「六本木アートナイト2014」で行われた、六本木未来会議の公開インタビューのゲストは、クライン ダイサム アーキテクツのアストリッド・クラインさん(写真下)とマーク・ダイサムさん(写真上)。代官山 蔦屋書店やGoogle Japanオフィスの設計を手がけるほか、いまや世界750都市に広がったプレゼンテーションイベント「PechaKucha Night」を考案したことでも知られています。来日して25年になる2人は、この日配布されていた、「ふるさとシール」をつけて登場しました。
アストリッドちょうど今、肩に「ふるさとシール」(ユーラシア大陸版)を貼っていますが、私の親はドイツ人。イタリアで生まれ育って、フランスとイギリスの大学に行ったあと、1988年に日本に来ました。マークはイギリス出身です。
マークもう25年前ですね。きっかけは、大学の図書館で『新建築』とか『GA JAPAN』とかを見たこと。もちろん全部日本語なんだけど、本当に面白くて、日本に行ってみたいと思いました。
アストリッドロンドンとかパリやローマもそうなんですけど、古い街は保守的で、あんまり新しいことができない。でも日本は、すごく大胆で意外な建物を建てているんです。「こういうのをつくったんだ! こんなのが建ってるんだ! 信じられない!」 それで見に行こうと。
マークまだインターネットがなかったから、日本に行くためのプランニングをするのも大変。でも今はすごく簡単になりました。日本語は、まだちょっと......大変ですけど(笑)、頑張ります。
アストリッド伊東豊雄さんの建築設計事務所に入れたのは、すごくラッキーでした。とってもいろいろな勉強をさせてもらって、たぶん今ここにいるのは、伊東さんのおかげだと思います。
マークその頃の六本木というと......まあ、防衛庁ですね(笑)。長い壁がずーっと続いてて、となりには小さなロックバーがありましたね。すごいヘンな。
アストリッド夜遅く、いえ、朝早くまで、若いからよく遊びに来てたんですね、六本木に。すごくよく覚えてるのは、高速道路の下でタクシーが拾えなかったこと。外国人を見ると、運転手さんが「英語ができないから」っていって停まってくれなくて。風が吹いていて、すごく寒くて疲れる。六本木は楽しいけど、帰り道はいつも嫌な思い出という。
マークバブルの頃だから、金曜日の夜なんてタクシーは全然いないですね。当時は、六本木でデザインやアートといえば、アクシスくらい。今日もアートナイトをやっていますが、六本木がデザインとアートの街になったのは、本当にびっくりしました。
アストリッド昼間も夜も、どんどん魅力的でステキな街になってきた。でも、もっともっとエンターテインメントな街になったらいいんじゃないかと思っています。
マーク六本木では、いろいろなプロジェクトもやらせてもらいました。たとえば、ミッドタウン・ガーデンの芝生広場での「SAKURA CAFE」。ちょうど6年前ですね。
アストリッドベンチやハイテーブルが桜の花びらの形をしていて、座ってお茶を飲みながら、ちょっとゆったりできる。お花見のシーズンを、もっともっとピンクにしたかったんですよね。
マークライトアップした夜も、すごいキレイ。
アストリッド テーブルをどかしたときには、そこだけ色が変わってランドアートになったんです。色が変わった、ようは芝生が傷んでしまったということで、ミッドタウンさんには怒られちゃったけど(笑)。
SAKURA CAFE
マーク他には、六本木ヒルズにあるGoogle JapanのオフィスやYouTubeのクリエイタースタジオの設計も。フロアプランが大きいのと、4フロアもあるので、自分がどこの階にいるかわからなくなる。だから、Googleロゴと同じカラーのウォールペーパーでナビゲーションして。
Google Japanのオフィス
アストリッドGoogleは世界中のいろんな国にあります。せっかく日本なんですから、この国のレファレンスも入れようと。もちろん本物ではありませんが、銭湯や屋台があったり、畳の部屋があったり。
アストリッド六本木との関わりはもう長くて、実は昔、私たちの事務所は麻布十番の商店街からすぐのところにあったんです。「Deluxe」という名前で、今のシェアードスペースのような場所。スペースが広いから「デラックス」。インテリア的には倉庫みたいな感じで、全然デラックスじゃなかった(笑)。スペースがあるから、いろんなイベントやりました。シェアしていた5つの会社のひとつが「東京エール」というビールを醸造する会社だったので、それを飲むためのイベントとか。
マークスローガンは「Thinking and Drinking」ですね。
アストリッドそのうちイベントがどんどん増えてしまって、仕事とコンフリクトして。まだ六本木ヒルズができあがる前に、六本木通り沿いに新しいスペースをつくりました。
マーク麻布十番はDeluxe、六本木は「SuperDeluxe」。もっと大きくて、だいたい250人くらい入れます。2002年の東京デザイナーズウィークのときにスタートしたから、もう12年ですね。
