
空間を完成させずに、人の営みによって育てていく。
持ち主や用途が定まっていない所を一時的に占有し、人が集える場へとひらいていく活動「SKWAT」。その発起人であり、既存のクリエイティブシーンに一石を投じる存在となった設計事務所「DAIKEI MILLS」を主宰するのが、中村圭佑さんです。かつて南青山を舞台にした「SKWAT AOYAMA」、そして現在の拠点である亀有の「SKAC(SKWAT KAMEARI ART CENTRE)」と、その活動の場は街から街へと移りながら広がってきました。建築・インテリアから現代美術の現場まで軽やかに横断する一方、その活動を貫いているのは"公共性"という一本の芯。その思いはどこで育まれ、これからどこへ向かおうとしているのか。じっくりとお話をうかがいました。
SKACを始めてから、「亀有の見られ方が少しずつ変わってきた」と言われることがあります。けれども、当事者だからか、自分では変化をそこまで実感できていません。ただ、若い人たちが目的をもって亀有に来てくれるようになったのは確かで、まちを変えていくスタートラインには立ったかなと思います。
そもそも、なぜSKWATの舞台を亀有に移したかというと、人々の生活が息づく下町だからです。場所選びで一番大切にしたのは、ギャップの大きさでした。これまでアートとあまり結びつけられてこなかった街に、ある日いきなりアートセンターが立ち上がる。落差が大きいほど、街の見え方は一気に塗り替わると思ったんです。どのまちでなら本当に意味のあることを起こせるか。かなり考え抜いたうえで選んだのが、亀有でした。
ただ、場所って生き物なんですよね。人が来てくれたから完成するのではなくて、ここからどう育てていくかが肝心です。それに、僕がめざしているのは、亀有が東京や日本国内だけで評判になることではありません。アートやカルチャーの世界には、もともと国境がない。だから、SKACでの試みを海外の人が見ても面白いと思ってくれるくらいにならないと、成功とは言えない。世界で通用する場所に育てられるか。今は、そこを考えている段階です。
SKAC第二期として、現代美術家の目[mé]や、玉山拓郎さんに、現代美術のコンテクストを注入してもらう重要なコラボレーターとして、SKACの拡張プロジェクトに参画してもらいました。ただし、作品を置いておしまいという関わり方はしたくない。作品と設置される場の関係性がより深く継続する在り方を選択しています。
目[mé]
アーティストの荒神明香氏、ディレクターの南川憲二氏、インストーラーの増井宏文氏を中心に、2012年に結成された現代アートのチーム。見る人の足の運びや視線までも作品に取り込み、現実を疑わせるような体感型のインスタレーションで知られる。実在の顔をかたどった巨大なバルーンを東京の空に上げた《まさゆめ》などで、国内外の注目を集めてきた。SKACでは、空間型のインスタレーション《space lll》を設置する。
玉山拓郎
1990年生まれ、岐阜県出身のアーティスト。ありふれた家具や日用品を思わせるオブジェクトに、鮮烈な照明や色彩、音を掛け合わせ、空間の見え方や鑑賞者の感覚を揺さぶる作品を手がける。森美術館の「六本木クロッシング2022」や、2025年には豊田市美術館での大型個展「玉山拓郎:FLOOR」など、活躍の場を広げている。
あらかじめ場所の用途や目的を決めていないほうが、アーティストとも長く付き合えると思います。SKACは、作品を売るギャラリーでも、アーティストが滞在して制作するレジデンスでもない。強いて言うなら"何でもなくて、何でもある"公園です。器だけ用意しておいて、人やものが入ってきたときに、初めて場所の性格が決まる。用途を決めずに開いているからこそ、作家それぞれが自分なりの使い方を見つけられるし、僕らもその時々で柔軟に応えられる。
SKWATの思想として基盤になっているものが、「THE MUSEUM IS NOT ENOUGH(ミュージアムだけでは足りない)」という言葉。カナダの建築専門のミュージアム・CCA(カナディアン・センター・フォー・アーキテクチャー)とともに提唱するステートメントです。大きなネオンサインにして、SKAC内に掲示しています。
