地域の人たちと一緒になって六本木の「夜」を活かした祭りをつくる。
3月23日~24日、六本木の街を舞台にオールナイトで開催されるアートの祭典、「六本木アートナイト」。そのアーティスティックディレクターに就任した日比野克彦さんの六本木未来計画は、年々規模を拡大するこのアートプロジェクトに託す思いそのもの。一夜限りにして、一夜限りにあらず。地域の人と共につくり上げるお祭りで、六本木をアートとデザインの街に変えようとしています。
「六本木アートナイト」というタイトルを初めて聞いたとき、なるほどな、と思ったんです。僕は10年ほど前から地方のアートプロジェクトに関わっているのですが、2000年から新潟ではじまった「大地の芸術祭」は、美術館ではなく、その土地、「その場所」にあるものを活用し、作家が土地の力を吸い上げて作品にしていく。香川県の直島などを舞台にした「瀬戸内国際芸術祭」もその場所にあるもの、つまり瀬戸内海の島々そのものをステージにしている。
大地の芸術祭
昔は「田舎」と言われていた場所が、今は田舎とは言わせず、「場の力をもっているところ」なんだという思いが地域にはあるし、そういう認識がみんなの中にも出てきたと思うんですね。で、新潟がたとえば「棚田」で、瀬戸内が「島」だったら、じゃあ、東京ってどういう力を持っているの? 六本木には何があるの? というと、「夜」でしょう。だからアート"ナイト"はとても腑に落ちたし、これは面白いな、と思ったんです。
昔は東京を地方だとは思っていなかったのですが、スカイツリーができはじめた頃、5、6年くらい前からかな、下町を拠点にアーティストや学生たちが動き出すようになってきて、「東京」をひとくくりに言うのではなく、墨田区や台東区、東京の中の「地域」を語るようになってきた。それでふと思ったんです。そうか、東京も地方なんだ、って。僕が続けている「明後日朝顔プロジェクト」もそれまで東京ではやったことがなかったけれど、千代田区にある「アーツ千代田3331」でやってみたんです。すると、地域のおっちゃん、おばちゃんたちが朝顔の世話をしに来てくれる。その時に改めて、東京にも住民がいて、当然だけれど地域というものがあり、コミュニティがあるんだ、って思ったんですよね。
それで、今回の「六本木アートナイト」ですが、六本木の魅力は「夜」だということに加え、ぜひやりたいと思っているのが、地元の人たちとの関わりをつくっていくこと。六本木という地域と一緒につくっていくことです。六本木商店街の方々とも話をしていて、アートナイトは一晩だけれど、その日に向かって一緒に盛り上げていく、そのプロセスもひとつのアートだ、という言い方をしています。
六本木アートナイト
住民と一緒に「六本木アートナイト」をつくり、一晩明けて終わったときに、また来年やりたい、って、すぐ思うような「祭り」にしたいんですよね。祭りって、準備しながら祭りに向かって進み、終わるとすぐまた次の年の準備が始まる。そういう住民の「年中行事」にしていきたいんです。
年中行事になることはアーティストたちにとっても、大きなことだと思うんですよね。アートナイトは今年で4回目で、続けていけば参加したアーティストも累積でどんどん増えていく。その人たちにとって「春の夜には、六本木アートナイトがある。六本木に行けば仲間に会える」っていう恒例の1日にしたい。
ミュージシャンって夏になるとフェスをやるじゃないですか。いろいろなアーティストがステージに出て、今年も会えたね、来年もまた会おうぜ、みたいな感じで夏フェスを楽しみにしている。あれって正直、羨ましいんですよね(笑)。アートにもフェスが欲しい。作品を飾るだけではなく、自主的に人が集まり、繋がりが生まれる場所。それが「六本木アートナイト」です。
六本木の地域の人たちとの関わりをつくっていくために大事にしていることは、挨拶をしに行くこと。それしかないっちゃないですよね(笑)。とにかく顔を出す。単純な話しだけど、どこに行ってもそれは同じです。だから、「六本木アートナイト」に参加するアーティストは、できるだけ、地域の人たちと話ができる人に声をかけています。作品がいいだけじゃなくて、ちゃんとコミュニケーションがとれないとダメ。
六本木で今も輪転機を回して新聞を印刷している「水産経済新聞」さんも今回のアートナイトに協力的で、ぜひ場所を使ってください、と言ってくれています。であれば、まず挨拶と自己紹介に行けるアーティストじゃないと。そこで仲良くなれば、相手にとって「六本木アートナイト」が身近な存在になるだろうし、相手のほうから来年に向けてのアイディアも出てくるかもしれない。
ほかに、クリーニング屋さんの若社長も乗り気で、会場のひとつとして使わせてもらう予定だし、神社などにも協力をしてもらおうと思っています。そうやって地域で商売をやっている人や昔からこの街にいる人にひとりずつ、アートナイトのサポーターになってもらうことが大事だと思っています。
