個人からプラットフォームへ、彫刻からプロジェクトへ。
六本木ヒルズ・森タワーの49階、アカデミーヒルズで開催された1DAYイベント「六本木アートカレッジ」。その講座のひとつとして、六本木未来会議の公開インタビューが行われました。ゲストは、3Dモデリングシステムなどデジタル技術を使った作品で知られる、彫刻家の名和晃平さん。六本木の思い出にはじまり、制作拠点である京都のスタジオ「SANDWICH」の成り立ち、個々の作品の制作秘話まで。作品と空間、そして建築と都市とを横断するインタビューをどうぞ。
大学を卒業した2003年に、「キリンアートアワード」という現代アートのコンペで奨励賞をもらったんです。それまであまり東京に来たことはなくて、このとき初めて、いわゆるアートピープルと呼ばれる人たちと出会いました。今は恵比寿に移転した「トラウマリス」というバーが芋洗坂にあって、そこで夜な夜なドローイングを描いたり、同世代のアーティストと話をしたり。当時、六本木はとにかくそこしか知らなくて、たまり場にしていました。
六本木って、スピード感があって混沌としていますよね。そもそも、この街の中心がどこなのかわからないし、いまだにしっかり街を歩いたことがない。僕が拠点にしている京都とは全然違いますね。京都はもう少しのんびりしていて静かだし、コンパクト。街が長いスパンでできあがっているので、バランスがいいのかもしれません。六本木のように刺激的なものがどんどん現れる場所とは対照的な気がします。
大学の博士論文として、「感性と表皮」というテーマで、現代における彫刻論を書いたことがあります。世界の都市を見てみると、商業空間がどんどん増殖したり膨張しているように感じました。そういう資本主義の論理によって生み出された造形やテクスチャーが、街の表皮を覆っていく。それはうつろだし、感性に対してけっしていい働きかけをするものばかりじゃない。
プロダクトであっても建築であっても、消費されたらまた取り替える、そういう街のつくり方をしているように見えました。感じていたのは、どちらにしても現代の資本主義のやり方は限界だということ。経済ばかりを優先して、競争原理だけで走っていくと、きっと問題が出てくるんだろうな、と。シュタイナーとか理想主義の哲学書を読んでいたこともあって、当時はそんな疑問を持っていました。
「SCUM」は、そうしたことのメタファーとして生まれた作品です。SCUMという言葉には「泡」という意味のほかに、「灰汁」という意味もあります。刺激がひとつの泡だとすると、その泡が堆積してコップやお皿に満たされすぎると、ぶよぶよと膨張していく。SCUMは輪郭を見えなくしていくオブジェですが、一方で、造形物を透明感があるガラスビーズで覆った「PixCell」というシリーズをつくったり。都市なのか時代なのかわかりませんが、彫刻に置き換えて表現していました。
SCUM
僕は今、京都の宇治川沿いにある「SANDWICH」というスタジオで、複数のチームとともに仕事をしています。中心にコンテンポラリーアートがあって、他にもグラフィックデザイン、最近では国内外の建築も手がけようということで一級建築士事務所にもなりました。プロジェクトをマネジメントするオフィスチーム、技法の開発や素材のリサーチから設置まで、個人でやっていたスタジオが進化したプロダクションチームがあります。
SANDWICH
スタジオのつくり方としては実験的なのかもしれませんが、個人の工房からプラットフォームへシフトしようと思いました。学生をはじめ、デザイナーや建築家も巻き込んで、大学でもないし会社でもない、誰もが使えるフラットでニュートラルな、みんなの遊び場みたいな場所をつくろうと。僕にとって美大は、好きなことばっかりできる天国みたいなところだったので、その延長線上のような場所であってほしいとも思っています。
以前は、そんな「場」をつくりたいなんて、まったく考えていませんでした。借りていたスタジオが手狭になって場所を探していたら、たまたまポストに不動産屋のチラシが入っていて、間取りと家賃だけをたよりに物件を見に行ってみると、そこは土手沿いにある工場の跡地。予想以上に開けていて、いつも風が吹いているのも気持ちよく感じて、ここに移ろうと決めました。
