2月、東京・六本木をメディアアートの街にする。
NHK大河ドラマ「八重の桜」のタイトルバックや、ISSEY MIYAKEやWORLD ORDERのショー演出、さらにアプリ開発など。東京と仙台、ロンドンに拠点を置くビジュアルデザインスタジオ「WOW」を率いるのは、代表でエグゼクティブプロデューサーの高橋裕士さん(左)と、チーフクリエイティブディレクターの於保浩介さん(右)。インタビューは、この秋の「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH」でWOWが手がける、映像インスタレーションのお話からどうぞ。
於保浩介このインスタレーションは、エプソンの「スマートキャンバス」という電子ペーパー腕時計に、「工場と遊園地」という"WOWモデル"があって、その時計の世界観を大きな壁に映し出す映像で表現しようというものです。
高橋裕士そもそも「工場と遊園地」というのは、WOWが2007年に宮城県美術館で行ったインスタレーション。ロシアとか他の国を回っているのを見てくれていたメーカーの人から、腕時計にしたいとオファーをもらったんです。ちなみに、このインスタレーションの難点はすごく大きいこと。横幅40メートルでつくってしまったので、どこの美術館にも入らなくて、泣く泣く展示をあきらめたところも。それがめぐりめぐって、我々の作品の中で一番小さいものになったというのが面白い。
工場と遊園地
於保今回のように頼まれる仕事の場合、だいたい"箱"の大きさがある程度決まっているので、その規模に合わせて作品を考えます。小さい部屋なのか体育館くらい広いのか、近くで見るのか離れて見るのか、その距離感によってアプローチがまったく違ってくる。今回は、1階の通路を歩いている人と、エスカレーターに乗っているお客さんがメイン。その人たちに見えるように、できるだけ大きく投影する予定です。
高橋「工場と遊園地」は、自分たちがつくりたいからつくった完全なオリジナル作品。自発的につくったものが、たまたまクライアントワークにまでつながりました。自分たちでつくりたいものと、頼まれるもの、その2つを交互に繰り返しながらやっていくというのも我々の特徴的なところかもしれません。
於保それ以外にも、僕らは意外と六本木との関わりはあって、2010年の六本木アートナイトのときには、東京ミッドタウンのキャノピー・スクエアの下で「ROOFSCAPE」という音と映像のインスタレーションをやらせてもらいました。大きなシリンダー状の筒に、自動販売機がバーッと並んだり、地下鉄っぽいネオンが浮かんだり、夜の六本木をモチーフにしたオムニバス形式の映像を流して。
ROOFSCAPE
高橋この間は、21_21 DESIGN SIGHTで「コメ展」にも参加させてもらったし。僕が東京に来たのは2000年だからよく知らないんですけど、於保に聞くと、六本木といえば防衛庁跡のイメージしかないって。昔は全然違ったんですよね?
於保今は東京ミッドタウンもできてきれいになりましたけど、20年くらい前、外苑東通り沿いのメルセデス・ベンツのあたりなんて、もう町外れ。でもひっそりしてていい感じだったんですよ。あの界隈の裏のお店には、よく来てたので、けっこう思い出はありますね。
高橋いい思い出?