アストリッド私たちの仕事は建築設計ですが、それはデイジョブで、SuperDeluxeはナイトジョブ(笑)。イベントをやると、いろんな人と出会うことができて面白いんですが、毎日何かないと、ビジネスプランとして成り立たない。平日の火曜日とか水曜日に、どうやって人を呼べばいいかと考えてはじめたイベントが「PechaKucha Night」なんです。
PechaKucha Night
マーク「PechaKucha」のコンセプトは「Show and Tell」。建築家はおしゃべり好きな人が多くて、普通にプレゼンテーションすると、いっぱいのスライドが入ったパワーポイントをつくって話が長くなる。だから、20枚のスライドで20秒ずつというフォーマットを決めてコンパクトにしました。合計6分40秒、終わったらそれで終わりの「デザインカラオケ」(笑)。
アストリッド面白いのは、若い人も年上の人も、誰でも参加できるんですね。しかも、マイプロジェクトとかマイブームとか、クリエイティブの話だったら何をしゃべってもOK。たとえば面白い旅に出たとか、カジュアルな友だち同士のコミュニケーションみたいな。六本木から世界中、今では750都市に広がりました。
マーク今月(2014年4月)だけで、世界で138イベント。なぜこんなに広がったかというと、フォーマットが誰でも使えてタダだから。今思うと、、10年前にした大きなミスですね(笑)。
アストリッド(無料にしたのは)残念でしたね(笑)。有名な人だったら、展示会やレクチャーもできるし、雑誌に載ることもある。でも、若い人たちが作品をつくっても、発表の場がないんですね。これならたった20枚の写真と、ちょっとしたエピソードさえあれば、簡単にプレゼンテーションできます。
マーク 有名な人も学生も同じステージ。学生さんはしっかり練習をしているから、すごくスムーズ、でもふだんいっぱいのスライドを使って話すのに慣れている有名な建築家のほうが、ナーバスになっていますね。
マークそうそう、今日は、未来の六本木についてのアイデアを持ってきました。それは、東京ミッドタウンから、ナショナルアートセンター(国立新美術館)を通って、六本木ヒルズまでの抜ける裏道を「六本木アートルート」にするというもの。ミッドタウンもキレイ、ナショナルアートセンターもキレイ、ヒルズもキレイ、でも......この間はすごく残念ですね。
アストリッドむしろキレイすぎといってもいいくらい。歩いていても見るものがなんにもないし、面白さも足りない。歩きたくならないんじゃないかな。
マーク21_21 DESIGN SIGHTやナショナルアートセンターでアートを観て、次に六本木ヒルズの「アンディ・ウォーホル展」に行きたいと思ったら、このルートしかない。ほんとにすごくつまらない。どうしましょうね(笑)。
アストリッド せっかくステキな施設があるんだから、間も頑張ったほうがいい。六本木には日本中、世界中からたくさんの人が来るんだから、散歩道も考えたほうがいいんじゃないですか?
六本木アートルート
マーク世界で一番有名なアートルートといえば、ニューヨークのハイライン。
アストリッド昔は鉄道が走っていたところを公園に変えて、アートを置いたりしています。東京だったら、今工事中の東横線の線路をそのまま残して、歩けるようにした感じ。
アストリッドどうやったらこの道を、散歩道としてもっと楽しくできるのか。ひとつ目は、植物。今は景観条例があって、建物を建築すると敷地の何%かを植物に使わなければならないんですね。でも、だいたいは植木をポンポンと置いているだけで、あんまり感動的じゃない。ランドスケープの視点から考えれば、もうちょっと道路のほうに植物を伸ばしてもいい。ここのミッドタウン・ガーデンなんて、すごく気持ちいいですよね。
マーク 表参道ヒルズが工事中のときに、仮囲いのデザインを担当しました。ただの仮囲いじゃつまらないので、もっとフレッシュなグリーンウォールができたら面白いと思って。
アストリッド有栖川公園の向かいにあるacrylicというアクセサリーブランドに、竹林のイメージでファサードをつくったことも。小さな敷地なんですけど、そこが公園になったらいいんじゃないかなというイメージ。ちょうどオープンしたのが七夕だったので、オープニングに来た人や、通る人に短冊を書いてもらったんですね。
表参道ヒルズの仮囲い
acrylic
アストリッド 2つ目は景観条例と同じように、アート条例をつくること。「必ずアートを置かなければならない」というルールになったら面白い。そうやって、もっと意識させたほうがいいと思うんです。
マークもうなくなってしまったけれど、ラフォーレ原宿の前に、グリーンをイメージしたディスプレイケースをつくったこともあります。六本木アートルートも、そういうイメージ。
ラフォーレのディスプレイケース
