
都市に必要なのは、整ったリズムを壊してくれる不協和音。
別府の芸術祭《混浴温泉世界》には、観光振興に近い側面がありました。芸術祭をしたいという僕の漠然とした思いが、別府の中心市街地の活性化という課題へとつながっていったのです。
そして、別府で芸術祭をするにあたって重視したのは、ターゲットの多様化です。温泉地は、もはや中高年の男性客を待つだけでは立ち行かない。だから若い人、女性、アートファンも、誰もが楽しめる場所にしていったほうがよいだろう。かつ、お客さんに逗留してもらい、お金を落としてもらいたい。それがNPO法人「BEPPU PROJECT」のミッションと言えました。そこで、《混浴温泉世界》のスタート期には、中心市街地の地元の人たちを第一のターゲットとしました。中心市街地で商売をしている人たちは、外から来るお客さんをおもてなしする立場。だから、まずは彼ら自身に地域の魅力を実感してほしいと思ったのです。事業の目的を達成するには、地元の人たちに対等なパートナーになってもらうことが欠かせません。
BEPPU PROJECT
別府を活動拠点とするアートNPO。現代アートの紹介や普及、フェスティバルの開催、地域性を生かした企画や人材育成などさまざまな事業を通して、アートによる地域活性に取り組む。山出さんが2005年に市民有志で立ち上げ、翌年NPO法人化。2022年オープンの、アートと温泉が融合したアートホテル「GALLERIA MIDOBARU(ガレリア御堂原)」などのプロジェクトを実行。山出さんは2022年3月まで代表を務めた。
© GALLERIA MIDOBARU/ Photo by Takeshi Asano
日本全国のさまざまな地域で芸術祭が行われていますが、《混浴温泉世界》がほかと大きく異なるのは、芸術祭をまちづくりの"成果報告"として位置づけていたこと。ある意味、収穫祭なんです。その年のブドウのみを使って仕込む、ボジョレ・ヌーボーみたいなものですね(笑)。日常的な催しには別府市民や大分県民など近隣の人が来てくれますが、3年に1度の芸術祭にはもっと遠くから人が訪れる。すると、日常では気付きにくい声が集まる場にもなります。ですから、僕らがやってきたことは、まちづくりのプロトタイピングなのです。地域の課題解決を芸術祭というプロトタイプ(試作品)に落とし込んで発表し、オープンに参加できる場を作ることで、多くの人からのフィードバックをもらう。そして次の3年間に生かしていく。だからこそ、参加者の多寡を競ったりはしないと宣言もしたこともあります。予算も来場者数も、まちに見合った規模であることが大事。そうでないと、ひずみが生まれ、結果的に自分たちが苦しくなるからです。
一般的な観光地は、「交流人口」と呼ばれる、一時的にその地を訪れる人が増えることで、大型化・リゾート化します。一方、別府のような昔ながらの旅館街には、女将さんや仲居さんが常連さんのことを把握しているような小さな世界が成り立っています。「誰々さんはぬるめのお湯が好み」や、「誰々さんにはまず白湯をお出しする」など。そうしたベーシックな信頼関係のうえで、まちとしても観光地としても安定性を保ってきたわけです。その土台を崩さずに新規の人にも来てもらう仕組みをつくりたかった。そのため、継続的に地域との関わりをもつ「関係人口」の増加を目指しました。
六本木のような都市は、常に新たな出会いの可能性に満ちていますよね。そうした交差点のような機能は、インフラとも言えるのではないでしょうか。だからこそ、その特性を伸ばしてより多様な交流を生み出せると理想的だと思います。交通網や建物などのハードウェアはほぼできあがっているので、そこで何をするかというソフトウェアに注目すべき。まったく違うアイデアをもっている人同士が出会える場所を創出する仕掛けが生まれたらいいと思います。
