
空間を完成させずに、人の営みによって育てていく。
持ち主や用途が定まっていない所を一時的に占有し、人が集える場へとひらいていく活動「SKWAT」。その発起人であり、既存のクリエイティブシーンに一石を投じる存在となった設計事務所「DAIKEI MILLS」を主宰するのが、中村圭佑さんです。かつて南青山を舞台にした「SKWAT AOYAMA」、そして現在の拠点である亀有の「SKAC(SKWAT KAMEARI ART CENTRE)」と、その活動の場は街から街へと移りながら広がってきました。建築・インテリアから現代美術の現場まで軽やかに横断する一方、その活動を貫いているのは"公共性"という一本の芯。その思いはどこで育まれ、これからどこへ向かおうとしているのか。じっくりとお話をうかがいました。
人生の転機は、大学でロンドンに行ったことです。もともと父に海外へ出るよう勧められて育ち、姉が留学していたり、親戚が外国に住んでいたりと、我が家には海外を身近に感じる空気があったんです。だから自分も、いつかは別の国で学ぶんだろうなと、ずっと思っていました。
最初に向かったのは、アメリカでした。親族が近くにいたことにも起因し、サンディエゴへ行ったのですが、明るく開放的な雰囲気が強すぎて、あまりしっくりきませんでした。一方、イギリスを訪れたときはすぐに惹かれていきました。どこか物静かで落ち着いた空気が流れていて、しかも芸術の土壌が豊か。そういえば、思春期に夢中で観たダニー・ボイル監督の映画『トレインスポッティング』もイギリスの作品でした。自分はずっと前からこの国に引き寄せられていたのかもしれません。
留学先に選んだのは、ロンドンのアートスクールでした。僕が学んだ2000年代初頭は、ダミアン・ハーストやサラ・ルーカスといった現代美術家、いわゆるヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)が盛り上がっていた時代。日本の教科書で目にしてきた美術とはまったく異なる世界がそこにあり、驚きと感銘を受けたことを覚えています。
そして何より大きな衝撃を受けたのが、当時のロンドンに残っていた"スクワッティング"という文化でした。空き家などに無断で住み着くことを指す言葉ですが、一定期間そこに居続ければ、土地や建物の所有権を法的に主張できたんです。ボロボロのアパートでも、人がそこを"占拠"するとパワーが宿る。しかも、権利まで生まれる。その凄みに、すっかり引き込まれてしまって。SKWATの土台は、このスクワッティングから来ています。
それまでの自分は、用意された道の中から進路を選んでいましたが、ロンドンで、ものの見方も生き方も一気にひっくり返りました。あの街での生活がなかったら、SKWATのように既存の枠から外れた活動は、おそらく生まれていなかったと思います。
SKWAT(スクワット)
中村さんが率いる設計事務所「DAIKEI MILLS」が手がける、自主的なアートプロジェクトの一つ。使われていない建物や空間を「社会の隙間」ととらえて一時的に引き受け、誰もが立ち寄れる場所へと変えていく。第1号では、2019年に原宿・神宮前に建つクリーニング店だった一軒家を改装し、アートブックのディストリビューター・twelvebooksと組み、ダメージを受けて流通に乗らなくなったアートブックを1冊1,000円で売る書店「thousandbooks」を営んだ。2020年には南青山に「SKWAT AOYAMA」を開き、twelvebooksやファッションブランド「LEMAIRE」のショップ、展示スペース「PARK」を構え、2023年まで継続。2022年には渋谷PARCOと共に商業施設の可能性を探る実験的な場づくりに取り組むなど、舞台を街から街へと移してきた。
作品名:SKWAT Aoyama st/写真:Daisuke Shima
ロンドンで体験そして学んだことは、建築的な専門性ではなく、芸術というもの自体の奥行きの広さでした。実は、祖父が自宅の敷地内で設計事務所をやっていて、ものをつくる現場はずっと身近にあったんです。幼いころから、工事現場やトラック、土の山といったものを目にしていたので、物理的なダイナミズムが刷り込まれていた気もします。空間デザインの道を選んだのも、きっとその原体験があったからなんでしょうね。