SANDWICHという名前の由来は、もともとそこがサンドイッチ工場だったから。初めて来たときはぼろぼろの空き家で、ベルトコンベアとか工場の残骸も残っていて。最初はスタッフも、「電話に『サンドイッチです!』って言って出るんですか!?」なんて戸惑っていましたが、この名前が定着するまで頑張ろうといってはじめて、もう5年目になります。
たまに、近所の農家の人が野菜を持ってきてくれることもありますね。一時、若い子が鹿ばっかり運んでいる(作品「PixCell-Deer」)ってウワサになって、「劇団の人ですか?」なんて聞かれたこともありましたけど(笑)。
PixCell-Deer
建築の打ち合わせやっているとなりで、アートプロジェクトの打ち合わせをやっていたり、そのまたとなりでサンプルをつくっていたり。スタジオ内では日々さまざまなことが起こり続けています。とにかくいろんな立場の人が、同じ平場の上でプロジェクトに取り組むので、建築とアートも勝手につながるし、会話も生まれやすい。自分が学生のとき、こういうところに出入りしたかったと思えるような場所になりました。
とはいえ、クリエイティブな世界でサバイブしていかなければならないので、休んでいる余裕はありません。自分の個展はもちろん、京都造形大の学生をベースにしたULTRA PROJECTをはじめ、グラフィックに建築まで。中を歩いたら歩くだけやることが出てくるというくらい、プロジェクトがひしめきあっている。簡単なレジデンスもあって、国内外からインターンも受け入れています。
SANDWICHをつくってからというもの、仕事のやり方から何からまったく変わって、やっぱり場所って大きいんだと実感しましたね。スタッフも育ってきたし、僕自身も、とても勉強になっています。最近は、本格的に建築プロジェクトがはじまって、ますます忙しくなってきました。もともと建築は研究テーマのひとつでもあったのですが、まさか自分が建築事務所をやることになるとは思ってもいませんでしたから。
そもそも僕の作品って、たとえば水槽にシリコンオイルを入れて、その中で泡を循環させるとか、プリズムのボックスの中に剥製を入れるとか、ミリ単位で設計をしないといけないものが多くあります。作品を考えるということは、それに合った空間を考えること。空間を考えるということは、つまり建築を考えることでもあって、結局どこからどこまでが作品で、どこからどこまでが建築かなんて気にしなくてもいいと思うようになりました。
「ここにアートワークを置いてください」って言われたときに、それがただ単にインテリア的な発想だったらあまり面白くないけれど、建築の概念を内包したアートとしてとらえると面白い。その空間をどうやってアートに変えるかって考えたら、必然的に建築的なアプローチが重要になってくるし、建築についてもっと知りたくなるでしょう。
実は、コンピュータの中で造形するのは、建築と変わらないんですよ。たとえば「Trans」という作品では、人体を3Dスキャンして、プログラムを組んで彫刻をつくりました。この手法では、どんなに大きい造形物も小さい造形物も、それこそ建築でも人体でも、全部同じ「ボクセル」(体積の要素を表す三次元空間での単位)という情報として扱います。そもそもジャンル自体、関係なくなってしまうのです。
Trans
「瀬戸内国際芸術祭2013」では、妹島和世さんが設計した建物の中で「Biota」というインスタレーションをさせてもらいました。これはまず、妹島さんが設計した建築を全部3Dでつくって、その中に僕が「触感デバイス」というデジタルの粘土に触ることができる装置を使って造形をしていきます。それを設計図にして、作品を仕上げていくわけです。
Biota(Fauna/Flora)
コンピュータの中のデータと現実のマテリアル、それを同時にさわって、2つの世界を行ったり来たりしながら作品をつくる。ズレが出ることもあれば、完全に一致することもあるし、作業を続けていると現実の世界が3Dみたいに見えてくることもあって、その感覚も面白いですね。
