クリエイティビティは自分の内からではなく、自分を取り巻く環境から生まれる。
イタリアを代表する建築家、デザイナー、そしてアーティストのミケーレ・デ・ルッキさん。
ヨーロッパの有名企業の家具デザインを手がけるとともに、文化施設、インダストリアル、住宅など多様な建築プロジェクトを実現しているデ・ルッキさんですが、20年以上にわたり、ミラノとアンジェーラの工房で、ドローイング、絵画、木彫のオブジェ・模型の制作に取り組み、ポンピドゥー・センターほか、欧米や日本の美術館が彼のデザイン作品を収蔵しています。
今回は、三宅一生さんとの会話がきっかけではじまった、21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3でのデ・ルッキさんの個展について、そして環境とクリエイティビティ、建築家としてのデ・ルッキさんのクリエーションの源について、などたっぷりお話をお伺いしました。
今回、《ロッジア》では木とブロンズの作品を発表していますが、このシリーズでは素材選びから仕上げに至るまで、創作のプロセスで様々な実験をしました。私は、新しいコンセプトや素材、未来に向けて新しいアイデアを生み出そうとする課程で、よく、過去に立ち戻ります。その中で、例えば、木やブロンズのような、使い慣れた古くからある素材を使うこともあります。先史時代、最初のホモ・サピエンスは道具をほとんど持たず、素材を開発することもしていなかったので、生活の中で唯一あったのは、森や草原で見つけられるものでした。
そういう意味では、木は彼らにとって最も重要な素材だったわけです。ずっと前からある素材で、たくさんあるので自由に使うことができ、素材としてもすぐれているという点で、木は今でも、人間にとって必要不可欠な、最も重要な素材だといえるでしょう。一方、ブロンズは人類が発見した最初の金属という意味で、古い素材のひとつです。ブロンズを使うことで最初のホモ・サピエンスは木を加工するためのより耐久性のある道具を生みだすことができるようになりました。
昔の人のことを考えるといつも感動します。木は森のいたるところに生えていたと思いますが、道具がなかった時代には、数センチくらいしか切り出せなかったのではないでしょうか。幹の部分なんて、どうしたって切れなかったはずです。もし私がその時代に生きていたら、木を使えないことがどれだけフラストレーションになったことか! 当時の人たちも、相当なフラストレーションを抱えていたのではないかと想像します。その点、現代は柔軟性のある若い木であれば、いろんなシーンで活用できる木材になりますし、年数を重ねた木は堅くてしっかりとした長持ちする素材になります。それで今回《ロッジア》では、非常に原始的な2つの素材を使うことにしました。人類の原点に立ち返ることと、大きく発展を遂げた技術の原点に立ち返るという、よいメッセージにつながるのでは、と思ったのです。
私は素材を選ぶ際、自分の手で直接扱える素材か否か、といことを大切にしています。あわせて、その素材自体の開発に携わることができるかどうかも重要です。とりわけ自分自身のアート作品に関しては、今述べた2点を大事にしています。
建築家として建物を設計したりインテリアデザインをする時には、アイデアを実現するために、どんな専門性が必要とされるかはよくわかっています。アーティストとして何かをつくるときは、まず、自分の頭の中にあるものを目に見える形にしてみます。頭に浮かんだものを、あっという間に形にしていきます。対して、建築はプロセスがとても長い。経済的、財政的な問題があるので、自分が設計したものが実際に形になるには、もっともっと時間が必要になってきます。
健康的であることと、賢くあること。この2つは異なる概念に思えますが、実はそうではありません。健康でいるためには、賢くなければならないし、賢くいるためには、健康でなければいけません。その場所や建物にいると、人々が攻撃的になるよりも、その人たちの平和でおだやかな面がでてくるような建築や環境を生み出したいと常に思っています。そのような場所に身をおくと、他人に対して暴力的、攻撃的になることがなくなり、平和に共存できているときの感覚がわかってきます。そういうデザインをしようと思ったら、単に素材や色、見た目をどう仕上げるかといった要素だけではなく、「時代のスピリット(The spirit of the time)」を理解することが必要になってきます。
「時代のスピリット」は、私にとって最も重要かつ必要不可欠な概念です。大学でも、毎年最初に「時代のスピリット」についての授業を行います。「時代のスピリット」には、その時代の、そこにいる人たちの、様々な欲求や夢、野望、感情、色々な出来事など、たくさんのものがつまっています。ドイツ語で「時代のスピリット」を表現する言葉として、「Zeitgeist」という言葉があります。英訳すると「The ghosts of the time(時間のゴースト)」という意味です。「ゴースト」というのは、とても美しい概念ですよね。幻想的で、かつ触れることができないけれども、存在しているもの。その存在を感じているものの、本質は説明しにくく、理解もされにくいものなのです。
