見世物小屋・紙芝居・山車...怖さや違和感をつくる「大人の悪ふざけ」。
コントユニット「ラーメンズ」として活躍し、粘土造形をはじめアーティストとしての顔ももつ片桐 仁さん。ふだんのクリエイターインタビューでは、六本木の街をデザインやアートの力でステキに変えるアイデアを提案してもらうことが多いのですが、今回は少し様子が違っていました。インタビューはまず、片桐さんのこんな衝撃の一言からはじまったのです。
六本木って、僕、日本で一番嫌いな街なんですよね。コントライブをやったこともあるし、映画の試写会にもよく来る。プライベートでは子どもと一緒に、六本木ヒルズの「ONE PIECE展」にも行ったし、この間は東京ミッドタウンの「ミッドパーク アスレチック」にも遊びにきました。これだけお世話になっているにもかかわらず、そのたびに毎回、もう二度と来るまいって思うんです(笑)。
だいいち、ファミリーにまったくやさしくないでしょう。レストランで何か食べていこうと思っても、子ども連れでは入りにくいオシャレなところばかりで、「あいつら、来るのかよ」って空気を感じてしまうし、ひとりで来ても、ドン・キホーテの前にいる外国人に軽く邪魔もの扱いされる。ヒルズは迷路みたいだし、ミッドタウンも入り口がいっぱいあって迷ってしまう。だいたいが被害妄想かもしれないんですが、なんだか負けた気分になって、じゃあもう帰るか......って。
僕は出身が埼玉で、子どもの頃に連れていかれる東京の街といえば銀座。六本木に行くなんて考えたこともありませんでした。六本木と聞いて思い浮かぶのは、あくせく働くクリエイターと眠らない街、みたいなドロッとしたもの。「魔窟感」というか、そういう得体のしれなさ、怖さも、この街を嫌いな理由のひとつですね。
ミッドパーク アスレチック
逆に、自分が好きな街ってどこだろうって考えたら、ラーメンズを組んだばかりの頃に住んでいた下北沢。初の東京、いや正確にいえば、学生時代に暮らしていた八王子と武蔵境も一応東京なので、初めての23区への進出でした。そういえば八王子も、六本木と同じくらい嫌いでしたね。不良多いし、山あるし、新宿からけっこう遠いし、夏暑くて冬寒いし、蛇口凍るし、東急ハンズないし......(笑)。
1996年から5年間くらいは、下北沢と笹塚の間にある風呂なし四畳半のアパートに住んでいました。下北を選んだのは、新宿にも渋谷にも一本で行けて便利だし、たんに憧れの街だったから。バナナマンの設楽さんとか友だちの芸人もいたし、「フューチャーショップ」っていうフィギュアや模型を扱う、おどろおどろしい店の近くに住みたかったというのもあって。
街が狭くて、ぐちゃぐちゃしているのもいいんですよ。「OPEN」って札がかかっているのに店内が真っ暗なアクセサリーショップがあって、おそるおそる入ったら、ペンチを持ったおっさんに追いかけられて思わず「すみません! すみません!」って謝って逃げたり、本多劇場の前の道を、あっち系の怖い人が「Gメン'75」ばりに横並びで歩いてきたり......。なんだったんだろう、っていうようなおかしな事件も起こる。
人が多いので、ライブのチケットを売って歩いたりもしましたね。そういうふれあいが好きなんて言うつもりはさらさらないんですけど、「許容してくれる東京」というか、少なくとも六本木に感じるような怖さはなかったんです。
下北にも六本木と共通する得体のしれなさはあるのに、六本木は怖くて、下北は怖くない。その理由は「街が低い」からかもしれません。下北って高いビルが全然ないでしょう。でも六本木は見上げるというか、見下ろされている感じがある。
こんなこと言ってますけど、うちの子どもはいつも、六本木ヒルズの展望台ではしゃいだり、東京ミッドタウンの芝生で走り回って遊んだり、かなり楽しそうに過ごしています。僕も今日の取材のように、ミッドタウン・タワーからのこの眺めを見せられちゃうと、六本木も悪くないなあ、なんて思っちゃうんですけど......。