ただ、建築に囲まれた環境で育ちながらも、僕の興味が向いたのは、建物という"ガワ"そのものではありませんでした。その奥にある、人の思考から生まれる表現の方に、強く惹かれていたんです。
ものをつくるとき、自分の中では順番がはっきりしています。まず、そこにどんな人がいて、何が起きてほしいのか。いわば、中身が先にある。建物や内装は、必要なら後からつくればいい。立派なハコを建てること自体にはあまり興味がなくて、大事なのは、集まる人や、その人たちの営みのほうです。空間というのは、人がいて初めて完成するものだと思っています。
そして、僕の根っこにあるのが"公共性"という考え方です。たとえば、2009年に立ち上げた原宿のスペース「VACANT」。空っぽを意味する名前で、何にでもなれる余白として場を意味づける試みでした。今の設計事務所・DAIKEI MILLSの仕事も、どのプロジェクトでも必ず"公園をつくる"といった発想をもとにしています。公園って、入ってくる人やものによって、場所の性質が刻々と変わっていきますよね。だから、仮設的に場をつくっておけば、使う人が自由に変えていける。その柔軟さこそが公共性だと、僕は捉えているんです。この感覚が、自分のものづくりすべてに共通しています。
VACANT(ヴァカント)
2009年、中村さんが気心の知れた同世代と組んで裏原宿の一角に開いたオルタナティブスペース。神宮前の静かな路地に立つ建物を使い、1階はショップとカフェ、2階は展示やイベントのためのフロア、3階はオフィス・アトリエという三層構造をとった。幕開けを飾ったのは、アーティスト集団のChim↑Pom。以来およそ10年間、美術・音楽・デザイン・演劇とジャンルを越え、海外のクリエイターも呼び込みながら、数えきれないほどのイベントを生み出した。"空っぽ"という名のとおり、何色にも染まれる器であり続け、2019年の暮れに役目を終えている。
DAIKEI MILLS(ダイケイ ミルズ)
中村さんが2011年に構えた、東京を拠点とする設計事務所。「CIBONE」や「ISSEY MIYAKE」「LEMAIRE」といったショップから、「avex」や「Takram」のオフィス、宿泊ブランド「NOT A HOTEL」まで、感度の高い空間づくりを担ってきた。近年では、東京ステーションギャラリーで開かれた『テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする』展の会場構成や、GINZA SIXと2025年から取り組む長期のアートプロジェクト「A Tree」など、射程をさらに伸ばしている。
ものをつくるときには、細部へのこだわりを大事にしています。たとえば、光の入り方にこだわるとか、ほんの少しの違和感も見過ごさないとか。そういう一つひとつって、本当はみんな、子どものころには自然にできていたことだと思うんですよ。好きな肌触りのタオルばかり使ったり、居心地のいい場所からなかなか離れたくなかったり。理屈ではなく、自分の感覚で良し悪しを判断していた。そうしたこだわりというのは、素直な感覚を手放さずにいるだけのことなんです。
多くの人は大人になるにつれて、お金や効率、周りの目を気にして、感覚をどこかへ置き忘れてしまう。「本当はこっちがいいけど、現実的にはこうだよね」と、折り合いをつけていくわけです。僕の場合は、世間の「こうあるべき」にあまり縛られずに生きてきたぶん、感覚をすり減らさずにいられた。だから今も、とても素朴な気持ちでものづくりを続けられているのだと思います。
僕がつくった場所に身を置く人は、奥に眠っていた"幼いころのものさし"を思い出すことがあるみたいなんです。現代的な空間なのになぜか同時に落ち着く何かがあると言って、共感し、喜んでくれる。
裏を返せば、僕の活動は社会へのささやかな問いかけでもあります。今の世の中では、効率や常識を優先するあまり、「本当はこっちの方がうれしい」という声が隠されてしまう気がしています。そうした声に応えるべく、心地いいものを、もう一度はっきりと目に見える形にして差し出したい。そのために、細部まで手を抜かずにこだわる必要が出てくるんです。

現在はSKACのある亀有を拠点にしていますが、20代のころは、渋谷や原宿のあたりがホームでした。人の暮らしの体温や、街のカルチャーが、生々しく息づいていた時代でしたね。洗練されたものと雑多なもの、新しいものと古いものとが混じり合ったまま同居しているような場所がいくつもあって。その振れ幅の大きさと、いろいろなものが分け隔てなく一つの街に共存している感じに、魅了されていました。
