
記憶に刻まれる瞬間は、感情の高まりと新しい体験が重なったところに生まれる。
映像や音楽、照明やインタラクション、特殊効果などを駆使し、さまざまな領域で没入感あふれる体験やライブイベントなどを生み出す、複合型エンターテイメントスタジオ、モーメントファクトリー(Moment Factory)。カナダのモントリオールに拠点を置き、パリ、ニューヨーク、シンガポールにスタジオを構える彼らは、東京にも渋谷キャストにオフィスを設立し、日本でも多くのプロジェクトを手掛けるとともに、地域コミュニティーや日本社会とのつながりを育んできました。Moment Factoryの共同創設者であり、最高イノベーション責任者であるドミニク・オーデットさんは、大胆で繊細で、かつ人間味あふれるクリエイションを生み出すリーダーとしても知られています。そんなドミニクさんに、Moment Factoryが大切にしてきたビジョンや、作品を制作する際のインスピレーションの源、これまでに出会った特別な“Moment=瞬間”、さらにこれから取り組もうとしているプロジェクトや未来への展望についてお聞きしました。
Moment Factoryのモットーは「WE DO IT IN PUBLIC」、つまり「公の場で実践する」ということです。この考え方の中心には、人間らしさと人と人とのつながりを大切にする姿勢があります。誰かとつながっていたい、と感じるのは、人々の本能に根付く普遍的な欲求で、国や文化を超えて共通しているものだと思います。近年ではテクノロジーの発展もあって、リアルな場でのつながりの重要性に注目が集まっていますが、Moment Factoryでは2001年の設立当初から一貫して、パブリックな場所でつながりを生み出すことに力を注いできました。人々が集い、出会いの中で「心に響く特別な瞬間を生み出すこと」。それこそが私たちの存在意義であり、心から大切にしている使命なのです。
Moment Factoryは、私とサクチン・ベセットが共同で立ち上げた会社です。設立当時、サクチンも私もレイブパーティーのオーガナイザーをしていて、モントリオールのアングラな音楽シーンや祝祭的なカルチャーの中で活動していました。二人ともストリートカルチャーをルーツにしているという共通のバックグランドがあったので、それを軸に、好きなことを公の場で仕掛けていくというスタイルをとってきました。こうしたアプローチを通じて、社会と共鳴するような体験を生み出していく。それが、私たちが今でも変わらず大切にしている「WE DO IT IN PUBLIC」というモットーの原点なんです。
設立当時は、ちょうどアナログからデジタルへの大転換期で、ネットや携帯電話が急速に普及し、スクリーンが生活の中で大きな存在感を持つようになっていました。でも、画面に向かっているだけでは、リアルな世界での人と人とのつながりは生まれません。本質的な何かが欠けている、どこか物足りなさを感じる状態とも言えるかもしれません。だからこそ、まず、Moment Factoryでは意図的に、スクリーンに向きあう形で楽しむコンテンツは一切手がけない、と決めました。私たちが本当に大切にしていること、それは、人々を引き離すことではなく、心をつなぎ、共に集う場をつくることなのです。
もちろん、私たちが手がけるコンテンツには多くのデジタル技術を取り入れています。でも、それはあくまで人と人とのつながりを深めるための手段にすぎません。バーチャル技術自体を目的とするのではなく、それを活用して現実世界での人間同士の結びつきを生み出すことが、私たちの核となる考え方なんです。
WE DO IT IN PUBLIC
Moment Factory が設立から核とするモットー。
https://momentfactory.com/
Moment Factoryでは、オーダーメイドの体験型コンテンツ「Custom Experiences」と、自分たちのオリジナルコンテンツとしてデザインするチケット制のアトラクション「Originals」、という2つの柱を軸に事業を展開しています。
「Custom Experiences」は、クライアントと密接に連携しながら進めるプロジェクトで、クライアントのニーズや与件に応えつつ、細部までこだわり抜いてつくりあげていきます。ライブパフォーマンスや常設のインスタレーションなど、アウトプットは多岐に渡ります。これこそがMoment FactoryのDNAとなっています。私たちは音楽の世界からスタートして、コンサートやライブイベントなどを通じて専門性を磨いてきたわけですが、現在では、人々で賑わう駅などの公共空間やレジャースポット、スポーツスタジアムから、都市建築、博物館、テーマパークと、8つの事業を展開するところまで成長しました。