海外の話ですが、最近は東ロンドンがクリエイターの集まる魅力的なエリアになっているんです。その理由を遡ると、2012年のロンドンオリンピックがきっかけだと言われています。僕がロンドンに住んでいたのはかれこれ35年前ですが、当時東ロンドンといえば、治安が悪く不用意に近づかないほうがいいエリアとされていました。そのイメージを刷新した重要人物の1人が、チャールズ・アームストロングという企業家。彼はトランペリー(The Trampery)という会社の代表で、東ロンドンのビルをいくつも購入してリノベーションし、シェアオフィスをつくっていました。僕は2015年に大分の政財界の人たちと視察に行ってアームストロング氏に案内を受けたことがあります。そこで知ったのは、IT系だけでなくデザイン、ファッション、アートなど多岐にわたる企業が入居待ちをしているということ。
トランペリーのビル運営の特徴は、同エリアの相場よりも高い家賃設定にありました。普通、ベンチャー企業が相手ならば安くしてあげたほうがいいと思いますよね。しかし、アームストロング氏の考え方は、「将来有望な企業に入居してもらうのだから、なぜ安くする必要があるのか」というもの。たしかにその通りです。でも、実際はなかなか難しい条件でもある。もうひとつ運営の秘訣として彼が教えてくれたのが、「シェアオフィス内に必ずアーティストを入れる」ことでした。複数あるビルは、どれも大体1階がバーになっていて、2階または3階のワンフロアがイベントスペース。ここで毎週末、アーティストが作品やパフォーマンスを披露したり、音楽ライブをしたりするのです。そうすると、入居企業の人たちも感性を磨くことができる。ポイントは、その場に集まる顔ぶれ。ビル入居者はもちろん、近隣住民、さらには投資家がやってくる。つまり、そのときにいちばん"生きのいい"人たちに出会える社交場になっていたのです。アームストロング氏は、創造性を刺激する場を生み出す工夫をしていたのです。帰国後、この仕組みをヒントに立ち上げたのが、僕がプロデューサーを務めた「CREATIVE PLATFORM OITA」でした。

CREATIVE PLATFORM OITA
クリエイティブな手法により新たな産業創出を目指す事業として、BEPPU PROJECTが大分県から委託を受けて企画運営。中小企業の課題整理やビジョンの構築、クリエイティブ人材のマッチングなどをサポート。2016年から2020年にかけて実施された。
都市におけるソフトウェアの考え方も、これを応用できるのではないかと思います。必要なのは、整っているリズムを壊してくれる不協和音です。要は、まったく違う角度から物事を捉えて、意見を言ってくれる人との出会いですね。なぜなら「異なる視点がある」ことにこそ、アートの本質があるはずだから。アーティストが言う突飛なことは、ときに思わぬ視座を与えてくれる。そのことに気付くだけでも、アートがもつ意味は大きいと思います。
今年から、TOKYO MIDTOWN AWARDの審査員を務めることになりました。仕事柄、若い作家の作品に触れる機会も少なくないのですが、最近の傾向として良くも悪くも「優秀」という印象を受けます。少しとげのある言い方かもしれませんが、SNSやAIなど情報を得るためのツールがどんどん増えたため、"検索する技術"が主戦場になっている。いろいろリサーチし、勉強するのはもちろんいいことだけれど、その結果として既視感のある作品が増えているように感じます。そういう意味で、ぜひ、まったく意味がわからないような作品に出会ってみたいですね。
TOKYO MIDTOWN AWARD 2026
東京ミッドタウンが「『JAPAN VALUE(新しい日本の価値・感性・才能)』を創造・結集し、世界に発信し続ける街」をコンセプトに、才能あるデザイナーやアーティストとの出会い、応援、コラボレーションを目指して、デザインとアートの2部門で開催するコンペティション。アイデアや作品を生み出すことのできる「人」にフォーカスしている。
https://www.tokyo-midtown.com/jp/award/
