創造性を磨いて、みんなで社会課題に取り組む。
災害時の情報サイト「OLIVE」やハンドブック「東京防災」などを手がけ、建築やプロダクト、グラフィックなど多彩な分野で社会課題を解決するデザインに取り組むNOSIGNER代表、太刀川英輔さん。2021年には日本でもっとも長い歴史を持つ全国デザイン団体、JIDA(日本インダストリアルデザイン協会)理事長に史上最年少で就任し、また日本では34年ぶりに開催される『世界デザイン会議 東京2023』にて8人の実行委員のひとりを務めています。今回は、現在進行形で解決策の模索が続く環境問題に対して、太刀川さんが関わるプロジェクトや、提唱する「進化思考」がどのような変化を生み出すのか、今一人ひとりが取り組むべきことは何か、お話を伺いました。
僕が2021年に理事長に就任したJIDA(日本インダストリアルデザイン協会)が、WDO(世界デザイン機構)の発足メンバーだったご縁もあり、今年10月に日本で行われる『世界デザイン会議 東京2023』で実行委員を務めることになりました。実は、日本でこの会議が開催されるのは実に34年ぶり。会議期間中は、世界中からデザイン関係者が集まり、社会が抱える課題にデザインがどうコミットできるかを、いろいろな観点から考える貴重な機会になります。
今回の世界デザイン会議では、「Humanity」「Planet」「Technology」「Policy」という4テーマを掲げています。そのテーマ設定にも関わり、僕自身もPlanetの分科会で登壇することになっています。4つともデザインや社会にとって重要なテーマばかりですけど、個人的に特に思い入れが深いのは、地球環境問題に対してデザインは何ができるのかを問う「Planet」でした。
そもそもローマクラブから「成長の限界」のレポートが出て、持続可能性の議論が運動として叫ばれてから50年ほど経ちますが、社会の実態はほとんど変わっていません。むしろ気候変動が進み、災害が激増し、生物多様性が急速に失われているのが現実です。災害が頻発すると、経済的ダメージだけでも計り知れないほど大きい。例えば、先日のパキスタンの水害では約4兆円もの被害があったと言われています。また生態系が破壊されてしまうこともコストに直結します。ミツバチがいなくなると、おおよそ年間20兆円の価値が失われる、という生態系サービスの試算もある。あるいはオオカミがいなくなったことで鹿の獣害被害が広がっているとか、人間社会も生態系に頼っているので、あらゆる影響を受けています。平たく言うと、めちゃくちゃお金がかかるし、取り返しがつかないんですよね。今では世界経済フォーラムでも、最大の長期リスクのTOP2を気候変動の話が独占するほど、状況は深刻です。
そもそも、僕たちは"人間社会だけが社会である"という幻想をつくりあげて、生きてきてしまった。例えば、貨幣が流通できるところまでが社会だという人間の幻想があります。でも、人間社会では貨幣として扱われない空気や水にも価値があるし、山を切り崩して出た土砂が生態系にとって無価値であるわけがないし、それを頼っていた生物は間違いなくいる。にもかかわらず、当然ですが実際には、山や生物には対価を払っていません。「クマさん、あなたのおうちを奪ってしまうから、これを差しあげます」とはなっていませんよね。所有している土地では法の範囲で何をやってもいい、ということになってしまっています。結果、生態系が崩れ、さまざまな課題が浮き彫りとなる中、「持続不可能」が叫ばれ、約6,600万年ぶりの大量絶滅を目の当たりにしている。そして、現在ようやく、「人間社会だけが社会、というのは幻想だった」と露わになっているわけです。
地球の生態系のことを考えるとき、難しいのは、関係する相手が口をきいてくれないことなんです。「キリンさん、何を考えていますか?」と意見を請えない。だからこそ、人間がよくよく考えないといけない。また最近特に話題になる気候変動は我々の大きなテーマですが、基本的な戦略は気候変動を"緩和"すること(Mitigation)と、気候変動に"適応"すること(Adaptation)が国際的にコンセンサスになっています。相手に意見を聞けないならば、こんなふうに生態系の立場で何を人類がやればいいかを定義することが重要になります。
