2つの”サローネ”を連動させて、ステキなスパイラルを生み出す。
秋の恒例イベント「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH」。 2013年、会期前半の目玉のひとつとして開催された「Salone in Roppongi」では、今年のミラノサローネでもっとも話題を集めた日本人デザイナー、nendoによるインスタレーションが行われました。nendoを率いる佐藤オオキさんが語る、ミラノサローネへの想い、六本木とミラノの共通点、そして Salone in Roppongi のこれからとは?
六本木ヒルズがオープンして10周年、僕たちがnendoというデザイン事務所を設立したのが今から11年前の2002年ですから、ちょうどこの街が開発されていくのと歩調を合わせながら、自分たちも成長してきたという感覚があります。
2008年には、21_21 DESIGN SIGHTでの「XXIc.-21世紀人」展で、三宅一生さんとお仕事させていただいたのもたいへん貴重な体験でしたし、昨年のデザインタイドでは「Coca-Cola Bottleware」のインスタレーションをやらせていただいたり。六本木では、毎年何かしらのイベントに参加させてもらっていて、なんとなくターニングポイントにもなっているのかなと感じています。
XXIc.-21世紀人」展
Coca-Cola Bottleware
六本木って、大型の商業施設や美術館もあるし、夜の街でもある。デザインやアートを含めて、とにかくいろいろな要素がごちゃごちゃに混ざっているイメージ。一番情報が集まってくるし、一番活気もあるし、何か新しいものを発信していこうというパワーもすごい。僕は勝手に、日本一混沌としている街なんじゃないかと思っています。
仕事での関わりは深いんですが、プライベートでは正直、あまり六本木に来ることはないんです。休みの日は家でじっとしていることが多くて、出歩いたりすることも全然ない。出張が多いので、東京では極力移動をしたくないというのもあって(笑)。
基本的に毎日、同じことをやっているのが好きなんです。nendoは建築もするし、インテリアやプロダクト、グラフィックと、ジャンルを問わずに活動しています。まさに仕事がイレギュラーの連続なので、ふだんの生活ではできるだけルーティンワークを大事にしたいんです。
だから、お昼ご飯も同じそば屋で同じメニューを食べて、そのあと同じスタバで同じコーヒーを飲んで......。ルーティン化できる要素は、すべてそうしています。けっして無理をしているわけではなくて、一番楽だから。たとえば制服があったら、毎日着る服を選ばなくていいでしょう。それと同じ感覚なんです。
そういう意味では、自分にとって六本木という街はイレギュラー、変化が多すぎるのかもしれません。nendoはミラノにもオフィスがあって、毎月出張で行くんですが、ミラノで受ける刺激に近いのかなと思うこともありますね。
パリにはパリ、ロンドンにはロンドン、東京には東京。街にはいろんな性格がありますが、六本木には、ミラノが持っているギラギラした感じというか、底抜けに明るい雰囲気があるんです。そういう空気の中で最新のデザインやトレンドが生み出されて、発信されていく場所。さらに、デザインやアートを媒介にして、人と人とがコミュニケーションを取るという状況ができあがっている気がします。
ミラノは今、2015年の万博に向けて開発が進んでいて、大きなビルがどんどん建っています。行くたびに街の表情がガチャガチャ変化していくというところも、どこか六本木っぽい。海外のクライアントやお客さんが東京に来ると、やっぱり六本木に行きたがる人って多いんです。きっと国際的でありながら、その土地ならではの特徴や変化もあって、何かを発信し続けていくエネルギーにあふれた街だからなんでしょうね。
nendoというデザイン事務所をつくったきっかけは、友人たちとミラノに卒業旅行に行ったこと。ちょうどミラノサローネ(国際家具見本市)が開催されていて、「デザインってこんなに開かれたものだったんだ!」と、すごく刺激を受けたんです。ちなみに、nendoという社名も「自由で柔軟な発想で、ものづくりに取り組みたい」というところからきています。
ミラノサローネ
学生時代の反動なのかもしれません。大学・大学院では建築を学んでいましたが、当時は建築家がインテリアを手がけるなんて言ったら、それこそ張り倒されるような空気感(笑)。大学内に同期が200人以上いて1から200まで順位をつけられる厳しいところで、6年間、罵倒されたり、ときには模型を投げられたり。「こういうことはやってはいけない」という制約の多い中で過ごしてきました。それがミラノに行って、デザインって自由で楽しいものなんだと気づいてしまった。
大学院で所属していた研究室の古谷誠章教授は、おおらかで比較的放任主義ではあったのですが、正統派の建築をされているので、今すごく肩身が狭いと思います。「nendoって、お前のところから出てきたんだろアレ」って、たぶん言われてる(笑)。
建築はアカデミックな側面が多分にある世界なので、同業者だけしかわからない言葉を使って会話をしたり、まずは理論を組み立てて......という順序を大切にしたり、自分には少し窮屈に感じられる部分がありました。でも、ミラノサローネは、たとえばプロダクトデザイナーが洋服をつくったり、建築家がイスをつくったり、本当に自由。クリエイター側だけじゃなくて見る側も同じで、老夫婦や子ども連れといった一般の人たちが作品を見て、ああだこうだ言って勝手に楽しんでいる。その状況がすごく面白くて。