『東京ウォーカー』で「片桐仁と行くアート探訪」という連載をやっていることもあって、興味のあるなしにかかわらず、よく美術館に行く機会があります。国立新美術館で毎年やっている「アーティスト・ファイル」展のインスタレーションはハンパないし、六本木ヒルズの入り口にある蜘蛛の形のパブリックアート「ママン」もすごい。
パブリックアート
一つひとつはすばらしいんだけど、それらが街の中に点在しているというか、埋もれてしまっているというか。「魔窟感」のある六本木に、急にきれいな美術館がたくさんできたり、これみよがしに立派な庭やアートがあるのも、なんだかチグハグな感じ。
あそこ(ミッドタウン・ガーデン)にある洞窟みたいな作品「フラグメントNo.5」だって、きっときちんとした計算のもとで、大きさを決めたと思うんです。模型をつくってああでもないこうでもないってやった結果、あそこに置かれるべくして置かれている。理路整然としているけど、つくられすぎているとも感じてしまいます。
街のことを真っ当に考えると、どうしても「世界に誇る六本木」みたいな、美しい方向にいってしまう。でも、外国の人って意外と、日本のごちゃごちゃした街並みが面白いって言うじゃないですか。ウディ・アレンの映画「ミッドナイト・イン・パリ」では、インテリぶった人たちがスノッブな会話をしている横に、あやしげな人たちがたくさんいて、それがなんともいえない空気感を醸し出していました。でも六本木って、そういういかがわしいものを排除している気がして。
「怖いから嫌い」って言いましたけど、よくよく考えてみたら、それってけっこう大事なんじゃないかと思うんです。誰もが気軽に来られるような明るい街はよくない! だいたいそんな街、他にいくらでもありますから。もしかしたら殺されるんじゃないか、バットでメッタ打ちにされるんじゃないか。それはさすがに言いすぎですけど、ある種の恐怖感をもって訪れる街があってもいい。
街全体が嘘っぽくてつくられた感じがする、お台場化してほしくないですよね。きっと、六本木好きな人たちも、渋谷や新宿とは違う「俺の街」みたいな感覚がいいって感じていると思うし。
美しくて整然としたデザインとかアートが表の顔だとしたら、もっと裏の顔も出す。たとえば、ディズニーランドの裏側で何が行なわれているんだろう、って想像しただけで面白いじゃないですか。六本木には、あやしげな雑居ビルも多いし、バブルの時代の逸話が残る店とか、ハリウッドスターが通う店、文化人が集まるサロンとか、いろいろあるでしょう。そういう得体のしれなさを隠さないで、どんどん出していったらいい。まあ、僕は怖くて行けないわけですが、たぶん少し憧れてもいるんでしょうね。
もし僕が、六本木に何か自由につくっていいと言われたら、絶対に無視できないくらい巨大な彫刻を置きたいですね。彫刻って、どこの街にもありますけど、たいがい無視されちゃうでしょう。あんなにインパクトのある太陽の塔ですら、地元の人はすっかり慣れてしまって、まわりで普通にお花見とかしてますから。昔、「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」でやっていた、身長5mの巨大な仏像「大仏魂」みたいに、動くのもいい。動いていたら、さすがに見ざるをえないですもん。
毎年、三軒茶屋で「三茶de大道芸」っていうイベントがあるんですが、そこに体長3メートルくらいの外国人パフォーマーがいるんです。竹馬みたいなのに乗って、キラキラした服を着て、顔にとんがったクチバシつけて。街灯のそばで休んでいるかと思ったら、急に街の人を追いかけはじめる。めちゃくちゃ怖くて、びっくりしたおばさんがダッシュで逃げたりして。そこに答えがあるような気がしますね(笑)。六本木にそういう「違和感」を持ち込めたら面白いな、と。
三茶de大道芸