アートって、モノなんだ、というのが一般的な認識ですよね。誰々が作ったおいくら万円のモノ、みたいな。でも、「六本木アートナイト」も含めアートプロジェクトはモノじゃなくてコトだから、コトって、なかなかアートとは認識されないんです。なんでワークショップがアートなの? 朝顔を育てることのどこがアートなの? それって園芸でしょ? みたいな。説明すればするほど、怪しい人間だと思われてしまう(笑)。
明後日朝顔プロジェクト
でも、アートプロジェクトには、アートの可能性を広げていく大きな役割があり、そのうち一大産業になると思っているんです。産業と言うと、たとえば車産業はタイヤ、エンジン、ボディなど車1台作るのに何10社、何100社という会社が関わり、そこに何百万人という雇用がある。アートプロジェクトも、それをつくることにたくさんの人々が関わり、その関係性によって物の交換が生まれ、雇用にも繋がっていくものになる。
それに、産業によって生まれるお金の交換が「豊かさ」であるという言い方があるけれど、アートは、お金じゃなくても豊かになれるところに価値があって、やってよかった、やってもらって嬉しかった、新しく出会いがあって刺激的だったとか、人と人とが繋がれる「関係性の豊かさ」がある。それは、これからもっと必要とされていくものではないでしょうか。
お金を稼ぐことと、気持ちが豊かになること。両方ほしいじゃないですか。これからは、両方あってあたりまえ。「仕事はIT関係やってます、その他に地域のプロジェクトやってます」っていう人が普通になる。そういう社会に、35年後くらいにはなると思っているんですよね。それが僕のやりたいことだし、僕のアーティストとしての仕事だと思っています。
最近みんなと話しているのが、この「アートプロジェクト」をブームに終わらせてはいけない、ということ。アートのひとつの領域としてきちんと確立させていくには、評価が必要だということです。だからいま僕は、社会学の研究をしている人たちと一緒にアートプロジェクトの評価プロジェクトをやっています。
アートプロジェクトをやることによって、自治体が抱える医療費の負担が軽くなった、という例があります。地域の人たち同士がコミュニケーションをとるようになったことで、精神的な病で病院に行く件数や孤独死が減るなど、そういうデータもマメにとっていきたい。因果関係がどれだけ正しいかまでは出せなくても、10年間アートプロジェクトをやってきた地域の変化を社会学者の方々も指摘するようになってきています。そうなると、アートも世の中にちゃんと機能していることが分かるし、次に繋がっていく。
僕はアートを仕事にしているのですが、サッカーも好きなんです。アーティストとして絵も描きますが、絵を描く目的は何だろうかと考えると、幾つかあるひとつの答えとして絵を描くことが、「人と出会うために自分の気持ちを表現する手段」ではないだろうか? 手段なのだったらもっと適したものがあれば絵にはこだわらない、ということで、だんだん朝顔の種で人とコミュニケーションとったり、みんなで船をつくって航海したりするようになりました。
その先の僕の作戦としては、サッカーがあるんです。絵画、朝顔、船、そしてサッカー。イメージを運動に置き換えるということで言えば、絵描きもサッカー選手も同じなんです。筆に自分のイメージをのせ、その軌跡が絵画になるように、ボールに自分のイメージをのせ、その弾道でゴールをする。ヨーロッパだとサッカーは文化という意識がありますし、街のアイデンティティとしてサッカーがあったり、まさに「人と出会うために自分の気持ちを表現する手段」でもある。
「種は船」航海プロジェクト
日比野さんとサッカー
そんなふうに、サッカーとアートは自分の中では繋がっているのですが、世の中的にはそうでもないので、なんとか無理なく繋げて、30年後くらいには「サッカーとアートって同じでしょ」ってみんなが普通に言うくらいにしたい。僕はいま、日本サッカー協会の理事と東京藝術大学の教授をやっているんですけれど、将来的にはサッカー協会と芸大を一緒にしたいくらいなんです。そう言うと、頭のおかしい博士が実験でとんでもないものつくる、みたいな目で見られるので、あんまり言わないようにしているんですけど......
今回の「六本木アートナイト」でもサッカー大会を開催する予定です。サッカーで必要なのは「ボール」と「ゴール」と「ユニフォーム」。その3つを参加者でつくって、その後、つくったものを使ってサッカーをする「六本木HIBINO CUP」! 計画は着々と、進んでいます。
取材を終えて......
まだ雪の残る1月某日の夜、東京ミッドタウンの屋上で行われた撮影。当日は空気がとても澄んでいて、アートナイトの舞台となる六本木の街を一望できました。そんな夜空の中、撮影時に「ガオーッ」と大きな声で叫んでいた日比野さんが忘れられません。(edit_rhino)