SKAC(スカック)
正式名称は、SKWAT KAMEARI ART CENTRE。亀有にある常磐線の高架下を生かして2024年に生まれた、美術を軸とする複合スペース。アートブックのディストリビュータであるtwelvebooks、そしてレコードや音響を扱うVDS(Vinyl Delivery Service)、カフェのTAWKS、この3つが境界を越えて同居する。DAIKEI MILLSの事務所も中にあり、仕事場とパブリックスペースがつながっている。今後は、ものづくりのためのラボも加えていく構想だという。
施設名:SKWAT KAMEARI ART CENTRE/公開日:2024年11月2日/写真:Daisuke Shima
ただ、街が新しく生まれ変わっていくうちに、相反する要素が混在する風景が失われていった。それが少し寂しく感じられました。しかも、気付けば、自分自身も街の移り変わりに関わる仕事を担う立場になっている。だからこそ、新しくするだけでいいのだろうか、つくる側にはもっと考える責任があるのではないかと思うようになったんです。ちょうど、30代半ばのころでした。
そこからいろんな文献を読んだり、自分の経験を紐解いたりする中でたどり着いたのが、VOID(空白)という言葉です。もともと建築の世界では、吹き抜けなどのように構造物が何もない空間を指すときに使われます。僕は、この言葉にさらに広い意味をもたせて、空き家や遊休施設、さらには価値があるのに社会から見過ごされてしまっている場所や物事全般を指して使っています。
VOIDに対してどんなアプローチを取れるか。30代半ばは、設計というツールをひと通り身につけたタイミングでもあったので、知識を活用できるアクションを考えるようになりました。そうして始めた活動が、今のSKWATにつながっています。
DAIKEI MILLSでクライアントから依頼される仕事では、コンセプトに合わせ、細部までデザインをつくり込んでいきます。でも、SKWATの活動においては、より哲学的なアプローチを優先します。装飾的な意図によるデザインはほぼないと言っていいくらいなんです。SKWATは100%自己資金で、誰かに頼まれて動くものではありません。自分たちの考えをそのまま形にできる場だからこそ、思い切ったことに挑む。世の中から忘れ去られそうな場に、どうやってもう一度光を当てるか。そこに人を巻き込み、共感してもらいながら、それでいて空間としての心地よさも保つ。これが、本当にものすごく難しいんです。
やり方としては、ひたすら逆算です。たとえばSKACでは、高架下という制約の中でできることを考えるところがスタートでした。電車の音が響くとか、建物が高架の柱に触れてはいけないとか、その場所ならではの条件が多くありました。それらを一つずつ書き出して、しらみつぶしに整理していく膨大なリストを解きほぐしていき、最終的にたどり着いたのが、カフェやショップ、事務所がフラットに共存するSKACの形。当然、訪れる人がどう過ごすかも考えます。何を判断するときも、軸には常に公共性、つまり、"ここは誰のものでもある場所だ"という意識があります。
つくり込みすぎず、その場で起きることをそのまま受け入れる姿勢も大事にしています。考え方のメタファーとして、コーヒースタンドでお客さんがコーヒーをこぼしてしまったとする。普通なら、床をきれいに拭き取りますよね。でも僕はあえて拭き取らず、床に染み込ませる。お客さんが残してくれた痕跡を、その場でしか生まれないインタラクティブアートだと捉えるんです。こちらが完成形を決めてしまうのではなく、訪れる人と一緒に少しずつ場をつくり上げていく。
僕にとってのアートとは、哲学の延長です。何のためにつくるのか、奥にどんな考えや問いがあるのか。目には見えないその部分に芸術性があります。だから、コーヒーのシミのように、建物だけでなくそこで起きる出来事や人の営みまでが一つの作品となる。僕は建築やインテリアデザインも手がけますが、それら自体をアートと捉えるのではなく、考えを人に伝え、社会とつながるための必要不可欠なツールであると捉える。僕のアートはSKWATの活動そのものだと考えています。
撮影場所:東京ミッドタウン