"適応"と"緩和"。そのうち"緩和"という考え方はシンプルです。今、「二酸化炭素を減らしましょう」、「サーキュラーエコノミーを進めましょう」と言っているのが、"緩和"の部分。グリーンハウスガス(GHG)により気候変動が加速して、100年後には気温が約4度上昇するシナリオが予測されています。それに伴い、かなりの生物の多様性が失われるとともに、人間社会も大きな傷を負うことになるはずです。100年に1度の台風、過去最大級の豪雨と言われる災害が現に頻繁に起こっていますけど、これが毎年のようにやってきたら大変ですよね。だから、少しでもリスクを下げるために、今できるだけGHGを下げて"緩和"を進める必要がある。これが気候変動の緩和の考え方です。
その一方で、"適応"も重要。たとえ気温の上昇幅をある程度抑えられたとしても、現実的にダメージゼロとはいかない。気候はもう変わってしまうのだとすると、より気候災害に強靱な街をつくらないといけないし、あらゆる変化の中で人々の生活を安定させないといけない。そうやって、変わってしまう気候に社会を合わせよう、というのが気候変動への適応というコンセプトです。着る洋服や、食べるものや、あらゆるものが適応の問題になるし、新興国の開発のあり方についても、先進国を真似するような形ではなく、根本から考え直す必要があると思います。ただ、これから東京を適応に向けて開発し直すのは相当大変なこと。今あるものをある種、騙し騙し少しずつ適応させていく。でも、服も食もエネルギーも、社会のあらゆるものが気候変動の適応に関わってしまうので、この適応という考え方は緩和のようにシンプルではありません。だから、シンプルに理解できるものにしたい。
僕の立ち上げたNOSIGNERは、未来の役に立つことしかやらないと決めて活動を続けてきたデザインファームですが、僕らがこれまで手掛けたプロジェクトも、気づけばこの"緩和"と"適応"に関わるものが増えていきました。もっと言えば、このふたつこそが21世紀初頭におけるデザインのもっとも重要なテーマだとも考えています。新しく社会が抱える問題には新しいカタチの方法が試されるべきだし、そこにデザインはめちゃくちゃ効くはずだからです。
実際、僕たちが"緩和"としてやっていることを紹介してみると、「まち未来製作所」という再生可能エネルギーの流通会社の経営やデザインに関わっています。この会社では「e.CYCLE」という再エネ流通サービスを提供していて、地方で発電した再生可能エネルギーをなるべく地域内で循環させつつ、余った再エネを都市に供給する仕組みをつくっています。これによって、都市では平均13%ほど電気代が下がるんですね。そこで売上の1%程度を「まち未来製作所」の手数料としていただき、手数料のうちのほとんどにあたる4分の3を地元のために使う基金として積み立てている。わずかな割合ですが、合計すると巨額の地域活性化資金が生まれます。それが地域の未来にとっての大切な財源になっているんです。このサービスは急速に広がっていて、現在は300GWh(300億kWh)、今年中には約1TWh(1000億kWh)もの規模の再エネが流通される見込みです。
一方、"適応"として取り組んでいるのが、持続可能な都市を考える「ADAPTMENT」というプロジェクトです。ADAPTMENTは生物の身体構造や行動の適応進化を、気候変動の適応策に応用して、本質的な適応策をシンプルに理解するためのフレームワークです。つまり、街をどう開発すると、よりレジリエントな都市になるかを考え直した結果、「生物の適応をモデルに、都市をデザインすればいいんじゃないか」という考えに行き着いたんです。