観客と直接つながりたいという強い思いで生み出した「Originals」は、完全に社内で開発している没入型のチケット制アトラクションのシリーズで、10年以上前から取り組んでいます。「ルミナ・エンチャンテッド・ナイトウォーク(Lumina Enchanted Night Walk)」から始まって、今では50以上のプロジェクトがあり、世界で累計800万枚以上のチケットを販売してきました。これらの体験型アトラクションは、常設型、イベント型、巡回型のいずれかで展開しています。
Moment Factory Originals
感情を呼び覚ますテクノロジーを駆使した、Moment Factoryが独自に開発する体験型エンターテインメント。動画は2014年にカナダ・ケベックで始まったナイトウォークシリーズ《フォレスタ・ルミナ(Foresta Lumina)》のもの。
画像:Moment Factory
https://vimeo.com/839875040
多くのクリエイターが共感してくれるかもしれませんが、クライアントワークに偏りすぎたり、逆に自主的な創作活動だけに集中しすぎたりすると、どこかバランスが取れなくなることがあります。その点で「Originals」を始めたことは、私たちにとって大きな意味がありました。
とはいえ、完全に新しいことに挑戦するというよりも、「Originals」は「Custom Experiences」の延長線上にあって、自分たちのDNAと呼べるものを大切にしながら、その土台の上にさらに新たな価値を築きあげるようなもので、進化しながらも、自分たちらしさをしっかりと維持しているような感覚です。
どちらかというと、「アーティスト」というより「職人」に近い存在だと思っています。職人は、自分のためではなく、他者のために仕事をするものですよね。「Custom Experiences」と「Originals」がいい形でバランスしていると、チーム全体も会社全体も、クリエイティブで革新的な状態を保つことができるんです。
私にとって、アートはとても重要です。アーティストは、常に既存の枠を超え、新しいルールや価値観に挑戦していて、見慣れた日常に新しい視点をもたらしてくれる貴重な存在です。特に都市という場では、数多くの決まりごとがあり、それに従わざるを得ない状況が多いですよね。しかし、そんな環境の中でアートは、物事をいつもとは異なる角度から捉えるきっかけを与えてくれる。新しい視点に触れることで心が開かれ、世界が無限の可能性を秘めたものに感じられるようになります。より物事を受け入れやすくなり、普遍的な本質と深く結びついていることを実感できるのではないでしょうか。
都市で生活する私たちにとって、ただ機械のように作業をこなすだけの存在にならないことは、とても重要だと思います。私たちは人間であって、アートを生み出すことができる唯一の生き物ですから。アートには挑戦する力があり、そこには人間の意識やその表現が込められています。それが新しい視点を引き出し、私たち自身に問いを投げかけるきっかけになるのです。実際、多くの革命的な出来事はアートやアーティストの視点から生まれているのではないでしょうか。たとえばストリートアートのような形で、それが文化的な革命へとつながることもありますよね。アートからの問いかけは、自分の視点や魂、意識を見つめ直す貴重な機会を与えてくれる、内面的なプロセスへとつながります。
一方、エンターテインメントは、他の人と共有しながら体験することが多く、「楽しむこと」や「日常の悩みを忘れること」に重きを置いているように思います。仕事や睡眠、食事など、日常での必要な営みを一時的に忘れさせてくれる仕掛けであり、その瞬間、ただただ人生を謳歌し、ハッピーな一瞬を味わうことができるのだと思います。アートとエンターテインメントはお互いをうまく補い合うものだと思いますが、それぞれの目的や、もたらす作用については、とても大きな違いがあるのではないでしょうか。
《Lumina Night Walk》シリーズが、アートなのかエンターテインメントなのか、議論になることがありますが、確かに両方の要素がありますよね。ただ、私自身、《Lumina》の体験はアート性がとても高いと思っているんです。なぜかというと、自然とのつながりを感じられるということと、その体験全体を通じて自分自身の意識が呼び覚まされる感覚を覚えるからです。ただ、誰かと気軽に会話を楽しむというよりも、自分の内面に目を向けさせてくれる、そんな特別な空間だといえるでしょう。
