
記憶に刻まれる瞬間は、感情の高まりと新しい体験が重なったところに生まれる。
映像や音楽、照明やインタラクション、特殊効果などを駆使し、さまざまな領域で没入感あふれる体験やライブイベントなどを生み出す、複合型エンターテイメントスタジオ、モーメントファクトリー(Moment Factory)。カナダのモントリオールに拠点を置き、パリ、ニューヨーク、シンガポールにスタジオを構える彼らは、東京にも渋谷キャストにオフィスを設立し、日本でも多くのプロジェクトを手掛けるとともに、地域コミュニティーや日本社会とのつながりを育んできました。Moment Factoryの共同創設者であり、最高イノベーション責任者であるドミニク・オーデットさんは、大胆で繊細で、かつ人間味あふれるクリエイションを生み出すリーダーとしても知られています。そんなドミニクさんに、Moment Factoryが大切にしてきたビジョンや、作品を制作する際のインスピレーションの源、これまでに出会った特別な“Moment=瞬間”、さらにこれから取り組もうとしているプロジェクトや未来への展望についてお聞きしました。
Moment Factoryには現在約450人のスタッフが在籍しており、さらに約200人のフリーランスとも協業しています。もともとは友人同士で小さなグループとしてスタートしたのですが、共通ビジョンのもとで、自然に成長してきました。なので、15年、20年と長い年月を共に働いてきた仲間も多くいます。直接言葉にしなくても、価値観やビジョン、ミッションを共有してくれたり、メッセージやアイデアを伝えてくれるメンバーがたくさんいるのです。
東京オフィスは渋谷にあり、シンガポール、ニューヨーク、パリ、シドニー、マドリード、そして現在ではリヤドやアブダビにもチームを展開しています。これら世界中の拠点で働く人たちがつながっていられるように、毎年モントリオールでパーティーを開催しています。集まる目的は、延々と議論することではなく、企業文化を共有し、ここにいる全員で一つの大きなプロジェクトを共に築いていることを再確認することです。共通の価値観を分かち合い、共に祝うことで共存するということです。これこそがMoment Factoryの哲学の核心"実世界で人々をつなぐ"という理念そのものなのです。
Moment Factory | Camping 2016
年に一度行われるMoment Factoryのパーティー
どんなプロジェクトにも、問題や困難はつきものですが、私はそれを「挑戦」として捉えるようにしています。大変な状況ほど、積極的に向き合い、受け入れることが大切。それらを乗り越えた先に新しいスキルを身に付けたりなど、貴重な学びがあり、それが次のクリエイティビティやイノベーションの原動力になるからです。日本にオフィスを構えると決めたときも、簡単にはいきませんでしたが、そのすべてが新鮮で、多くの教訓に満ちていました。実際のところ、そうした困難や挑戦こそが、人生の旅の本当の醍醐味や魅力を引き出してくれているのです。
今後も、「Customs」や「Originals」のコンテンツをさらに拡大しながら、コミュニティーとのつながりをさらに深めることに力を注いでいきます。コミュニティーの独自の魅力や精神を反映しながら、それをインスピレーションにした永続的な場所をつくり出すことを目指しています。実現すれば、とても大胆なポジティブさと自由な表現が息づく空間となるでしょう。
Moment Factoryにとって、ストリートカルチャーの躍動感に根ざしながら、これまで培ってきた専門性と価値観を融合させた都市空間をつくることは、自然な流れのように感じられます。
私たちが目指すのは、これまでにない新しいエンターテインメントの拠点です。そこは、ダイナミックで活気あふれる場所であり、地域のアンダーグラウンドカルチャーと伝統文化の精神をしっかりと受け継ぐものです。
多様性と本物が息づく、祝祭的な雰囲気の中で多彩なパフォーマンスを楽しめる空間をつくりたいと考えています。娯楽と多様性、そして本物らしさが調和する、公共の集いの場です。オールジャンルのアートやアーティストが共存できて、誰にでも開かれた寛容な場所となることを願っています。実際にどこにつくろうか、具体的な場所はまだ決まっていませんが、六本木のようなエリアでこのビジョンを実現できれば、とても魅力的だと思います。
世界のあちこちで、公共空間や文化施設が画一化されすぎてしまい、どこかエリート主義的な雰囲気が漂っているように感じることがあります。だからこそ、自由に表現できる場や、地下文化が芽生え育つ空間をつくることが大切だと思います。特に、若い世代がアートや音楽に気軽に触れ、祝祭を通じて仲間とつながる感覚を楽しめるような環境を提供することが必要だと考えています。
例えば東欧では、かつての軍事基地や公衆浴場が改装され、若者たちのための施設として生まれ変わっています。印象的なのは、こうした取り組みを進めている人々が、リスクを過度に恐れることなく空間を提供している点です。