THE MUSEUM IS NOT ENOUGH
カナダ・モントリオールを拠点に、建築の研究機関とミュージアムの機能を併せもつCCA(カナディアン・センター・フォー・アーキテクチャー)が、一冊の出版物を通じて掲げたステートメント。既存の枠組みにとどまらず、自らも変わり続けながら時代と向き合う姿勢を示すと同時に、今の文化施設や建築が果たすべき役割そのものに問いを投げかけた。宣言に応えるかたちで、SKWATは2022年に「SKWAT/NOT ENOUGH」を始動。CCA、twelvebooksとともに抄訳本の制作・販売やインスタレーションを行った。SKACに灯るネオンサインも、この思想の延長線上にある。
これは"ミュージアムなんていらない"といった否定ではありません。むしろ逆で、美術館や博物館という枠の中だけでは受け止めきれないアートが、世の中にはたくさんある。その受け皿を文化施設の外にもつくっていくことが大事だと、CCAと一緒に発信しています。
面白いのは、このステートメントの広がり方です。ネオンサインは、意味を知らない人の目にも、何だかかっこいいと映る。だから写真に撮られ、SNSにあげてもらえる。すると、自分たちで特別な宣伝をしなくても、言葉が自然と広く伝わっていく。訪れた人の何気ない行動が、思想を世界中へ運んでくれるんです。
こうやって自分たちのやり方を続けてきたことで、アート業界の人にも興味をもってもらえるようになってきました。最近は、海外の有名建築家やアートチームからも連絡をもらいます。突然Instagramのダイレクトメールで「君たち面白そうだね。一緒に何かやろう」と。互いの肩書きやビジネスはいったん脇に置いて、"これは社会にとって意味があるか"という一点で、対等に議論していける。軽快にやり取りできる感じや、何より国や立場を超えてつながって、フラットに協働していけることが大事だと思っています。それが、僕の考えるグローバルスタンダードですね。
次に挑戦したいのは、亀有に来てもらうだけでなく、自分たちから外へ出ていくことです。SKWATで培ったやり方で、ほかの街や海外の都市にも、新しい場所を立ち上げていく。これからは、活動の場を広げていくフェーズに入ろうとしているんです。
今後の社会をつくっていくのに重要な要素も、SKWATは備えています。活動は、100%自己資本でスポンサーも受けず、完全にインディペンデント。後ろ盾のない人間でも、やろうと思えば、一つの街を動かすことができる。それを次の世代に伝えたいんですよね。
街が新しくなるとき、大きな資本が入ると、ほかと似たような風景にならされてしまうこともあります。でも、SKWATのようなやり方がうまくいくと、自分たちの手でも街は面白くできると気付く人が出てくる。そういう動きがあちこちで発生すれば、街の個性が失われていくのを押しとどめる力になるかもしれません。
その担い手となっていくのは、やはり下の世代だと思っています。最近は20代のクリエイターと協業する機会が多いのですが、感覚が自分の世代とまったく異なり、刺激的です。言うなれば、彼らはとても自然に経済とつながる。僕らの世代には、「アート=コマーシャルなものとは相容れない」という対立の感覚がまだ残っていたけれど、今の若い人たちは軽快にそこを跨いでいくし、大企業と斬新なプロジェクトを立ち上げていたりする。そういう若者たちが、これから新しい場を生み出していくのだろうと可能性を感じています。
正直に言うと、子どもが生まれるまで六本木にはほとんど来ていませんでした。夜の街というイメージが強くて、少し敬遠すらしていました。20代のとき、VACANTを始める前に半年だけ六本木で働いていましたが、この街はどうも自分にはしっくりこないと思いながら毎日を過ごしていました。
変わったのは、子どもができてからです。今は家族で東京ミッドタウンを訪れることも増えました。コートヤードにあるフリースペースは、自分の中で、好きな空間トップ3に入るほど。
東京ミッドタウンのコートヤード
東京ミッドタウンの緑地に面した、屋外のフリースペース。四季をとおして、青々とした芝生広場が見える。普段はテーブルと椅子が置かれ、憩いの場として開放されているが、展示やライブなどさまざまなイベントの舞台になることもある。