《Kamuy Lumina》
ルミナ・ナイトウォーク・シリーズのひとつとして、北海道阿寒湖で開催。湖畔の森からスタートし、2km進む道のりにストーリー性豊かな世界が広がる。アイヌの語りの伝統から着想を得たコンテンツで、ガイド役となる"リズムスティック"を手に進むことで、物語と自然の風景が見事に調和する。道中、光と音のインタラクティブな演出がリズムに合わせて変化し、まるで物語の世界に入り込んだかのような深い没入感を味わうことができる。
会期:2025年11月8日(土)まで。※無休
時間:日没30分後~15分ごとにスタート
最終入場などの詳細は公式サイトよりご覧ください。
場所:阿寒摩周国立公園内・阿寒湖
《Aura》も、アート寄りのプロジェクトで、テクノロジー、音響、レーザー演出を駆使して、阿寒湖という文化的なランドマークを際立たせる、感動的な体験が得られます。単に楽しいというだけでなく、土地が持つ精神性、歴史、文化、そしてエネルギーと深く結びつくような特別な体験ですね。
《Aura Invalide》
2023年にフランス・パリのアンヴァリッドのドームで始まった常設型の没入型ショーで、光と映像、オリジナルのオーケストラの演奏とプロジェクションマッピングが融合し、建築の美しさが感情に訴えかけ、訪れる人々に「歴史」と「感動」を届ける。カルチャーとテクノロジーが見事に調和する。「AURA」シリーズは、2017年からカナダのモントリオールでも開催されている。
5月から京都府立植物園で始まった《Light Cycles Kyoto》は、アート性がさらに際立つプロジェクトです。自然や庭園、そして幻想的な光にインスパイアされてつくりあげた作品で、まさに「アートと自然が織りなす祭典」と呼ぶにふさわしいものです。歴史ある植物園に新たな生命を吹き込む試みとして、音、光、映像、マルチメディアを織り交ぜ、没入型の体験を創り出しています。このプロジェクトのコンセプトは、昼間にくる人たちには通常の植物園を楽しんでもらうこと、また、植物園の植物へのマイナスな影響がいかない形で実施すること。昼間の魅力を引き立てる夜間の新しい体験を提供することがポイントでした。
《Lumina Night Walks》にはストーリーがあり、文化や学びの要素も取り入れてますが、《Light Cycles》は純粋なアート作品です。光と自然が絶妙に調和し、空間全体が生きたアートへと変貌を遂げる、特別な体験を訪れる人に提供します。
《Light Cycles Kyoto》
昨年、京都府立植物園の開園100周年を記念した特別イベントとして開催され、アップデートされたバージョンとして2025年も実施されている。日本最大級の温室を舞台に光や音、セットデザイン、プロジェクションを駆使して、植物の魅力を彩る没入型エンターテインメント。4つの異なるゾーンを巡りながら、幻想的な世界を体感できる。
会期:2026年3月31日(火)まで。※月曜休園
時間:5月~8月19:30~21:30、9月~翌3月18:00~21:30(ともに最終入場は20:30)
※最終入場などの最新情報は公式サイトよりご覧ください。
場所:京都府立植物園
《Lumina》シリーズや《Light Cycles》といったプロジェクトは、アートとエンターテインメントの境界を越え、独自の存在感を放っています。ただ楽しむだけではなく、私たちに考えさせたり、自分自身を深く見つめ直す時間をくれるのです。そうした深さの中に時折エンターテインメント的な軽やかさが混ざり合う。それが多くの人々に愛される理由なのだと思います。
綿密に計画し、着実に実行するアプローチは、日本の象徴的する仕事の進め方で、Moment Factoryが深く共感し、敬意を抱いている価値観です。《Light Cycles Kyoto》と《Kamuy Lumina》に加えて、4年ほど前に新宿駅に設置した大規模なマルチメディアインスタレーション《Shinjuku Color Bath》も、現在も継続して展開されています。常に賑わいを見せる新宿駅の空間において、このインスタレーションは、時間が一瞬止まったように感じられる特別な空間をつくることを目的として設計されました。私たちの目標は、通りすがりの人の気分が瞬時に変わり、慌ただしい日常の中で心が安らぐひとときを提供することでした。
《Shinjuku Color Bath》
世界一の乗降客数を誇る新宿駅の東西自由通路に設置された、没入型のマルチメディア空間。人々へ活力や安らぎを与え、スムーズな移動が可能な環境へと変化させるという目的で、都市の景観に新たな価値を創出。「新宿カラーバス(色彩に包まれる)」を空間コンセプトに、光や音、映像を連動させる演出で通行者が足を止めたくなるような、感性に訴える都市体験を提供している。