於保いろんな思い出(笑)。バブル絶頂から終わりかけみたいな感じで、一番ざわざわしている時期だったと思う。怪しいし、外国人もいっぱいいるし。僕らより少し上の世代が、六本木を遊び場にしているイメージ。世代によってすごく温度差がある、東京の街ってそういう街が多いのかもしれませんけど。
いろんな要素が雑多に絡み合って、整理されていないのが東京の魅力のひとつですが、とくに六本木は、そういうところが如実に現れている気がします。たとえば新宿というと泥臭すぎて、あんまりオシャレな感じはしない。でも六本木ってヒルズとかミッドタウンのようにすごくすっきりした空間がある一方で、裏に入るとまだざわついているところもある。
高橋やつれたネオンとか、タクシーとか、工事現場の光るパイロンとか。酒を飲んだあとによみがえってくるような、独特な印象がありますよね。
於保映像をつくるときにいつも思うのは、最初から最後までコントロールされたものって意外と魅力がないということ。完璧にコントロールされた映像って、たとえるなら新築のマンション。どこも同じでピカピカしすぎ。そこに、ちょっとノイズとかわけのわからない余白みたいなものが入っていたほうが、いい味付けになる。六本木は整理されてきてはいますけど、まだ整理されつくしてない感じが残っている。それはすごくいいと思うんですよね。
高橋会社をつくって10年目の2007年、ロンドンにヨーロッパの拠点をつくって。その後、一時それをフィレンツェに移しました。一番大きな理由は、イタリアはご飯がおいしかったから。おいしいものを食べられるって豊かじゃないですか。でも、食は豊かだったけど仕事はなかった......。
於保2〜3年だけでしたけど、世界の中でもフィレンツェは本当に好きな街ですね。何といっても街全体が世界遺産ですから。
高橋ロンドンって新しい建物も多いし、ある種、東京と似ているところがある。でもフィレンツェは、ルネサンスの時代からつながる歴史があります。たとえば古い教会で最新の映像を流すとか、クラシックなところで、新しいチャレンジをしてみたかったんです。
於保数百年変わってない古い建物の中に入ると、最先端のセンスでリノベーションされた部屋がある。イタリア人はそういうコントラストがたまらないみたいなんですが、僕らもすごく魅力を感じていました。でもそれも、"本物"があっての話。中途半端なところでやっても、中途半端なものしかできない。フィレンツェは街自体が"本物"なので、そういうことをするとすごく魅力が増すんですね。
高橋ちょうどその頃、10周年を記念して自分たちで勝手にブック(作品集)をつくりました。「TENT LONDON (テントロンドン)」というデザインイベントに出展して、そこで本を手売りしたり......。
於保日本の映像業界ってすごく閉じてて、そこから出ない人がほとんど。僕らは後発だし、もっと業界を横断するような映像表現をしたいと思っていたのもあって。たまたま、まわりにファッションやインテリア関係の友だちも多かったので、一緒に何かやろうよと。ファッションと映像が結びついたら新しいものが生まれるだろうし、映像を中心にしたライブの新しい演出方法だってあるかもしれない。そういうことを積極的にやります、ってその本の中で宣言したんですね。
高橋仕事の領域を広げる。いい意味で来るものは拒まずというのは、かなり意識しています。
於保現在、東京で主にやっているのは、大きな映像インスタレーションとか、コマーシャルワーク的なハイクオリティな映像の仕事。その他、仙台のラボでは、鹿野というもうひとりのディレクターを中心に、アプリやインターフェイスの開発をしています。今では、もともと6〜7割を占めていたCMの仕事は2〜3割に減って、インスタレーション映像とアプリを加えた3本柱になりました。
高橋これからチャレンジしたいのは、たとえば、アートを売るとか、映像に値段をつけるとか。2年ほど前に『AXIS』のインタビューでも答えているんですけど、今まで自分たちがやっていなかった領域。ひとつはアーティストとしてのスタンスのプロジェクトです。
「コメ展」のとき、あるメーカーの社長さんがいらして、僕らの作品「働かざる者、食うべからず。」を買いたいと言われたんです。そういうのって面白いじゃないですか。このときは結局売らなかったんですけど。
働かざる者、食うべからず。
於保実現したプロジェクトとしては、マーク・ニューソンにデザインをしてもらった「aikuchi」というオリジナルのプロダクトがあります。
aikuchi
高橋1セットが高級外車1台くらいと、値段はかなり高いんですが、世界は広いですね。アラブのほうから声がかかったり、アメックスのコンシェルジュから電話があったり......。
於保かなり未知の世界でしたね。でも、今まで僕らの作品を観てくれていた人たちとは違うレンジの人にアピールできたし、狙いは当たっていたなって。
高橋「aikuchi」をつくったのは、僕の父が刀鍛冶をしていたから。いつもその背中を見ていて、伝統と文化に対して常にリスペクトを持っていたし、やっぱりクラシックなものにはかなわないなと思ったんです。日本刀は1000年もつといわれていますが、そこまで長く残るものはそう多くはありません。まあ、親父が生きているうちに親孝行をしたかったのもあって、職権乱用したんですね。