アストリッドウインドウドレッシーね。ただ商品が並んでいるだけじゃなくて、アーティストとコラボして、店先をちょっとしたギャラリーにする。
マーク若いアーティストとかデザイナーにチャンスをあげたいんです。もちろん有名なアーティストじゃなくて、学生でもいい。たとえば、不動産屋のウインドウって、物件の広告が貼ってあるだけで面白くないでしょう。上は不動産の情報だけど、下のほうにアート作品が隠れてる。歩きながら、どこにアートがあるか探せる、アーツトレジャーハンティング。
アストリッド『ウォーリーをさがせ!』みたい(笑)。あとは、街なかの掲示板や看板でゲリラアートをする。
マーク横断歩道にペインティングするのもいい。駅の床にあるような広告用のシールを使って、道路にアートを貼ったり、100円パーキングの場所を借りて展示ができるとか。
アストリッドパーキングのフェンスも退屈。学生たちに、このフェンスを使って何か面白いことをやってもらう。今回のアートナイトでも、古着を集めて巨大なスカートをつくっていますよね。古着をウィービングして(編み込んで)ウォールピースにするとか。
マークそれから、六本木は高速道路も大変......ですね。ほんとに汚いし暗い。
アストリッド楽しさとかワクワク感がないし、ちょっと怖いよね。六本木交差点の周辺はいろいろ工夫してキレイになっているけど。存在感が大きいものだからこそ、もっともっと楽しくできたらいい。高速道路の側面とか下にミラーをつけて、まわりの景色がリフレクトされるようにするのはどう? まるで、川の水面に太陽が当たってキラキラ光るように。高速道路は、水は流れていないけど車が流れているから、その逆バージョンで。ミラーがあると、存在感って消えるでしょう。
アストリッド道でも高速道路でも、アートが見られたり何か体験できたりして、楽しみとか驚きを与えられる。街なかで歩きながらできる冒険、みたいな。
歩いていてもつまんないから人が残らない。カフェはないのにチェアやベンチを置いたり、人が残りたくなるきっかけをつくってあげる。お店を出している人からすれば、人が来ればゴミも出るし、迷惑かもしれません。でも、街を歩いている人はみんなお客さん。お客さんは何がほしいんだろう、そこから考えてみる。自分は少し不便になるけど、10倍くらいになって返ってくるんじゃないの? って思う。
マークAとBとCだけではなくて、その間をつなぐ。これでも昔に比べれば、ちょっとは面白くなってきたんですけど。最初はこのルートをやりましょうと決めて、そこからだんだん他の道、公園、警察署......と広げていって。
アストリッド 街をキレイにキープしましょうという決まりとか、運動はよくありますよね。でもだいたい、あれはダメ、これはダメって、厳しすぎて何にも許してくれない。そうじゃなくて、あれは面白くない、これは面白くない、って面白くないと怒られるようにしたらいい。もう、つまらないものはやめましょうよ!
アストリッド どこの街にも問題はあるしパーフェクトじゃない。だから、こういうふうにしたらもっと面白くなるんじゃないかという思いをぶつけて、アクションがとれるといいですよね。どんな小さなステップでもいいから、自分の力でまず何かはじめる。あんまり上のほう(行政)に期待するとどんどん遅くなったり、予算が出なくなったりするし(笑)。
六本木だって、昔はデザインもアートも何もなかったのに、今では毎週、当たり前のようにイベントが開かれているじゃない?
マーク私も、そういう小さいタネが大事だと思います。PechaKucha Nightも、小さなイベントだったのに世界中に広がった。タネをまくから、だんだん大きいことができる。そろそろオリンピックも来ますから、今はすごいチャンスですね。
アストリッド自分も含めて、何か「チェンジ」があると、みんなちょっと嫌がるんですね。ええーって。建築をやっていて、役所の人と話していても、「私はいいと思っているんだけど、でも上司はね......」と言われたり。そんなとき私は「じゃあ上司に会いましょう!」って。あくまでみんな人間で、個人個人はいい人、ルールのうしろに隠れていていいの、よくないでしょう? って一生懸命説明して、説得する。日本語でいうと「ネマワシ」ね(笑)。
マークそういえば、この間設計した代官山の蔦屋書店もそう。あの建物ができたことで、すごく街が変わりました。それはほんとに。
代官山蔦屋書店
アストリッドもちろん私たちの力だけじゃなくて、大勢の人たちの協力があったから。そうやって、みんなで同じゴールに向かうと、チェンジできると思うんです。
取材を終えて......
プロジェクターに次々と画像を写しながら進められたインタビューは、まさに、本物のPechaKucha Nightを見ているよう。ちなみに、アストリッドさんが「面白いことしかやっちゃダメ」と思いついたきっかけは、実はSuperDeluxeをはじめたばかりの頃にあったそうです。詳細はこちらで。(edit_kentaro inoue)