まず都市の気候への適応を考える上で重要なのは、どのように土地利用を定義するかです。我々はここに流域を単位とする考え方をベースにしています。流域とは、雨が降ったときに川になり水が流れる地形の単位。それが気候災害の単位であり、生態系の単位でもあります。仲良くさせていただいている進化生態学者の岸由二先生が、生涯をかけて、流域思考に基づくプランニングを鶴見川と小網代で実践されていますが、彼がADAPTMENTプロジェクトにおいて、流域をどう扱うかのアドバイスをしてくれています。こうして流域観点で土地利用の方策を立てたら、どのような戦略が適応に有効なのかを、生物の身体と行動の適応進化をヒントに考えて実装していく。それがADAPTMENTプロジェクトです。
例えば僕らの身体は状況に適応するように進化し、さまざまな機能が体を保つためにつくられています。骨は頑強さのために、筋肉は弾力性のために、血管は循環のために備わっていて、細胞は回復し、神経は知覚する。これをコンクリートの建築で言い換えると、建築基準法に従って頑強な建物をつくること。それだけだと壊れやすいので免震構造でしなやかさを付加することであり、自然修復するコンクリートを使うことであり、強度が弱まる前に知ることができれば、安全性は上がりますよね。そう考えると、身体の構造は、都市のハードウェアの構造と似ている気がしませんか? つまり、都市をレジリエントにする方法は生物から学べるよね、という話なんです。こんなふうに、さまざまな形で都市のハードウェアに取り入れるべきさまざまなコンセプトを6種類に分けて地域に届けていきます。
また、生物は身体だけじゃなく、行動も進化してきました。危ないことがあったら逃げる、とか、群れで協力する、とかは彼らの生活を安定させていますよね。こうした行動も、人間社会の防災行動にそっくりなんです。そこでこうした内容から6種類のレジリエンスを高める行動を抽出して、それにまつわる防災の考え方を集めています。僕も「東京防災」をデザインしたり、防災のプロジェクトをさまざまに行ってきましたが、防災のための行動にはさまざまなものがあります。かつての災害を記録しておくことも大切ですし、これから起こる危険を予測できるようになること、いざというときに瞬時に逃げられること、そして、地域の中で情報伝達をして協力できるようになることも重要。これらは程度の差こそあれ、さまざまな動物が獲得してきた行動の適応進化にも近い行動が見られます。こんなふうに土地利用を流域生態系に合わせ、個別の方法は生物の適応・進化を参考にすれば、もっとレジリエントな都市をつくれると考えるのがADAPTMENTです。
このように適応の観点の中にも、都市づくりという身体のようなハードウェア面と、市民の行動というソフトウェア面があって、今までは両方を含めて全体をうまく説明するロジックが世界的に見てもなかった。でも、生物の体と行動の例え話で話せば、子どもにもすごく分かりやすくなります。この先は、専門家だけが難しい話をしていても立ちゆかない。でも、「我々の体や行動は、安全を高めるように進化していますよね。それを街と重ねればいいんですよ」と言われれば、少し分かるような気になりませんか? 僕が「ADAPTMENT」を始めたのは、そういった発信や活動をしたかったからなんです。
そもそもの話になりますが、なぜ今までこうした生態系の単位で都市開発が行われてこなかったのか。理由は単純で、現在の街をつくっていた頃には気候変動が存在しておらず、また土地は個人の持ち物として購入できるものになってしまったから、多くの人が流域単位では都市を考えられないのです。でも、これほど気候災害が増えている状況を我々が経験するのは、人類史上初めてのこと。今年の夏は、この10万年でもっとも暑い夏だそうなんです。10万年前にホモ・サピエンスはいたけれど、そこには言語すら存在しなかった。つまり我々は、誰も知らない、経験していないことに向き合って、変えていかなくちゃならないんですよね。でも裏を返せば、もし僕たちが創造的であれるなら、面白い状況だと思っています。今、東京で生まれている課題は、世界のあらゆる都市の課題になる。だから、自分たちの街から、ほんのわずかでも先んじて何かできれば、世界に希望や道筋を与えることができる。そんな時代に僕たちは生きています。
撮影場所: AXIS内JIDAデザインミュージアム