日本でのプロジェクトの進め方にはいつも驚かされます。他者への配慮や時間の捉え方は非常に魅力的で、他の国でのやり方とは大きく異なります。日本では、デザインや計画に十分な時間をかけることが重視されていて、関係者全員の合意を慎重に確認し、考え得るシナリオを丁寧に予測した上で次のステップに進むという姿勢が根付いています。このアプローチは、忍耐と明確かつ慎重なプロセスを重んじるものであり、慎重に実行することを可能にします。
これと比較して、北米ではプロジェクトがより迅速に実行段階に進む傾向があり、状況の変化に応じて柔軟に適応していくダイナミックな進め方が特徴です。どちらのアプローチにもそれぞれの強みがあります。日本の方法は先見性と正確性を重視し、北米のスタイルは柔軟性と迅速な対応を重んじます。私は、日本の慎重な計画と落ち着いたペースを特にリスペクトしていて、そういう姿勢によって、必要のない慌てを回避することができ、成功への堅実な基盤を築く助けとなる点を素晴らしいと感じています。
日本以外では、2年前から中東地域でも新しい挑戦を始めています。特にインスピレーションを受けているのが、サウジアラビアの首都リヤドです。この街は、人口の75%を占める30歳未満の若者たちが生み出すストリートミックスカルチャーがとても魅力的。常に"何かが始まりそうな"エネルギーに満ちていて、非常に興味深い都市です。
刺激を受ける都市は時とともに変わりますが、私にとって世界で一番だなと思うのはやはり東京と京都です。若いころから日本の文化が大好きで、それが今でも私の心の大きな部分を占めています。東京の好きなところは、まずストリートと地下街があることですね。そして、エリアごとに異なる雰囲気や多様な嗜好が楽しめる点もいい。東京では、長時間移動しなくてもさまざまな体験ができますが、しいて言うなら、ナイトライフがもう少し充実していればもっと楽しめるかなと思います。
Moment Factoryという名前が示す通り、私たちは人々の心に残る「忘れられない瞬間(Moment)」を届けるため、さまざまなプロジェクトに取り組んできました。その中でも、特に忘れられない出来事があります。それは、2012年にサグラダ・ファミリアで行ったプロジェクションマッピング《Ode à la vie on the Sagrada Familia》です。このプロジェクトでは、3種類のショーを4夜連続で開催しました。ショーを観覧していたバルセロナ市の市長や教会の神父からは、「スペインは今、大きな困難に直面していますが、このショーがバルセロナの人々に希望と前向きなエネルギーを与えてくれました」と感謝の言葉をいただきました。
約35,000人もの観客が集まり、通りは人々で埋め尽くされている中で、ショーが終わるたびに、観客のみなさんが振り返って私たちに拍手を送ってくれる光景を、今でも鮮明に覚えています。その瞬間、Moment Factoryのチーム全員が感動で涙を流しました。あれは、私たちにとって本当に特別な経験でした。
《Ode à la vie on the Sagrada Familia》
バルセロナのシンボルともいえる「サグラダ・ファミリア」で、2012年に行われたプロジェクションマッピング。19世紀に立てられた荘厳な壁面に水が流れ、花が咲き、植物が息を吹く。そのあまりの美しさに観客が熱狂した。
こうした記憶に残る瞬間は、感情が高まり、新しい体験が重なったときに生まれるのだと思います。ただ、それを意図的につくり出すための明確な「レシピ」があるわけではありません。何かがきっかけとなり、若いころに体験した最高の感情が呼び起こされることもありますし、プロジェクトの背景や音楽、空間の設定が感情を引き出してくれることもあります。
だからこそ、「どこで行うか」というべニューの選択や、その場所が持つ独自の環境や歴史といった文脈がとても重要になってくるのです。特に、森や自然、寺院のように長い歴史を持つ場所は、人々の感情に大きく作用する力があるのを実感しています。
そんな背景もあり、私たちは既存の場所に新たな生命を吹き込む「Repurpose(再利用・再構築)」というアプローチがとても好きなのです。明確なレシピがないからこそ、感情の高まりを生み出したいという尽きることのない渇望や、それを形にしようとする強い思いが、私たちの仕事にやりがいを与えてくれる。そして、その渇望が次の創造を生む原動力になっているのだと思います。
撮影場所:東京ミッドタウン・ガーデン