僕はもう15年近く粘土でオブジェをつくる連載をしていて、今年は全国で大きな個展もやらせてもらっているんですが、どうしても怖くて、おどろおどろしい作品をつくってしまうんです。たとえば、カエル型のiPhoneケースにしても、表面にわざわざ鱗の模様をスタンプしたり。もうちょっとファンシーにしたいと思うんですけどできない。そういうクセがあるんです。
毎月1個ずつつくって、今ではもう130点くらい。それをまとめてみたときに、アーティストだからこうするべきだ、なんて考える必要ないんだなって思ったんです。まあ、締め切りがあるからつくってるって段階で、アーティストでもなんでもないんですけど(笑)。ラーメンズをやってなかったら、こんな連載、絶対できなかっただろうし。
うまいと思われたいっていうのはもちろんあるし、次はこうしようとか作戦を練ってはいるんですけど、結局自分の手から作り出せるものって限られている。だから、いろいろ考えずに、単純につくりたいからつくるのでいいと思ったんです。iPhone買ったからケースつくります、みたいな。もちろん中身のiPhoneは自腹ですからね。
片桐仁 感涙の大秘宝展~粘土と締切と14年~
六本木嫌いの僕が、六本木の街が抱える課題を解決しろなんて言われても......。なので、粘土と同じように、思いつくままに僕のやりたいことを話しますね。まず、あの深〜い地下鉄の駅は、もっと壁を暗い色に変えて九龍城みたいにしたい。夕方からは、ミッドタウン・ガーデンあたりで、靖国神社のみたままつりに出ているような見世物小屋を開く。六本木の伝説的なエピソードを描いた紙芝居を見せて、「ここは本当は怖い街なんだよ」って教えたり。それで泣かしたいですね、子どもを(笑)。
六本木アートナイトのときには、大お化け屋敷をやるのもいいですね。ハロウィンで仮装をするのは、日本人的にはちょっと恥ずかしいって感覚があるので、もうお盆の時期にやりましょうか。ナスに割り箸刺したりするのと一緒で、死者を弔うという設定で。
あとは、大きい山車みたいなのをつくって、街を練り歩きたい。ディズニーシーの「レジェンド・オブ・ミシカ」っていうショー、わかりますかね。僕は通称「地獄」って呼んでるんですけど、ミッキーマウスのほかに、カエルなど生き物の形をした山車が水上に10台くらい浮かんでいるんです。火を吹いたりして、子どもが引くくらい怖い。そんなイメージです。
ようは、得体のしれないものとか怖いもの、六本木にそういう「違和感」をたくさんつくりたいんです。山車では、追っかけられるものなら、大人も追っかけてやりたい。まさか自分は標的にはならないだろうと思っている大人たちの逃げっぷりは、もう大好物ですね。子どもの頃って、人を怖がらせてあっはっは、みたいなことをやるじゃないですか。たとえるなら、中学校で不良とすれ違うときに感じた怖さを、大人に味わわせてやりたい。きっと「ロックオンされた!」っていうあの感覚が、ワッとよみがえると思うんです。
えーと......なんでこんな意地悪なことを言っているのか全然わからないんですけど、もしこの企画が実現したら、僕は少なくとも今よりずっと、六本木のことが好きになります。みんながどういう気持ちでそれを眺めるのかは、まったくわかりませんが(笑)。
最近よく、コンビニの冷蔵庫に入っただけでお店が潰れるみたいな事件がありますよね。入っちゃいけないところに入って、イェーイ、写真パシャなんて、みんなやってたじゃないですか。修学旅行のときとか、誰だってむちゃくちゃしたでしょう。なんか六本木には、「大人の悪ふざけ」が許される雰囲気があると思うんです。いやほんと、めんどくさい街ですよねえ、六本木って(笑)。
取材を終えて......
「まとまりのない話をしちゃうんですよ、いつも。答えが出ないうちに質問を忘れて次の話にいっちゃうし」と言いながら、終始しゃべり続けてくれた片桐さん。とにかく何か面白いことをやってやろう、という芸人魂を感じました。ちなみに片桐さん、ご自身の結婚式も六本木でやったそう。本当はけっこう六本木のこと好きなんでは......という疑惑も(笑)。(edit_kentaro inoue)