつくっていただきたいです。(edit_kentaro inoue)
※2016年4月8日 加筆・修正しました。