同じような考え方は、日本でも十分に活かせる余地があります。ただ単にそのまま模倣するのではなく、例えば大規模な再開発プロジェクトに組み込む形で取り入れることで、不動産デベロッパーがより柔軟性を持って、次世代がこうした空間を本当に利用しやすい仕組みを構築することが鍵となるでしょう。
日本での最初のプロジェクト《食神さま》は、廃墟を舞台に制作を行いました。とても刺激的な経験で、不思議とその場所の本質やエネルギーと自然につながれたな、と感じました。
ガラスやコンクリートでつくられた現代的な建築の美しさも確かにありますが、「本物らしさ」というものはそういったものとは違う、もっと生々しく、不完全で、未完成の何かから生まれるものだと思います。
それこそが私が「生成的デザイン(Generative Design)」と呼んでいるもので、適切な条件が整えば、本物らしさや生っぽいクリエイティビティが自然に生まれてくる、という考え方です。本物らしさを無理やりつくり出すことはできません。それは自然に現れるものなのです。 そういう本物らしさをまとった空間こそが未来の世代に残すべきレガシーになっていくだろうと思うのです。自発性や表現、そして文化が自然に芽生えることを可能にする、そんな場所が必要なのです。
見て食べる体験型デジタルアート「食神さまの不思議なレストラン」展
2017年、茅場町で開催された展覧会。Moment Factoryが制作委員会から依頼を受け、訪れる人々を特別な食の体験へと誘う4つの没入型インスタレーションを制作。このプロジェクトでは、伝統的で季節感あふれる地元の「和食文化」の重要なストーリーを伝えることを目的とした。
とはいえ、「荒削りな魅力」や「自然な風合い」を意図的につくり出すことはとても難しく、人工的ではなくずっとそこにあったような感じを出すには、時間や偶然に任せるしかないのだと考えています。
例えば、10年ほど前にモントリオールのスタジオを現在の場所へ移転した際、Moment Factoryらしさが損なわれないようにと、あえて建築家に内装デザインを依頼しませんでした。その代わり、各部門に毎月少額の予算を割り当てて、家具や植物、装飾品を自由に追加できるようにしました。「今月はこの照明を買おう」といった具合に、みんなで話し合いながら、空間が自然に進化していくのを楽しむことにしたのです。
その結果、自然の魅力や温かみが感じられる独特の雰囲気が生まれました。一人のデザイナーがデザインを押し付けるのではなく、みんなの小さな工夫やアイデアが積み重なり、偶然性や多様性が反映された空間ができあがったのです。このようなプロセスこそが、本物の個性を持つデザインを生み出す鍵なのかもしれません。
ここから先、テクノロジーの進化によって、人々は生活の機能的な部分から解放され、「なぜここにいるのか」「人とどのようにつながるのか」といった、本質的な問いに向き合う時代が訪れると思います。AIやロボットが反復的な作業を担うことで、人間はスピリチュアルな価値や文化にもっと時間を注げるようになるでしょう。
Moment Factoryという旅を始めてから、もうすぐ25年になります。私たちは5年ごとにビジョンを見直し、新たな目標を設定しながら、常に限界を押し広げてきました。この継続的なプロセスを通じて築いてきた文化やプロジェクトには、心から誇りを持っています。これまでティーンエイジャー向けのプロジェクトを多く手がけてきましたが、これからは子どもと高齢者を対象にした空間づくりに力を注ぎたいと思っています。若い世代と年配の世代が都市コミュニティーの一員として共に成長し、活気づくエコシステムを構築するという、特別な可能性を感じているのです。
私たちが目指すのは、長く愛される場所を創り出すこと。そのために、「再活用(リパーパス)」というアプローチを取り入れ、持続可能性やコミュニティー、自然を大切にしながら、既存の空間を新たに生まれ変わらせていきます。これまでに培ってきた音楽、イベント、ミュージアム、テーマパーク、公共空間、そして「Lumina」シリーズで展開してきたクリエイティブなストーリーテリングのすべてを一つにまとめたいと考えています。これが、これからの10年で実現したいMoment Factoryのビジョンです。
撮影場所:東京ミッドタウン・ガーデン
取材を終えて......
ご自身の中に息づくストリートカルチャーを、しっかり概念や生き方に反映させているからこそ、ドミニクさんは何をつくるか、何を発信するかがとても明確。かつ、貫き通した人と人をつなぐという強い意志が、長く愛される作品につながっているのだと感じます。破壊と再生ではなく、「積み重ねることで過去をつないでいく」という言葉にも力強さを感じました。ちなみに......取材をしたのは猛暑日。来日前にサウジアラビアで50℃の世界を体験してきたドミニクさんは「これくらいなら全然平気です」と笑って場を和ませてくださいました。