建築家は、自分が暮らしている場所以外のためにデザインをすることもあるので、「時代のスピリット」について十分理解をした上で、テクノロジーを駆使しながら創造性を発揮し、そのスピリットを具現化した環境をみなさんにお届けする責務を抱えています。
現在、神戸で、何年も前に建てられた古い建築の修復プロジェクトに携わっています。ここでも、「時代のスピリット」を表現しています。既存の建物を取り壊し、再び建てるというプロセスを経る修復は、非常に興味深い仕事だと思っています。修復を必要とする建物は面白いものが多くて、技術面で進化させたり、形を変えたり、インテリアもアップデートをし、環境を豊かにしていくことができるのです。
環境づくりで難しいのは、その場がいつも様々な情報に満ちあふれていて、意味のあるものであるべきだということです。クリエイティビティは自分の内から湧き出てくるものではなく、自分を取り巻く環境から生まれてくるものです。「創造性を磨きたい、もっとクリエイティブになりたい」と思うなら、その環境こそがクリエイティビティを最も刺激する要素となります。もし貧しく、無表情で、悲しく、憂鬱な環境の中で生きているとしたら、決してクリエイティブにはなれないのです。
エピジェネティクスと呼ばれる、遺伝学分野の科学的研究をご存じでしょうか。環境が細胞の成長にどのような影響を与えるのかを研究する科学なのですが、私たちはおよそ37兆個もの細胞から構成されています。ですからもし細胞が、異なる環境下でどのように反応するのかわかるようになれば、私たち人間が身の回りのものから具体的にどんな影響を受けているのかも理解できるようになるでしょう。その点で、建築家は環境をデザインしているともいえます。私たちが生きている今この時代は、環境をデザインするだけでなく、環境にインスピレーションを与えているのです。都市がもっとクリエイティブになるには、単にあっちからこっちへ簡単に行けるようなアクセスがよく機能的な都市をつくるのではなく、人やアイデア、思いがけないものや景色、考え方との出会いがあるような、インスピレーションに溢れる都市をつくる必要があります。私たちの心は、思考や無形の欲望によって動かされているのです。
都市がもっとクリエイティブになるために提案したいのは、シンプルに、インスタレーションを考えてみる、というアイデアです。開催期間は長くなくてもいいと思いますが、一度は足を運んでみないと、と思わせる展示で、行くたびに新しいビジョンやアイデア、今までにない新しい何かを見つけることができるようなインスタレーションです。ある意味、常設であるといえる建築とは異なり、インスタレーションがいいのはその都度、最新のプロセスや技術、アイデアを簡単にチャレンジすることができるところです。建築物は、永続的で、常に時間の経過と闘わなければなりません。メンテナンスも必要になってきます。一方、インスタレーションだったら、常にどこかをアップデートするのも容易でいつかなくなってしまう通り過ぎていくものなので、毎回実験的なことにチャレンジできます。建築と違って実現がしやすく、進化させることも他のアイデアを取り入れることもできますし、そのアイデア自体を他の建築家やデザイナーが取り入れることもあります。
私にとってインスタレーションとは、建築において非常に重要な概念で、アートと建築を結びつけることができる考え方ともいえます。実験をしなくなったら、人間は何者でもなくなってしまいます。一人ひとり、人間同士、異なる国の人、そして異文化の人たちが共存し、協力することができる可能性に対して挑戦を続けていくのです。もしうまく協力できれば、世界はきっとより壮大なものになるでしょう。
撮影場所:『六本木六軒:ミケーレ・デ・ルッキの6つの家』展(会場:21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3)
取材を終えて......
六本木に6つの小さな家の彫刻が立ち並ぶ展覧会でお会いしたデ・ルッキさんは、終始にこやかで、ハッピーなオーラをはなっていらっしゃり、ここも「時代のスピリット」をまとった空間だな、とおだやかな気持ちになりました。
「クリエイティビティは、内からでるものではなく、その人がいる環境からしか生まれないものだ」というデ・ルッキさんの言葉に、はっとさせられました。日々自分を取り巻く環境や時間を過ごす場所への意識が変わった瞬間でした。建築の見方も、がらっと変わりそうなきっかけをいただきました。(text_rumiko inoue)