建築にも設計図があって、それにマテリアルを当てはめてつくっていきますよね。そういう見方をすれば、作品も都市も、人間の意識を現実化させるという意味では同じ。これまでは、ホワイトキューブの中で感覚にフォーカスする展示が多かったのですが、最近は、個々の作品がクロスオーバーしはじめている気がします。
たとえば、あいちトリエンナーレに出展した「Foam」は、真っ暗な部屋の中に泡のボリュームが絶えず変化し続け、浮かび上がるインスタレーションです。ランドスケープのように空間の中にさまざまな形態の泡が立ち上がり、高さも3mになったり4mになったり、毎日形が変化していきます。発生する泡の数と消える泡の数の差で形態が生まれるというのも、すごく都市とか建築的だと思いますね。
Foam
また「Manifold」は、韓国のチョナンという街の真ん中に、巨大な彫刻をつくるプロジェクト。日本で設計したものを中国で削って型をとって、アルミを流し込んで、それをまた日本に持ってきて、一つひとつ溶接して鉄骨と合わせます。最終的にはすべてのパーツを韓国に運び、また溶接でつなぐという、2年がかりの壮大なプロジェクトでした。
Manifold
このときのオーダーは、「300年持ちこたえる作品をつくってほしい」というもの。300年というと、もはや都市とか街のスパンより、ずっと長い時間。今、目の前にある百貨店が存在しているのかどうか、街がどう変わっていくのかすらわかりません。それなら、現在の街の状況に合わせることだけを考えなくてもいいのではと思い、恒久的に作品があることによって、この街に何が起こるのかを想像しながらつくっていきました。
もともとは全部ひとりで制作していたのですが、だんだんプロジェクトや作品が大きくなってきて、マネジメントや技術のスタッフも加わりはじめました。今は、映画監督として撮影を仕切っている感覚に近いかもしれません。ただ、造形性だけは、最終的に僕自身が体で測らなければいけない。3Dのシステムがいいのは、タッチングデバイスを通して、実際の感触が返ってくること。身体の感覚というフィルターを通して確認できるので、仮にそこから大きくしても小さくしても、作品自体の形は絶対に変わらないのです。
もちろん素材や、つくる国や会社が違えば、ズレも出てきます。そういうときには、これは違う、これはテイストが合わないといって、ズレを戻していく。僕がこだわっている部分が細かすぎて、「付き合いきれない」とか「こんな大変なこと、もう二度とできない」なんて言われることもありますが、それでもなんとかやるしかありません。
最終的に、チームでつくり上げた作品のクオリティがすばらしかったり、新しいものが生まれたりすると、また一緒にやろうよということになる。今はいろんなプロジェクトをやりながら、いいチームとか人間関係、ネットワークをつくっている途中ですね。
六本木にSANDWICHを? それは全然考えたことはないですね(笑)。この街って、とにかくあらゆるものがひしめきあっている場所。そこにただ箱をつくって、プログラムを確保して、人を呼び込むというのはなかなか難しいでしょう。恒久的に成立させるにはノウハウだって必要だろうし、効率性だって考えないといけないし。
たとえば六本木に来ると、街の中心がわかりにくいなとか、子どもが走り回っていないな、とか感じることがあります。そういう街の雰囲気や課題だって意識しないといけない。展覧会をするにしても、空間や造形物をつくるにしても、これまでの六本木という場所が持つ背景を超えるような何かを考えないと......。もしそれがクリアできるならば、ぜひやってみたいですね。
取材を終えて......
公開インタビュー後の控え室で、「何か具体的に、この街でやってみたいことは?」と質問すると、上のような答えをしたあと、う~んと考え込んでしまった名和さん。「六本木は大きく動いていて、つかまえられない感じがして......」と言いつつも、その表情は、すでに何かいいアイデアが浮かんでいるように見えました。(edit_kentaro inoue)