一瞬でも一秒でも記憶に残るものをつくりたいと思って映像をつくりはじめて、18年たった今、空間やプロダクトに広がっていきました。せっかくなら、残る仕事をしたいじゃないですか。
於保面白いのは、鍛冶屋って常にパトロンを探しているらしいんです。雇われている殿様が戦に負けたら、別の殿様のところに移る。移籍できるって話には、びっくりしましたね。
高橋日本がアメリカに負けたときも、すぐにマッカーサーが刀を買いにきたなんて話があるくらい、守られているんです。でも考えてみれば、ふだんいろんなクライアントを相手にしているわけで、自分も似たようなことをしている。やっぱり腕のいい職人にならないといけないと思いますよね。
於保この街でやってみたいことといえば、メディアアートについての取り組み。谷川じゅんじさんを中心に、六本木ヒルズで「MEDIA AMBITION TOKYO」をやっているじゃないですか。僕らもお手伝いをしていて、おかげさまで今までメディアアートとは縁のなかった人たちにも作品を観てもらえるようになりました。
MEDIA AMBITION TOKYO
そういうのがヒルズだけじゃなくて、ミッドタウンにも広がっていくといいなあ、と。ちょうど、同じ時期には国立新美術館で「メディア芸術祭」も開催されています。2月に東京・六本木に行けばメディアアートのお祭りが観られる、アルスエレクトロニカとかミラノサローネみたいに街全体で盛り上がれたらいいですね。
高橋映像とか、いわゆる既存のアートとは違う表現の価値をわかってもらって、面白いと気づいてもらう入り口になれば。映像に関わる人たちの中には、そう望んでいる人も多いんじゃないかと。
於保六本木では、すでにアート的な取り組みがたくさんされているので、僕らも映像の新しい価値をつくることに貢献できたらいいですね。
於保ここ数年、プロジェクションマッピングが話題になっていますが、僕らは意外と冷静に見ているんです。
高橋過剰ですよね。まあ、喜んでもらえるので、素直に受け入れようかなとも思うんですが、あんまりやりすぎても......。テレビ以外のところに映像を写すということが前向きにとらえられるようになったのはありがたいですけど。最近プロジェクションマッピングやサイネージの仕事をしていて、すごく重要だと感じるのは、いかに"主張をしないか"ということ。でも、それが難しい。
於保そのへんはこれまでの経験から、いい距離感をとれるようになってきていると思います。今はプロジェクションマッピングにしても何にしても、どうだ! って押し出す、やる気全開の映像が主流。そういうのはもうお腹いっぱいかな、と。環境と親和性が高くてほどよく主張する、"大人な映像の使い方"をおすすめしていますね。
高橋やっぱり、ちゃんとモノとリンクしていないとダメ。最近、SHISEIDO THE GINZAで「アルティミューン」という美容液のディスプレイの仕事をしたんですが、これもただ映像を流しているんではなくて意味をもって流しています。
資生堂「アルティミューン」
於保ディスプレイでは、高性能のモーターを20個並べて、その上に商品を置きました。そして、順番にくるくると回ったりする動きをプログラムで制御してビジュアルをつくっている。資生堂の人たちも、こんなのやったことがない、って最初は疑心暗鬼でしたけど。
於保たとえば「ウインドウディスプレイをやってほしい」という話がきたときに、そこでどういう表現をしたらベストなのか。最近は、映像で埋め尽くすのも選択肢のひとつではあるけれど、それがベストじゃないかもね、というところから入るようにしていて。クライアントから「映像でやってください」と言われても、僕らのほうで違う提案をすることもありますね。「映像、いらないんじゃないですか?」みたいなことも増えてきている。
高橋そういうときは、自分から身を引きます(笑)。
於保照明だけでやったほうがいいかもしれないし、モノを並べるだけのほうが効果的かもしれない。それに、さらにプロジェクションマッピングを加えたら......。そういう可能性を探ることが、やっと許容されるようになってきたんです。もし10年前にこれを言ったら、「よくわからないですね」で終わってしまったでしょう。でも、プログラマーにしてもライティングデザイナーにしても、みんながいろんな経験を積んできたので、技術的にも可能になってきた。ようやく下地ができてきたなあと。
高橋せっかく下地ができたんですから、なるべく消耗しないように。実際こうやってメディアに露出することについても、すごく慎重なところがあるんです。また出てるって思われるし、取材で「WOW、いいですね」って言われても、「そうですね」とは返しづらいじゃないですか。
於保今さらこんなこと言うのもなんですけど、僕たちはビジュアルで伝えるコミュニケーションをしているので、しゃべりすぎるのはよくないな、と。せっかくみんなが幻想を抱いてくれているのに、言葉を尽くしちゃうと、「あれ、そういうことだったの?」って感じる人もいるんじゃないかなって思うんです(笑)。
取材を終えて......
「なるべく自慢にならないように。人の自慢を見たって、気持ちよくないじゃないですか」と高橋さん。ブログのコメントからもわかるように、なんとも職人肌のおふたり。クオリティにはこだわるけど、映像という手段にはこだわらない。そんなスタンスがステキです。(edit_kentaro inoue)