そのとき、もっとも衝撃を受けたのは、吉岡徳仁さんの活躍でした。まだ30代半ばで、日本でも当時はあまり知られていなかったと思うのですが、フィリップ・スタルクと対等の扱いでイタリアの家具メーカー・ドリアデから新作を発表して、しかもインスタレーションまでやっている。なんで無名の日本人が、スタルクと一緒に並んでいるんだろう? もしかしたらここは、実力さえあればフラットに見てもらえる世界なのかな、頑張っていれば評価してもらえる土壌があるのかな、って思ったんです。
吉岡徳仁
右も左もわからない中で、5年以内に出展できたらいいなと思ってデザイン事務所をスタートさせたら、翌年すぐに実現して、その展示で賞までいただいてしまった。そして3年後の2005年、ミラノオフィスを設立したのは、完全に"サローネシフト"です(笑)。とくにヨーロッパのクライアントは、新作をまずサローネで発表したがりますから。それからも出展を続けて、もう11年連続になりました。
サローネでは毎年、何千、何万という新作が発表されていて、会期の1週間では、とても全部を見て回ることはできません。そんな中で、どうやったら自分たちの作品に気づいてもらえるか、メッセージを伝えることができるか。そういう意識の大切さと伝えることの難しさは、ミラノサローネが教えてくれたものかもしれません。
これはなんだろうって思わせる感じだったり、さわりたくなる感じだったり、デザインには人の感情に訴えかける要素が大事。世の中には、あえて人を拒絶することで驚きを与える表現方法もあるでしょう。でも、自分たちは驚かせるにしても人を遠ざけるのではなくて、人が集まってくるような懐の深い表現ができたらいいなと思うようになりました。
今回、Salone in Roppongi でインスタレーションをさせてもらって、あらためて居心地がいいというか、六本木という街自体に"やり慣れている感"があると感じました。きっと同じことを池袋や高田馬場でやろうとしたら、こうはいかないでしょう(笑)。六本木はミラノと似ているという話をしましたが、サローネのようなイベントは、この街にかなりマッチするんでしょうね。
Salone in Roppongi
デザインタッチもミラノサローネも、美術館の真っ白なホワイトキューブの中に展示するのとは違う楽しさがあります。 Salone in Roppongi が行なわれた東京ミッドタウンのアトリウムも商業施設の中にあって、買い物をしている人もいれば、仕事に急いでいる人もいる。そういうまわりの状況を雑音として嫌うのではなく、楽しんで受け入れていく雰囲気というか。
作品にも細かい説明のテキストはなくて、これなんだろう? なんだかわからないけど面白そうだから写真を撮っちゃった、みたいな感じでいいと思うんです。自分たち自身、この作品でこういうメッセージを伝えたいという意図よりも、その場の空気感を含めて、見た人それぞれが何かしら感じてくれるものがあることが大事なのかなって。10年前に、ミラノサローネが魅力的に映ったのも、そうやってデザインを自由に楽しめるところでしたし。
今年、展示をしたのはnendoだけでしたが、国内外を問わず、もっとたくさんのクリエイターが参加できるようになればいいですね。さまざまなジャンルでものづくりをしている人、いろんな考え方を持ったクリエイターが世界中から集まって、六本木というキャンバスを使って自由に表現する。
ミッドタウンやヒルズ、あるいは美術館だけでなくて、六本木の街の中には、ここで展示をしたら面白いのにと感じる場所は、まだまだたくさんあります。デザインタッチ期間中はお客さんも多いし、この街には世界中からいろいろな人が集まっていて、何かを発信するには格好のステージ。継続するのはなかなか難しいでしょうが、ぜひ来年以降も続けていってほしいと思います。
それには、お客さんを誘導する流れもつくらなければならないし、nendoがミラノサローネに育ててもらったように、若手クリエイターにチャンスを与えることも必要でしょう。彼らにステージを用意してあげるというよりも、自ら何かができるような余地をつくる。イベントをつくりあげていくプロセス自体を楽しめるようになったらすばらしいですね。
デザインタッチが10月で、ミラノサローネが4月ですから、時期的にはちょうど半年ズレていることになります。そう考えると、将来的には2つのイベントがもっと連動していくと面白い。半年後のミラノではこういうものが発表されるよというプレビュー的なことをやるのもいいし、今年のミラノではこんな展示をしましたという報告でもいい。六本木とミラノがより密接につながって、ステキなスパイラルを生み出せる仕組みがつくれたらいいですね。
ミラノサローネって、毎年、どんどん大きくなっているんです。それは、街のこのへんが空いているといって、クリエイターたちが勝手に開発をしていくから。大御所も新人も関係なく、ゲリラ的に何かをはじめたりして、自然発生的にゾーンが広がっていく。きちんとした展示スペースやギャラリーじゃなくて、道端でいい。極端な話、デザインタッチの期間に合わせて、みんなが六本木の街なかで勝手にやっちゃえばいいのになって思うんです(笑)。
取材を終えて......
「Salone in Roppongi」オープン当日に行なわれた、今回のインタビュー。取材対応が重なっているにもかかわらず、終始落ちついた口調で、にこやかに応じてくれた佐藤さん。最後の言葉は、「(ミラノと同じように六本木でも)クリエイター自身が何か仕掛ければいい?」という、こちらの問いかけに対するもの。この日一番の笑顔とテンションで、「そうなんですよ!」と興奮ぎみに話してくれたのが印象的でした。はたして、アイデアは実現するのか、来年のデザインタッチが今から楽しみです。(edit_kentaro inoue)