とはいえ審査する側である僕も、その作家がどこの学校出身なのか、どこで展覧会をしたのかなど、略歴を無意識に確認してしまいます。いまだ古い慣習にとらわれているのは否めない。変わるべきなのは、むしろ審査する側なのかもしれません。審査員側の感覚を更新するという意味でも、あえて実現できなさそうなアイデアを募る"妄想コンペ"があっていいと考えています。たとえば、公共空間に展示されるものは公序良俗に反してはならないなど、作品を選ぶときには常にある程度の制約が生じます。審査側もその制約のなかでジャッジしていくことになる。けれど、その不自由さを一旦忘れて、発想をぶつけ合える場があったら面白いでしょうね。以前、21_21 DESIGN SIGHTで開催された《『そこまでやるか』壮大なプロジェクト展》にコンセプトは近いかもしれない。想像力の拡張を目指すことで、新たに生まれるものがあると思うのです。
《『そこまでやるか』壮大なプロジェクト展》
建築、デザイン、アートなど幅広い分野に精通するライター・エディターの青野尚子をディレクターに迎え、2017年に21_21 DESIGN SIGHTで開催された企画展。既存の表現方法の垣根を超えた大胆な発想をもつクリエイターによる「壮大なプロジェクト」を取り上げた。本展で紹介された、磯崎新とアニッシュ・カプーアによる風船状の移動式コンサートホール《アーク・ノヴァ》は同年、TOKYO MIDTOWN開業10周年記念イベントとして展示が実現した。
https://6mirai.tokyo-midtown.com/event/21_21_design_sight/
そういう意味で思い出すのは、パリのグラン・パレの空間を存分に使った、アニッシュ・カプーアの《リヴァイアサン》という超巨大な作品。あとは、蔡國強の《万里の長城を1万メートル延長するプロジェクト》など。「こんなことができたのか!」と語り継がれるようなプロジェクトに関わってみたいと思いませんか。僕は、ずっとその欲望を抱き続けています。しかし、一見あり得ないプロジェクトを実現させるには、セクターを越えて横につながることが不可欠です。社会が硬直しているようなときこそ、アートが果たせる役割は大きいはず。また、イマジネーションを解放させれば制約を乗り越えられるというのは、アーティストだけでなく、企業や運営する側にも同じことが言えます。それが文化を広げていくことにもつながるのです。まさに"Sky's the limit(可能性は無限大)"ですね。
《リヴァイアサン》
フランス政府がパリのグラン・パレに現代アーティストを招き、新作を委嘱するアートイベント「モニュメンタ」で、2011年に発表されたアニッシュ・カプーアの作品。旧約聖書に登場する海の怪獣「リヴァイアサン」をモチーフにした巨大なインスタレーションで、鑑賞者はその内部に入り込んで、全貌の見えない空間を冒険する。
"Anish Kapoor - Juin 2011" by blondetpatrice, CC BY-ND 2.0
《万里の長城を1万メートル延長するプロジェクト》
現代美術家の蔡國強が、《万里の長城に1万メートル加えるプロジェクト》と《烽火台を再燃する》という2つのプロジェクトを組み合わせた。1993年2月27日、万里の長城の最西端の関所、中国嘉峪関から1万メートルの炎と硝煙の長城を出現させた。
蔡國強「万里の長城を1万メートル延長するプロジェクト」
写真提供:P3 art and environment
撮影:森山 正信
撮影場所:東京ミッドタウン 芝生広場
取材を終えて......
終始、穏やかな口調でお話ししてくださった山出さん。アートを活用したまちづくりを進めるなかで、アートに興味や理解があるかどうかに関係なく、あらゆる世代や価値観の人と接してきたであろう、懐の深さを感じました。プロジェクトを中心で動かしながら、同時に「モチベーションの高い観客」であり続けるのは、決して楽なことではないはず。長く地道な努力を要する「見たことのない風景」を生み出すのも、結局は自分たち次第なのだと感じました。「とてつもないプロジェクトに関わってみたくないですか?」と少年のように目を輝かせて問う姿に、アーティストとアートプロデューサーの両面を垣間見ることができました。(text_ikuko hyodo)