これだけの一等地に、いい意味で"無駄に"テーブルと椅子だけの余白が用意されている。そんなフリースペースは、ほかにほとんどない。僕は、その無駄にこそ惹かれています。目的がはっきり決められた場所ばかりの中で、ここにはちゃんと使い方の自由がある。子どもは正直なもので、居心地のいい場所と悪い場所ではっきり反応が分かれるのですが、ここには長く留まりたがる。誰のものでもあり、誰のものにもなれる空間なんですよね。そうした何気ない余白こそが、実は一番豊かなんです。僕がVOIDと呼んでいるものと同じですね。
その一方で、六本木という街そのものの面白さは、正直まだ完全にはわかっていません。本気で向き合ってみたら、もっと特徴や魅力を発見できるはず。これから見つけていくのが楽しみです。
「こういう街が好き」という傾向は特にないかもしれません。僕はむしろ、嫌いな場所がないくらい。SKWATを始めてから、とくにそうなりました。悪いところを探すのではなく、価値に転換できる部分を探す。それが癖になっています。
街は、それぞれ際立っている要素が違いますよね。人、建物、施設、もしくは自然など。僕は、その街だけの個性がどこにあるのかを見るようにしています。たとえば、お店も娯楽もほとんどなくて不便な場所でも、目の前に雄大な自然が広がっている。そういうとき、その自然のよさが、ぐっと大きくなってきます。足りないものを数えるより、その土地ならではのいいところを見つけるほうが、ずっと面白い。
学生時代を中心に、これまで30か国以上を旅したと思います。でも、なぜかアジアだけは、ほとんど行っていませんでした。それが、大人になってから、仕事で頻繁に通うようになった。そうして見えてきた魅力があって、今自分がもっとも惹かれているのが、アジアなんです。
アートもデザインも、中心は長らくヨーロッパにありました。その歴史には、今も深い敬意をもっています。ただ、最近は、アジアからも面白い動きがどんどん生まれています。僕の周りでも、アジアの作り手たちと集まって一つのチームをつくろうという話が、最近とても増えている。とくに、一度ヨーロッパに出て日本に戻ってきたクリエイターほど、"今こそ自分たちの手で世界規模のムーブメントを起こしたい"と意欲的です。
実際に、僕も、韓国・釜山市とともにプロジェクトを行う機会を得たところです。釜山は2028年に「デザインの都市」としての旗を掲げることをめざしています。僕たちは、そこまでの取り組みと、その先のクリエイティブな街づくりをともに考えています。
アジアの仲間とつくっていきたいのも、懐が深く価値を転換していけるような場所だというのは変わりません。僕は、考え方のメタファーとして、誰かが床にコーヒーをこぼしてしまっても、それがインタラクティブアートになるということをよく考えます。そんなふうに、「やってしまった」を、ただ受け入れるだけではなくて、「価値を生む行為だったんですよ」と思わせてくれる場所。そういう視点で見ていくと、その場所での行為に制限がなくなって、いい意味で型から外れていく。すると、街全体にも勢いが出てくるのではないでしょうか。今の世の中は、人々が縮こまっている雰囲気があるので、それを解きほぐしていきたいですね。
属性に関係なく、誰もがありのままでいられる。そんな"みんなのもの"としての余白が街に増えていけば、六本木も、東京も、もっと面白くなるはずだと思っています。
撮影場所:東京ミッドタウン
取材を終えて......
中村さんの話は気付けばいつも、「公共性とは何か」「人にとって心地いい場所とは何か」という、根っこの問いへと引き戻されていきます。場所を完成品として差し出すのではなく、訪れた人と一緒に育てていく。その姿勢は、取材の受け答えそのものにも、優しくにじんでいました。見過ごされた場所にこそ可能性がある。そう信じて街に手を入れ続ける中村さんの視点は、これからの東京や六本木を面白くするヒントに満ちているはずです。中村さんがこの先どんな"余白"を見つけ、ひらいていくのか。その続きを楽しみに待ちたいと思います。(text_shoko ema)
