待つだけではなく、自ら居場所を変えて人に会いにいく行動力。
ユニークなコンセプトのコンビニやシェアハウスなどをプロデュースし、都市における空間とコミュニティのあり方を模索する、建築家のクマタイチさん。秋の恒例となった、デザインを五感で楽しむイベント「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2024」では、芝生広場のメインコンテンツ制作クリエイターとして、円盤型の巨大なインスタレーション《リレキの丘》を手がけています。本作に込めた思いのほか、ご自身のプロジェクトを通して未来につむぐ建築のあり方などをお聞きしました。
欧米と日本で、デザインや建築の制作プロセスに違いがあるとしたら、日本は職人の技術が高いので、そこに頼って設計できるのが特長だといえます。リノベーションの場合は、特に図面だけではわからない部分が多く、現場に足を運んで何ができるのか話をすることで生まれる要素が少なくありません。そういったアプローチは、欧米だとなかなか難しいのではないかという気がします。
一方で僕たちにとって欧米の街並みは、空間の使い方から発見できることが多いですよね。ヨーロッパ全体にそういう傾向があると思うのですが、アウトドア席やテラス席など内と外の境目の使い方が上手だと感じます。最近は、行政の政策として街から車を排除し、道路のまん中に緑地帯を積極的に設けたりしている街もあります。なので、道自体がより歩きやすいというか、歩きたくなるように働きかけていて、さすがだなと思います。
街を舞台にしたプロジェクトを何か実施できるとしたら、人が滞在する時間を歪めてみたいですね。よく通る道でもただ通るだけで、立ち止まりもしないところって結構ありますよね。無意識のうちに固定されてしまっている、人と場所の距離感を歪めると、街の見え方も変わってくると思うんです。《リレキの丘》もまさにそれが狙いのひとつで、歪んだ側面が存在することで滞在時間が変わったり、普段だったら横にいないような人がいるというような現象を起こしたいんです。いつもは入らないレストランで食事をしてみるとか、普段は選ばないようなところで宿泊してみるとか、通常とは異なる行動を促すような仕掛けをつくることに興味を持っています。西野達さんというアーティストの作品が好きなのですが、彼は、街なかの有名な彫刻の周りなどに仮組みの小屋をつくって、ホテルの一室にしてしまうんです。彼の作品のようにそもそもの概念を変えさせられるようなプロジェクトには、インスパイアされますね。
建築の場合、基本的に用途地域が定められているので、現実的な難しさもありますが、発想の転換で街や空間に対する固定観念を外せたらいいですよね。僕が手がけた「SHOPPE(ショップ)」というコンビニも、気軽に立ち寄れるけど、現代人が抱くコンビニのイメージとは異なる場をつくりたいという思いがありました。六本木の街並みは、美術館やホテルなどが高層ビルのような大きな箱の中に押し込められている印象があるので、その関係性を逆転できたら面白いかもしれません。たとえば同じ六本木でももっと雑多な場所に、アート作品を置いてみるとか。そういう意味でも「六本木アートナイト」はいい試みだと思います。
建築の未来について考えるうえでも、使う人にとって身近な存在にしていくという視点は欠かせません。サイズ感だけでなく、つくり方も含めて身近になっていくのが理想的で、テクノロジーはその一要素といえます。たとえばイランのマダン族という部族の家は、藁でつくられているのです。藁をしならせてアーチ状にしたり、編み込んだりして家をつくるのですが、主に女性がその作業を担っています。なので、男性は狩りに行き、女性が家を建てるらしいのです。建築に使う素材が柔らかくて軽いため、女性の仕事になっているようです。こういう文化や習慣をヒントにしながら、テクノロジーによって建材を軽くて柔らかいものにすることができたら、建築はより開かれたものになっていくのではないでしょうか。
昔から、誰かとものづくりをすることが好きだったんです。建築家になりたいと思ったのも、高校の文化祭でいろんな人の話を聞きながら、共同で作業していくことの楽しさを知ったことがきっかけのひとつでした。建築はひとりでつくることはできないですし、みんなでものづくりをすることに対する憧れみたいなものがあったのだと思います。
僕にとってインスピレーションの源は、人と会うことです。人に会うためには、待っているのではなく、自分で居場所を変えていく必要があります。移動して、話を聞いて一緒にごはんを食べるような行動力が大切です。遊びと仕事を一緒に共有できるような関係性が理想のクリエイティブにつながるのではないでしょうか。
世界で好きな街をあげるなら、事務所と家のあるパリと、以前住んでいたニューヨーク。それとバンコクも好きですね。これらの街に共通しているのは、歩いていて楽しいことと、おいしいものがあること。そして、友だちがいることも大きいです。とはいえ、それぞれの都市で行くエリアは大抵いつも決まっていて、ニューヨークのタイムズスクエアみたいな中心地にはほぼ行かないです。東京でいう神楽坂みたいに、下町の雰囲気が残っていて、人とのつながりが濃いような土地を、結局どこに行っても探しているのかもしれません。
今、関心があるのは、「ペアリング」という考え方です。先日、大越基裕さんの『ロジカルペアリング レストランのためのドリンクペアリング講座』という本を読んだからなのですが、ご存じの通り、ペアリングは料理と飲み物、両方の良さを引き出す組み合わせを意味します。この本では、感覚でセレクトしがちなペアリングを、酸味やうま味などの五味を基本に、ロジックで合わせる方法を紹介しているのですが、建築やデザインにも応用できそうだと思ったんです。たとえば、この木にはこの色がなぜ合うのか、理論的に体系立てることができたら、いろんな可能性が広がりますよね。
素材として注目しているのは、やはり木の周辺です。最近だと、木目のアルミプリントなどが本当にリアルで、興味がありますね。僕はドイツで建築を学んだのですが、スイスやドイツはそういった新しい素材の研究が進んでいる印象です。日本の建築業界は、ゼネコンが主導しているため、横のつながりが薄い。大学の建築学部にはあまり予算がなく、学生たちにも人気がないのが課題といえます。
今回の《リレキの丘》は、木造建築のシェルターという会社と一緒に制作しました。大型の加工機があり、建築家と共同でものづくりをすることをとても大事にされています。こういう会社のおかげで日本の建築技術が保たれています。建築の未来を考えるうえで、共同でものづくりをすることは、とても大切なことだと思います。
撮影場所:『Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2024』《リレキの丘》(会場:東京ミッドタウン芝生広場)
取材を終えて......
両親ともに建築家で、生まれたときから建築が身近な存在だったであろうクマタイチさん。自身も建築家として活躍する今、より多くの人が建築を身近に感じられるようになる術を、さまざまな角度から考え続けている姿が印象的でした。頭で考えるだけでなく、とにかく行動してみることを信条にされていて、体感した楽しさや心地よさを建築に落とし込んでいく。それも使う人が身近に感じるために、欠かせないことなのかもしれません。(text_ikuko hyodo)